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贅沢な時間(上映会報告2009/9/17)

9月17日。今日はいよいよ自分の作品の上映日です。私は雨女なのか、これまでの上映会は大抵雨か曇り。時には嵐なんてこともありました。今日は、雲ひとつない快晴。

朝、ゲストハウスで洗濯をして会場へ向かいます。連日半スタッフとしてもぎりなどをしていた私ですが、今日は”ゲスト”ということで控え室に案内してもらいました。控え室は舞台役者などが化粧をしたり衣装を着替えたりするのに使いそうな感じで、私にとっては手持ち無沙汰でした。

控え室の様子
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コインロッカーなどもついています。
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控え室にいてぼーっとしているのもなんなので、受付に戻りました。受付で記念撮影。

スタッフの菅野さん、関矢さんと
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今年ボランティア初参加だというお二人と(姉妹なのだそうです!)
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そしてなんと私が宿泊しているゲストハウスのご主人・加藤さんと、宿泊しているスポーツチャンバラの大学生・磯野さんも観に来てくれました!!(左に写っている方は、加藤さんの高校時代の陸上部の恩師の先生で、数十年ぶりに再会したそうです)
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上映前に挨拶をし、映画の上映が始まりました。上映の後は、菅野さんを司会進行役にしてトークをしました。菅野さんからは、イギリスに行く前はどんなことをしていたのか、ブライアンとの出会い、ブライアンたちの撮影には快く応じてもらえたのか、映画の製作前と後で変わったことは何か、長岡の戦災資料館を見てどう思ったか、などの質問をいただきました。その後、会場からの質問では、今後はどんな作品を作りたいか、と聞かれました。

私の映画を小林茂監督も観てくれました。そこで菅野さんが小林監督を紹介し、「では、監督の意見を聞いてみましょう!」ということになりました。一体どんな意見が出るのか・・・緊張して待ちます。

小林監督は、映画について「これは戦争という題材を、戦場での取材から見たものではなく、イギリスの、ある反戦活動家を通して取り上げたものです。難しいテーマに挑戦されました。”反戦活動家”についての映画で私たちが知りたいと思うことは、戦争の是非、活動の内容や主張などではなく、ブライアンという人物の人間的な魅力です。でもこの映画を観ても、彼のどんなところに魅力を感じられてつくったのかがわかりませんでした。早川さんにとって、ブライアンの魅力とは何ですか?」・・・こう聞かれたのです。

ブライアンの魅力・・・。改めて(何だろう?)と思ってしまいました。会場のお客さんの前でしたが、私にははっきりと「これです」と答えることが出来ませんでした。ブライアンと一緒にいて、映画を作ろうと思い、彼の主張を聞き、撮影もしてきたわけですが、活動家としてではなく一人の人間としてのブライアンに私はどこまで正面から向き合おうとしただろうか? その点について深く考察したことがあっただろうか? ・・・こんな風に考えてしまうあたり、それはもうその点について深く考えてなかったということは明らかです。

トークの後、チケットの受付をしていた小林監督に挨拶に行きました。ちょうど映画の上映が始まったので、チケットの受付はすいていました。そこで私は自分の作品について、とても沢山のアドバイスをもらうことが出来たのです! もしかして1時間以上話してもらったかもしれません。現役で活躍している優れた映画監督の方から直々に意見をもらえるのですよ! それって、例えば大学の映像学科に通っている学生の人たちだって、そんなに持てる機会ではないでしょう。私は自分はとても恵まれていると思いました。

小林監督からいただいたアドバイスは、その日の夜、寝る前に書き記しました。一言も忘れたくないですから!
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以下、どんなことを教えてもらったのか書きます。小林監督は、カメラマンとしても活躍されていましたので、その視点からのアドバイスもありました。まず、フェードイン・フェードアウトの多様をやめると言うこと。これはこれまでにも他の方から指摘されたことがありますが、とにかくこれがあると「目も疲れる」とのこと。フェードアウトするのは、「絵を殺す」ことに同じ。カメラマンだったら、自分の撮影した素材というのは、本来全て使える絵であるという自負がある。なので、フェードアウトすることで、絵を殺してしまいたくないのです。昔のカメラマンたちは、監督や編集者が編集で切り落としたフィルムを何とか使わせようとして、編集室で切り落とされたフィルムの切れ端をまた繋げて復活させることまでしたそうです。それぐらい自分がとったものに対しての誇りと必要性があるのです。それで、監督がラッシュを見て「え~? これ切り落とさなかったっけ??」と不思議がるのを黙ってみていたとか。それほどのものですから、フェードイン・フェードアウトでバサバサと切ってしまうのは、殺しまくっているのに同じなのです。

私は音声が内臓マイクを使っていることもあり、音を拾うため被写体に近づいて撮っているシーンが多いです。それについて、小林監督は引きで撮ることも大切だと言いました。近くにいるとよく分からなくなってしまうことがある。そんなときは引いて撮る。カメラを一端切る事も大事で、それで引いてみて冷静になり、また撮影を始めると良い。

メッセージの伝え方についてのアドバイスもありました。あれもこれもとメッセージを沢山盛り込むと、かえって伝わらなくなってしまう。1つ1つのシーンで言いたいことは1つにする。それらがまとまってひとつの章となり、その章としても言いたいことは1つ。そして、章がまとまってひとつの映画となり、映画全体で言いたいことが1つ。このように考えるといい、と言われました。

最初からいくつもメッセージを詰め込みすぎて全てを明らかにしてしまうと、興ざめしてしまうとも言われました。例えば、私は前半のナレーションでブライアンの活動と歴史について詳しく説明していますが、ブライアンの生活をただただ見せるだけで(何だろう?)と思わせるような構成もアリではないか、と。で、その合間合間に警察との衝突などを見せて、(何が起こっているんだ??)となるような。ブライアンの主張=平和はなくてもいいぐらい。

良い編集というのはプロの将棋と同じ、と言われました。つまり、プロの将士は、対局のあとに逆から順に自分の打った手を全てやり直していくことが出来る。それは、打った1つ1つの手すべてに打った理由があるから。映画もそれと同じで、1つ1つのシーンに意味があり、伝えたいメッセージがあるということです。

私は編集作業をしているときに、(これって、誰が編集するかによって、素材は同じでも全く違うものになっちゃうよねぇ・・・)と編集の面白さと恐ろしさを感じていました。それぐらい出来上がりには幅があると思ったのです。しかし、小林監督によると、本当に良い編集というものは、監督、撮影者、編集者ともに「どうやってもこれ以外のつなぎ方はないよね!」というレベルに達するまでやれたものだ、というのです。時間の関係でエイっと完成させざるを得なかったようなものはダメ。とことん編集を考え抜いて素晴らしい作品が出来るのです。

編集のことも考えながら撮影することが大事、とも教わりました。昔の報道記者は、100フィートのフィルムを持たされて現場へ向かったそうです。100フィートとは3分の長さ。この3分という長さの範囲内で、構成・編集を考えながら撮影したそうです。私はビデオから始めてのでとにかくずっと回していますが、こういうクセをつけて撮影した方が良いと言われました。

私はまだ1作しか作った事がありませんし、勢いで作ってしまったので、技術的にはかなり稚拙です。そんなことは誰が見ても明らかですが、小林監督はそんな私に「今、30過ぎでしょう? ひとつ作品を作ったのだから、これからは後輩の指導もしながら作品を作っていくこと」と言われました。私自身がまず教わらないと思っているぐらいなのに、後輩の指導なんて・・・と思っていたら、それを見透かしたかのように、「自分だけで活動していると、しぼんでしまうよ。下の世代の人のエネルギーや閑静も取り入れながら活動していくといい」と言われました。「黒澤明が80過ぎても映画を作っていたのは、一緒に働く若い人のエネルギーを吸い取るからだって言われていたんだよ」とも言っていました。

ドキュメンタリーはインタビューで構成されているものは多いですが、小林監督は「インタビューで知った内容を映像で表現していくことが大事」と言いました。例えば私の作品だったら、ブライアンが8年間抗議活動をしているという事実を、彼のインタビューや私のナレーションで説明してしまうのではなく、その年月が表現されるような絵(風雨にさらされたテント、警察との対峙、やたら手際よくアウトドア生活をしている様子など)を使って表現するのです。インタビューは、はっきり言ってどんなことでも言えてしまう。うそでも。なので、それを実証する絵を探すのが必要。

黒田清JCJ新人賞をいただいたとき、周りの人に「1作目は何とかできる。でも2作目を作るのが大変」と言われました。私も2作目って一体どんなものが出来上がるのだろうと、その話題になる度にちょっとプレッシャーと思ったりします。2作目以降について、小林監督の意見は他の人とは違っていました。

小林監督にとって「1作目を超えることは出来ない」。なぜなら1作目は情熱だけで作られているものだから。どうやったって純粋な情熱の塊である1作目を超えることは出来ないのだけれど、人は2作目以降を作り、前作を超えようともがき、苦しむ。それで良いのだ。そう乗り越えようと努力することに意味があるし、それが生きる意味、人生そのものである。人間的な深みを増すことが出来る。・・・私はここに小林監督の映画作りに対する哲学を感じました。

映画作りにこだわらず、ジャーナリストとして文章でも何でも、どんどん作品を発表していくべきだと言われました。そのためにも常にアンテナを張って情報収集して、面白いことはないか探すこと。人との出会いも大事で、出会いによって作品が生まれるのだから、と言っていました。

・・・と沢山書いてしまいましたが、どれも私にとって大切なアドバイスであるため、ぜひ書き残して頭にいれておきたいと思いました。小林監督、どうもありがとうございました!!!

その後、「台湾人生」の酒井充子監督と小林監督のトークを聞きました。
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酒井監督、小林監督、映画祭スタッフの皆さんと記念撮影。
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この日の最終は、小林監督が初めて映画の現場に携わった記念碑的な作品、「そっちやない、こっちや」(柳澤寿男監督)を観ました。上映後の小林監督のトークで、廃品回収の仕事をしながら助監督として作品作りに携わったというエピソードが語られました。若造だからと、お客さんにごまかされることがあったそうなのですが、それは若さが理由ではない、自分が廃品回収という仕事を低く見ているからだ、と思い、それからはプロ意識を持ってその仕事に取り組んだ、と話していました。

小林茂監督
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トークの後は、スタッフとゲストで飲み会です。

飲み会出発前の写真!
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飲み会の席では、映画祭のスタッフで、造形大学で映像を勉強しているダイスケさんと話しました。現在、卒業制作作品のシナリオを書き上げたところだそうです。撮影はビデオでする予定だとか。そんな話をしていると、他のスタッフの方で8mmや16mmで撮影したことのある人が、「映画の道を志すものは、一度は8mmか16mmで撮るべし!」と言いました。そこで映画はフィルムで撮るべきなのか、ビデオでも良いのかの議論になりました。

フィルムの持つ奥行き、条件を考慮しての撮影など、フィルム撮影から学ぶことは多いでしょう。でも、デザインを出発点として映像制作を始めたダイスケさんにとっては、自分の思い描いた絵を完璧に再現したいという思いがあるので、その場で再生して映像を確認出来なければならないのです。フィルムではそれは出来ません。

私はフィルム撮影を経験すべきかどうかについて、ダイスケさんとはまた別の考えを持っていました。フィルム撮影に要される技術を学ぶことが大事なのではなく(←もちろん大事だとは思いますが!)、フィルムで撮影するという緊張感こそが良いものを産むのではないか、ということです。ビデオだとずっと長回しが出来ます。デジカメと同じで、バシバシ撮り、その中で使えるものがあったらいいよね、みたいな感覚です。でも、フィルムは高価で長さにも限りがあります。ここで絶対撮るぞ!という気迫が違うと思うのです。ビデオで10回とって1つ良いものが取れたという確率の問題ではなく、ここ一番で絶対撮るぞという気持ちで撮ったものの方が遥かに良い絵が撮れるのではないかと思ったわけです。小林監督が言っていた、撮影監督が「オレのフィルムは1コマたりとも誰にも切らせねえ!」といった感情は、ビデオ撮影からは生まれにくいのではないかと思います。

飲み会の様子
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あっという間に時間が過ぎ、気がついたら1時近くになっていました。今日はゲストハウスではなく、長岡市内のホテルに泊まることになっていました。スタッフの方に送っていただいて、ホテルへ向かい、一日を終えました。

ホテルの様子
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