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協同のちから(上映会報告2009/12/12)

(上映日順から行くとトルコのドキュメンタリー映画祭が先になりますが、10日間に渡る長旅でしたので、トルコに関しては年末年始にまとめてレポートを書こうと思っています)

トルコのドキュメンタリー映画祭から帰国した翌々日は、山形で上映会をしていただくことになっていました。午後1時半からの上映にあわせて鶴岡市に到着するには、朝6時過ぎに家を出る計算になります。時差ぼけ状態(トルコと日本は7時間の時差)が幸いしてか、朝は問題なく起きることが出来ました。

東京駅から二階建ての新幹線に乗り、まず新潟へ。
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新潟に到着しました。気のせいか、駅に降りると東京よりも格段に寒くなっているように感じます。
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新潟からは、快速「きらきらうえつ」に乗って鶴岡まで。このきらきらうえつ、車体にも星の絵がかかれています。
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この電車、快速電車なのですが、全席指定。しかもこの日は土曜日ということもあって、全席満席とのこと! 何か特別な電車なのでしょうか??
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私はこの電車、単に”駅すぱあと”で検索して、鶴岡に到着したい時間にちょうど良いダイヤだったので乗ることにしたのですが、後でこの電車は一日に1往復しかしない特別な電車だと聞きました。帰りも「きらきらうえつ」を予約していた私は、上映を企画してくださった皆さんたちから(そんなにあの電車に乗りたいんだね~)と思われていたそうです! もしかして”鉄子”と思われたかもしれませんhappy01

そんなこと、考えてもみなかった私は、電車に乗ってからはじめて、これはちょっと特別な電車なのだということを知りました。停車駅ごとにその土地の名産品の紹介アナウンスがあり、座席の前のポケットには、きらきらうえつ限定の観光案内が入っていました。観光施設の割引クーポンがあったり、観光記念スタンプも。車掌さんが回ってきて、車両ごとに抽選会を行い、当選した座席番号の人には名産品のプレゼントがありました。へぇ~、こんな電車もあるんだな、と感心。

観光案内のチラシと映像(すみません、電車内で撮影したので、だいぶブレてます)
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食堂車もありました。
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12時半ごろ、鶴岡駅に到着しました。
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駅の改札口では、上映会のお手伝いをされている金丸さんが「早川様」と書かれた紙を持って、出迎えてくれました。でも降りるお客さんはほとんどいなかったですし、他に出迎えの人もいなくて、かなり目立っていましたcoldsweats01
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鶴岡駅から車で10分ほどで、今日の会場である「こぴあホール」に到着しました。

こぴあ外観
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ここは、1階が生協のスーパーマーケットで、2階がホールや会議室などになっている施設だそうです。2階へ上がり、今回の上映会を企画していただいた佐藤さんにご挨拶をしました。ホールは、かなり広く、舞台もあって立派でした。グランドピアノや16mmの映写機もあるのです!

音量の調整をした後に、金丸さんとお昼ご飯を食べに下に降りました。もう開場時間まであまり時間がないため、手早くラーメンで済ませました。金丸さんは、2年ほど前から地元の劇団で俳優として活動しているそうです。年2回の公演があり、年明けには春の公演の練習が始まるそうです。長いせりふをどうやって覚えるのか聞いた所、とにかく練習しまくることと、携帯の録音機能を使ってセリフを録音し、それをひたすら聞く、などの方法で覚えている、とのことでした。覚えるのに早道はないということですね・・・

お昼ごはんを食べた後は、会場に戻りました。既に開場時間となって段々人が集まり始めていました。この日は約80人ほどの方に来ていただいたそうです。ありがとうございました!

ロビーの様子
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会場の様子
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上映の後は、30分ほど私がお話をして、その後は質疑応答となりました。会場の方からは「映画を観て、自分はこの状況に対して何が出来るのか考えさせられた」、「イギリスのホームレスの人々は、どのような状況か?」、「孫世代のために平和な世の中を作りたい。自分が平和のためにしてきたことが、ブライアンたちの活動を観て(これで良いのだ)と思わせてくれた」、などの感想と質問が寄せられました。

質疑応答の様子
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上映会の後は、和定食の「滝太郎」で交流会がありました。

滝太郎外観
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山形と言えば、アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した「おくりびと」のロケが行われた場所でもあります! お店の店内には、地元の方々の協力に対する感謝状と特製のお酒が飾ってありました。交流会に参加された人の中にも、「おくりびとにエキストラとして出演した!」という方がいらっしゃいました。
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お料理は一人ずつ定食という形式。どれも美味しかったです!
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交流会では、地元の9条の会で活動されている大高さんから、9条を分かりやすい言葉で説明したというポストカードをいただきました。これは池田香代子さんの「やさしいことばで日本国憲法」という著書から9条の現代語訳解釈を引用・紹介したもの。英語訳も印刷されています。ポストカードに描かれているイラストもステキで、普段友達にはがきを出すのにも使える感じです。

大高さんは、イギリスを訪ねたときに、かつての産業革命で栄えたマンチェスターが、その面影もなくゴーストタウンになっているのにびっくりした、と話していました。私もマンチェスターの近くまで行ったことがありますが、マンチェスターに限らず、イギリスでは地方都市の衰退が激しいです。郊外の大型ショッピングセンターができて、地元の商店街が寂れてしまうという現象。日本で起こっているのと同じことがイギリスでも起きています。

交流会の様子
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川崎にある日本映画学校に週一で6週間通いビデオ製作を学んだという、村田さんともお話をしました。鶴岡の介護施設で働く村田さんは、施設で「かつて芸者をしていた」という女性に出会いました。彼女の波乱に満ちた人生を聞くうち、それを書きとめて記録として残したいと思うようになります。しかし、鶴岡出身ではない村田さんには、庄内弁で話す元芸者さんの話を聞き取るのは困難でした。ビデオでならば記録できると思い、映画学校にまで通って技術を習得したのですが、残念ながら元芸者の方はつい最近お亡くなりになってしまったそうです。

芸者さんの記録を取れなかったのは残念ですが、それでも、ビデオを使って歴史の生き証人たちの記録をとりたいと考えているそうです。鶴岡でそのような活動を立ち上げたいとのこと。ぜひ実現してほしいと思います! (ちなみに別の方から、以前鶴岡でビデオのワークショップをやろうとしたときに、ビデオ機材の貸し出しをしているお店がなく、その時は断念したと聞きました。私は、ビデオカメラなんて、ホームビデオレベルの機材から始めて全く問題ないと思っています。ホームビデオならば、子供の運動会や結婚式などを撮るために持っているという人は多いはずです。それらを持ち寄って、3人に1台でもあれば、一緒に機材を触りながらワークショップは十分可能ではないかと思います。ビデオを回すということのハードルを下げるためにも、各地で、いろんな人がワークショップを開催して行ったら面白いと思うのです!)

山形大学の菊間先生からは、「どんぐりの雨」というステキなタイトルのご本をいただきました。どんぐりの雨・・・さて、一体何のこと?と思う人もいるかもしれませんが、ロシア沿海州シホテ-アリン山脈南部、ウスリー河流域の森林と自然、人間の生活を、そこに住むタイガ人の視点から描いたノンフィクションのストーリー。菊間先生は、この本に解説者・翻訳者として関わっていらっしゃいます。

交流会は20時ごろにお開きとなりました。その後は、金丸さんと共に佐藤さんのお宅へお邪魔しました。(夜分遅くに突然お尋ねして、奥様にはご迷惑おかけしました!)
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山形の名産品、ラ・フランス。美味しかったです!!
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今回の上映会には参加できなかったまゆみさんとも、佐藤さんのお宅でお会いすることが出来ました。

佐藤さんは、お母さんの記録映像を撮っているそうです。お母さんも撮影には協力的で、沢山お話してくれるとのこと。それは取材する側にはありがたいことですが、でも一体どうやって編集して良いか悩んでいるのだそう。

以前もこのブログで書いたことがありますが、ドキュメンタリー、記録映像では、編集作業がとても重要ですし、一番大変な作業でもあります。「でも、自分は早川さんのように映画として発表しているわけではないので、次回作の製作は?というプレッシャーはない。だからマイペースでやればいいと思っている」とおっしゃっていました。まぁ、確かに私は上映会で各地を回っていて、必ずと言っていいほど「次回作は?」と聞かれますけれど・・・。作品をまた作ろうという、ほど良いプレッシャーにはなっていますhappy02 でも、外からのプレッシャーがある・なしに関わらず、いつか作品として仕上げてもらいたいな~と思います。その時は是非私も拝見させてもらいたいです。

作品を誰かと作るか、一人で作るか、のお話になりました。映画作りは、機材も小型化し手軽になり、編集もパソコン上で出来るので、だいぶ敷居が低くなりました。一人で映画を作る事だって、物理的には可能ですし、私もほぼひとりで製作しました。製作に必要な資金だって(撮る内容にもよりますが)、ずいぶんと低く押さえることも出来ます。

でも、私は次回の作品を一人で作りたいとは考えていません。映画をよりよいものにするためにくするために他者の目を入れたいのです。作品を多面的に観てもらい、アドバイスをもらいたいのです。いわゆる”プロデューサー”的な役割の人を。

このことを佐藤さんにお話したら、2007年の山形ドキュメンタリー映画祭での、河瀬直美監督とプロデューサーのルチアーノ・リゴリーニ氏の対談のことを教えてくれました。

2年に一度山形で開催されるドキュメンタリー映画祭は国際的にも有名です。佐藤さんは、以前山形市に単身赴任をされていて、山形ドキュメンタリー映画祭で沢山の映画を観たそうです。映画祭で上映された作品は、「山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー」に行けば、無料で観ることが出来ますが、映画祭に行く醍醐味というのは、会場で監督や製作者などに会えたり、トークイベントやシンポジウムで話が聞けるところにある、と言っていました。

2007年の映画祭での、河瀬直美監督とプロデューサーのルチアーノ・リゴリーニ氏の対談では、”プロデューサー”の役割について、「プロデューサー=お金集めをする人と考えられがちだが、プロデューサーの本当の仕事は”監督の中の眠っている才能を引き出すこと”にある」と言っていたそうです! 私も全くそれに同感で、それこそが監督とプロデューサーの望ましい関係だと思います!!

ネット上に、河瀬直美監督とルチアーノ・リゴリーニ氏の対談の記事を見つけました↓
http://www.cinematoday.jp/page/N0011662

山形ドキュメンタリー映画祭のときに、佐藤さんはフィンランドの監督とお話しする機会があったそうです。その監督から最新作のDVDをもらった佐藤さんは、日本語字幕をつけて日本で上映できたらと考え、何人かの翻訳者に翻訳してもらえるかどうかお願いしました。(映画はフィンランド語のドキュメンタリーですが、英語字幕が付いています)。ところが、お願いした翻訳者の方からは全て「出来ない」という返事が来てしまったとのこと!! 忙しいからか、それとも内容のせいかは分かりませんが、一体なぜ?!?!

確かに翻訳は難しい作業です。英語から日本語へと機械的に訳せるものではありません。語学力だけでなく、その国の文化的・歴史的な背景も知っていなければ訳せないことも沢山あります。日本には存在しない制度や習慣だったりしたら、どうやって日本人に分かるように伝えるかの工夫も必要です。

さらに字幕翻訳には、”セリフ1秒あたり日本語4文字”という厳しい文字制限があります。限られた字数制限の中で、情報に優先順位をつけて簡潔にまとめる能力が求められます。そして何より、訳す先の言語(英語から日本語に翻訳する場合だったら、日本語)に長けていることが必要です。日本語の語彙が豊富で的確でなければ、いくらオリジナルが素晴らしくても、その魅力は半減してしまうのですから・・・。

私は一応イギリスに留学していたので、自分で字幕翻訳をすることも出来ます(クオリティーは別として)。でも、上に書いた理由から、自分の映画の日本語字幕製作は別の人にお願いしました。彼女たちの英語力・日本語力は信頼していましたが、映画の中に出てくるイギリスの法制度、裁判制度、ブライアンたちの活動の歴史などには解説が必要だと思い、リファレンス資料をきちんと作ることに決めました。それが翻訳の精度を上げることになる、と考えたのです。

私が字幕翻訳を依頼するときに作成した参考資料、もし興味のある方は見て下さい(→「EN_Subtitle.xls」をダウンロード )。チャプターごとにシートが分かれています。必ずしも翻訳してくれた人に参考として役立ったかはわかりませんが・・・。

さて、翻訳者の見つからないフィンランドのドキュメンタリーですが、なんと私が観てみる事になりました。私がもし、直訳レベルで翻訳が出来れば、それを元にしてプロの翻訳者か日本語の表現力に長けた人が日本語訳として完成できるのでは?と考えたからです。そのドキュメンタリーはパンク・ミュージックをメインテーマとして扱っているそうで、パンクの歌詞の翻訳なんてかなり難関そうですが・・・! これからDVDを観させてもらうのですが、私が出来るレベルなのか、それとも全くお手上げなのか・・・どうなんでしょうね?!

お話は尽きませんでしたが、9時半頃になり佐藤さんのお宅をお暇し、ホテルへ戻りました。

ホテルルートイン鶴岡駅前(翌朝撮影)
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部屋の様子
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ホテルの窓から、鶴岡市内の眺め
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翌朝は8時ごろに起きて朝食を食べ、10時にホテルで佐藤さんと待ち合わせをしました。酒田市出身の日本を代表する写真家・土門拳の記念館へ連れて行ってくださるとのことでした。

土門拳記念館前にて
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土門拳記念館のホームページ
http://www.domonken-kinenkan.jp/index.html

記念館そばの池には、鴨がいました。かつてはここで餌付けをしていたため1万羽以上の白鳥も飛来していたそうですが、鳥インフルエンザの関係で餌付けをやめたので、白鳥はここへは来ず、近くの田んぼなどに分散するようになったということです。
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今年は土門拳生誕百年の記念の年に当たるそうで、「日本人の心ー仏像巡拝」という企画展示が行われていました。絶妙のライティングとアングルで撮られた日本各地の仏像の写真が飾られていました。それらも見ごたえがありましたが、別室の「風貌」(ポートレート写真)が特に良かったです。各界の有名人のポートレート写真に、土門拳のコメントつきでその人物評や撮影時のエピソードが綴られていて、写真家と被写体とのやり取り(攻防?)がこちらにも伝わってきました。土門拳は、対象にとことん食い下がり、納得する写真が撮れるまであきらめない人、などと言われたりしますが、出来上がった写真からはそのような執念はまるで感じられません。自然のままのその人が写し取られているかのように感じます。しかし、土門拳本人が「鬼が現れて撮れるのだ」と言っているように、その人らしさが出てくる瞬間(鬼が現れる瞬間?)まで粘り強く撮影し続けた成果だからかも知れません。

記念館の後は、お昼ご飯を食べに行くことにしました。連れて行っていただいたのは、お蕎麦屋さん。立派な門構えのお店です!
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お店は古民家を改造したつくり。
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お店の外にはなぜか、ヤギ、ブランコ、犬がいました。
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全く人見知りをしないヤギ
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お店のそばには石碑がありました。「ワッパ騒動義民之碑」というのだそうです。
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ワッパ騒動について説明書きがありました。
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ワッパ騒動とは、1874年(明治7年)に庄内の南部一帯で起きた農民運動のこと。騒動について、碑には以下のように記されています。

旧藩時代と同様に米による税制を維持する酒田県に対し、農民たちは、政府が既に許可していた石代納(米でなく金で税を納める)の実施と雑税の廃止を願い、また納め過ぎた税の返還を求めました。実現すればワッパ(曲げ物で作った弁当箱)で分配するほどの金が戻ると言うことからワッパ騒動と呼ばれたと伝えられています。しかし、酒田県は要求をことごとく拒否し指導者を投獄したので、その釈放を迫り一万数千の農民が酒田の県庁に押しかけましたが、百人以上が逮捕され鎮圧されてしまいました。農民たちはこうした弾圧にも屈せず酒田出身の民権家森藤右衛門の指導で、元老院や司法省に県の悪政を訴え、法廷闘争に持ち込みました。1878年(明治11年)、ついに雑税の一部六万三千余円の返還を含む農民勝利の判決が出されました。ワッパ騒動における農民たちの結集と行動は、酒田県政の改革や地租の軽減に有効な影響を与え、さらには庄内における近代の扉を開く契機をもたらしたといえましょう。

ワッパ騒動に関しては、地元でもこれまでほとんど歴史的な検証がなされず、135年たった今年になって碑が出来たのだそうです。

お蕎麦屋さんに戻り、注文した「鶴岡御膳」が運ばれてきました。てんぷら、そば、カブのお漬物など、盛りだくさん!
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デザートには大きなお餅が運ばれてきたので、完食したときには立ち上がれないぐらい満腹になっていました!

お昼ご飯の後は車でこぴあへ向かいました。車中で、佐藤さんは、これまで撮影してきたもののエピソードを話してくれました。これまでイベントやセレモニー、関係者のインタビューなどを撮影して編集したことがあるそうですが、つくづく”インタビューで撮った話は、必ず裏を取ること”というのを痛感しているそうです。例えば関係者のインタビューで、XXさんを良く知るある人が、「XXさんは○○さん(著名人)と同級生でしたが、若くしてお亡くなりになりました」というようなことを話したとします。これはそのまま使っても問題なさそうですが、実は同級生だったというのが記憶違いだったりするのです! 記憶はあいまいなものだし、思い込みであることも多いし、故意でなかったとしても、話していくうちに、脚色されたり、面白く変化していることもあるのです。なので、いくら事情に詳しい人だからといっても、本人の話を鵜呑みにせず、歴史的な資料などに当たって裏を取ることが必要だ、と。

私は映画を作ったときに、必要最低限のことは裏を取るようにしていました。例えば、名前の確認(イギリスでは、公にあだ名が通用している人も多いのです。例えば、トニー・ブレア元首相の”トニー”もニックネームで、正式には”アンソニー”です)、重要な出来事の日付、誰かが逮捕されたというような場合は、その逮捕の日付と容疑の内容などです。しかし、インタビューで本人が自分のプライベートを語っている部分については、それが他にも影響するような内容ではない限り、裏を撮ることなく使っていました。でも、それらがもしかして後で問題になることが、ありえなくはありません。本人が語っていたとしても、”裏を取る”は大事な作業です。

お昼過ぎにこぴあに到着しました。事前に佐藤さんから山形でどこを観光したいかと聞かれたときに、私は鶴岡で地元の方に上映会を開いていただくのだから、地元の方の活動を聞かせてほしいとお願いしました。それで、今回は「自立支援センターふきのとう」の白幡さんにお話を聞かせていただくことになりました。白幡さんは鶴岡で長年にわたり、ひきこもり者とその家族の相談・支援活動をされています。ふきのとうを現在利用しているのは約30家族ぐらいですが、白幡さんの知っているだけで約100家族はこの地域に引きこもり状態になっている人がいて、ということは潜在的には500家族ぐらいあるだろう、ということでした。

引きこもりを考えるときに、大切なのは”親の自立”なのだそうです。引きこもりというと、子が自立していない状態のように見えますが、その背景には、親自身が子離れできていないということも多くあるそうです。親が地域で孤立してしまっている。その結果、子離れが出来ない。人とのつながりを持てば引きこもりは解消できると、このこぴあを「庄内地域づくりと子育て文化協同の家」として、人と人をつなぐための活動拠点としているのだそうです。引きこもりだけでなく、散歩の会、読み聞かせの会、旅行の会、展示会、映画の上映会など様々なグループやイベントがあります。

更に、新しい取り組みとして、佐藤さん、白幡さんたちは映像の力に注目していると言いました。自分たちによるメディア発信です。この地域でも、運動会や結婚式のためにビデオカメラを持っている人は沢山います。でも、家族史や運動などに活用する人はほとんどいない。自分たちでワークショップを開いて、家族や地域、社会とのつながりをビデオで撮る人が増えてくれば、と願っているそうです。白幡さんの知っている引きこもりの家族は、引きこもる兄を弟がビデオで取り始めることによって、家族の関係に変化が生じ、映画を撮り終える頃には、兄は引きこもり状態から脱することが出来たそうです。そんなこともあり、ビデオの持つ力に期待しているのだとか。

白幡さんは、私と会う前に、私の映画のウェブサイトを見たと話しました。沢山上映会情報が並んでいるのに、クレジット(製作協力者)欄には数人の名前しかない。誰かに手伝ってもらったら良いのではないか?と言われました。確かに、映画の製作から、宣伝、映画祭への応募、上映会のアレンジ、果てはウェブサイトでのDVD販売まで、全て自分でやっています。時々、ウェブサイトからのDVDの注文に対して返信メールを送ると、「監督本人からお返事をいただいて恐縮です」なんて言われます。ある程度の規模の映画ならば、監督自らがDVDの販売担当までするということはないのでしょう。

でも、私はこれが初めての作品で、撮影・編集もアマチュアの域を出ないし、内容も”イギリスの反戦活動”という地味なものなので、商業的にヒットするとは当初から考えていませんでした。(今も商業的ヒットとは別の道を歩んでいますgawk)。そんなわけで、私は配給会社に数百万のお金を支払ってお願いするつもりはありませんでしたし、そうでなくてもこの細かで地味すぎる作業を全部他人にお願いすることは無理なように思いました。(これは自分の映画なんだから、自分でやるしかないのだ)そう思ってやりました。そうは言っても、私には無理な技術面ではいろんな人の協力をもらいました。字幕翻訳、ウェブサイト、ポスターのデザインなどです。これらは私には技術もセンスもないので、友人たちに手伝ってもらいました。

上映に関しては、確かに窓口は私ですが、実際の上映会は自主上映会という形で上映会を開催してくださる方がメインとなって企画、会場押さえ、宣伝、当日の運営までしてくださっているので、私の方ではずいぶん助けてもらっているのです! これらを全て自分でしなければならないとしたら、私は知らない土地で、どこの会場が使えるかも分からず、どこの誰に向かって宣伝すればよいのかも知らず、到底無理な話です! なので、製作時のクレジットにこそ名前は入っていませんが、出来上がってからの宣伝や上映に関して、沢山の人の力をお借りしているのです! これは、最初に全く予想していなかった、うれしい驚きです。

それでも、次回は製作時から他人と協同して良いものを作りたいと思っているし、出来上がったときには、「ブライアンと仲間たち」を上映していただいた方々へ新作の上映会のお願いをするかもしれません。(いや、絶対するでしょうcoldsweats01!)。・・・協同のチカラを頼りにして!!

そんなことを考えた今回の鶴岡上映会でした。上映会を企画してくださった佐藤さん他皆さま、映画を見に来てくださった方々、どうもありがとうございました!

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