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トルコでホームステイ! トルコ映画祭④(映画祭報告2009/12/6)

6日の日曜日の朝は、とんぼがえりでイギリスへ帰るポールを見送りました。・・・といっても、朝5時半と早い時間だったので、空港ではなく、ホテルのフロントロビーで見送っただけでしたが・・・bleah

それからまた自分の部屋に戻って寝て、9時ごろ起き、ホテルの朝食を食べました。トルコ式の朝食は、白いチーズにオリーブ、パン(これがめちゃくちゃ美味しい)、トマト、ヨーグルトなど。
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チーズやハムはいろんな種類がありました。
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支度をして、タクシム広場へ向かいます。今日は、イスタンブールの空港に着いた初日に救ってくれた恩人・ナザニンと会うことになっているのです。空港から旧市街へ向かうバスの中で名刺をもらっっていたので、私はネットカフェから彼女にメールを出し、仕事が休みの土日で遊ぼうとなったのでした。

タクシム広場で待っていると、ナザニンと友達のヨゼフ(ジョゼフ?)がやってきました。ナザニンはイラン人で、約2年前からイスタンブールで働いているそうです。イラン、パキスタン、トルコの政府が合同で出資する政府系の銀行で、公共事業などへの融資を担当しています。会社勤めの傍ら、数ヶ月に一度2~3週間のお休みを取り、グラスゴーの大学院で銀行業について研究をしているのだとか。私が彼女と空港であったときは、ちょうどグラスゴーから帰ってきた時。私が迷っているのを見つけたけれど、その時は私が旅行業者風の人に声をかけられていたので近づかず(旅行業者は商売の妨害をされたと怒る人もいるので)、私が一人になるのを見計らって声を掛けてくれたのだそうです! 感謝!!

一方のヨゼフは、トルコ人でトルコの首都・アンカラの出身。2ヶ月前にイスタンブールにやってきて、公務員として働いているそうです。

どこに行きたいかと聞かれ、私は「アジア側に行って見たい」と答えました。この日の転機はあいにくの雨でしたが、船で20~30分ほどでアジア側に行けるので、行って見ようということになりました。

大型船に乗り込みます。(船なのに、アジア行きの乗船料も路面電車と同じ1.5トルコリラと格安!)
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船の中で。ナザニンとヨゼフ。
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ナザニンと。
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30分ほどでアジア側の港、カドウキョイに到着。
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船から下りて、雨が強く降っていたので、インドアのショッピングセンターに行くことにしました。10分ほど歩くと、巨大な建物が見えてきました。
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ショッピングセンターの中は、あらゆる小売店、シネマコンプレックス、レストランなどがあり、日本やイギリスのショッピングセンターとまるで同じです。
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シネマコンプレックス。ちょうど「2012」などが上映されていました。
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アパレルショップは、ZARA、GAP、NIKE、MANGO、DIESELなど海外展開をしている欧米系のお店が並びます。
イギリスのマークス&スペンサーまで入っていました。
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ヨゼフは、スノーボードが趣味で、新しいボードを探していました。アウトドア関連のショップに入り、色々と物色します。North Faceというアウトドアのブランドがありますが(←イギリスでは、雨が降っても傘をささずに歩く人が多く、その代わりに撥水・防水加工のあるジャケットを着ています。このNorth Faceのジャケットを着ている人がやたら多い)、そこの品揃えをみて、値段がイギリスや日本とほとんど同じということに驚きました。ジャケットが大体3~5万円でした。給料や物価は、トルコとイギリス・日本ではかなり差があると思うのですが、ブランド品や、電化製品、携帯電話などはほぼ同じ値段で売られているのです。でも、決して安くはないiPhoneとかを、かなりの人が持ち歩いています・・・。

ブランド品類の値段がほとんど変わらない事について、トルコの人々は「関税を高くかけているから」と言っていましたが、そういう理由でなのでしょうか? ・・・真相はよく分かりませんが、いずれにしろかなり高額な携帯電話やブランド品を、みんな頑張って手に入れるようです。

ショッピングセンターを出て、ブラブラと歩きながら観光しました。
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午後4時ごろにまた船に乗り、新市街へ戻りました。あっという間でしたが、ここで彼らとお別れし、私はイスティクラル通りを通って、トルコの国営テレビ局へ向かいました。今日は5時から、テレビ局のインタビューを受けるのです!

トルコのテレビ局
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テレビ局の前にオズギュンが待っていて、収録室へ案内されました。テレビ局では、「ドキュメンタリー映画とアートの可能性」という番組を作り、1月に放映するので、映画祭に来場した監督たちのインタビューを取ることになっていました。

収録室。背景は緑の布が下がっています。その状態で撮影すると、編集の段階で、緑部分に他の映像を組み合わせることができるのです。私の場合は、私の背景に私の映画の映像を流すそうです。
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ディレクターとカメラマンに挨拶をしました。インタビュアー兼通訳はオズギュン。撮影されることに同意する旨の文書にサインをしました。
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こんな大きいカメラで!
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明るさなどを調節して、早速インタビュー開始! 質問はあらかじめ用意されていて(多分全ての監督に同じ質問をし、それらを組み合わせていくというやり方なのでしょう)、自己紹介、あなたにとってドキュメンタリー映画とは何か、ドキュメンタリー映画の客観性についてどう思うか、ドキュメンタリーは国同士の相互理解にどう影響するか、ドキュメンタリーとアートの関係、日本のドキュメンタリー映画の状況、イギリスの状況、ドキュメンタリーとフィクションどちらを好むか、などの質問があり、大体30~40分ぐらいはなしました。

質問はオーソドックスなものばかりでしたが、それでも改めて聞かれるとなかなか難しいものでした。また「あなたにとってドキュメンタリーとは?」とか、質問が壮大すぎる! そして英語でインタビューを受けるのはほぼ初めてだったので、それも難しくさせた原因のひとつと言えるでしょう。それでも、緊張してすらすらと出てこないときもあれば、すぅっと話せるときもありました。(なぜそうなるのかを後で話していたのですが、”自分を良く見せたい”とか”この答えで相手を感心させたい”と言ったような不純な思惑が混じると、大抵詰まってしまうようです・・・coldsweats01

インタビュー後にディレクター、オズギュンと。
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カメラマン、オズギュンと
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インタビューの後、オズギュン、ディレクター、カメラマンとお茶を飲みました。彼らは今日この後に、あと4人のインタビューをこなすそうです。ちょうどトルコの人気番組の生中継がある日で、一般の観客たちが荷物検査を受けて建物の中に入っていきました。建物の外には生中継の車があり、中を覗いてみせてくれました。カメラマンは「ここの機材はほとんどが日本製だよ」と言いました。

インタビューの後、オズギュンから「私の家族があなたに会いたがっているんだけど、今夜うちに泊まりに来ない?」と誘われました。うわ~、それは楽しそう!ということで、急遽泊まりに行くことに! オズギュンは早速お母さんに電話します。お母さんは、沢山のご飯をこれから作ると大張り切りなのだとか。「お腹すかせておいてね」と言われました。

オズギュンはまだ残りの監督たちのインタビューの仕事があるので、20時に待ち合わせることにしました。私はいったんホテルに戻り、泊まりの用意をしたり、メールの確認をしたりして時間をつぶしました。おうちに訪問するなら、何かもって行きたいと考え、タクシム広場近くの花屋に立ち寄りました。そこで花束を買い、オズギュンとの待ち合わせに向かいます。

オズギュンはちょうどギリシャ人の監督とカメラマンのインタビューを終えたところでした。監督たちに挨拶をします。Exile Islandという作品のElias Giannakakis監督と、Claudio Bolivarカメラマン。彼らはこれまでに8年間一緒に仕事をしてきたそうです。監督は時々自分で撮影もするそうですが、下手だと自分で思っているそうです。必ず三脚を使うようにしているとも言っていました。彼は「ギリシャで日本の映画は沢山上映されている。古いのだけでなく、新しいものもだ。その量にあなたはきっと驚くだろう」と言いました。つい最近監督が見たのは、是枝監督の最新作だと言っていました。

一方、ギリシャでは、自国の映画産業はとても大変な状況なのだそうです。まず、ギリシャという国自体が小さい。それに比例して、映画会社、配給会社、劇場など、それぞれの規模が小さく、業界自体のスケールが小さい。「日本では、東宝、東映とか大きな映画会社があるでしょう? そういうのがギリシャにはないんだ」そう彼は言いました。(←でも、大きな映画会社があると、市場はそれらに独占されてしまって、小規模の映画会社や自主制作者は大変という不利な面も大いにあると思います)

ギリシャの自主映画事情についても聞きました。自主映画の劇場公開は、まず1週間のロードショーをします。最初の3日間の興行成績がよければ、更に1週間延長、そしてまた最初の3日間の成績で・・・となっているそうです。製作者にとってかなり不安定で不利な条件だと言っていました。(←私は劇場公開をしたことがないので詳しくありませんが、多分日本も同じようなシステムじゃないかと思います)

ギリシャの監督と別れ、私とオズギュンは彼女の家に向かいました。タクシム広場からタクシーで15分ほど北東の方向に向かった、ボスポラス海峡沿いの街、オルタキョイです。

ボランティアスタッフとして、朝早くから、到着する海外のゲストを空港へ迎えに行き、ホテルのチェックイン、街中の案内、通訳などで働きどおしのオズギュンは、私と個人的に親しくなったこともあって、不満を言いました。映画祭でのボランティア活動は、確かにものすごく忙しいけれど、とても良い経験をさせてもらっているし、満足しているとのこと。でも、映画祭の専従スタッフの中で1人、学生ボランティアたちを尊敬の念なく、見下して使う人がいるのだそうです。

オズギュンはそのスタッフ(女性)に相当憤慨しているようでした。そのスタッフのせいで、既に5人のボランティア学生が辞めたというのですから、かなりのものなのでしょう。映画祭側も何人かから苦情を受けて事情を知っていて、映画祭終了後にボランティアスタッフと共に彼女に対して手紙を書き、辞めさせるといっていました。私もロンドンにいたときに、ロンドン国際映画祭のボランティアスタッフをしていたのですが、ボランティアと有給スタッフというだけで優劣をつける女性がいて、(こういう種類の人って、世界共通で存在するんだな)と思ったものですwobbly

さて、タクシーを降りて、オズギュンの家へ向かいました。玄関を入ると、お父さんとお母さんが出迎えてくれました。英語をほとんど話さないご両親に、「こんにちは」ぐらいトルコ語で覚えておけば良かったと後悔。挨拶もそこそこに、晩御飯を食べることになりました。

キッチンにて
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お母さんお手製の「マントゥ」。トルコ風ラビオリで、肉入りワンタンという感じ。ニンニクをすりつぶして入れたヨーグルトとトマトソースをかけていただきます。付け合せはオーブンで焼いたナスなどの野菜の盛り合わせ。美味しい~~。
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デザートははちみつ漬けのパイ・バクラワでした。すっかりお腹がいっぱいになったところで、上機嫌のお父さんは「トルコのお酒を飲もう!」と言いました。「ラク」といって、水で割ると白くにごる珍しいお酒。ウォッカのようなビンに入っていて、見るからに強そうなお酒です。一体どんな味なのか・・・?

ビデオに撮りましたのでご覧くださいtv
http://www.youtube.com/watch?v=zBB0McxPqUw

味は、アニスの匂いがして、甘みが強く、「アブサン」に似ていると思いました。グラスに一杯飲んだだけで、記憶が飛んでしまいそうな位強いです。(でも実際のアルコール度数は20%程度とそんなに高くないのですが)

ご飯の後は居間へ。「イスタンブールのアパートはどれも小さい」と聞いていましたが、日本の一般的なアパートよりよっぽど広い、というのが私の印象です。オズギュンの家も、3人家族で3LDK。寝室は8畳以上はありそうですし、居間も15畳ぐらいはあると思いました。

居間で。お父さん(アーメッド)とお母さん(セノール)と共に。
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もともと、トルコのアジア側のイズミールという街出身ですが、オズギュンがイスタンブールの大学へ進学し、一人暮らしをしているときに交通事故にあって日常生活に支障が出たので、ご両親は一人っ子のオズギュンのために、生活の拠点をイスタンブールのオルタキョイに移したそうです。お父さんは中学校の理科の先生。お母さんもかつては教師でしたが、既に退職していました。しかし、イスタンブールの物価が高いため、大富豪の家の家庭教師としてパートタイムで働いているそうです。お父さんは来年定年退職なので、退職したらまたオズギュンをイスタンブールに残して、二人はイズミールへ戻る、と言っていました。

日本の社会・経済状況について聞かれました。私は、「昔の日本企業は(良くも悪くも)終身雇用制だった。その後、企業の海外進出が進み、日本の企業は仕事の拠点を海外にシフトさせ、日本の従業員のリストラを始めた。正社員を雇うと簡単にクビに出来ないので、企業は派遣社員を雇うようになった。派遣社員の身分はとても不安定。今は大学を出ても、まともな仕事につける保証は全くなく、派遣社員などを転転とする人も多い。富める人はもっと富み、貧しい人はもっと貧しくなるという格差が広がっている」と一般的な状況を説明しました。オズギュンたちは、大学を出ても仕事につける保証がないというのはトルコも全く同じだと言いました。「グローバル資本のせいよ」とお母さんは言いました。

ご飯の後は、オルタキョイの夜景を見に、オズギュンと外へ出かけることにしました。

ライトアップされたモスクの前で
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モスクとボスポラス大橋
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ボスポラス海峡沿いで、風が結構強かったのですが、ベンチに腰掛けてオズギュンと色んな話をしました。学校のことや将来のこと。映画祭のボランティアスタッフとして一緒に活動しているボーイフレンドのハディルのことも。来年、ご両親が定年退職してイズミールに戻ったら、彼と一緒に暮らそうかと考えているそうです。

彼女の話を聞きながら、私は映画祭に関わる人たちについて思い巡らせていました。トルコは一応モスリムの国家。でも、お酒も飲むし、新市街を歩く女性のほとんどはスカーフも被っていません。タバコを吸う女性も日本よりよっぽど多いくらいです。映画祭のスタッフに関しては、さらに開放されているような印象を持ちました。髪を伸ばした男性もいれば、逆にスキンヘッドのような女性もいる。学生のうちから同棲している人も結構います。しかし、一方では、今の政権はかなり宗教色が強く、宗教的な規範を取り戻そうとしていると聞きましたし、今でもタブーな80年代の軍事政権の歴史もあります。イスタンブールのような大都市だけ、そしてリベラルな人が集まるドキュメンタリー映画祭だから、こんな人たちに多く出会うだけなのかもしれません。

だいぶ寒くなってきたので、家に戻りました。オズギュンの部屋のソファベッドで寝かせてもらうことになりました。(部屋は翌朝撮影したもの)
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ハローキティの小物入れ。イスタンブールにある「ジャパン・バザール」という、日本のものを売るお店で購入したそうですが、日本のものとは微妙に顔が違いますcoldsweats01
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化粧台も女の子っぽいcherry
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気が付いたらもう2時ごろになっていました。今日も盛りだくさんの一日でした。

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