黒田清JCJ新人賞贈賞式報告!(2009/8/8)
広島でオールナイトのイベントに出演し、すわり心地最低の夜行バスで帰宅した翌日は、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催の2009年度JCJ贈賞式に出席しました。
以前からJCJ賞、黒田清JCJ新人賞については知っていました。しかし、どうやって応募するのかは知りませんでした。今回映画を携えて2月に帰国した際、(応募は出来るのかな?)とJCJのホームページを観て、自薦が出来ること、ちょうど作品募集中であることを知り、応募してみました。何しろなんの後ろ盾も評価もない自分の作品が、選考委員の著名なジャーナリストの方々に観てもらえるだけでも、十分応募する価値があると思ったからです。
JCJについて(JCJウェブサイトより抜粋)
自由なジャーナリズムなくして自由な社会はない。私たちがめざしているのは、自由に事実を知ることの出来る、自由な言論のある社会です。自由な言論は、健全な民主主義社会を支える礎です。「再び戦争のためにペン、カメラ、マイクを取らない」―。日本ジャーナリスト会議はこの言葉を合い言葉に1955年以来、各分野のジャーナリストが活動を続けている日本で最も古く、唯一のジャーナリストの統一組織です。マスメディア関連の仕事に従事する方はもちろんPTA新聞や労組機関紙の編集者、フリーライターの皆さんまで、目的に賛同して表現活動をする方すべての参加を呼び掛けます。自由な言論を守り、自由な社会を確かなものとするためにジャーナリストと市民が手を携えて進むJCJ(日本ジャーナリスト会議)に。
黒田清JCJ新人賞とは?(JCJウェブサイトより抜粋)
2000年7月23日に亡くなられたジャーナリストの黒田清氏を偲び、2002年に創設された。大阪読売新聞・社会部部長として反戦・反差別の視点を崩さず、諸悪の背景を深く掘り下げた記事を数多く執筆する。退社後も雑誌、テレビなどのメディアで活躍。若い人材の育成に情熱を燃やし、優れたジャーナリストを世に送り出す。黒田清JCJ新人賞には、賞状と伊達信明氏制作の木製オブジェ、および故黒田清氏遺族による出資の賞金50万円を贈呈します。
3月頃にDVDと作品資料を送った後は、数ヶ月間しばらくそのことは忘れていました。映画祭もそうですが、選ばれる作品以外には連絡をしないというところは多いです。なので、今回もそうだろうと思っていました。
そんな感じでしたので、6月半ばにJCJ事務局の守屋さんから「最終選考にまで残っている」と初めて連絡をいただいたときには、本当にびっくりしました! (出してみるもんだな~)というのが自分の第一の感想だったかもしれません。
私は映画のメールマガジンを発行しているのですが、早速メールマガジンに最終選考まで残っていると報告をしました。何しろ、最終選考に残ること自体が自分にとっては快挙でしたので、選ばれるかどうかを待たずに報告したかったわけです。
それから2~3週間後、私の作品が最終的に選ばれたというメールを、福岡のインターネットカフェで読みました。そのメールには贈賞式の日程や、式で各受賞者は8分ずつのスピーチをすること、新人賞には賞金50万円が贈られる事などが書かれてありました。
最終選考に残った時点では、単に”うれしい”という感情でしたが、実際に受賞が決まったときのメールで、具体的な式典の予定などを見て、改めてすごいことなのだ、と実感をしました。8分間のスピーチ・・・しかもジャーナリストたちの前で・・・。普段、上映会後のゆるいトークしかやった経験のない私は、そのようなフォーマルな場所で話す経験がありません。一体何を話せば良いのかと考えるだけで緊張してきました。ロンドンで撮影していた頃は、基本的に毎日防寒着に長靴というスタイルだった私には、式典に着て行く服もありません!
今回、私の映画を新人賞作品として選んでいただいた理由について、JCJのウェブサイトではこのように説明されていました。
イギリスの国会議事堂ビッグ・ベン前の広場(パーラメント・スクエア)には、テントを張って、8年近く<イラク戦争反対、NO KILL KIDS!>と抗議している男性がいる。名はブライアン・ホウ(1949年生まれ)。警察は、プラカードの撤去、スピーカーの使用制限、さらにはSOCPA法まで制定して追い出すのに懸命だ。「ブライアンと仲間たち」は、独特のアイデアとユーモアを駆使して抗議活動を続ける。その様子を1年半に渡り、体当たりで撮影・取材し、ひとりひとりの表情を生き生きと捉え、感動のドキュメント映画に仕上げた。1975年生まれ。独学で映像制作を始める。初監督作。
不安と疲れの中で迎えた8日。贈賞式の会場は千代田区内幸町の日本プレスセンタービルでした。「日本記者クラブ」などが入っているビルの10階です。普段行きなれない場所なので、十分余裕を持って家を出ました。
姉とともに出席した私は、会場でビデオカメラをセットし、姉に託しました。贈賞式の様子をビデオに撮ってもらいたかったからです。
その後、JCJの守屋さん、他の受賞者の方々とともに集まり、当日の流れについて聞きました。贈賞式の前半はジャーナリストの原寿雄さんの講演、後半は休憩を挟んで2:15分より贈賞式の開始となっていました。
ジャーナリストの大谷昭宏さんより賞状を、黒田清さんのご兄弟・黒田脩さんよりオブジェと賞金をいただきました。
大谷昭宏さんより、受賞理由についてのお話がありました。「ブライアンの愚直な活動を、ひたすら追い続けた愚直な映画。それは今のジャーナリズムに必要な姿勢ではないか?」とお話をされました。
賞状とオブジェ、賞金をいただいて自分の座席に戻ります。これは姉が撮った写真ですが、私は賞金が気になって仕方がないのでしょうか??!!
続いて、JCJ賞の受賞者の方々へ賞状とオブジェが贈られ、いよいよスピーチです!
この会場に来られている方のほとんどは、私の映画を観たことはないと思ったので、簡単に映画の説明もしました。イギリスでも表現の自由が脅かされていること、表現の自由が守られない限り平和もないと思うこと、などを話しました。ほぼ予定通り8分で収めることが出来て一安心! (この贈賞式での自分のスピーチ部分を後日YouTubeにアップします。)
会場の最前列に、以前都内のデモで知り合った藤井さんが応援に来てくださっていて、とてもうれしかったです。手作りのお祝い旗を振ってくれました。
続いて、JCJ賞受賞者の方々のスピーチが行われました。
NHKスペシャル「こうして”核”は持ち込まれたー空母オリスカニの秘密」よりNHK広島放送局を代表してディレクター・西脇順一郎さん。
熊本日日新聞「川辺川ダムは問う」の取材班を代表して木村彰宏さん。
全員のスピーチが終わり、無事贈賞式も終了しました。黒田さん、大谷さん、そして私の姉とともに記念撮影。
贈賞式の後は、懇親会があり、こちらは姉、両親とともに参加しました。私の母親はずいぶん長く黒田さんとお話していたようですが、一体どんな話を??!!
守屋さんが突然、「今日は早川由美子さんのご両親も来られていますので、挨拶をしていただきましょう!」と提案!! 父にマイクが手渡されます。えぇーー! 突然の展開にびっくり。
父は「この度は、娘に”JCB”新人賞を・・・」とのっけから賞の名前を間違えてます!! そりゃぁ、確かに父にとってはクレジットカードの方がジャーナリズムより馴染みがあるかもしれませんが! 誰かが「まぁ、似たようなもんだよ!」とフォローの掛け声。娘としてはかなり冷や汗の一瞬でした。
懇親会では、選考委員の諌山修さん、中村梧郎さんたちともお話しすることが出来ました。作品について、より深く評価を聞くことができて、とても勉強になりました。
諌山さんは、以前TBSのロンドン支局長としてイギリスに滞在されていたことがあるそうです。映画のタイトル中のSW1は地域番号(郵便番号)で、SW1とは国会を含むサウス・ウェスト1のエリアということです。諌山さんはSW7のサウス・ケンジントンに住まわれていた、とのことです。サウス・ケンジントンと言えば、東京で言うところの南青山のような地域です! (ちなみに私の住まいはイースト地域E1のスラム街・・・!)
中村さんはベトナム戦争からフォトジャーナリストとして活躍をされています。「ジャーナリストはしつこくないとダメだよね、執念だよ」と話されていたのが、とても印象に残りました。中村さんの30年以上にもわたる取材に比べたら、私の撮影なんて短い期間ですが、とにかく何かを取材し追い続けるというのは、精神的にも肉体的にも粘り強くなければならないと痛感しました。ジャーナリズムは、効率性、生産性とは正反対の作業のように思います。
あっという間に懇親会が終わり、その後は黒田さん、大谷さんたちに二次会へ連れて行っていただきました。私の両親と姉も一緒です。タクシーに乗って到着したそのホテルは、ものすごい豪華! 普段、私が接するジャーナリストの人々は、どちらかというと”下請けイジメ”の犠牲者みたいな立場の人が多いので、ホテル、そしてホテル内のバーに驚きの連続です。
大谷さんたちから、「映画を見たときに、これを作った人はどんな人だろう?と思った」と言われました。これまでの作品では、読んだり、観たりしているときに、大体その人の人柄のようなものが浮かんでくるそうです。でも私の場合は、映画の内容はイギリスの愚直な抗議活動、私自身の映像は作品の中に全く出てこない、ナレーションの声(私)はちょっと幼いような印象だったとか。
この日は両親が同席していたこともあって、話は私の幼い頃にも及びました。「とにかく対等・平等を主張する子どもで、祖母がお年玉を上げたら、”姉より金額が少ない”と泣いて抗議した」などのエピソードを改めて聞くと、その平等意識がジャーナリズムに繋がったのか・・・などと都合よく自分の過去を解釈したりします。その他にも、六本木に住んだこと、沖縄へ行ったこと、イギリスでの生活などを話し、黒田さんには「アンタは中身が男の子だね」と言われました。
ところでこの黒田清新人賞、実は第1回目を除く全ての受賞者が女性なのだそうです! なぜでしょうか? 「女の方が元気だからじゃない?」という人もいましたし、「女性の方が組織とかにとらわれないで、好きだからやってるんじゃない?」とも聞きました。理由は分かりませんが、なぜでしょうね??
そして、過去の新人賞受賞者の方の現在の活躍についても、話題になりました。例えばこれまでに、「にがい涙の大地から」で海南友子さん、「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」で堤未果さんなどが受賞されています。彼女たちのその後の活躍については、皆さんもご存知の通りです。
では、私はどうなんでしょう?! 今回、ラッキーにも新人賞をいただいて、私はこれまでの自分の活動と大きな違いが生まれたように思いました。今までは、自分の活動に注目するのは自分だけ、という状態でした。いくらでも自分のやりたいように出来るし、一方で、私の去就について誰も注目しません。変な話、途中で投げ出しても、誰にも分からないわけです。でも、今後は「あの人、次は何をやるかしら?」、「今はどんなプロジェクトをしているかしら?」となるのでしょう! 既に、懇親会の席から「今後は何を?」と何度も聞かれました。(ちなみに賞金の50万円はどうするのか、とも!)
賞をいただいたことで、今後はより積極的に活動していくことを期待されているのだし、この賞はこの作品に対してのねぎらいなどではなく、今後のためにいただいたのだ、という自覚を持ちました。ゆえに賞金に関しても、モロモロの”支払い”系に充てるのではなく、将来のプロジェクトのためにとっておこうと思います。いゃ~、本当に、頑張らなくちゃ!
・・・といっても、もともと構えた作品作りなんてやろうとしても無理ですから、賞を受賞したとしても、構えずに、常識に捉われずに、面白いと思った題材を積極的に取り上げていきたいと思っています。
どうもありがとうございました!!!
追伸:パーラメント・スクエアのブライアンと仲間たちから、受賞についてお祝いのカードが届きました!
ブライアンのメッセージ
(あなたを誇りに思います! 受賞に値します。心よりありがとう。ブライアンと仲間たちより)
大谷昭宏さんの事務所のウェブサイトにも、黒田清JCJ新人賞のレポートがあります。
http://homepage2.nifty.com/otani-office/jcj/2009.html
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