公園のベンチが人を排除する? 不便に進化するホームレス排除の仕掛け
2006年9月21日にオーマイニュースへ投稿した私の記事です。その後オーマイニュースは閉鎖されて記事は読めなくなりました。この記事は、私がジャーナリズムを本格的に学んでみようと思い、後にビデオカメラを持つキッカケともなったもので、よく上映後のトークで話題にもします。トークでこの話を聞いた方々から「記事はどこで読めるの?」というお問い合わせを多くいただきましたので、オーマイニュース閉鎖前に保存した記事全文をここに掲載します。(記事中の事実等はすべて執筆時のものです)。
公園のベンチが人を排除する?
不便に進化するホームレス排除の仕掛け
早川 由美子(2006-09-21 08:50)
東京の上野に位置し、1873年に日本で最初の“公園”の1つに指定された「上野恩賜公園」。桜の名所として花見客で賑わうこの公園は、博物館、美術館、図書館、動物園、音楽堂などを併せ持つ、日本でも有数の文化複合地でもある。
広い園内をぐるりと回れば、それだけで運動不足の解消になりそうだ。しかし歩き疲れても、この公園は訪れる人の多さのわりにベンチが少ないので、座れないと思っておいたほうが良いだろう。
写真A(撮影:早川由美子)
しかし、運良く座れたとしても、5分もすれば立ち上がりたくなってしまう。ベンチの形状が不思議なのだ。例えば、上のベンチ(写真A)は真ん中に鉄製の頑丈な仕切りがあるので、姿勢は真っ直ぐにしていなければならないし、座面が斜めに傾いているので、前のめりにならないよう両足で踏ん張っていないとならない。
写真B(撮影:早川由美子 )
他のベンチも、寝るには短い横幅のもの(写真B)や、ベンチではないが、人が腰を下ろすのにちょうど良い場所にはなぜか1メートルごとに突起がついていたりして(写真C)、どれも座り心地が悪そうなものばかりだ。
写真C(撮影:早川由美子 )
上野恩賜公園だけではない。都内の大きな公園ではどこでも、そのような“不思議ベンチ”を見つけることができる。いったい何のためなのか?
実はそれらは、ホームレスがベンチを占領することに対し、市民から苦情が寄せられ、都や区の公園管理課が導入した“ホームレス撃退”の仕掛けを持つベンチなのだ。ベンチの真ん中の仕切り方が、寝させないためのもっともポピュラーな方法だが、植え込みに沿って肘掛けをつけたり、突起をつけたりと、撃退方法にはさまざまなバリエーションがある。
写真D(撮影:早川由美子 )
写真Dのベンチは、モダンなデザインに見えるけれど、チューブ状なので油断すると滑ってしまう危険なベンチだ。酒に酔っているときは特に注意して使わなければならないだろう。また、ステンレス製なので、夏は熱いし、冬は冷たい。
このベンチが設置されている池袋西口公園を管理する豊島区公園管理事務所によると、「街のイメージに合わせた近代的な、かつホームレスに長居をさせないためのデザイン」だという。「滑って危ないし、座り心地が悪いのでは?」と聞いてみると、「座るときは十分注意」し、寄りかかったり、少しの間だけ座れる程度、つまり「座ろうと思えば座れるベンチと思ってほしい」とアドバイスされてしまった。そのようなベンチを誰が使いたいと思うだろうか?
誤解のないように言っておくが、もちろん公園のベンチを1日中占領して寝ることはホームレス(ホームレスに限らずすべての人)の“権利”ではない。しかし、公園のベンチがすべての利用者にとって不便に進化していく現状を放っておいて良いだろうか? 公園で赤ん坊のおむつを替えたいと思っても、チューブ状や真ん中に仕切りがあるベンチでは赤ん坊を寝かせることは不可能だ。晴れた日の休日に公園のベンチで横になって本を読みたいという一市民のささやかな夢まで奪われてしまうのだ。最近は古くなったベンチを撤去後、新しいベンチを設置せずに芝生や砂利を敷くだけの場所も増えている。いずれ公園からベンチは消えてしまうかもしれないのだ。
ホームレス撃退のためにベンチのデザインに細工をしても、ホームレス問題の根本的な解決にはならないことは明らかである。行政はそのデザインの進化に努力するよりも、もっと建設的な対策のために税金を使うべきではないか?
ホームレス問題の解決のために、東京都と特別区は2004年から、「自立支援システム」という取り組みを始めた。これは、主に都内の公園に住むホームレスを対象に、自立支援センターに入所させ、食事を支給、生活相談・就職相談などを行い、自立を促すという内容。ただし、2カ月という期限付きの収容期間、収容可能人数は都内のホームレス約5000人に対し、3カ所で510人分しかない。なかなか効果が上がらないのが実情である。
ホームレス排除の仕掛けは、公園のベンチに限らない。アート関連の雑誌編集を手がけ、写真家としても活躍されている都築響一氏によれば、パブリックアートの分野にも、ホームレス排除の仕掛けを見つけることができるという。
例えば、写真E、F(新宿西口地下通路)の“作品”。新宿駅西口から都庁方面に向かう地下道には、カラフルなオブジェがずらっと並んでいる。斜めにカットされ、しかも交互に設置されているので、座ることも、寝ることもできない。
写真E(撮影:早川由美子 )
写真F(撮影:早川由美子 )
写真G(渋谷)の「ウェーヴの広場」は、アートというよりも、見るからにホームレスを排除する目的が見て取れるデザインだ。広場の名前にちなんで波型の凹凸はまだ理解できなくはないが、無数に埋め込まれた突起はどう説明するのだろう?
写真G(撮影:早川由美子 )
写真H(撮影:早川由美子 )
写真Hは大森駅の「彫刻広場」。大森駅近くの歩道橋の下にある。かつてそこに定住していたホームレスは追い出され、ペンギンとイルカのオブジェが置かれた。管轄の品川区によると鋭利な石は「さざなみ」を表現しているそうだ。
都築氏は、これらの行政のやり方は、悪意があるように見せないことが大事で、排除アートだということを市民に気が付かせないようにするのが“芸”だという。本来は、人々の心や生活を豊かにするためのアートを、特定の人を排除するために使うなどいやらしいやり方だと思う一方で、行政・ホームレス双方の態度に不器用さを感じる。
排除したいからといって、ガラスの破片を埋め込んだものを置いておくわけにもいかないので、新しいデザインというオブラートに包んで、アートとは呼び難いものを街中に配置する行政。一部のホームレスの側も、ベンチを1日中占領し、公共の場所はみんなで使うものという基本的な考えを欠いていたため、最終的には排除せざるを得なくなってしまったというのだ。
7年前に自身もホームレス生活を体験し、現在は上野恩賜公園でホームレスのための炊き出し、年金・生活保護の申請などの活動をする石崎克雄氏は、ホームレス撃退のためにベンチのデザインが進化することに対して、ベンチに仕切りを設けてもホームレス問題の解決にはならない、景気が良くなり失業率が改善されない限り公園からホームレスはいなくならないと話す。
石崎氏は、ホームレス問題の解決には、政府の経済政策が一番重要だと考えている。国際的な価格競争を勝ち抜くために、安い労働力を求めて海外に工場を移転する企業は多い。そうすると、国内の工場は閉鎖され、失業者が増える。海外で工場を作っても、さらに安い労働力が見つかればまたほかの国へ移転する。その国でも、後に残るのは閉鎖された工場と失業者である。政府や企業は利益・効率だけを追求するのではなく、“雇用”という社会的な責任をもっと自覚するべきだという。
ところで、実際にホームレスの人たちは、この“撃退ベンチ”をどう思っているのだろうか? 都内のホームレス生活をしている人たちにアンケートを試みた。
ベンチに対する反応は大きく3つに分かれた。一番多かったのは、あまりに座り心地が悪いので、新聞を敷いて地面に座るほうがマシと思う「あきらめ型」。次いで、ベンチに長居できないので自分は不便に感じるが、一般の公園利用者にとっては、ホームレスを見る機会が少なくなって良いのでは?と分析する「客観型」。中には、“く”の字形に体を折り曲げて仕切りを避けて寝たり、仕切りの両脇に仕切りと同じ高さのバッグを置いて寝たり、寒い冬には写真Dのチューブ型鉄製ベンチの下にガスコンロを置いて食事を作りつつ、ベンチも温めてから座る「工夫型」もいた。
先日、私は散歩の途中、疲れたのでどこかで休もうと近くの神社に立ち寄った。そこにも、あるのは真ん中に頑丈な仕切りの付いた石製のベンチだった。もはや排除ベンチは公園だけにとどまらない。横になって休めるベンチに座りたいと思うのは、今では贅沢な望みなのだろうか?
(終わり)
同記事の英語版はオーマイニュース・インターナショナルに掲載されています。日本語の記事に少し補足を加えました。こちらよりご覧いただけます。
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