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旅の始まり(上映会報告2009/9/13-14)

9月13日の朝、富山での上映会のため6時半過ぎに家を出ました。まず東京駅へ向かい、上越新幹線で越後湯沢へ。そこから特急はくたかの金沢行きに乗って、11時半ごろに富山へ着きました。富山に行くのは小学生の家族旅行以来・・・実に20年以上ぶりというのは驚きです。

富山駅
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上映会は13時半からでしたので、駅前の喫茶店で昼食を取りました。
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上映会場は「フォルツァ総曲輪」。はじめにこの会場名を知らされたときは、読み方さえわかりませんでしたが、後に「そうがわ」と読むことが判明。ネット上で調べた地図を片手に会場へ向かいます。駅から15分ほど歩くと商店街があり、会場はその商店街の中にありました。

商店街
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フォルツァ総曲輪入り口
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映画館が閉館になってしまい、今富山市内の映画館はここだけなのだそうです。フォルツァ総曲輪は、映画館とライブホールが併設され、第三セクター「まちづくりとやま」によって運営されています。

会場へ入り、今回の上映会を企画してくださったシネ・ラ・セット21の大島さんにご挨拶をしました。シネ・ラ・セット21は、主に4人のメンバーが中心となってドキュメンタリー映画などの上映会を富山で開催しています。今回の上映会は、09年イラク戦争を考えるシリーズの3作目・最終章として上映していただいたのでした。(ちなみに他の2作品は「アメリカばんざい」と「冬の兵士」で、冬の兵士の監督である田保寿一さんは富山出身なのだそうです)。

シネ・ラ・セット21について
http://www.colare.jp/rareko/active/tsushin/cinela01/cinela.html

上映会のチラシより今回の上映意図について抜粋します。

戦争と革命の世紀といわれた20世紀が終わったとき、誰もが次に来る21世紀は希望に満ちた、公正で平和な世紀になってほしいと願ったはずでした。ところが、21世紀が始まったばかりの2001年9月11日の事件以降、再び世界で血に染まった戦争が、あたかもしなければならないかのように始まりました。アフガニスタン報復戦争(2001年)、イラク戦争(2003年~)。いずれの戦争も避けることが出来た戦争でした。20世紀において人類が自ら繰り返してきた戦争への反省を元にして作った国際法をいとも簡単に踏みにじる形で、圧倒的に軍事力を持っている国がそうでない国を単に懲らしめるだけと思われても仕方のないような、まさに非対称の戦争が行われ、何の罪もない、名もなき何百万もの人々の命が失われました。

映画が伝えるのは、まさに21世紀という新たな戦争の時代の幕開けとほぼ同時に戦争反対の声を上げ、その声を絶やすことなく出し続けているイギリス市民の姿です。身銭を切りつつも悲壮感もなく自らのスタイルで、国会前でアピールし続けるごく普通の市民。その姿に、私たちが願っていた21世紀のもうひとつの未来を感じました。

戦争と平和、そして私たち市民。監督のお話を含めて、じっくりと考えあう場をもつことが出来ればと思っています。

大島さんとこれまでにメールで上映会のやり取りをしているときに、これまでの上映会での配布資料などをいくつか送ってくれたことがありました。大島さんの情報収集は、新聞、雑誌など多岐に渡り、それらをきちんとスキャンして保存・整理されています。

今回の上映会でも、立派な配布資料が作られていました。日本の表現の自由を脅かす象徴的な事件(ビラ撒きの取り締まり、路上・公共空間での表現の自由)、イギリスの反戦活動について書かれたもの、私のインタビュー記事などで構成されていました。私の映画は、ピンポイントで、イギリスの、更に言えばブライアンの抗議活動を取り上げただけのものですが、時代、国といったように俯瞰的に資料を構成すると、どういう時代を生きているのか、時代はどのような方向に向かっていくのか、というものがうっすら見えてくるようです。

大島さんの資料の一部
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会場の受付
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エレベーターの脇に貼られたポスター
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会場の様子
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上映会前の大島さんの挨拶
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上映の後は、50分程度が私の講演で、そのあと20~30分ぐらいが質疑応答となっていました。会場からの質問では、「日本人が他人の目を気にしてしまうのはなぜか? 元々持っている国民気質なのか?」、「オックスフォードユニオンは大学の敷地内にあるのか? ディベートにはどんな人が参加しているのか?」、「ブライアンたちが路上にテントを張れているのはなぜか? 道交法違反にはならないのか?」、「日本のマスコミの現状をどう思うか?」という質問をいただきました。

講演の様子(大島さん撮影)

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その他に「アメリカの医療制度を批判したドキュメンタリー”シッコ”(マイケル・ムーア監督)の中では、イギリスの皆保険制度NHSは素晴らしいものとして描かれている。でも、この映画の中では、精神病患者が路上に放り出されて何のケアもされないと言っている。なぜか?」という質問をいただきました。

確かにイギリスでは、医療費はタダです。シッコでは、いかにアメリカの医療制度を批判するかという目的で作られているため、イギリスのNHSは素晴らしいかのように描かれています。でも、NHSにも問題があり、例えば風邪を引いて診療の予約をしようとすると大抵2~3週間またされます。そんなに待っていたら大抵の風邪は治ってしまうでしょう! なので、収入のある人はNHSではなくプライベートの病院に行く人が多いです。NHSで働く医師のなり手不足、長時間労働、低賃金の問題もあります。以前イギリスの新聞では、ポーランドの医師が出稼ぎでイギリスのNHSで働いているという記事も読んだことがあります。

さらに大きい問題は、NHSの予算削減。サッチャー政権の時代に、NHS関連の予算が削られ、企業型の経営に方向転換するような政策が始まりました。例えば、精神病患者をずっと入院させておくのではなく、地域の中でケアをするという方向へ。しかし、実際には地域のコミュニティーでのケアのためにお金は使われず、患者は路上に放り出されたも同然でした。映画の中に出てくるキャロリンの夫も、入院していた病院から放り出され、数年間はホームレスとして路上生活をしていたそうです。(ちなみに私はキャロリンを取材していて、彼女の抗議活動の原点は”政府が夫を見捨てた”というところにあると思いました)。

今回の上映会について、映画をご覧になった方々の感想を大島さんがまとめてくれました。下記よりダウンロードしてPDFでご覧いただけます。
「Toyama_comments.pdf」をダウンロード

上映後は会場近くのとんかつ屋さんへシネ・ラ・セット21のメンバーの方々に連れて行っていただきました。

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とんかつの衣がサクサクです!!
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食べながら、「イギリスのデモはなぜ大規模なのか?」というお話になりました。私はその理由を「抗議活動をする土壌があるから」、「関心が高いから」というように理解していましたが、「多民族を巻き込んでやるから大規模になるのだ」という背景もあるということを聞きました。確かに、イギリスには植民地支配の歴史もあり、沢山の民族が暮らしています。昨年末~今年初めにかけてのイスラエルによるパレスチナ侵攻のときは、ロンドンで連日大規模なデモがあり、週末には10万人以上のデモがありました。私もそのデモに参加しましたが、参加者のほとんどは見るからにイスラム圏の風貌の人たちでした。彼らが大規模デモを呼びかけ、イングランド各地から長距離バスを手配してロンドンに集まったのです。

でも、このように多民族を巻き込んで大規模デモをやれるトピックというのは残念ながら限られていて、パレスチナ、イラク、チベット、ミャンマーなどは割りと多様な民族や白人系の運動家たちもデモに参加しています。しかし、先のスリ・ランカの内戦などでは、他民族の関心を集め大規模なデモを組織するのはとても困難なようでした。(ロンドンにも沢山のスリ・ランカ系移民の人々が暮らしていて、内戦を止めさせるようイギリス政府に訴えていました)

(南アフリカのネルソン・マンデラや、ミャンマーのアウンサン・スーチーなど、ヒーロー的に目立つ人がいると、”内政の問題だ”と言われてしまうようなものでも関心が集まりやすい傾向があるように思います・・・)

また「イギリスのメディアでタブーなものは?」という話題になりました。イギリスのタブー・・・。日本ではあれこれと思いつきますが、イギリスは・・・? 王室なんて、年中パロディーにされているし、いじられまくりです。キリスト教への批判も特にタブーではなさそうです(キリスト教信仰の厚いほかのヨーロッパ諸国ではタブーかもしれません)。イスラム教? (批判はみた記憶がありませんが、タブー視はされていないように思います)。もちろんイギリスのメディアでも、例えばイラク戦争他についてゆがんだ報道などはされていますが、”取り上げること自体がタブー”とまでされているトピックは思い浮かばない・・・。

この点についてイギリス人何人かに聞いたところ、「特にタブーはないと思う」ということでしたが、もっと調べたり、ジャーナリストを職業にしている人に聞いたら何か出てくるかもしれません。今後分かりましたらお知らせします。

また「最近はモザイクの人が多い」という話にもなりました。つまり、この問題に対してこのような意見の持ち主だったら、別の問題に対してはこういう意見の持ち主であろう、といったような推測が成り立たない人のこと。例えば「死刑制度」、「憲法九条」などで、こちらはイエスで、あちらはノーというように。なので、完璧に支持したい人、安心して信頼できる代表者がなかなかいないということでした。

シネ・ラ・セット21のメンバーの方とのお話は尽きることなく、面白かったです!! 

食事の後、シネ・ラ・セット21の方々とお別れし、ホテルに向かいました。チェックインをすると、ダブルルームが空いているので、そこに宿泊してくださいと言われました。
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慣れない早起きで富山に向かったので相当疲れたのか、翌朝はフロントからの電話で起こされました。朝食付きで宿泊したのですが、その朝食のラストオーダーの時間だと言います。慌てて顔も洗わずに1階のレストランへ向かいました。

10時にチェックアウトして富山駅に向かいます。

ホテル外観
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富山駅に向かう道すがら、「シネマ食堂街」という大きな看板を駅前に見つけました。(確か映画館はフォルツァ総曲輪しか残っていないと言っていたのに・・・)不思議に思って、覗いてみました。

シネマ食堂街の看板
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廃墟のような映画館がそこにありました。聞くと、ずいぶん前にこの「富山シネマ」は閉館してしまったそうです。
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「次週公開」の看板もそのまま残されています。
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映画館は取り壊されるでもなくそのままで、小料理屋がひっそりと営業しているようでした。
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シネマ食堂街を通り抜けると、富山駅は目の前にありました。

富山駅前周辺
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駅ビルの中のインターネットカフェでメールのチェックをしました。これから東京に戻るのではなく、新潟・長岡へ向かうのです。長岡アジア映画祭のため長岡で6泊し、そのあとは新潟から北海道「新得空想の森映画祭」へ行くという予定でした。東京へ戻るのは24日。これから始まる12日間の旅。インターネットが使えるかどうか、洗濯が出来るかどうか、などが宿選びの重要なポイントとなってきます。

長岡アジア映画祭は火曜日から始まるため、月曜日は長岡まで移動すればよいだけでした。時間はあるがお金はない、というバックパッカーのような心境で、各駅停車に乗って富山から長岡へ向かうことにしました。

まずJR北陸本線で富山から直江津へ約2時間。
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ボックスシートが懐かしい感じ
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2時間も乗ってたら飽きるだろうと思っていましたが、全然! 左手には日本海、右手には山という景色がずっと広がっていたのです。

日本海沿いを走る電車。日本海の海は灰色で荒くれていると思っていましたが(偏見^^;)、この日は天気もよく真っ青な海が広がっていました。
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右側の景色
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直江津の駅に到着しました。乗り換えの時間が1時間近くあったので、改札の外に出させてもらい、駅のそばで食事をしました。

直江津駅
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おそばを食べました(味は至って普通)
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路線地図がありました。海岸線をずっと走ってきたことがよく分かります。
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直江津から今度はJR信越本線に乗り、宿泊先である来迎寺駅(長岡市)へ向かいます。
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途中の駅は無人駅も多く、日本海の海にさらされている駅もありました。真冬に駅のホームで電車を待つのはちょっとした修行・・・?!
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1時間半ほど乗って、来迎寺駅に到着しました。もう夕暮れです。
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続きは次のページへ。

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