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一升瓶をかついで北海道へ!(上映会報告2009/9/20)

朝8時ごろにおきました。今日は長岡を離れ、新得空想の森映画祭のために、北海道へ行くのです!

映画祭スタッフの人も知らなかった穴場のゲストハウスに泊まっている私は、沢山の人から「北海道へはフェリーで行かれるのですか?」と聞かれました。フェリー! 新潟と北海道がフェリーで結ばれているとは知りませんでした。一晩かけて小樽に到着するそうですが、6,000円程度と格安なのだそうです。放浪者としては、そちらを選ぶべきだったでしょう! 悔やまれます。(ちなみに小樽には朝4時ごろに到着するんだそうです。そんな時間に港に放り出されても困るんじゃないかと思いますが!!)

札幌行きの飛行機は午後4時に新潟発のを取っていたので、だいぶ余裕がありました。荷造りを終えて、コーヒーを飲もうと母屋に向かいます。すると、ちょうどご主人に会いました。「早川さん、あんた国会前に泊まってたんだったら、何でも食べるだろう? 俺の作ったカレー食べるか?」と言ってくれました! それはぜひ食べたいです!

ご主人お手製のカレーに畑で取れた野菜。美味しいんです、これが!!
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とれたてのトマトも!
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6日間も泊まり、映画も観に来てもらったり、世界旅行のお話を聞けたりして、このゲストハウスに泊まれて、予想外に楽しかったです。いざ今日離れるとなると、なんだか寂しい気持ちになりました。また長岡に来ることがあったときには、泊まりたい場所です!

庭の様子。これも当分見納めです。
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来迎寺から長岡駅へ、そして新潟へと向かいました。新潟駅で、立ち寄りたいところがありました。映画祭で知った、新潟の市民映画館「シネ・ウインド」です。

市民によって運営されているというユニークな映画館。この市民映画館誕生のいきさつについて、シネ・ウインドのウェブサイトより抜粋します。

1985年3月、新潟市古町七番町にあった市内唯一の名画座『ライフ』が閉館した。この事実は心ある新潟市民にとってはたいへん衝撃的な事件であったばかりでなく、新潟市にとっては『精神的威信にかかわる出来事(故荻昌弘氏)』でもあった。 これに対し、一人の青年が、名画座一館維持できないとは県都の名折れとばかりに、市民に行動を決して立つことを呼びかけた。現・ウインド代表の斎藤正行がその人である。

彼の呼びかけのもと、多くの市民が同じ思いで集まり、同年5月“市民の手で映画館の建設・運営”を合言葉に『新潟・市民映画館建設準備会』が発足する。同会の市民へのアピールは具現的活動をもって表わされ同年7月、今は亡き松田春翠氏を招いての『鳴呼活動大写真』と銘打った自主上映会は反響を呼び、次いで小栗康平監督を招いて催された自主上映会『伽耶子のために』も翌8月、成功裡に終える。これらの一連の行動は新潟市民に深い感銘と衝撃を与えたにとどまらず、多くの市民から理解と共感、引いては支援を得るに至った。

同年10月3日(劇場建設予定地との間に契約がなされた日)準備会は『新潟・市民映画館を建設する会』と発展的に改称され、年内オープンを目指すことになる。市民出資による劇場建設の理想は、一口一万円の会員を五千人集めることを目標に開始された。いわゆる第一次会員の募集である。このときの会員申込者は、現在シネ・ウインド劇場内にパネル掲示されているご芳名のとおりである。劇場建設への行動を起こしてから、わずか半年後の同年12月7日多くの夢と期待をはらみながら、その記念的な誕生を迎えた。

シネ・ウインド ウェブサイト
http://www.wingz.co.jp/cinewind/

新潟駅から徒歩15分、というと若干1キロ程度の距離ですが、何しろ12日分の旅行の荷物と一升瓶を担いででは結構大変で、ちょっとした苦行のようでした。

シネ・ウインド外観
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中に入り、スタッフの武田さんとお会いしました。この日は「精神」というドキュメンタリー映画を上映していて、うかがった時間がちょうど入れ替えの時間帯だったので、座席を見ることが出来ました。

劇場内の様子
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前方はちょっとした舞台のようになっており、映画の上映だけでなく落語をやったりするのだそうです。上映作品の選定も、イベントの企画も全て市民主体でやっているとのこと。面白い試みです。

2年前に改装したとのことで、おしゃれな雑貨屋さんのような印象を受けました。
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ずらっと書籍が並んでいて、近づいてみると昔の映画雑誌や映画に関する書籍が沢山ありました。資料としてもとても価値の高いものだと思います。武田さんたち自身も一体何があるのか把握していないということで、現在資料の分類作業をしているそうです。

1960年代のSCREEN誌
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武田さんに事務所と映写室も案内していただきました。映写設備は24年前のオープン時に既に中古品だったものを今でも使っているそうです! 今でこそNPOで映画の上映をする団体は珍しくありませんが、24年前は市民が運営する映画館というのはとても珍しかったそうです。12月31日と1月1日以外は年中無休で営業しているそうなので、新潟に行かれた際は是非!

シネ・ウインドを出て、新潟駅に向かいます。駅からはリムジンバスに乗り、新潟空港へ。空港のラウンジで食事を取り、自分の便を待ちました。

夕方5時15分に千歳空港に到着し、そこから新得行きの特急に乗りました。千歳空港に降り立った時点で既に感じていたことですが、かなり寒いのです! 南千歳で特急が来るまで約1時間待たなければならず、ホームに立っているだけでブルブル震えてきました。何しろ私の持っている服というのが、薄っぺらの夏服ばかり。それに冷房対策のジャンパーが1枚。同じくホームに立っている男性はレッグウォーマーまで身に着けていました。

南千歳駅の夕暮れ
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やっと特急列車が来ました!
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1時間半ほどで新得駅に到着。北海道はこれまでに何度か行きましたが、新得は初めてです!
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新得は南千歳より更に寒いと感じました。改札を出ると、お迎えに来てくれた映画祭の谷上さんに「早川さんですか?」と声を掛けていただきました。なんと、半袖です!!

早速車に乗せてもらい、映画祭会場である新内ホールへ向かいました。駅からは10キロ。歩けなくもない距離のようですが、クマが出たりするので歩かないほうが良いとのこと。ひぇぇぇ。

映画祭の会場に到着したときには、藤本幸久監督の最新作「アメリカ~戦争をする国の人々」の上映中でした。なんと、約8時間に及ぶ超大作です! 観たかったのですが、私が到着した頃には既にのこり1時間弱でしたので、東京で上映されるときに改めて観に行こうと思いました。

空想の森映画祭の開催地である新得に暮らす人々を描いたドキュメンタリー映画、「空想の森」の田代陽子監督と再会しました。今年の4月に初めて東京であったときは、初対面にもかかわらず意気投合し、10時間近く渋谷で飲んだのです! 田代監督はとにかく良く飲み、よく食べます。映画が、”農のある暮らし”をテーマにしていることもあり、上映会ではいつも美味しいご飯とお酒が用意されているのだと言っていました。

ところが、最近健康診断を受けて肝臓にかなり負担がかかっていることが判明! そこでしばらくお酒は控えめにしておくとのことでした。

藤本監督の上映が終わり、群馬から来られたシャンソン歌手の方のライブがありました。
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映画祭の会場内では、既に暖房がついていました。私は田代監督に防寒着を借りたので助かりました。

映画祭初日が終わり、今夜からの宿泊は藤本監督の家に泊めてもらえるとのことでした。藤本監督自体は映画祭会場である新内ホールに泊まり、ジャーナリストの影山あさ子さん、中井信介監督、札幌から来られたこゆ(こゆき?)さんと、藤本監督の家に向かいます。初日は疲れて、私は早めに寝ました。

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