« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

[jp] 思いっきり付け足し

昨日より、数ヶ月ぶりに編集ソフトを使っての再編集作業に取り掛かり始めました。1月の中旬に3月21日上映版が完成したのですから、3ヶ月以上もの間が開いたことになります!

久しぶりに編集作業をしてみて、使い方を忘れてしまっていた部分が多く(例えば、動画から静止画を切り抜く方法や、全てのトラックのデータをいっせいに移動するショートカットキーなど)、マニュアルを見ながら作業をするなんて事態が何度か発生しました! 効率悪すぎです!!

それでも、何とか編集作業を続け、やっぱり入れようと思いなおしたシーンを2箇所入れてみました。

再編集について考えるときに、「取ってつけたような再編集はしたくない」と誓っていました。各パートごとは全体のバランスを考えて構成されていますので、そこに新たなシーンを加えることで、”取ってつけたよう”な印象になってしまうならば、それはちゃんと構成を考えないで加えたシーンといえます。そんな不自然な加え方になってしまうならば、オリジナルのままのほうが良いです。新たなシーンを加えたり、元のシーンを変更するもので、より良くなる場合のみ、再編集は行うものだと思います。

・・・そう思っていましたが、昨日の編集はまさに”取ってつけたような”シーンになってしまいました!!!!

つなぎ方や音の細かい部分も見て行って、微調整をしながら、(このシーンだけ浮いてしまっていないかな?)と考えながら、悪戦苦闘すること数時間。(これ絶対おかしいよ)とか、(ここに突然これ持ってきたら、なんか飛躍しすぎ)、とか(他のシーンではこんなしんみりしたシーンは入れてないから、こういうの入れるといかにも狙ってる感じ??)とか・・・。

細かく編集していくことで、だいぶ馴染んできたような気もするし、やっぱりまだやや浮いているような印象も受けるのですが、とりあえずこれぐらいで置いておき、他にもいじりたい部分や加えたい部分があるので、それらの作業をどんどん進めた後、全体の姿が見えた後で、個々の部分を細かく見て行こうと思います。

昨日やっと始めた再編集作業ですが、今日は朝から部屋の掃除(1ヶ月間していませんでした!!!)、資料の印刷などしていたら、こんな時間になってしまいました。今日はもう無理そうだな・・・。

今日の夜は住まいの貧困に取り組むネットワークのミーティングがあるので、それに参加します。

また明日に再編集作業をしたいです!

| | コメント (0)

[jp] 今日から再開

週末から今日の午前中まで、再編集作業が出来なかったのですが、今日の午後からはまた再開できそうです。昨日から今日の午前中にかけては、私が編集委員として参加している雑誌、「Plan B」の原稿を書いていました。昨日でほとんど書き終え、今日は見直して無事入稿。

Plan Bには、主に表紙写真の提供という形で関わっており、記事はたまにしか書きませんが、今回は私の新作について、先日の中国での体験なども交えながら書きました。4ページなので、6000字! いくら、長文ブログを書いている私でも、雑誌の原稿は、日々更新する私的なブログとは全く異なるので、書くのに苦心しました。

Plan B 2010年のバックナンバーでは、ブライアンのかつてのディスプレイの写真や、「もやい」イベントの写真、イギリス総選挙時のDemocracy Villageの写真、武蔵野市で開催されたメディフェスのシンポジウム、昨秋の反貧困集会の写真などを担当しました。

私の記事は6月号(第33号)に掲載されます。前作から新作の制作まで、居候生活、中国の自主制作事情など、バラエティーに富んだ内容になっています。

もしご興味のある方は、通販でお買い求めいただけますので、読んでみて下さいね~。(あ、でも発売日っていつなんだろう? 6月1日なのかな?? そんなことも知らないで編集委員やっててスミマセンcoldsweats01

| | コメント (0)

[jp] 慰問のチカラ

昨年から楽しみにしていたカイリー・ミノーグ、20年ぶりの日本ライブ。震災で、海外アーティストの公演がことごとくキャンセルとなっていたので、ホントに来るのかなぁ・・・と直前まで不安でした。それでも無事、カイリーが日本にきて、ライブも行われました。

あらゆるジャンルのライブに、こだわりなく出かけるのが好きですが、ライブのパフォーマンスや、アーティストの圧倒的な存在感に、めちゃめちゃ感動することは良くあります。それがライブの醍醐味なんだと思っていました。

でも、今回、カイリーのライブに行って、初めて「すごく元気をもらった」という気持ちになりました。「日本に来てくれてありがとう!」みたいな気持ちさえ持ってしまいました。チケットを購入したのは震災のずっと前ですし、別に自分が落ち込んでいるとも思わなかったので、ライブに行って自分がそんな気持ちになるとは、思いもしませんでした。

震災で被災された方々を思うと、東京に住み、計画停電も免れた私の生活は、なんでもないことだと思います。しかし、実際に被災をしていなくても、日々流れる震災のニュースを見て、見えない放射能の恐怖におびえ、海外の人からは大丈夫?と心配され、やはり普段の生活や精神状態とは全く異なる状態に、日本中の人々が意識的・無意識的問わず、置かれているのだと思います。そして不安や不満を抱えつつも、被災者でないのだから自分たちは我慢して、現在の状況に感謝すべきなのだ、というように自分に言い聞かせてきたようにも思います。

海外では一時、日本への渡航自粛令が出たなんてニュースを聞いたら、(海外の人にとっては、日本全体が危ない国なんだ、行ってはいけない国なんだ・・・)というニュアンスを持って響いてきたりとか、東京への旅行を計画していた海外の友人から「やっぱりしばらくやめておく」と連絡が来ると、やっぱり日本に住んでいる身としては凹んだりするもの。。。

知らないうちに、自分はそんな状態になっていたようで、震災にもかかわらず予定通り日本に来てライブを行い、私たちに直接励ましのメッセージとエールを送ってくれたカイリーに、予想外に励まされてしまったのでした!! 

(このすごい力は何だろう)と考えたときに、”慰問”という言葉を思い浮かべました。刑務所内の受刑者の慰問、戦地に派遣された兵隊の慰問etc、世間から隔離された極限の状況にいる人たちを、実際に訪問する行為。(実際に、この隔離された、危険かもしれない自分たちの地まで、この人は来てくれたんだ! そして私の目の前で今、パフォーマンスをしている!)、慰問により与えられるエネルギーは、ものすごいものがあると思います。歌だけでなく、演劇とか、落語とか、あらゆるライブの芸術、スポーツの試合とかに、きっといろんな人が、色んな場所で励まされているんだろうなぁ。。。

そんなことを考えた、カイリーのライブでした。

| | コメント (0)

[jp] とりあえず取り込み終了

今日も終日編集作業に集中できました。普段は、どんなに作業が途中でも6時にいったん中断して夕食を作るのが、居候生活中の私の日課なのですが、今日は姉が飲み会で帰りが遅いため、お菓子をつまみながら8時ごろまで編集作業を続けることが出来ました。

集中して作業をした結果、再編集で候補に上がった箇所を全て再生して見ることと、キャプチャしていない箇所の取り込み作業を終えることが出来ました!

再生しながら思ったのですが、昨日はとりあえずノートを見て面白そうと思ったところは、どんどんマーキングしながら拾っていったのですが。今日実際見てみると、(面白いけど、どこに入れるんだ?)というものや、(他にも似たようなもの拾っている)とか、(全体としては面白いことを言っているけれども、話が長すぎる)とか、そのままでは使うことが難しそうな素材も沢山ありました。

でも、中には”掘り出し物!”と思えるものも数点あり、今日はまるでフリマに行った気分で作業をしていました。

とりあえず、再編集で候補となるものは全てパソコン上に取り込んだわけですが、もっともっと絞込みをして、映像の細部までよく見て、それから、具体的にこれは使うか、どこにどうやって入れるか、ということを考えなくては、と思います。週末はまた出かけてしまって作業が出来ないのですが、これに関しては最低3日間ぐらいかけてよく考えるつもりです。

ところで、編集ソフト上で、チャプターごとにシーケンスを分けているのですが、このシーケンスの数がいつの間にか増えてしまっていました。シーケンス1~4は、最新のデータ(3月21日上映版)、5~8は1月に粗編集をしたときのデータ、9は予告編、10~13は中国の映画祭用に字幕を入れたデータ・・・となっているわけです。

今回再編集をするにあたり、かなり大胆な編集をすると、時に(もとの繋ぎかたのほうが良かった)という事態も出てくるかもしれません。そういうときのためにも、3月21日のデータに再編集作業をしていくのではなく、3月21日のデータを新たなシーケンスにコピーして、そこで作業をし、3月21日データはそのまま保存しておく、という方が安心だと思います。

そうすると、今度はシーケンス14~17を新設するわけで・・・

ここまで増えてしまうと、どのシーケンスがどのバージョンなのかが混乱してしまいますので、今日は一応自分のノートに書きとめておきました。

今日の作業はこんな感じでした。

| | コメント (0)

[jp] 自治会のこと

昨日に引き続き、今日もほぼ終日再編集作業に集中することが出来ました。

再編集を考えるときに、つい最近に聞いた二人のコメントがとても心に残っていました。一人は、映画を映像制作者批評会で観てもらった中井信介さんです。現在、中井さんも新作の編集真っ只中で、中井さんの場合はフィリピン語のドキュメンタリー、しかも完成披露上映会は私よりも早い日程で、缶詰状態で編集作業をしているそうなのですが、ついこの間、元気にしてるかなぁと思って携帯にメールしてみたら、私の映画について「あとは住民の人たちの人間臭さが出ると良いですね」と書いてありました。

批評会のとき、他の人から「住民に寄り添うスタンスの映画を」と言われたとき、なんとなくそれに対して異質感を感じていたのですが(もちろん制作者の私個人は寄り添って取材をするけれども、映画自体も寄り添って編集される・・・というのが、どんな結果になってしまうのか、と自分はそのとき不安になったように思います)、中井さんの”人間臭さ”という言葉を聞いたときに、なぜかそちらはスッと自分の中に入ってきたのです。でも、批評会のときに、他の人たちが”寄り添う”って言っていたのは、もしかしたらこの”人間臭さ”のことであったのかもしれないな。。。そんな風に考えたのでした。

意味的には同じことを言っているアドバイスでも、場所、時間、誰に、どんな風に言われたかで、受け止め方が違ったりすることがあるのかなぁと思いました。批評会は、編集直後に開いたので、今から思うと、特に自分の編集についてのこだわりの気持ちが強かったかもしれません。

もう一人は、映画道場でお世話になった菊池さん。彼にもDVDを観てもらっていました。構成については緻密になされている、と書いてあったものの、「住民の人が、自分たちでこの映画を撮ったら、もっと怒りがストレートに出ていたでしょうね」とも書いてありました。それが、私の中で引っかかっていました。

この問題が始まったのは2008年の3月でしたが、私が彼らに初めて接触したのは、2年後の2010年3月でした。すでに200世帯以上が移転しており、住民の人たちにインタビューしたときは、2年前の出来事(URの説明会とか)は結構淡々と、感情的にはならずに説明をしていました。

・・・とはいえ、やはりURに対する恨みとか、住民に相談することなくURの提案を受け入れた自治会に対する恨み言は、インタビューで沢山聞かされました。URよりも、自治会に対して怒っているという人も、少なくありませんでした。私は、自治会に対する不満を取り上げるかどうかで迷ったのですが、そもそもこの原因を作った張本人はURであり、住民組織の自治会はその決定に従っただけ。なので、自治会を取り上げるのは問題の本質ではないと思ったし、この映画を全国の団地自治会でも上映してほしいと思ったので、自治会の批判については触れないでおいたほうがベターかも、と思ったわけです。

しかし、自分たちの住まいが脅かされることになったときに、唯一の頼みの綱は、まず自治会です。自治会が、その会員でもある73号棟の住民たちに、報告・相談もしないでURの申し出に同意してしまったというのは、かなりショッキングな事実でしょう。そして、住民たちは、自治会を支持する派、反対する派に分かれて対立していく・・・。

立ち退く、立ち退かないが理由で、本来は争う必要のない住民同士が対立させられ、分断させられる。建物に居残る住民たちが孤立する・・・このような構図になってくれれば、追い出しを成功させたいURとしては、とても都合が良いわけです。自らが手を汚すことなく、住民同士がいがみ合うことで、追い出しが進んでいくのですから。(こういった構造は、原発や米軍基地の受け入れをめぐってコミュニティーが破壊されるのと、全く同じ構造だと思います)

このような巧妙なURの追出しの仕組みを明らかにしていくためには、やはり自治会のことも取り上げるべきではないか?と思いました。これから、URに限らず、公社住宅なども削減が進んでいきます。住民の追い出しが増加する中で、唯一の住民による組織である自治会が、本当の意味でその力を発揮するようになることを願って、私は敢えてこれを取り上げようと思いました。

ちょうど今日、言論・表現の自由を守る会の垣内さんとメールでこの新作についてやり取りをしていた際に、ご主人が団地の自治会長さんをされているということで、自治会や自治協のことが話題になりました。そのことについて意見を交換する中で、(自治会については必ず取り上げたい)という思いは決定的になったように思います。

そんなわけで、再編集では、住民の怒りや素朴な声がもっと反映された映画になっていくと思います!

・・・そんな風に思うようになると、たちまち、3月21日上映版が物足りないものに思えてきました。。。weep

今日は、そんな思いで、素材について全部書き出したノートを最初から読み返していきました。全7冊あるのですが、集中して読んでいったら、先ほど全てを読み返し終わりました。

全7冊のノート(再活用で重宝するので、苦労して作った甲斐がありました)
Dsc01324

新たな目で見返していって、面白いと思ったエピソードにどんどんピンクの蛍光ペンでマーキングをしていきます。こんな感じ。
Dsc01328

かつて「X」印をつけた箇所も、結構復活しました。

Dsc01330

印をつけたページにはポストイットを貼り付けておきました。ポストイットはこんなに沢山になりました!
Dsc01326

この作業、構成も何も考えずに、面白いと思った箇所だけをマーキングしていったので、とても気楽な作業でしたが、でも、実際にどこに、どうやって使うのかを考えたり、実際の映像を観てみたら、つかえないものが沢山あると思います。もともと、トピックとして使わないとして「X」としただけではなく、素材そのものとしても「きちんと撮れていなかった」とか、「話が途中で変わっている!」とか、そういった理由でボツになったものも多いのですから。

最もありえるパターンは、このノートは、とった素材の内容の”要約”でしかないので、実際の素材を観てみたら、語りが冗長でだらけてしまっていたり、実は要点がぼやけていた、とかがあります。この点について、例えばドロップアウトTVの遠藤さんの、テープ書き起こし作業を以前少しお手伝いした際に、「会話は一字一句そのまま書き出すこと」という方針で、数人がかりで数十本の書き起こし作業をしたのですが、それはものすごく大変な作業ではありますが、”これは本当に使える素材かどうか”を瞬時に見極めるには、それが一番有効だと思います。

実際に一字一句の書き取りをやってみると、人の会話はかなり無規則・無秩序に進んでいることがわかります。例えば、「ええと、昨日は、本当はいったん家に帰ろうかとも思ったんですが、でも、仕事がまだ残っていたし、あ、そうだな、家にまっすぐ帰りたくないという気持ちも、実は少なからずあったわけですよ。だから、行きつけの飲み屋があって、まぁ、昔からの腐れ縁みたいな感じですかね、そういう友達が何人かいて、みんなそれぞれに今は家庭を持ったりして、昔は羽振りのいい奴もいたんですよ、これでも。数年前に健康診断で引っかかっちゃいましてね。深酒はするまいと決めているんですが、やっぱりダメですね、断れないんです」・・・といった状態で進んでいくわけです! 結局のところ、”要約”では「この人は昨日まっすぐ家に帰りませんでした」と表記されるに過ぎないのですけれど。実際の人の会話というのは、ニュースキャスターが原稿を読むように語るということは、皆無なわけです。

私の場合、素材テープの一字一句の書き取りはしませんでした。だって、私の場合は170時間以上テープがありましたから!! なので、また実際に候補の箇所を見返さなければならないのですが、でもまぁ、そんなにとんでもないボリュームを候補としてあげたわけではないので、何とかなるかなぁと楽天的に考えています。

明日は、これらのマーキングした箇所を再び読み返し、キャプチャーして取り込んであるデータは実際に再生して確認をし、素材管理のエクセル表に記入していきます。中には、キャプチャしていないものもあるので、それらに関しては、キャプチャ作業もします。多分これらの作業に3~4日間ぐらいかかるかな。

今日はそんな状態でした。

| | コメント (0)

[jp] イギリス以外の交流

現在、再編集作業中ですが、昨日は色んな事務作業に追われて、何も編集作業が出来ませんでした。今日は朝から夕方まで編集作業だけに集中することが出来て、この映画を作る意義といったような壮大なテーマについての、現在の自分の見解をひたすら文字にして書きまくりました。その後で、映画の全構成をまとめたエクセル表をみながら、要変更箇所を記入していくという作業を終えました。

この映画を作る意義、ですが、例えばこんな項目を立てて、自分の気持ちを整理していきました。

・この映画を撮ろうと思った理由

・実際に取材を始めて、自分の気持ちに変化はあったか

・誰に訴えたい映画なのか?

・自分の立ち位置は? 各登場人物(住民、専門家、URなど)のバランスは?

・大学教授に登場してもらった意図と注意事項

・映画として成立させることと、ジャーナリズムは、自分の中でどのように両立(または消化)させているのか

・・・といった項目を立て、それぞれに自分の思いを書き綴っていきました。書いてみることで、意外な発見や、気がついたけど手遅れなもの、今からでも何とか改善できるかもしれないもの・・・などがありました。でも、一番大きな効用は、自分の立場について、自分自身をある程度納得させることができた、というものかもしれません。

批評会でいろんな意見をいただき、初上映会後で感想をいただいたりした後で、自分の中では、どの意見もその通りで、でもそれぞれの意見が全く違って・・・と、混乱するような感覚があったのですが、た~~~くさんの意見の中から、「自分はこれで行こう」と”腹を決めた”風の気持ちが芽生えてきました。もちろん、(こうすれば良かった)という後悔ポイントは沢山あるのですが、自分の持つ素材を一番生かせる形でやるにはどうしたらよいか、という発想で取り組みました。

自分のこの映画に対する思いは、また明日にも書いたものを読み返して、さらにはっきりとさせたいと思います。それが終わったら、次は素材テープを記録したノートを最初から読み返していくことにします。

ところで、全く話が変わりますが、私は外国人の友人といえば、これまで国籍問わずイギリスに住んでいる(もしくは住んでいた)人がほとんどでした。この前の「映画道場」以降、そこで知り合ったアジアに住む外国人たちとメールでやり取りをしていて、いろいろと面白い発見があったので、今日はそれを書こうと思います。

まず、タイ人の監督さんなのですが、いつもメールの中で「555」が多用されます。(なんじゃそりゃ)状態で、使用意図が全く分からなかったのですが、ネットで「555 Thai」で検索してみたところ、ウィキペディアで「555 (number)」というページがあり、そこで「The Thai version of lol in a text conversation. "5" in Thai is pronounced "ha," so three of them would be "hahaha."」と書いてあったのです。つまり、日本語メールで言うところの”(笑)”ってやつ! 全く知りませんでした。。。

また、映画祭を観に来ていた香港在住のフランス人・セバスチャンは、私の映画も観てくれたのですが、香港の公共住宅について、参考になる情報を送ってくれました。

例えば、そのひとつが「石硤尾」(Shek Kip Mei)。ウィキペディアにもこれに関するページがあります。中国本土から香港にわたり住んだ移民たちが暮していた、貧しいスラム街が、1953年に大火事となり、5万人以上の人がホームレス状態となったそうです。そこで、当時の香港の統治者は、彼らのために市価の10分の一程度の家賃で住める超高層の公共住宅をそこに建設したのですが、そこはしばしば訪れる観光客たちから「まるで牢屋」といわれるような、とても狭く、極悪な環境。それでもその場所に半世紀以上にわたり公共住宅として存在していましたが、3年前に完全に閉鎖されたのだそうです。

もうひとつは、「牛頭角下村」(Lower Ngau Tau Kok Estate)。こちらもまたウィキペディアにページがあります。ここも香港では有名な、歴史的に知られる公営住宅だそうですが、昨年完全に閉鎖されたとのこと。

香港の公共住宅についてのページもありますが、その過密振りと高層振りは尋常じゃありません!!! 日照権とか、”快適で安全に暮す権利”とか、そういった発想はまるで皆無のようにさえ見えます。日本や欧米でこんなの建設したら、”人権派”みたいな人でなくとも、きっと反対することでしょう。

香港の公共住宅の写真(拡大版)はこちら

普段、日本で公共住宅の学習会などに参加する機会は多いほうの私ですが、アジアの公共住宅についてのシンポジウムや紹介例は見たことがありません。(あるかもしれませんが)。でも、中国の追い出しで、追い出しに応じない場合は建物ごと爆破する、という事例にも現れているように、日本以上にトンデモナイ状況なので、モデルケースとして研究する人がほとんどいないからなのかもしれません。だって、こんなのみたら(日本は全然マシじゃないか!)と思われるのがオチですからcoldsweats01

日本の公共住宅の研究者たちの関心は、ヨーロッパ諸国に向いているものがほとんどです。ヨーロッパの水準と比べて、日本の水準の低さを批判し、アメリカの例を紹介して「このまま行けばアメリカ型の自由市場に晒されてしまう!」と警鐘を鳴らす。それが一般的な研究事例報告のように思います。

でも、世界を見渡せば、きっとさまざまな公共住宅のバラエティーがあるのですから(良くも悪くも)、それらをもっと知りたいとも思います。そして、もし私たちより悪い環境の公共住宅がある国ならば、一緒に良くなっていけるように、活動を連帯させるとか。ヨーロッパ一辺倒ではなく、これからはこんな動きが高まっていくといいな、と思います。

私自身も、ここ数年はイギリス中心のヨーロッパが、自分の中である種の”スタンダード”となっていた節がありますので、これからはもっといろんな国の人たちと交流していきたいです!

そんなことを考えていたら、今日はブライアンの上映会についての問い合わせメールが、アメリカから届きました。どこかで私のサイトを見つけ、連絡をくれたようです。シカゴ州在住のアメリカ人(?名前から察するに)から。「ブライアン」は、海外上映はイギリスとトルコしかしたことがないので、アメリカでも上映できることになったら良いなぁ! これからDVDを送るので、観て、気に入ってもらわないと上映は実現しませんが・・・。

同じ英語圏とはいえ、アメリカとイギリスではだいぶ国民性が違いますから、ブライアンはどう映るんでしょうね・・・。それも興味があります。

無事上映が決まると良いなぁ・・・。

| | コメント (0)

[jp] 「さようならUR」あらすじ(英語版)

今日は、雲南映画祭カタログ用に書いた、「さようならUR」のあらすじ(英語版)を紹介したいと思います。この作品は、日本人向けに、裁判が始まる頃から上映を始め、公共住宅の必要性について訴えて行きたい、という特定の目的を持って作られた映画なので、海外で紹介するとなると、日本社会の中で、戦後の住宅事情はどのような変化をしてきたのか、日本特有の公共住宅事情などについて触れない限り、73号棟の問題を理解することは難しいです。

なので、英語版「あらすじ」は、映画のあらすじは半分以下で、ほとんどを背景の説明に割きました。 映画に英語字幕をつける作業をしていたときにも、字幕によって背景説明を補う部分が結構発生しました。

例えば、映画では「事業仕分け」のシーンがあるのですが、この事業仕分けが何なのか、海外の観客には分かりません。そこで、事業仕分けシーンの冒頭、ギャラリーと仕分け人たちを映すロングショットがあるのですが、そこに、自民党時代に作られたさまざまな独立行政法人が、天下りや腐敗の温床となっていた、それにメスを入れるため(←というふれこみで、でしたが)、政権交代によって登場した民主党政権は、事業仕分けを行った・・・というような解説を加えました。

それ以外にも大小さまざまな説明を英語版では加えたのですが、それらの作業を通じて、(日本人向けにはこれらのことは”前提”として敢えて言及していないけれど、入れたほうがよりはっきりするのでは?)と思ったところも、多々ありました。

英語字幕入れ作業で気がついたことは多く、それらは今やっている再編集作業にも反映したいと思います。 下記が英語版あらすじです。日本語のあらすじとはだいぶ違うので、興味のある方は読んでみてください。

Because of Japan’s aging society it is said that available housing will eventually be in excess supply. However, due to the lack of social welfare services for public housing, reasonable state-run accommodation is not sufficiently provided for low-income earners. The widening of the income gap between rich and low-income earners worsens this situation. Some state-run accommodation has 100 times more applicants than the maximum number of residence the house can hold – this is a higher rate of competition than the university entrance race!

In this situation, the affordable flats provided by the former Japan Housing Corporation, currently the independent administrative institution, UR (Urban Renaissance Agency) have been playing an important role in accommodating low-income earners. These people are excluded from social welfare and do not receive help with accommodation expenses. The company, established in 1950s, was set up in order to resolve the severe housing shortages for middle-class workers during the period of rapid economic growth. Nowadays more than 30% of the residents are low-income pensioners.

UR has become Japan's biggest housing corporation and owns over 760,000 flats nationwide. At the same time, the company has also been suffering from its 13 trillion yen debt. This debt was incurred due to its reckless management during the Bubble economy years and the corrupt relationship with government officials. The company is now facing to privatization. UR and the Japanese government announced a plan to demolish 50,000 UR owned flats within 10 years and sell the land to developers in order to reduce the debt. It means at least 50,000 people including families will be forced to relocate to more expensive flats or be evicted and receive a small compensation payment.

Shortly after the announcement of the demolition plan, the company decided to demolish their eleven-story flats in Hino city, Tokyo. According to UR, the 40-year-old building does not meet the new quake-resistance standards. The residents were surprised because the company had previously informed them they would carry out strengthening work on the building.

The residents have doubts about the company's decision, UR are now stating that renovation to meet the quake resistance standard is impossible. The residents requested the structural drawing of their flats under information disclosure law so they could examine them with experts. However, UR refused to release the information due to, “safety and security” reasons.

Seven families are still living in the dead quiet building after the eviction deadline set by UR had passed. In February 2011, UR filed a lawsuit against the residents for, “illegal” occupation. This is the Japan's first court case over a dispute of the legality of eviction caused by the lack of quake-resistance. Lawyers are concerned that the court’s decision will affect millions of other old apartments and their inhabitants.

The Japanese filmmaker, Yumiko Hayakawa, was interested in making a film about this subject and went to meet with the residents. Due to Yumiko’s filmmaking career with irregular income and reliance on family members for accommodation, she became aware of the importance of public housing. Through interviews with the residents, housing experts, lawyers, the UR president and the government, the film shows the difficult housing situation in Japan and clues as to how we can deal with it.

| | コメント (0)

[jp] オンライン・ストレージ

昨日は夕方から外出し、今日も午前中から出かけてしまったので、再編集作業のほうは、シーケンス3までの詳細を書き出したところまでしか進んでいません。

昨日は映画道場で一緒だった中国の監督さんから、私が送ったYouTubeのリンクが見られないと言うメールが来ました。YouTubeも中国では見られないのだそうです・・・! Proxyサーバーとか、いろいろ抜け道を試してみたそうですが、見られなかったとのこと。

なので、オンラインの無料ストレージを利用して送ることを考えました。写真ファイルや文書のやりとりには、私は「宅ふぁいる便」をこれまでから利用しています。このサイトは便利ですが、問題は100MBまでしか送れないのと、相手に送られるお知らせメールが日本語なため、相手が日本語を理解できない場合、ダウンロードの方法が分からないと言うことです。

また、「宅ふぁいる便」では、送信したデータの保存期間というものがあります。その期間内でないとダウンロードが出来ないのです。アップロードするデータによっては、その後も繰り返し別の相手に送付したいものもあります。(例えば、映画のスチール写真などは、上映会を開いてくださる方々にそれぞれ送付しています)

よって、保存期間後にまた毎度アップロードするのも、なかなか手間と時間がかかってしまうので、オンライン上のストレージサービスで、無期限で保存できる、また英語でも表示されるものを探していました。

その結果、少し前から使い始めたのがWindowsの「SkyDrive」です。これはひとつのファイルが50MBで、無期限でデータは保存されます。合計で25GBまで無料で保存が出来るのです! しかも、Windowsが運営しているので、画面の表示言語がたくさんあり、ユーザーは自分の言語を選んで表示できます。

なので、最近はこのSkyDriveを使ってさまざまなデータをやり取りしていました。

しかし、今回私がYouTubeにアップしたビデオ動画は50MB以上のものばかりで、中には300MBのものもあり、SkyDriveの制限を越えてしまっています。1ファイルあたり、1GB以上のデータがやり取りできる、無料のオンラインストレージで、かつ英語のもの、を新たに探すことにしました。

ネット上で検索したところ、いくつもGB級のデータをやり取りできる無料オンライン・ストレージはありました。どのサイトも、無料・有料会員で出来ることが微妙に違っているので、それらを比較しながら、自分にとって一番使いやすそうなものを選びました。

私が最終的に選んだのは「ADrive」。無料で合計50GBまで使用でき、1ファイルの容量は2GB! これならYouTubeレベルのビデオだったら、問題なく納まる容量です。HDクオリティーの動画のやり取りだって可能。

早速無料会員登録し、データをアップしてみましたが、動作も直感的で使いやすく、データもJavaを利用してアップするので、分かりやすかったです。

問題は、中国側でそのサイトにアクセスできるかですが・・・。

今日メールでダウンロードのためのリンクを送ったので、ツォン・フォンからの返事を待ちます・・・。

| | コメント (1)

[jp] 再編集作業を始めます

雲南のブログ書きを終えたら、チラシやウェブサイトのことを解決して、その後再編集作業に取り掛かる・・・と目論んでいましたが、チラシ・ウェブサイトともにまだ解決せず、とりあえず再編集作業をどこから、どうやって始めるのかを考え始めよう、と思いました。

「ブライアン~」はイギリスで、ほぼ一人で編集し、試写会をせず完結させたので、再編集作業と言うのは、私にとって初めての経験です。いったん”完成”のつもりで作ったものを壊し、再構築する作業は、ある意味、まっさらな状態でゼロから編集するよりも難しい作業のようにも感じてしまいます。

例えば、試写会で指摘されたこと(こういう場面を挿入したら良いのではないか?と言ったようなアドバイス)を、それだけ単独に付け加えても、それは全体の構成の中でとても違和感があるように感じます。なので、最終的にどれだけの再構築作業になるのかは未知数ですが、ゼロベースで、どんな可能性もありだというくらいの気構えで取り組みたいと思っています。(それで最終的にほとんど構成が変わってしまうと言うこともありえますし、逆に紆余曲折の末にほとんど構成を変えなかった、という事態もあると思います)

試写会で指摘されたこと、数回の上映を通して言われたこと、そして外からの指摘ではなく、自分の中で時間を置いてみて内側から湧き上がってくる気持ち・・・などなどを全て考慮して考えてみたいです。

・・・と、どういう気持ちで再編集に臨むのか、という心構えについては出来たつもりですが、それを実際どういうプロセスと順序でやればいいのかということが問題です。

その順序について、数日前から考えていました。

とりあえず、私は今の自分の映画の構成がどんなものなのかをしっかり把握することが必要だと考えました。

エクセル表で、映画の中で使われている全ての映像、音声(インタビュー、ナレーション、環境音、音楽)、そしてそれらを使おうと思った意図を記した表を作ろうと思います。

これはまた膨大な作業量ですが、でも幸い、雲南の映画祭で英語字幕翻訳のために会話は全て日本語で書き取っています。それに他の情報を加えてやれば良いでしょう。

この表をわざわざ作り、使おうと思った意図も今の時点でまた記入していくことで、”本当にこのつなげ方は有効か?”、”ここで言いたいことはきちんと伝わっているのか?”ということを、再度自分に対して問えると思うのです。

このやり方が有効かどうかはわかりませんが、とりあえずこれをやってみたいと思います。

それが完了したら、次は映画を作る目的、何を一番伝えたいのか、制作者としての自分の立ち位置を、書き出す作業をしたいです。これは、10月の時点でも、素材テープを見直す作業をする前に何日かかけてやりました。そのとき書いたときの自分と、編集作業・試写会・上映会を経た今の自分の気持ちはだいぶ違っていると思います。再編集作業を行う前に、改めてもう一度自分に問い直してみるため、それをやりたいです。

自分の気持ちを固めた後は、全素材の内容を記録した7冊のノートを初めから新たな”目”で読み返し、使えそうなところがあるか洗い出す。

それから、実際の再編集作業のために、再度構成を考える・・・という作業をやりたいと思います。

今回もまた、パソコン上での編集作業に行く前にいくつもの山を越えなければならない状態ですが、でも、前回の経験同様、オフラインでの作業にどれだけ時間を費やし、きちんとしたものを作るかが、パソコン上の作業に大きく関わってくることは間違いないので、これからしばらく(目安は3週間ぐらい?)、これらの作業に専念したいと思います。

再編集の過程についても、日々ブログ上で公開して行ければと思っています! このブログを読んでいただいている方の中には、すでに試写会や初上映会でご覧になった方もいるので、一度観た映画がどのように変わっていくのかは、興味深いかもしれませんね。

| | コメント (0)

[jp] 闘うべき?

雲南レポートを書き上げて一安心と思っていた矢先、イギリスのポールから、私のブログがイギリスでブロックされていると言う連絡が来ました!

中国のドキュメンタリー制作事情について、かなり詳しく書いたし、(え? 政治的にやばいと思われたかしら???)と思ったら、なんと「ポルノ規制」が理由だそうです・・・!

ブログにアクセスしようとして表示されたというメッセージは以下:

"Access Denied
The web resource has been identified by your administrator to be unsafe or unsuitable for you to access. The resource has been blocked. No further action is required.
Reason: The category of Pornography has been blocked by your System
Administrator"

要するに、システム管理者により、このブログは危険、もしくはアクセスするのにふさわしくないブログとして認識されたそうです。理由はポルノに関わる内容のため。

ちなみに会社のパソコンでブロックされただけで、家のパソコンでは大丈夫だったそうです。

いやぁ、一応イギリスでジャーナリズムなるものを学んだ私が、まさか初めてのブロックが、政治的理由ではなく、ポルノとは!! 

思い当たる内容としては、日本のAV女優がアジアで人気だということを書いたエントリーだと思いますが、イギリスの会社でブロックされたために記述を削除するのは嫌ですし、このまま掲載しておこうと思います。

それとも、表現の自由を規制するな!と声を上げるべきでしょうかhappy01

まぁ、ポルノの記述があってもなくても、会社の業務とは一切関係ないブログなので、「このブログのブロックを解除してくれ」とは、あまり大きな声で言えないと思いますけど!

初めての経験だったので、驚きました。

| | コメント (0)

[jp] 雲南お土産編

お土産だけで1エントリ書くのも変な感じがしますが、今回の旅行で手に入れたものを紹介します!

まずは資料類。映画祭のカタログ、DVD、本など。
Dsc01244

知り合った映画監督たちから、英語字幕入りのDVDをもらいました。これから見ていくのが楽しみです。私も4枚DVDを焼いて持って行きましたが、全然足りなかったと反省。名刺も40枚ぐらい持って行きましたが、全てなくなってしまいました。映画祭に参加するときは、多すぎるかなと思うぐらい持って行ったほうが良いと思います。
Dsc01249

映画祭のニュースペーパー
Dsc01252

食べ物関係(お菓子、おつまみなど)
Dsc01258

お茶関係(すでに紹介済みですが、再掲)
Dsc01253

洋服、布、小物入れ類
Dsc01265

大理で購入した大きな藍染の布。(藍の絞り染めの布は大理の代表的なお土産品だそうです)
Dsc01264

かわいいポーチ。カメラ機材の何かを入れる袋とかで活躍しそう。(でも毛羽立つ素材は精密機械に良くないので、カメラには使えないかも、ですが)
Dsc01266

映画祭時に使った名札
Dsc01271

Dsc01272

以上です!

=======================

さて、4月8日(金)から書き始めたこの雲南レポートですが、予想していた1週間より1日早く、本日書き終えることが出来ました。書き終えて、一安心です。

以前のトルコレポート以上のボリュームの文章と写真になりましたが、読んでくださった方々、どうもありがとうございます&大変お疲れ様でした。ぜひ感想等聞かせてくださいね!

1日ぐらい何もせず、だら~っとしていたい気分です。週末からまた動き始めようかと思います。今日は、これからブログのバックアップをしようと思います。せっかく書いたものが消えてしまったら悲しいので・・・。

では、良い一日を!

| | コメント (0)

[jp] 雲南その12(4月4日)

帰国日は朝6時前に起きて、最終的な荷造りをしました。短い時間の割にはきちんと眠れたようで、そんなに眠くはありませんでした。

7時にロビーで良太さんと会い、ジダン、フォン・イェン、朝子さんに見送られてタクシーに乗り、昆明空港へ。朝の早い時間帯だったので、渋滞はなく、タクシーはものすごいスピードで走ります。運転手さんはシートベルトをしていませんでしたし、客席のシートベルトは壊れて使えませんでした。

空港に着き、チェックインを済ませます。大量のお土産、本やDVDなどの資料で行きよりも5KG近くスーツケースが重くなっていました。

チェックインの後、お土産屋さんを見て回りました。前日の買い物はジダンに日本円で交換してもらったので、私はあと70元ぐらい残っていました。良太さんも100元以上余っているということでした。

次いつ中国に来られるか分からないし、使えるだけ使ってしまったほうが良いと考えて、お土産やさんでちょうど使いきれるような値段のものを組み合わせて買うようにしました。お茶、ドライフルーツ、おつまみ、甘栗で、ちょうど70間ぐらいになると計算し、レジに持って行きます。

レジの人が計算したところ、商品の合計は73元で、私の所持金は68元だということが判明! 簡単な足し算さえ間違う自分を情けなく思いましたが、これらのお土産を買えるものだという前提でレジに進んだ私は、いまさら何かをあきらめたり、また別のものを探す気力が起きませんでした。そこで、空港のショップではありましたが、値引き交渉を!

お財布の中身を見せて「ね? 空っぽでしょ??」と主張し、最終的には68元にしてもらうことが出来ました!! 謝謝! 一緒にいた良太さんはびっくりしていたようですが・・・

お土産を買い、文字通り一文無しになった状態で、昆明から広州まで飛びました。

さて、広州では乗り換えの待ち時間が4時間近くありました。昆明からの機内食は出たものの、それだけではお腹がすいてしまいます。・・・とはいえ、私は昆明で所持金を使い果たし、中国元を持っていません。

一方の良太さんは、乗り換えの待ち時間と、広州でも何かお土産をと考えて、ある程度の元を残していました。

広い空港内を歩いていると、それだけでもお腹がすいてきます・・・

空港内のレストランはどこも高く、街中では6元で売られていた麺類が、70元以上からと、かなりのボッタクリでした。でも、そもそも1元も持っていないので、値段にかかわらず、何も食べれないのですが・・・!

あまりに計画性のない私に対し、良太さんの所持金で、二人分のビールとおつまみを買い、それをお昼ご飯にしようということになりました。どうもありがとうございます!!!!

良太さんの所持金で購入した品々。結構充実していることに感動happy02
Dsc01240

飢えから救ってくれた良太さん。どうもありがとうございました。多分彼の記憶の中で、私のことは”なってはいけない大人の例”として刻まれたように思いますgawk
Dsc01241

広州から成田行きの便に乗り、無事日本に帰国。約10日間の旅を終えました。映画祭&道場という貴重な経験が出来て、帰国直後からその影響を感じていますが、きっと今後もじわじわと、このときの経験が自分に役立ってくると思います。

どうもありがとうございました!!!!

| | コメント (0)

[jp] 雲南その11(4月3日)

この日は、朝早くに起きて荷造りを済ませました。朝のうちに荷物をまとめて一箇所に集め、それからハイキングに出かけることになっていたからです。

バスに乗り、蒼山に向かいます。この日も真っ青な空!
Dsc01018

Dsc01019

若井さんとGui Shuzhong。なんか怪しい新婚旅行カップルのようで思わず写真を撮ってしまいました。
Dsc01022

白族の村は家の壁なども白です。この空の青さ、尋常ではないですよね? 少なくとも東京ではこんなにすっきりした青空を見ることはまれです。空気がきれいなのと、標高が高いせいで、気温がそんなに高くなくても日差しがずいぶん強く感じます。
Dsc01024

30分もバスに乗ると、蒼山のふもとに到着。
Dsc01025

Dsc01026

ロープウェイで上まで上がり、そこからハイキングをするとのことです。
Dsc01029

Dsc01030_2

森林防火警察の車両。森林火災防止のため、この山にライターを持って入山することは禁止されています。みんなバスを降りて、登山前にとりあえずタバコを吸いまくっていました。
Dsc01031

日差しがとても強いので、急遽帽子を買うことに。私は10元で麦藁帽子を購入しました。
Dsc01032_2

Dsc01034

お土産も買いたかったのですが、ジダンに「ここは街中の3倍以上」と言われ断念。
Dsc01035

ロープウェイ乗り場には「軍人優先」の文字が。
Dsc01040

列に並んで順番を待ちます。6人乗りのゴンドラで、20分近く乗るそうです!
Dsc01041

ここは中国でも有名な景勝地なんだそうです。(基礎知識は限りなくゼロで行ったので、知りませんでしたcoldsweats01
Dsc01042

Dsc01043

Dsc01045

ゴンドラ乗り場からすでに眺めが美しくて感動! 街並みの向こうにジカイ(大きな湖)が見えます。
Dsc01046

いよいよ私たちがゴンドラに乗る番がやってきました!
Dsc01047

朝子さん、フォン・イェン&お母さん、Lu Bin、愛さんとともに乗り込みます!
Dsc01049

ゴンドラの中
Dsc01051

うわ~、かなり高い! フォン・イェンは実は高所恐怖症だということで、景色は一切見ず、目の前のお母さんだけをずっと見ています。

標高が高いだけでなく、このゴンドラの高さが地上から異常に高いんですよ。それがまた怖いのですが、でも、景色が雄大で圧倒されてしまい、一人で写真を撮りまくっていました。

Dsc01058


Dsc01059

Dsc01060

Dsc01061

Dsc01063

Dsc01064

ロープウェイの駅に向かい、最後はなぜか下って行きます。
Dsc01068

Dsc01069

下りの景色、それはそれでまた怖い感じ・・・
Dsc01071 


Dsc01072_3

ロープウェイから降ります。
Dsc01079

Dsc01076

写真に写っている人、普通に腰掛けていますが、後ろは絶壁!
Dsc01075

これがハイキングコースです!いくつもの山が連なっています。
Dsc01082

Dsc01083

道順案内板
Dsc01077

30人という大所帯なので、おおざっぱに3つの班に分かれて歩くことになりました。(途中からこの班分けはぐちゃぐちゃになりましたが)
Dsc01086

Dsc01088

ハイキングコースの一番初めは長い階段。

Dsc01093

Dsc01092

階段のあとは、ほとんど整備された平坦な道だったので、全部で5時間近く歩きましたが大丈夫でした。
Dsc01096

Dsc01095

ロープウェイが見えます。
Dsc01098

Dsc01099

それにしても景色が雄大すぎる!
Dsc01104_2

Dsc01106

私はハイキングのために、カメラ、ビデオカメラを用意してきたので、大きなリュックを背負っていました。Gui Shuzhongが持ってくれることに! そのおかげでずいぶん楽できました。
Dsc01108

Dsc01109

Dsc01110

ひたすらこんな感じです。

Dsc01111

Dsc01112

Dsc01115

Dsc01116

Dsc01117

Dsc01118

多摩川さんが「山の景色ってカメラに収めるの難しい」と言っていましたが、私も同感。景色が大きすぎて、一部分だけを写真に収めても、これがどんなものなのかいまいち伝わりにくいと思います。

Dsc01119

Dsc01120

Dsc01123_2

Dsc01124

ところどころに、岩の隙間に枝を差し込んだものを見かけます。ジダン曰く、健康祈願なんだそうです。
Dsc01128

景色の撮影が難しいと理解しつつも、やはり沢山写真を撮りたい衝動に駆られます。
Dsc01130

Dsc01135

Dsc01138

Dsc01140

途中で沢がありました。
Dsc01141

2~3キロごとに、登山者たちの氏名を書く受付所があります。
Dsc01149

Dsc01143

Dsc01150

ご飯を食べる軍人(警察?)の人たち
Dsc01153

Dsc01146

私たちも2時間ほど歩いたので、お昼休憩となりました。ホテルから持ってきたパンと、ゆで卵、バナナ、水が今日のお弁当です。

Dsc01162

Dsc01151

Dsc01158

Dsc01160

きゅうりを手で折って、配っていました。
Dsc01161

相変わらず美しい眺め。
Dsc01164

マオ・チェンユがカウボーイハットをかぶり、昔のアイドルっぽかったので思わず写真を。これ、ブロマイド写真にしたいです。
Dsc01165

Dsc01166

お昼寝する人も
Dsc01172

インとウィ
Dsc01170

お昼休憩の後は、また歩き始めました。後半は、ケイと話しながら歩きました。現在、4つのドキュメンタリー&フィクションの企画があるそうです! 2つは、他の映画監督とのコラボで、残りの2つは自分自身の企画。週の半分は美術館で仕事をしながら、空き時間で映画を作っているそうで、まだこの4本の企画には着手出来ていないといっていました。

今回の道場であった人の多くが、映画以外の仕事をしながら映画作りにも取り組んでいる人たちでしたが、私自身は居候という状態に甘んじて、映画作りだけをやるという環境にあります。これは100%姉のおかげなのですが、でも、ず~~~っとこのままで良いのかという葛藤は常に自分の中にあります。もし将来、映像以外の仕事をしながら映画作りに取り組むとしたら、今以上に気持ちの切り替え・時間の有効活用が必要になってくるでしょう。今でさえ、映画の編集作業と雲南のブログ書きを同時にするのは困難って思っているぐらいなんですが・・・。賃労働と映画作りって、メンタル的に両立は難しそう、と、かなりハードルが高く感じてしまいます。

・・・よって現状維持!という結果に落ち着くのでありました。

さて、話が脱線しましたが、蒼山の写真の続きです。
Dsc01175

Dsc01179

Dsc01180

Dsc01184

Dsc01187

Dsc01188

Dsc01190

つり橋もかなりの高さがあります!

Dsc01191

Dsc01192

Dsc01195

Dsc01196

だんだんゴールが近づいてきました。
Dsc01199

下りはリフトです。リフト乗り場近くにて。
Dsc01200

洗い物中。
Dsc01202_2

リフトに乗る前にひと休み
Dsc01203

Dsc01204

リフトはとても簡素な造り(ウェストあたりに安全バーがあるだけ)でしたが、ロープウェイと同様の高さまであがります!! これはかなりデンジャラス!
Dsc01208

リフトの真下を歩いている人たちも結構いるのですが、それはそれで怖くないのでしょうか・・・

Dsc01210

横風を受けてリフトが揺れるたびに大騒ぎでありました。
Dsc01209

安全上は大いに問題があるものの、眺めは最高! パラグライダーとか、パラシュートに乗っているような気分でした。
Dsc01211

リフトを降り、大理市内へ戻るバスに乗りました。希望者のみ途中下車して、お土産を買いに行くことに。私もバスを降ります。成田空港で9300円分両替しましたが、お土産台意外にほとんど使わなかったため、まだ200元ほど残っているのです。大理のお土産を買いたいと思っていました。

お土産屋が立ち並ぶスポットへ
Dsc01212

Dsc01213

色鮮やかな民族衣装が並んでいて、買いたい気持ちにもなりますが、帰国したらきっと着れないだろうなぁとも考えました。水色のロングスカートを見つけ、丈もぴったりだったので、これがほしいと思いました。店員さんに値段を尋ねると90元とのこと。

悪くはない値段ですが、ジダンを呼び、値段交渉。英語で値段を尋ねること自体、観光客丸出しで、90元と言われたのでしたが、ジダンが中国語で聞くと70元に。さらに値引き交渉をして50元になったので購入しました。
Dsc01269

Dsc01215

イェンは上着を購入。こちらも値引き交渉中。
Dsc01214

この通りは衣類やかばん、靴が多かったです。
Dsc01216

ジダンとともに別の通りへ移動。先ほどの通りより、高級なものを売る通りなんだそうです。ここで、ジダンお勧めの手作りの洋服屋さんへ。
Dsc01217

他のお店よりも100元ほど値段が高いですが、服の縫製を見ればその差は歴然。
Dsc01218

チェック柄のチャイナドレス風ワンピースが可愛くて、値段を聞くと180元。手作りなのでディスカウントはしないといいます。さっき、ロングスカートで50元を使ってしまったので、私の手持ち資金は150元。。。試着してみるとサイズもぴったりです!でも、お金が足りません。

あきらめようかとも思いましたが、せっかく大理に来て気に入った洋服を見つけたのに、買わないで帰るのは何事か!ということで、急遽、私の日本円1000円をジダンの中国元と交換してもらい、ワンピースを購入することに!! お店の人が10元だけまけてくれたので、私の100元+日本円1000円分(大体70元ぐらい)で、ちょうど買うことが出来ました!
Dsc01267

Dsc01268

ジダンに日本円を両替してもらうという裏技に気がついてしまった私は、買い物モード全開になりましたが、残念ながらもう時間がなく、わき目も振らずホテルに戻らなければならなくなってしまいました。

ホテルに戻ってから、今度は夕食を。ずっと肉料理中心だったから、ということで、この日の夜は魚料理中心のレストランに行きました。
Dsc01221

Dsc01229

Dsc01224

Dsc01225

Dsc01228

果実酒の種類の豊富さでも有名なレストランだそうで、好きな果実酒を試飲して選べます。
Dsc01219

大理は梅酒が有名です。

Dsc01220

夕食。また沢山の料理が並びます。
Dsc01233

並べ切れなくて、まだ残っているお皿の上にお皿を重ねてしまうという状態に。

Dsc01234

各テーブルで「乾杯」、「飲み干せ!」コール
Dsc01235

夕食後の記念撮影
Dsc01238

バスに乗り、昆明へ向けて出発します。昆明に着いたのは深夜1時過ぎでした。映画祭期間中と同じホテルにチェックインし、各自部屋に。私は朝子さんと同室でした。ホテルで解散したら、もう翌日はそれぞれが別の時間に出発してもう会えなくなるのだ・・・これまでずっと一緒にいたので、そうなってしまうという実感が全く持てませんでした。部屋に行く前、みんなとそれぞれ挨拶して別れました。

翌日は朝8時半の昆明発広州行きの便。一緒の便で帰国する良太さんと7時にロビーで待ち合わせることにして、2時ごろに寝ました。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その10(4月2日)

この日は午前中に上映会の予定だったため、朝は9時半におきました。ご飯を食べに、朝子さん&マオ・チェンユたち何人かと街の中へ。今日も快晴です!

Dsc00812

ナッツ類が入ったややピリ辛の米粉の麺に、温かい豆乳、そしてヨーグルト
Dsc00816

Dsc00813

お店の屋根はよく見るとつぶれかかっています・・・
Dsc00817

10時からカフェで上映会の予定でした。朝食の後はカフェに向かいます。
Dsc00818

観光客を乗せたバス
Dsc00819

Dsc00820

Dsc00821

途中で朝食を買って、カフェで食べている人たちもいました。若井さんの朝ごはんに、ワンコが近寄ってきます。
Dsc00822

となりでご飯を食べている多摩川さんのほうに行くように仕向けます!
Dsc00824

前半はグループ1と2の上映&ディスカッションでした。

グループ1の上映の後で。イ・スチャンの右隣が多摩川さん。
Dsc00829

豊かな水に恵まれた大理の風景と、多摩川さんが書いたラブレターのナレーションという面白い構成でした。

グループ2の上映の後で。話しているのは良太さん。
Dsc00830

Dsc00831

このグループは、白族の男の子たちが学校をサボって、午後時間をつぶす様子を作品にしていました。男の子たちの不思議に親密な様子と、流行の曲が不思議にマッチした面白い作品でした。

グループ2の上映が終わった後で、いったん休憩。おいしそうなパン、ジャム、チーズ、クラッカーなどが用意されていました。
Dsc00832

Dsc00833

朝ごはんをしっかり食べてまだ間もないですが、おいしそうなのでつい・・・
Dsc00834

Dsc00835

休憩の後は、グループ3と4の上映を。

グループ3(私が属していた班)の上映後半の様子をビデオに撮りました! 最後のエンディングクレジット用の写真は、やはり大うけでした。

作品の完全バージョンもアップしましたのでご覧ください。

上映後のディスカッション
Dsc00841

Dsc00842

Dsc00845

次はグループ4の上映とディスカッション。日本からの参加者はるんみさんと木室さん
Dsc00846

大理のユースホステルで働く人を撮影した作品でしたが、チーム内のコミュニケーションが難しかったと話していました。

ハードだった道場のワークショップがこれで無事終了しました。

午後からはバスに乗って、少数民族が暮す村・北陽(ベイヤン)村へ。
そんなに大きくなさそうなバスですが、全員乗れるのでしょうか???

バス停前で。「Fading Reflections」の監督、Sha Qing。
Dsc00852

Dsc00853

Dsc00854

だんだん混んで来ました。。。
Dsc00855

ギュウギュウだし、かなり騒がしいです!
Dsc00858

北陽村へ移動する途中、崇聖寺三塔が見えました。
Dsc00860

バスで15分ほどで北陽村へ到着。
Dsc00862

大理の中心地もすでに田舎でのどかだと思いましたが、こちらはさらに。
Dsc00863

Dsc00864

ジダンに聞いたところ、今回の雲南映画道場は、当初この北陽村でやりたいなと考えたそうです。そこで、3度ほどこの村に足を運び、宿泊施設などを探しましたが、ここは観光地ではないので、30人ほどの大人数が一緒に泊まれる場所がなく、電気やネット、深夜にうるさくするとまずいなどの制約があることから、大理市内に会場を探すことにしたそうです。でも、北陽村の人々との交流として、歓迎の音楽とお祝いの料理を振舞ってもらうというこの企画を実現させました。商売としてこれらのイベントをしている人たちではないので、料理の材料費だけを負担したそうです。

バスを降りて、集落の中を歩きます。
Dsc00867

Dsc00871

大理市内はしょせん観光地だったのだなぁ・・・と雰囲気が一変する様子に戸惑いました。

Dsc00872

Dsc00873

Dsc00874

これ、いつ頃に建てられた建物なのでしょうか・・・
Dsc00878

Dsc00879

歴史学者たちからすれば、ものすごく価値のありそうな絵や装飾ですが、普通に風雨に晒され、かなり痛んでいます。
Dsc00882

Dsc00883

この村は特に大理石の産地として有名だそうです。これは大理石ではなさそうですが、村の各地で石材が置かれているのを見かけました。
Dsc00881

Dsc00880

Dsc00884

村の人たち
Dsc00886



Dsc00885

Dsc00887

Dsc00889

標高4000メートル級の山々がそびえます。
Dsc00888

100年以上は村の景色が変わっていなくてもおかしくないような風情でしたが、新しい家も建てられているようです。(当たり前か。。。)
Dsc00890

Dsc00892

Dsc00891

Dsc00893

Dsc00895

村の人たちによる歓迎の音楽
Dsc00898

Dsc00902

この演奏がすばらしくて感激! 聞いたところ、唐の時代の詩をアレンジして曲にしたもので、200年以上この村で受け継がれている伝統音楽なのだそうです。文化大革命の10年間だけ演奏が出来なかったとか。

私はこの演奏に圧倒され、ビデオに撮りまくっていたら、村の女性たちに声をかけられ、彼女たちの台所へと連れて行かれました。どうやら、カメラで自分たちを撮ってくれ!ということのようです。

大きなフライパンで料理。
Dsc00910

すでに沢山のお祝いの料理が準備されていました。

Dsc00913

この場所は、普段冠婚葬祭に使われる場所なのだそうです。この台所も、そういった特別なイベントのときだけに使われます。

女性たちの記念撮影。(改めて彼女たちの顔を見ると、上海や北京などでみる人たちとはだいぶ顔つきが違うことが分かります。近隣のミャンマーやベトナム系の流れが混じっていそう)
Dsc00906

Dsc00907

台所を離れ、また音楽の撮影をします。・・・すると今度は、めちゃ笑顔のおじいさんが「こっち、こっち」と私を呼びます。

他にも撮影している人たちは沢山いたのに、何で私ばかり彼らに声をかけられるのか不思議でしたが、おじいさんの後についていきます。

この村の神様を祭っているところなのだそうです。神様の前でおじいさんの写真。
Dsc00914

みんなで神様の前で記念撮影
Dsc00916

あちこち見ていたら、いつの間にか音楽は終わってしまっていて(それはそれで残念)、今度は儀式に入っていました。
Dsc00920

祭壇に飾られているのは地元大理のビール
Dsc00921

Dsc00922

Dsc00923

Dsc00924

儀式の後は記念撮影。
Dsc00927

Dsc00930

Dsc00931

Dsc00932

下の写真の向かって左側の女性が、私の母方の祖母にウリ二つだったので、私はとても驚きました。沢山カメラを構えている人がいたにもかかわらず、その彼女が、私のカメラに向かってハンド・サインをしたのに、また驚き。
Dsc00933

このハンド・サインの意味が分かりませんでしたが、おそらく「愛」とか「平和」とか、そういう意味だろうと思っていたところ、友達から「ヘビメタ愛好者の印」と聞かされました。ヘビメタ界では、ヘッドバンギング同様にポピュラーで、「ロックしようぜ」みたいな意味で使われるものなんだそうです。私の祖母ももしかしてヘビメタ愛好者だったのか?!

Dsc00934

私たちも記念写真に加わります。
Dsc00935

Dsc00937

サンダーと息子さん
Dsc00939

さて、記念写真の撮影の後は、お祝いの食事です。食事が運ばれてくる前から、すでにあちこちで乾杯!の掛け声が。
Dsc00940

テーブル一杯に料理が並びます。ゆりの根やハス、ごぼう、そして肉類、豆腐など、さまざまな料理が。
Dsc00941

Dsc00949

ボウルに入ったご飯で暖を取る若井さん。

Dsc00944

スープも出てきました。大きなおたまで豪快に。
Dsc00961

村人と乾杯
Dsc00965

若井さんと多摩川さんの写真を撮ったつもりが、後ろのおじいさんたちも思いっきりカメラ目線で写っています! このおじいさん、前世で何かの縁があったんじゃないか、と思うほどですcoldsweats01
Dsc00977

私はご飯を少しだけ食べて、席を離れることにしました。というのも、このお祝いの食事の席が、村人と訪問者たちが別々のテーブルので、村人オンリーのテーブル席にものすごく興味があったためです!

Dsc00974

彼らのテーブルに一人混じっていくことに!

村人オンリーのテーブル

Dsc00954_2

Dsc00955_2

Dsc00951

Dsc00952

グラスを持って、とりあえず「カンベイ(乾杯)」だけ言えれば何とかなると思い、彼らのテーブルに入っていきます。
Dsc00978

テーブルに来た私を歓迎してくれてうれしかったのですが、ビールだけでなく、タバコまで「どんどん吸って」状態で勧められ、非喫煙者の私は戸惑いましたが、せっかくなのでいただきました。

村人のテーブルに参加したときのビデオはこちら

村の子供たち
Dsc00969

Dsc00971

サンダーの息子x村の子供。これこそ東西の国際交流。
Dsc00972

ジダンに通訳してもらったところ、この村の住人はほとんどが農家ですが、息子・娘世代(私たちと同世代)は都市部の工場で働いているため、村に残されているのがお年寄りと、預けられた孫たちになっているそうです。それを聞いていたケイが、タイの農村も同じ状態だといっていました。

お祝いの食事が終わると、あたりは暗くなり始めてきました。
Dsc00986

Dsc00987

村人たちと別れ、村のお寺を見に行きました。
Dsc00995

途中、また馬を連れている村人に遭遇。
Dsc00990

Dsc00993

とても立派なお寺です!
Dsc01002

扉や壁、どれもとても凝った装飾が施されています。
Dsc01006

表側が大仏さま、裏側が観音さまという面白い造り
Dsc01007

裏側の観音さま
Dsc01010

古い集落で、お寺だけ立派に作られているのを見て、彼らの信仰心の厚さを感じました。

外はいよいよ暗くなってきました。
Dsc01013

村には街灯がないので、村人たちは懐中電灯を手に歩きます。
Dsc01016

懐中電灯を照らしてもらい、バスまで歩き、ホテルまで戻りました。10時にロビーに集まって、ワークショップの反省会をするということでしたが、アナウンス不足だったため人はそんなに集まらず、12時ごろにいったんお開きとなりました。

まだみんなはロビーでお酒を飲みながら話していましたが、私にはまだ前日のほぼ徹夜の疲れが残っていました。翌日は山登りと聞いていたので、疲れで高山病にならないように、私は早めに寝ることにしました。

雲南映画祭より、道場参加者に大理石のペーパーウェイトをいただきました。映画祭の文字が刻印されています。
Dsc01247

Dsc01248

道場も、早いものであと1日。。。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その9(4月1日)

この日の朝ごはんは、かわいらしい紅白の蒸しパン。
Dsc00762

Dsc00763 

Dsc00764

Dsc00765

温かい豆腐のようなもの。それに温かい豆乳や砂糖をかけて食べる人が多かったです。

Dsc00767

肉まんの皮のようなパンに、コリアンダーやネギ、辛い豆腐のペーストなどをはさんで食べる。
Dsc00768

Dsc00769

蒸しパンは意外に縦長でした。
Dsc00774

この日も快晴! でも編集作業で出かける時間がなく・・・weep
Dsc00781

朝食の後は、編集作業の続きです。ホテルのロビーでは、他のグループと一緒で騒がしいため、菊池さんの部屋を貸してもらい、編集作業をすることになりました。前日の夜までに、撮影したものの取り込みと、素材の把握、そして中国語会話部分の抜き取りは済ませていました。

ただ、一番問題なのは、コンセプトについて話し合うことをせずに撮影に出かけ、その場のノリで面白いと思うものを撮影しただけなので、各素材に脈絡がなく、全体を通してのテーマや一貫性がまるでない、ということなのです。取り込んだ素材から、一応使用候補としていくつかの素材を切り出し、タイムライン上に並べましたが、あまりにもバラバラで、ここから浮かび上がってくるテーマのようなものはまるで感じられないのでした。

どうしたものか・・・とみんなで話し合った結果、私たちは大理を訪れて、普通の人たちの暮らしを撮影しようと外に出かけた。おばあさんやおじいさん、いろんな人を撮影できた。でも、結局、深いところまでは所詮撮影できていない。だから、「ちょっと見た大理」というのがこの作品の全体に流れているものではないか?という結論になりました。そこで、タイトルは「GLANCED in Dali」に。

このタイトルの元、私たちが出会った大理の人、風景をつなげて行こうということに。方向性が決まったことで一同安心。その方針の下、素材をつなげていくことにします。

・・・しかし、ここで問題が。

私たちは、割と積極的な人たちの集まりだったので、いろんな人に声をかけ、インタビューもしました。インタビューの映像は、被写体の人のクローズアップ映像であることが多くなりますが、今回の課題では映像と音声をシンクロさせてはいけない、という決まりがあるのです。

でも、インタビューで、会話をしている顔のクローズアップと、その音声がずれているというのはめちゃめちゃ違和感ありますよね?? 絶対無理でしょ、見たいな。

ちょうど私たちの進行状況を見に来た菊池さんに、「シンクロさせないという決まりは全体を通してなのか、それとも部分的にはシンクロさせてもOKなのか?」と聞いてみました。
Dsc00776

Dsc00778

菊池さんからは「全体を通してシンクロさせてはダメ」と言われてしまいました。・・・うーーん、では、沢山撮って使いたいと思っている顔の表情のアップはどうなるのか・・・

菊池さん曰く、おばあさんの豊かな表情は、彼女の声がなくても伝わってくる。例えば、彼女の表情に、川の流れの穏やかな音などをかぶせるのは、合うのではないか?とのことでした。私たちのグループのみんなは、普通にドキュメンタリーのインタビュー映像を使うというやり方をしてきた人ばかりなので(インタビュー音声に、他の映像をかぶせるということはやりますが、その逆はしたことがありません)、その提案にものすごい違和感を感じてしまいます。

しかし、「シンクロはダメ」というのが揺るがないルールだということは分かり、限られた素材の中でどうやって使っていくか、ゼロから考え直すしかないのでした。撮影するときから、シンクロはダメと分かっていたものの、やはりシンクロ前提で撮影してしまっているのです。だから、音と一緒に使えないとなると、とても使いにくい素材ばかり・・・。今頃になって気がつくのでした。

パソコンの操作はケイが担当でしたが、昆明~大理の意外な寒さで、バンコクから来た彼は風邪を引いていました。それでも、彼がやるのが一番早いので、続けてもらいます・・・
Dsc00782

5時間ぐらい続けるとさすがに風邪を引いていなくても疲れてきます。明らかに彼の体調が悪くなっていくことが、私たちにも伝わってきました。

マッサージを施して、またがんばってもらいます! 可哀想! 私たちは鬼です、鬼!
だって、誰も編集作業を変わってあげようとしないのですから!
Dsc00784

「どう、良くなった?」と聞くシャオボ。
Dsc00785

「あまり変化がない」とケイが言うので、今度は手のひらのマッサージを。
イェンと私もついでにマッサージをしてもらいます。
Dsc00786_2

音の録音のときに撮った、軍隊の行進曲的な曲は、学校の体操に使われる音楽でした。それと、朝の街で働く労働者たちの様子が、共産主義国的な、働け、労働者諸君!風なプロパガンダで面白かったので、労働者たちのシーンにその曲を載せました。

あ、これぴったりじゃん、とみんな気に入ったのですが、菊池さんはそれを見て、ある”効果”を狙って音を使うという意識が、無意識にあるといいました。効果を狙って音をつけるのではなく、大切なのは「現実」を音によってどう表現・再現するかということなのだ、と言われました。

うーーーん。音をかぶせるという行為自体、普段あまりやらないし、やるとすれば、それは何らかの効果を期待してやるということになれている私たちにとっては、またまた難題・・・。

菊池さんが、1時間に1度ぐらい様子を見に来ては、私たちが既成概念にとらわれて組み合わせた音を崩していくという、その繰り返しが6時間ぐらい続きました。

予定では、この日の6時までが締め切りでしたが、この時間に完成した班はひとつもなく、新たな締め切りは9時となりました。とりあえず夕食を食べるためにいったん編集作業をやめます。

この日の夕食は、屋上でラム肉のバーベキュー
Dsc00787

Dsc00791

Dsc00793

Dsc00794

Dsc00792

バーベキューの様子を撮ったビデオ。焼いた肉を切り分ける様子など、豪快です!

夕食のときに隣に座った男性は、道場の参加者ではなく、この日だけ遊びに来た中国人のジャーナリストでした。地方紙の記者をしていて、数日前まで2週間、仙台で震災の取材をしていたそうです。日本のマスメディア、特にNHKは優秀だと盛んに言っていました。私は同意しなかったのですがcoldsweats01、でも彼は「中国に比べれば断然いいでしょ?」と言っていました。仙台では、震災でなくなった人たちの大きなお葬式を取材したそうです。それは日本のメディアは立ち入り禁止で、海外のメディアにのみ取材が許されたものだった、と言っていました。(←こういうこともあるのでしょうか? 事実確認が出来ていませんが、彼はそう言っていました)

海外のメディアは山形に滞在し、仙台に取材へ出向くという人たちが多かったそうですが、山形では低廉な宿が足りず、みんなラブホテルに宿泊していたそうです! 

中国の地方紙で、週1のペースで特集記事を書くのが彼の仕事で、今の会社で6年ほど働いているそうです。テーマはそのときに応じて、どんなジャンルでも。年に数回、海外での取材を行うそうです。地方紙の中では割と自主性を守っている新聞だそうですが、それでも「書けることは限られている」と話していました。日本のメディアをうらやましがっていましたが、うらやましがられるような状況でもないと私は思います。

夕食の後は、また編集作業の続きをしました。シンクロさせないという方針があるので、タイムラインに並べた映像の音声を全てカットしました。それで、一度映像だけで再生してみて、各パートにどんな音が合うのか、音素材の中から合うものを探してきて載せる・・・この作業を試行錯誤しながら進めました。

エンディングクレジットをどうしようかという話になり、ではみんなで写真を撮ろう!ということに。最初、普通に撮影する予定でしたが、またアイデアがエスカレートして、最後はこんな状態に!
Dsc00795

「目をつぶったほうが良い!」ということで、目をつぶったバージョンも。
Dsc00800

みんな大はしゃぎで、これが一番盛り上がったかも・・・coldsweats01

結局、10時になっても完成した班はまだひとつしかなく、もう締め切り時間の目標はなくなってしまいました。「出来上がり次第上映会をする」ということに。

菊池さんはこの頃には30分に1度ぐらいの割合で私たちのところに来ていました。私たちが載せた音について、「確かにシンクロはさせていないけれど、似たような音を載せている。無難すぎる選択だ。新たな世界を作り上げていない」と・・・。

うーーーん。

菊池さんが私たちの映像を見ながら、また撮ってきた音を聞きながら、私たちにあれこれとアドバイスをします。それを私が英語に通訳してみんなに伝えます。

でも、菊池さんは音の世界観を話すので、具体的ではなく、通訳もとても難しく・・・。

しかし一方で、私はアイデアについての意見交換や、提案を英語で行うことが、そんなに苦でもなかったように感じていました。国際的なワークショップに参加するのは初めてでしたが、ウェブサイトの構築作業を、イギリス人とメール&スカイプでしょっちゅう行っているからではないか?と思い当たりました。日本語でも表現しにくい”感覚”や、大小さまざまな”提案”など、全てを英語で言わなくてはいけない環境に置かれていいるので、それがこういうときの役に立つのかもしれません。こういう経験なく、いきなりワークショップに参加していたら、結構苦労していたかも。

とはいえ、気がついたらもう2時を過ぎていて、私は延べ16時間近く通訳をやっていたのでした! いくら英語で説明する環境には慣れているといっても、こんな長時間やっていると集中力が切れてしまい、2時過ぎあたりにスタッフの愛さんに通訳をバトンタッチしてもらいました。

3時ごろになっても、音を入れては菊池さんのダメ出しの繰り返し・・・
Dsc00801

でも何とかまだ元気・・・
Dsc00802

最後の方は、菊池さんのアドバイスが概念的なものから、具体的なものへと変わりました。具体的というか、今度は「ここを1秒ぐらい後から始めて」とか、「この音はここに持ってきて」、「ここはクロスフェードで切り替え」、「ボリュームをここまで絞って」とか、アドバイスというより、編集指示といったような状態になり、ケイがひたすらそれを編集ソフト上で合わせていくという状態。私たちは、これらの指示がどういう目的のために出されているのか分からず、そして音が良くなっていっているという実感もなく、1時間ほどそれを黙って見つめるだけでした。

最終的な作品の仕上がりを観て始めて、(こんな風に変わるんだ、全然良くなった!)と思えました。まるで手品を見ているかのようでした。菊池さんの中では、最初から全体のドラマの構成があって、それを実現するための具体的な編集指示を1つ1つ出していたのかと思いますが、全体像が見えていなかった私たちは、出来上がり品をみて初めて(そういうことだったのか)ということが分かったわけです。こんな経験はめったに出来るものではないと思いました。プロの現場とプロ魂にふれたような気がしました。

でも、最後のこの進め方と、そしてワークショップ全体の進行スケジュールは、課題が残されているというのも確かです。本来は、参加者自身の手で作品を仕上げるのに、最後のほうは菊池さん主導で全てが完成してしまいましたし、当初夕方6時としていた締め切りの設定が午前4時になっても終わらないというのが、果たして設定として適切だったのか、と。

道場主催者側も、私たちワークショップ参加者側も、この日の深夜ごろには(こんな激しいワークショップなの?)という気持ちが蔓延していたように思います。朝4時ごろ撮ったこの写真の雰囲気に良く現れています。
Dsc00804

菊池さんの編集指示が終わり、出来上がりを観て見ます。OKが出るまで終われません。

緊張の瞬間をビデオに撮りました。

無事菊池さんのOKがもらえたのは4時半過ぎ! なんと、道場のスタッフの人たち+一部の参加者たちはロビーでお酒を飲みながら、起きていてくれたのでした! ロビーに行き、みんなと話します。みんな、この日のこの展開は予想していなかったようでした。眠い&疲れたを通り越して、気力だけで頭が冴え渡っているような感覚。「疲れた~」と私が言ったら、菊池さんから「それは俺のほうだよ!」と言われました。スミマセンcoldsweats01

5時半頃まで話して、寝ることにしました。午前中に上映会ということだったので、3時間ほどしか寝れませんが・・・。

ハードな道場3日目が終わりました。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その8(3月31日)

この日は快晴! 早起きして、朝食の前に何人かで街の中を散策することにしました。前日にフラッと市場の前を通り過ぎたときに、とても活気があったので、ぜひ朝に行って見たいなぁと思ったからです。

8時半にロビーで待ち合わせして、朝食の9時までに戻ってくるつもりでしたが、何人かが起きて来ず、結局市場まではいけずにホテル周辺を見て終わってしまいました。残念。

こんなに晴れたのは、大理に来て以来初めてです。街の向こうに高い山がそびえます。
Dsc00660

Dsc00664

ホテルの中庭
Dsc00665

朝の大理の町のようす
Dsc00666

Dsc00667

Dsc00669

綺麗だからつい写真を沢山撮ってしまう・・・
Dsc00671

余り時間がない割には、それでもあれこれ見れました。
Dsc00672

私だったら、狭いお店の中で、忙しそうに仕事をしている人の中に入って行って撮影するのは控えますが、イェンは平気。
Dsc00673_2

Dsc00674

面白いと思った景色は撮影しながら、朝の大理を歩きます。行き交う人が本当にエネルギッシュで、沢山カメラを回してしまいました。
Dsc00675

Dsc00676

Dsc00681

私のお気に入りの写真2枚
Dsc00682

Dsc00683

肉屋さんもかなり豪快。「発泡スチロールに小分けして販売」などとは無縁のようです。
Dsc00684

Dsc00685

Dsc00687

Dsc00688

Img_1497_xiaobo

みんな逞しい人ばかり。ビデオカメラと三脚程度で「重い!」といっている自分が情けない。。。
Dsc00689

撮影しながらだと、見て回るのに2倍以上の時間がかかるので、朝食の時間にやや遅れてホテルに戻りました。

ホテルの入り口
Dsc00692

朝食の様子
Dsc00693

シャオボからもらった写真
Img_1510_xiaobo_2

朝食の後は、撮影の続きです。理想的なスケジュールとしては、前日に映像はきちんと撮れたはずなので、この日は午前中に音の録音を終わらせ、午後からは編集作業に入れるのが望ましいとみんなで話しました。

菊池さんの録音機を借り、使い方を練習します。
Dsc00694

菊池さんも録音に同行してくれることになりました! 早速録音機とカメラを持って外に出ます。菊池さんの録音機は、SDカードにWAVファイルで保存する形式のもの。音だけを録音するので、各録音時の最初に自分の声で録音場所、どんな光景と音が広がっているかなどを吹き込んでおくと、後で聞き返すときに何のものかすぐ分かって便利だと教わりました。

どんな音をとるかの話し合いはせずに、前日同様とりあえず街に出てそれで面白いと思う音に出会う、という方法で行動しました。観光客ばかりのメインストリートは避け、日常の音の風景を撮ろうということで、歩きます。

シャッ、シャッと小麦粉を伸ばす音が軽快だったので、その音を録音させてもらうことにしました。
Dsc00698

建物を解体する作業員の人たちの「カキーン、カキーン」という音も、面白いので収録しておくことに。私は作業員に近づいて音を拾おうとしましたが、菊池さんからもっと離れて撮ったほうが良いといわれました。3メートルぐらい対象から離れて(離れすぎなのではないか?)と思いましたが、音というのは、その音だけではなくてさまざまな複合から成っているので、空間全体を捉えるような録音の仕方が望ましいそうです。カキーンという音がしつつも、ふんわりと全体の雰囲気まで捉えるような、そんな音を収録できるよう、対象からは離れつつ、でも指向性ガンマイクは一番メインの音がなっている方向に向け、しばらくじっと録音をしました。

録音中、近くで軍隊の行進曲のような音楽が聞こえてきて、思わずマイクをそちらに向けました。すると、何か他の音が入ってきても、マイクは振り回してはダメで、まずはその工事の音をきちっととり、その後で改めて別の音をとるのだといわれました。

今回、さようならURもそうですし、デジカメで撮った雲南のミニビデオもそうなのですが、私は自分の視点と同様にカメラを動かしてしまう傾向があります。どこかの場所に入ると、すぐ場所全体を見渡すようにカメラを前後左右に動かしてしまう。それがずいぶんうざったく感じました。

撮影者としてどこかの場所に入ったら、すぐに全体を見渡してどこで何が起こっているのかを把握するのは大切なことですが、カメラは自分の目のようには動かさないように、基本は静止カットの組み合わせでその場を伝えられるように、というのを意識して撮影するようにしたいです。視線の通りにカメラを動かすのは臨場感と親近感があって面白いですが、毎回それの連続では観るほうが疲れますし、美しくないと思います。

菊池さん曰く、何か個性的な音を狙って撮るよりも、さまざまな音が交差する場所、例えば交差点(車、バイク、人の声、子供が走る音、お店からのラジオ)などを撮るほうが、音に広がりがあって面白いし、便利に使えると聞きました。一見何てことない交差点を指差し、ここで2分ぐらい撮影してはどうか?と言われました。
Dsc00699

映像という面からすると、何の変哲もない交差点なのですが、今回”音”に集中してそこで起こっていることに着目してみると、実にさまざまなものが行きかっているということに気がつきました。まるで舞台のように、さまざまな人が出たり入ったり、時には予想し得ない音が起こったり・・・と、なんだか微生物を顕微鏡で覗いて見た時のような衝撃がありました。

録音は二人一組で行います。一人はマイクを持ち、もう一人は録音機の操作とヘッドホンで音の確認。残りの二人は、周囲の音の確認(どこでどんな音が発生しているのか、もう1本隣の通りはどうなっているのか)をする役割が良いといわれました。

私は録音から交代して、今度はデジカメで撮影しつつ、周囲の状況も見て回りました。ケイはビデオカメラで撮影しつつ音探し。
Dsc00700

水場を掃除する人の音も収録。かなり対象から離れていますよね? でも、これぐらいが良い距離なんだそうです。
Dsc00702

途中で、他のグループと遭遇!
Dsc00704

Img_1511_xiaobo

また録音の続き。静かな生活音は撮れたので、今度は街中の活気のある音を撮りにいこうということになりました。
Dsc00709

Dsc00713

Dsc00716

生きた鶏と、卵を売る女性を発見! 鶏を抱えて歩きながら販売しています!
Dsc00723

後ろのかごに卵が入っています。店舗不要で、すぐに始められるビジネスだなと感心しました。販売するために抱えて歩いているのだということに気がついてもらわなければなりませんが・・・
Dsc00724

ケイからもらった写真。この犬、ゴマアザラシみたいで超カワイイ!
Dsc05327_kae

私と菊池さん
Dsc05332_kae

街中に入っていくと、前日にも会った物売りのおじいさんに遭遇! 「昨日、家に来てくれると思ったのに!」と言われました。おじいさんにもインタビューをします。
Img_1520_xiaobo

Img_1523_xiaobo

Img_1522_xiaobo

音の録音も無事終わり、お昼ご飯の時間になったのでホテルに向かって歩き始めました。うん、今のところ順調!

街中の様子
Img_1521_xiaobo

Img_1526_xiaobo

お昼ごはんの後は、いよいよ編集作業の開始です。すでに編集作業に取り掛かろうとしているグループもありました。ところが、そこで現代の問題が!

メディアールの授業でも問題になりましたが、近年の動画フォーマットの変遷はとても速く、激しく、かつ、意図的にかと思うぐらい、どこの会社も買い替えを促すかのようにフォーマットやケーブル、ソケット、編集ソフト、対応できるパソコンをどんどん変えていっています。デジカメ一眼レフで主流になってきているフルハイビジョンの形式AVCHDは、これまでのパソコンや編集ソフトのバージョンでは使用できない場合が多いです。また、フルハイビジョンまで行かなくても、もともと動画は色んな素材があり、素材が同一でも国・地域ごとにNTSC/PALの問題があり、取り込むためのケーブルもFirewireでもピンの数が異なる・・・などなど、細かいところまで調べないとその環境で編集が出来るのかが分からないような状況になっているのです。

そんなわけで、道場スタッフ側が用意したノートパソコンとカメラや動画フォーマットの相性が合わずに、「パソコンに取り込んだが、ファイルが開けない」という事態が続出。ケイのパソコンで動画のフォーマット変換を試みることに。
Dsc00727

素材テープの取り込み
Dsc00736

どこの班も編集中!
Dsc00730

私たちの班は、ケイのノートパソコンでやったので、無事取り込みが出来ました。私のカメラがケイと同じminiDVだったので、大丈夫でしたが、私はHDVの16:9ワイドで撮影していましたが、ケイはスタンダードの4:3で撮影したいたため、完成作品はスタンダードの4:3画面で編集をすることになりました。

素材を取り込みながら、何が記録されているのかをノートに記入して行きます。
Dsc00731

中国語部分の聞き取りと英語でのノートに記入はイェンがやってくれました。
Img_1550_xiaobo

Img_1551_xiaobo

ケイの編集ソフトはソニーのVegas。イェンとシャオボはアドビのプレミア、私はエディウスなので、主な編集作業はケイが担当することに。どの編集ソフトも基本的な機能は一緒なんですが、画面構成やショートカットボタンが微妙に違って、使い慣れていないとやりにくいんですよね。。。編集段階になって、さまざまな製品の違いの壁に遭遇。
Img_1538_xiaobo

Img_1542_xiaobo

無事取り込みと内容の記入が終わり、夕食までの時間外に遊びにいくことになりました。

ちょうど学生たちの下校時間
Dsc00738

Dsc00737

古い町並みの中で、一軒だけ趣が異なるお店があり、気になっていました。中に入ってみます。
Dsc00745

聞いてみると、ポーランド人がここに住む子供たちの居場所作りとして始めたチャリティーのお店なのだそうです。
Dsc00747

中では、アジア各国で買ってきた雑貨やCDなどが並び、それをチャリティーの資金としているそうです。この建物自体は、オーストラリア人のオーナーから借りていて、そのオーナーの好意で、売り上げの2割が家賃ということで格安に抑えられているのだそうです。
Dsc00746

ここを運営している向かって左側(上の写真)の彼は、もう5年以上中国に住み、流暢に中国語を話します。「中国、アジアの国々は勉強ばかりで遊びがない。だからこういう場所を作りたかった」と話していました。(でも、私が見る限り、大理の中・高生たちは学校後に買い食いしながら和んでいるし、先日は酔っ払って倒れている女子も見かけたし、この地域は受験のストレスはそんなに感じられないように思いました。上海とか北京の上流階級ぐらいじゃないの?と思ってしまうのですが、どうなんでしょうか???)

向かって右側の彼は、まだ数週間前にポーランドから中国にやってきたばかりなのだそうです。これから半年か1年ぐらいかけて世界を旅行して回りたいといっていました。「大学を卒業して、何をやりたいか分からない人は、とりあえず旅に出るんだよ」とのこと。1年後、どんな自分を発見することになるのか、楽しみですね!

Dsc00743

このお店の中で撮影したビデオ

お好み焼きかチヂミのようなものがおいしそうだったので、夕食前でしたが買ってみました。袋に結構入って1元(約15円)。
Dsc00748

ホテルに戻り、夕食を食べます。
Dsc00751

鶏の足がリアルすぎです!!!
Dsc00750_2

ついに最後まで食べることは出来ませんでした・・・
Dsc00752

夕食の後は編集作業の続き。イェンが中国語会話部分の抜き取りをやります。
Dsc00756

この日は、道場参加者、林るんみさんの作品の上映+ディスカッションがありました。
Dsc00760

るんみさんのこの作品は、TVF2011の大賞を受賞し、インターネット上でも見ることができます! アドレスはこちら

道場2日目が終わりました。

| | コメント (0)

[jp] たまる確認事項・・・

現在、雲南のレポートを書くことに集中していて、それ以外のことを後回しにしているのですが、そうしているうちにも確認&返事をしなければならない事項がたまってきてしまいました。う~~~ん。

特にウェブサイトに関しては、ニュースや上映会情報を今回からデータベース化することにしていて、そのデータベースのフォーマット、表示に関するルール決めをイギリスにいるポールと連絡を取り合ってやっているのですが、上映会情報の表示順はどうするか(最近のものを上にするか、一番将来のものを上にするか)、上映会情報はトップページにも載せるか、載せるとしても全てではなく、直近のいくつかとするか、祝日の多い日本で日付の横に(祝)と表示するには、データベースの入力ボックスをどう準備すれば良いか、場所・料金・備考欄の入力幅はこれで足りるか、アーカイブの表示(方式、順序)はどうするか・・・などなど。果てしない質問事項と、一度ではすまないやり取りが、ウェブサイトを立ち上げた先月以降繰り返されています。

データベースは最初にきちんと決めておかないと、後から変更すると大変なことになるので、上映会情報の少ない今のうちに土台をきっちり作っておかねばなりません。そんなわけで、これを先延ばしにすることも出来ず、これはこれで今の時期にやらなければならないわけで・・・。お互いの意見や提案を説明するにも、複雑な内容なので、文章は長くなり、英語で書かなければならないため、夜にまとまった時間を作ってメールを書くようにしています。

そうこうしている内に、そろそろチラシイラストも出来上がる時期が近づいてきましたhappy02

・・・と、どんどん色んなものが同時多発的に進行していく状況になってきましたが、とりあえず雲南レポートは半分は書き終えたところですし、このままあと数日間は(←で終わるのかな??)ブログ書きメインでがんばりたいと思います。

こういうときは、ひとつも仕事が片付いていないのに、また新たな仕事が入ってきて、気持ちばかり焦りますが、やるべきことの優先順位をつけ、その目標に向かって自分の力を集中させることが大事、と自分に言い聞かせています。

一般的には”仕事”とは言えない「雲南レポート書き」ですが、でも、映画道場中に自分が書いたノートを見直して、日々の出来事を詳細につづるという行為は、自分が得たものを頭の中で整理・消化するのにとても役立し、自分の財産になるので、がんばって最後まで書き終えたいです。それからまた、前に向かって歩みたいです。

これから、ウェブサイトについての連絡メールを書かなくちゃ・・・gawk

| | コメント (0)

[jp] 雲南その7(3月30日)

この日の朝食は、近くの食堂で食べました。

朝の大理の町。大理は少数民族の「白族(バイズー)」が多く住んでいるため、建物や壁の色も彼らの色である「白」が多いです。

Dsc00514

Dsc00515

食堂に到着
Dsc00513

厨房を通り抜けて席に着くという珍しい造り
Dsc00511

Dsc00512

小さなイスが可愛い。別に子供用というわけではなく、大人もこういう小さいイスに座って食べるようです。
Dsc00506

Dsc00509

米粉を使った麺
Dsc00508

ご飯の後は、ホテルに戻ります。街のあちこちで、朝食を売る人、食材を買う人がいます。
Dsc00518

Dsc00517

特に市場はにぎわっていました。

Dsc00521 

Dsc00523

Dsc00524

ワークショップ会場であるカフェに向かいます。この日、天気はやや回復。
Dsc00525

夜とはまた違った風情。
Dsc00531

大理は「大理石」の産地としても有名で、お店もあちこちにありましたが、「偽モノも多いので注意」と言われました。
Dsc00532

グラフィティもあったりする
Dsc00536

ワークショップ会場のカフェ
Dsc00538

カフェテラスからは池も見えて、よい感じ
Dsc00540

Dsc00543

この日の午前中は、道場に日本から講師として参加した菊池信行さんの音に関するレクチャーがありました。録音、声音で日本のフィクション&ドキュメンタリー映画で幅広く活躍されている菊池さんのお話を聞けるのを、参加前から楽しみにしていました。(菊池さんのウェブサイトは見当たらなかったのですが、菊池さんのこれまでのお仕事一覧がネット上にあります。)

私は映画を作っていて、撮影の仕方や、インタビュー、構成、編集などはあれこれ試行錯誤してやっていますが、「音」は正直言って何か考えて取り組んだことはありませんでした。もちろん、撮影時になるべく雑音の少ないところで撮るとか、カメラの内蔵マイクではなく、外付けマイクを使って撮影する・・・程度のことは心がけてやっていますが、それ以外は特にありません。「音楽」に対するこだわりはありますが、「音」については、試写会で観てくれた映像制作者たちから「音が悪い、雑音が多い」と何度か言われましたし、きちんと手当てしていませんbearing

音に関しては、一人で撮影とインタビュアーを兼任していることもあり、外付けマイク・静かな環境を持つ以外のことは出来ない、と自分で決め付けていましたが、同じように一人でこなしている監督さんたちによると、インタビュー時はピンマイク(被写体の襟元などに小型マイクを取り付ける)を使って音を録音したり、私がカメラを三脚において撮る位置よりももっと近くで撮影をしているのだということを教えてもらいました。私はカメラを余り被写体の近くに置きすぎると、被写体が少し体を動かすだけで簡単にフレームアウトしてしまうのと、被写体がカメラを気にして自然に振舞えなくなってしまうのではないかと考えて、これまでインタビュー時には1メートルぐらいカメラを被写体から離して撮影していましたが、もっと近くても良いと聞きましたし、インタビューしながら手でカメラを移動させたり、アングルを変えたり、みんなも一人でやりつつもあれこれ撮り方も変えているようです! すごいなぁ!! でも、私も(一人なんだから)とクオリティーやバラエティーをあきらめずに、工夫していきたいと思います。

私が音に関して今回の作品から取り組んだことがあるとすれば、撮影時に録音されている現場音に対し、これまではそれらに対してナレーション、音楽の音を載せるぐらいでしたが、「さようならUR」では、夜の鈴虫の音を別に採録し、映画のラストシーン(出て行かざるを得ないと決めた女性が廊下で話すシーンの最後部分)に、彼女の顔→73号棟からの夜景へと移り変わる部分で、現場音に鈴虫音をかぶせてみるということを初めてやりました(つまり、現場音に対し、ナレーションや音楽などの人工音ではなく、別の現場音を重層的に組み合わせてみるというのを初めてやったということです)。

そのような状態なので、音については「全くの初心者」といって良い状態。音の専門家である菊池さんのお話を楽しみにしていました。

カフェのテーブル・イスの配置を換えて、ワークショップの会場にします。
Dsc00546

イ・スチャンから、菊池さん(向かって右側)と、通訳としてワークショップに参加したフォン・イェン監督(ドキュメンタリー映画「長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語」の監督。ちなみに「長江にいきる~」の音は菊池さんが担当されたそうです)が紹介されました。
Dsc00547

山形ドキュメンタリー映画祭東京事務局の藤岡朝子さんより、映画道場の説明。アジアの自主制作者がとても増えてきていること、作品も面白いものが沢山あること、映画祭で制作者同士が知り合えるが、もっと深い交流が出来ればと思って道場を思いついたこと、日本のかつての映像制作の現場のように人と交流・共同作業をしながら作品を作ることで、一人で完結してしまうのではない面白さがあるという体験をしてもらいたいと思っていることなどを話していました。
Dsc00571

藤岡さんの挨拶のあと、いよいよ菊池さんの講義が始まりました。菊池さんが日本語で話、それをフォン・イェンが中国語に通訳し、タイの参加者についてはスタッフの若井さんが英語に通訳する、という状態で進められました。

・・・でも、もともとが「音」という観念的な世界を扱っているので、通訳するにも難しそう!

Dsc00548

参加者たち
Dsc00550

Dsc00572

講義は大体40分~1時間弱ぐらいだったと思いますが、いろいろとお話された中で、自分が勝手に想像する現場の音よりも、現実に起こっている音はもっと複雑で、もっとドラマチックであるということ、音には沢山の要素がある中で、現実をどう自分が解釈し、どの音を選択していくのかが大切だということ(自分がどこにいて、何を考え、何を見ているのか、それに基づいて音を選択する)、状況に対し、自分はどの距離感でその状況と向き合い、どんな主体性を持って音とかかわるのか・・・などの発言がとても印象に残りました。なぜなら、私はそんな風に音と向き合うといった発想が、自分の中で皆無だったからです。

映像とは異なる音には音の世界観があり、映像に対し音の世界が加わることで、新しい世界が広がる・・・と話す菊池さんの言葉に驚嘆しましたし、頭で理解したような気もしますが、でも、具体的にそれはどのような体験なのかということが、私には全く実感・体感として理解が出来ません・・・。

それは講義を聞いているほかの参加者たちも同じだったようで、講義のあとの質問では具体的な例についての質問が多くありました。

イメージしやすい例として、菊池さんは、菊池さんが音を担当された「チーズとうじ虫」の話をしました。監督のお母さんが肺がんでなくなってしまうというストーリーなのですが、病院にお母さんに会いに行くシーンがあります。病院のシーンは3回あり、回を追うごとにお母さんの病状は進行し、容態が悪くなっていきます。菊池さんはそれを表現するために、病院でのシーンの音は、最初の頃(まだ容態は悪くない)は自然な病院で聞こえる音(外の子供の話し声や周囲の雑音、病院内での音)を使い、2回目(病状が進行)では周囲からの雑音をかなり絞り、3回目(ものすごく病状が悪化)では、病室内のモーター音のような音だけを強調することで、だんだんと病状が進行し、深刻な状況を表すようにしたそうです。

聞いていて、(え~~~、そんな風に音って組み立てられているものなの???)と心底驚きました。

しかし、菊池さんは「チーズとうじ虫」でのこの音の使い方について、ここまでしてよかったのかどうか、今は疑問に思う、とも言っていました。経験の長い菊池さんでも、(すごいハイレベルでだと思いますけど)試行錯誤しながら、音を研究されているのだなぁ・・・と思いました。

全体的に話がハイレベルな制作環境を前提としたもので、自主制作者がどこまでこれらを実現できるのかは未知数な部分が多かったのですが、でも、音の別撮りに関しては、自主制作者にこそ必要な作業ではないかと思いました。一人で撮影しているときには、撮影している対象の音だけで手一杯になってしまいますが、そのあとや後日、改めてその場を訪れて、周辺の環境音を採録するというものです。私もこれまでにやったことはありますが、今後はもっと意識的にやって、現実をよりリアルに感じられるような重層的な音の世界を表現できるようになりたいです!(やりすぎや、逆効果には注意しなければなりませんけれども・・・!)

菊池さんの講義が終わり、ワークショップの班分けがありました。国籍、語学、機材の有無をベースに班分けされているのだそうです。私は中国人のウェイ・シャオボ、台湾人のイェン、タイ人のケイの組になりました。

ワークショップの最終日までに各チームが10分間の短編を作るという課題が与えられました。テーマは「大理」。そして、映像とサウンドをシンクロさせてはいけないという決まりがありました。このときは、音に関するワークショップですし、(へぇ~)ぐらいにしか思っていなかったのですが、あとでこのシンクロ禁止にかなりてこずることに!!

午後からは早速チームごとに、ミーティングをして何を撮るか決めたり、ロケハンに出かけたり、早速撮影を始めたりするとのことでした。何時までに何をするという目安はなく、ただ最終的な締め切りが決まっているだけで、その間をどう進めていくかはまるっきり私たちに任せられています。

菊池さんの録音機材をグループごとに交替で貸してもらえるということで、使い方をレクチャーしてもらいます。
Dsc00568

ホテルに戻り、お昼ご飯タイム!

朝にぎやかだった市場は、お昼は落ち着いていました。
Dsc00552

Dsc00553

銃撃戦?!と思うような大量の爆発音が聞こえたと思ったら、新装開店のお店の前で大量の爆竹を鳴らしてお祝いしていたのでした。
Dsc00555

この日のお料理は、内モンゴルの野生的な料理だとのことです!
Dsc00557

各自、お皿に好きなだけとる方式。
Dsc00558

(取り過ぎたか?)と思いましたが、完食。特に撮影をやる前って、精神的にがっつり食べておきたい気分になるんですよね。多分これ、撮影が始まったら食事を食べる時間の保証がないというのを体が理解しての行動だと思います。
Dsc00560

私と全く同じ、キャノンのHV30を使っているボチャオ。ちなみに、日本の震災後、中国では日本の電化製品の値段が上がり始めているそうです。ビデオカメラもかなり高くなっているとのこと。日本のメーカーが打撃を受け、供給量が減ると見込んでの反応なのでしょうか? ・・・でも、日本のカメラの多くは本社は日本でも、製造は「Made in China」なんじゃないかと思いますが・・・

Dsc00565_3

お昼ごはんのあとのひと休み。
Dsc00562

お昼ごはんのあと、私たちの班(グループ3)で集まり、どうしようかと話し合いました。話し合いを始めてまもなく、大理の町について知らないんだから、何が撮れるか分からない、まずは町に出てみないと、ということで、早速カメラを持って「まずは歩いてみる、で、面白いものがあったら撮影してみる」という方針の下、出かけました。

私はこの班の考え方やフットワーク、その場のノリで突っ走ってしまうようなところが、とても性に合いましたが、班によっては、街に出る前にかなり深いところまで議論しあったり、各自がカメラを持ってバラバラに出かけ、ロケハンをし、夜に報告しあうスタイルで進めた班もあるようでした。

私たちの班には、道場スタッフの愛さんがスーパーバイザーとしてついてくれ、私たちの勧め方にアドバイスをくれたり、撮影に一緒に同行してくれたりしました。

大理の町を歩き、面白そうと思ったもの・ヒトに積極的に話しかけていきます。

これはアクセサリーを作る職人さん
Dsc00576

Dsc00577

撮影に費やせる時間は明日にもあるので、面白いと思った場所に戻ってこれるように、ビデオだけでなく写真も撮っていく様にしよう、ということになりました。全員、自主制作のドキュメンタリー監督だから、国籍の違いはあるけれど、共通点も多く、行動しやすかったというのが、このワークショップ全体を通じて私が感じたことです。多国籍で、しかも初対面のチームでのグループ制作というと、誰かがリーダーシップを取ってみんなはそれに従うとか、みんなの意見が合わない結果、全員が妥協したものに落ち着く・・・という事態に陥りがちなのでは?とも想像していたけれど、逆に一緒になることで、勢いが出て、アイデアもわき、エスカレートしていく(←良くも悪くも)・・・というのが、私の実感です。でも、これはメンバーと組み合わせによるところが非常に大きかったかもしれません。

大理の町を歩きます。
Dsc00580

白族の帽子をかぶったおばあさんDsc00584_2

Dsc00585

物売りのおじいさんが、私たちにやたら親切に話しかけてきました。観光地で親切なヒトには要注意なことが多いですので(←後で金銭を要求されたり)、最初私たちは警戒していましたが、途中からおじいさんは友達がほしいのだ、と思うようになりました。

植物と水墨画のような絵巻を売るおじいさん。いかにも売れなさそうだと思いましたが、2枚売れたとイェンに主張しています。
Dsc00587

Dsc00588

カメラを向けている私に、自分を撮ってくれ!と要求が。
Dsc00589

私は(自然な表情のほうが好きなんだけどなぁ)と思いつつ、おじいさんの要求でもう一枚写真を撮ります。
Dsc00590

なんと、おじいさんは私たちを夕食に招待したいということで、住所を書き始めました!
Dsc00591

一瞬私たちの間で(彼の家に行ってインタビュー?)という考えがよぎりましたが、まだまだ撮影を始めたばかりだし、大理からちょっと離れたところに住んでいる彼の家まで行くのは時間的にも厳しいということで断念。おじいさんと別れました。

撮影のために大理を散策・・・といいつつも、お土産屋を見つけると、そちらに心が奪われてしまいます。
Dsc00593

Dsc00594

ケイ
Dsc00602

一通りメインストリートを歩いてみて、「これは大理の表向きの姿でしかない!」ということで一致し、「細い路地に入り、大理の人々の本当の暮らしに触れよう」、ということになりました。

細い道を探し、入っていきます。超、行き当たりばったりです。
Dsc00597

白く塗られた壁から、石を積み上げたような壁に景色が変わってきて、(これは期待できそう!)という予感が。
Dsc00598

どんどん歩いていきます。
Dsc00599

高齢者のデイセンターがありました。麻雀をするお年寄りたちの姿が見えました。
Dsc00596

大理で普通に暮している人の生の声が聞きたい!と色んな家を覗いてみるも、人の気配がありません。
Dsc00600

それでもいろいろ歩き回っていると、庭で掃除をしているおばあさんを発見。
Dsc00612

ワークショップでビデオを撮影しているということを話、取材交渉。なんと自室内でインタビューに応じてくれることに!

シャオボがインタビュアーとなり、私が撮影をしました。途中で、イェンに交代。
Dsc00603

彼が、インタビュアー越しにおばあさんを撮る撮り方をやっていたりして、私一人ではそんな撮り方をしないので、撮り方がいろいろ参考になりました。(その他にも、彼は道端の工事現場の作業員なども、作業員を直接取るのではなく作業員が働く影を撮影していたりして、面白かったです)

このおばあさんは残念ながら、大理出身ではないのですが、それでも大理に長く住み、最初は露天商から始め、その後国営の工場で定年まで働き、現在は年金生活で快適に暮しているといっていました。子供たちは同居していませんが、何かあったときはここまで来てくれる、とも。

ちょっと差別発言が混じっているかもしれませんが、彼女によると大理の少数民族の人たちは、商売上手ではないのでビジネスが出来ず、主によそからやってきた人たちに土地を貸すことで生計を立てているといっていました。

15分ほどインタビューをさせてもらい、後は日常生活の様子を撮影。

今度はシャオボがカメラを回します。
Dsc00610

私とシャオボ、イェンで室内でインタビューをしている間、ケイは外で家の外観の撮影をしていました。おばあさんの生活を感じさせる、日常のさまざまな小物を撮っておくのも、ドキュメンタリー撮影に欠かせない作業です。
Dsc00609

Dsc00615_2 

Dsc00617

Dsc00613

Dsc00614

ちゃんとインタビューもしっかり出来たし、風景もきちんと撮れた・・・運よく調子よく物事が進んでいるので、一同安心。このおばあさんのインタビューを核にして、後は大理の風景を・・・と考えます。

私は思っていた以上に上手くことが運び、撮影できたことを、少し不思議にも感じていました。そして私たちのグループの人たちが、どんどん、もっと、という流れで、怖いもの知らず状態となって知らない人の家の門をたたいてみたり、知らない人に話しかけたりするのを自然に行っているということに関して、「普段からこう? 自分の国で、自分ひとりで撮影しているときもこう?」と聞いてみました。

私自身は、もともと好奇心が旺盛で、普段から映画作りと関係なくカメラを構えることは日常生活でしょっちゅうあるし、知らない人にも話しかけたりする”性質”と”傾向”はありますが、でも、こんなにどんどんはやりません。必要な範囲で、撮りたいという気持ちに応じて、です、あくまでも。

イェンは、「普段から自分はこんな感じ」と言っていましたが、ケイとシャオボは、「自分は普段絶対しない」と言っていました。旅先での開放感と、グループで行動する心強さというのが、ずいぶん作用しているように自分でも感じました。

とりあえずはインタビューを撮れたと言う事で、ずいぶん気持ちが楽になり、観光気分で街を散歩。
Dsc00619

Dsc00620

メインストリートでは、お土産売りの女性が激しくアピール
Dsc00623

100メートルぐらい一緒についてきて、やっとその人があきらめてくれたと思ったら、また別の女性が・・・
Dsc00624

この女性は、カエルの鳴き声のするおもちゃを売っています。
Dsc00625

ちょうど学校が終わった時間なのか、街はまた学生であふれています。
Dsc00635

Dsc00636

ここにも煮込みうどんの店が。お腹がすいてきました!
Dsc00632

小さな子供たちもお菓子を買っています。日本の駄菓子屋のようなお店にて。
Dsc05308_kae

買ったおもちゃで遊ぶ子供たち
Dsc05310_kae

Dsc05312_kae

大理は観光地でもありますが、朝と夕方に関しては地元民でにぎわっていると思いました。

夕食のため、ホテルに向かって戻り始めます。ホテルの前で、倒れている女子中学生を発見! 大変だ!!!と大騒ぎになりましたが、なんと、酔っ払って倒れたのだそうです!! 制服姿の女子中学生が、日中に学校の近くで酔っ払ってうずくまり、嘔吐している姿は、日本人の私には衝撃的過ぎました。「中国では飲酒は何歳からと法律で決められているのか?」とシャオボに聞きましたが、「決まってないんじゃない?」と言われました。ホントに?!?!(もしかして法律では一応定められていても、守っていないという状態なのかなぁ・・・。よく分からないけど、タクシーの運転手も、高速で飛ばしてもシートベルトもしていなかったし、いろんなことが無法状態となっています!)

この日の夕食。
Dsc00643

Dsc00639

Dsc00640

Dsc00637

またまたてんこ盛り&完食! 本当に連日食べすぎでやばいです!
Dsc00644_2

夕食は、同じ班の人+αで食べました。
Dsc00645

この「映画道場」というプログラムは、日本・タイ・中国の3カ国でのプログラムなので、台湾人であるイェンは、本来参加者として含まれていません。彼は映画祭にやってきて、この道場が映画祭の後にあると聞き、費用を自分で負担することで特別に参加させてもらったのだそうです。

ご飯を食べながら、イェンは自国・台湾の歴史と中国との関係について語り始めました。私から見て、イェンは中国人に対して恨みを言うのではなく、坦々と現在の台湾の状況を話しているように感じましたが、中国人から「こういう話はテーブルの下でするものだよ」と言われました。イェンがそのまま話を続けると、中国人の二人は席を離れてどこかへ行ってしまいました・・・。

イェンは「この話題のせいか?」と私とケイに向かっていったので、私たちは「そうだと思うけど、気にすることないと思うし、その話がもっと聞きたい」と言いました。気にすることない、といいつつも、雰囲気は気まずく、私はその状態が不思議にも思いました。なぜなら、もちろん国レベルでは現在も摩擦が続いているけれども、この集まりは、一般的な社会からすればずいぶんリベラルな人たちの集まりで、自主制作のドキュメンタリストとして政府と時に対峙しながら制作を続けている人たちで、まだ20代の若者たちでもある・・・。そんな人たちが、台湾との関係については別、というような態度をとることが不思議でした。

でも、雲南映画祭のパンフレットでも、台湾からの作品部門の紹介は「中国台湾単元」(Films From Taiwan, China)と表記されていて、台湾は中国に属するという前提に立っていることが伺えます。なかなか難しいんだなぁ・・・ということを思い知らされたような気分でした。

夜ご飯の後は8時から道場参加者の作品を上映&ディスカッション。この日は中国の監督さん二人の作品。
Dsc00647

Dsc00653

ディスカッションはいろんな人が発言して、連日かなり盛り上がります。この日は、イ・スチャンのお父さん(歴史学者)も発言。ディスカッションの様子をビデオに撮りました。

道場の2日目が終わりました。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その6(3月29日)

3月29日は、朝早めに起きて荷物の整理をし、9時半にホテル前に集合して、大理に向かうバスに乗りました。今日からが今回の旅の主目的である「映画道場」ワークショップです。ワークショップに参加する各国の映像制作者&各国の運営スタッフ+αの人たちで、35人乗りのバスは満席。

映画祭から一緒ですでに仲良くなっている人もいれば、このワークショップにあわせて昆明に来た人たちもいます。なんとなく、すでに仲良くなっている人たち同士でバスの席に座っていたら、スタッフから「一緒に座っちゃダメ!」と。意識的に、多国籍同士、まだ話したことのない人同士でコミュニケーションをとっていくようにする方針のようです。当初、タイ人のケイと一緒に座っていましたが、マオ・チェンユと一緒に座りました。

高速に乗って2時間。見るからに高速道路の真ん中といった地域でお昼ご飯のために下車。周りにはほとんど建物がありません。
Dsc00441

「毛家のレストラン」なるお店でしたが、マオ・チェンユは毛沢東一族とは関係ないそうですcoldsweats01
Dsc00436

入り口には毛沢東の金ぴかの銅像が。
Dsc00437

インと写真を撮りました。
Dsc00439

中国人によると、この地域は毛沢東の出身地でもなんでもないのに、なぜこのようなレストランがあるのか不思議だ、と言っていました。おそらく、観光地大理に向かう高速道路沿いにあるので、観光客向けに作られているのかもしれません。

Dsc00431

昆明で食べた料理ともやや違い、食材にパパイヤが使われていたりしました。
Dsc00432

Dsc00433

右側の鍋に入っている料理の肉は「カエル」の肉だそうです。やわらかい鶏肉のようでした。
Dsc00434

お昼ごはんで隣の席は、中国からの道場参加者、ロイでした。彼女は、イギリスのゴールドスミスカレッジ大学院でドキュメンタリーを1年間学び、数ヶ月前に帰国したそうです。今回の雲南映画祭では、大学院在籍中に制作した「Living without men」を上映。お互いロンドンに暮した経験があるということで、イギリスのスローな生活(←悪い意味で。郵便、NHSや銀行口座の開設にものすごく時間がかかること)、物価が高いこと、サウス・ロンドンエリアの治安の悪さなどで盛り上がりました。

中国の大学ではジャーナリズムを学び、4年ほど中国の新聞社で記者&編集部員として働いたそうです。辞める前の1年間は編集部員として局内での仕事だったそうですが、毎晩11時の原稿締め切りでありえないぐらいの忙しさだったそうです。しかも、11時の締め切りに遅れると給料が減額されるというプレッシャーの中、編集部員たちはストレスを抱えながらの仕事・・・。想像するだけでこちらも胃が痛くなってきます。

ジャーナリズムを学んだことがあること、イギリスで暮し勉強していたことという共通点もあり、彼女とはすぐに意気投合して、その後の道場の間も良く話しました。

ご飯を食べた後は、また高速バスに乗り、もう2時間。朝早かったので、バスの中はほとんど寝てしまいました。ふと目が覚めると、もう大理市内に入っていました。そして雨も降っています・・・。

バスを降り、雨の中各自荷物を運んでホテルに向かいます。雨は冷たく、気温もかなり低いですが、もともとこの地域は温暖だそうで、昆明同様暖房の設備がなく、ホテルの造りはまるで南国のヴィラを思わせます。
Dsc00444

トイレの上にシャワーが備え付けられています! おかげでシャワーを浴びるたびにトイレは水浸し・・・。
Dsc00505

ホテルに荷物を置いたあとは、夕食の時間まで自由時間ということだったので、昆明出身で大理にも何度か来たことのある中国人の参加者、Han Huiyuanに案内してもらって、周辺を散策しました。昆明に比べ、だいぶ田舎で素朴な町です。
Dsc00450

Dsc00452

こちらの名物だという、牛乳を使ったお菓子。街のあちこちで売られています。特に、学校帰りの中高生たちが良く買っている姿を見かけました。食べてみると、硬いクレープのような感じ。
Dsc00459

竹串に簡単に巻きつけてあります。

Dsc00461

Han Huiyuan。彼女は現在中国の列車のドキュメンタリーを制作中なのだそうです!
Dsc00462

下校時間には、町中に学生があふれています。どのお店も学生でごった返しています。おやつを外で食べてから帰宅するのが主流?
Dsc05254_kae

Dsc05316_kae

夕食の時間になり、ホテルに戻りました。ホテルの料理担当のおばあさんは、17歳の頃からずっと料理を作り続けているのだそうです。毎日とても手の凝った素敵な料理を作ってくれました。

イ・スチャンの右隣(緑色のエプロン)がそのおばあさん。見えづらくてすみません。
Dsc00467

厨房の様子
Dsc00464

この日の夕食
Dsc00472

道場の撮影担当、徹さん。ケイに写真を見せているところ。
Dsc00465

夕食のあとは、ホテルから10分ほど離れたところにあるカフェへ。

大理のメインストリートがきれいにライトアップされていました。
Dsc00477_2

Dsc00478

カフェはメインストリートから近いところにあるのですが、大理の古い町並みのなかで、このエリアだけモダンな感じになっています。今回のワークショップで、ジダンたちが映画を上映できる場所を大理で探していたところ、このカフェのオーナーが協力してくれ、道場期間中にこの場所を上映や勉強会などで使用できることになったそうです。

カフェの中の様子
Dsc00484

Dsc00483

Dsc00480

この日は、イン、ケイ、ロイの3人の作品の鑑賞会をしました。

初めて作ったときの作品を上映したイン
Dsc00492

タイのデモ隊衝突で息子を失った母親のドキュメンタリーを上映したケイ。
Dsc00496

ロンドンでの卒業制作を上映したロイ
Dsc00502

上映+その後のディスカッションで12時過ぎまで盛り上がりました。ロイのディスカッションの途中で、疲れか、お酒か不明だけれど1人の青年が倒れ、この日の上映会は中止に。青年は無事でしたが、みんなびっくりして心配しました。

道場初日が終わりました。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その5(3月28日)

映画祭が前日に終了し、今日は会場の撤収作業の手伝いをすることになっていました。前の晩は遅くまで飲みましたが、朝9時半に目覚ましをセットして起床。朝食を食べに外に出かけます。

先日「トーショーメン」を食べた大衆食堂街の、他のお店に行ってみることにしました。
Dsc00235

今度は「成都坦々面」とあります。朝から劇辛・・・と思いましたが、そこに入りました。
Dsc00233_2

メニュー表が貼ってあったので、指差ししつつ「タンタンメン!」と。
Dsc00229

朝ごはんと昼ごはんの中間の時間帯でしたので、店内は空いていました。
Dsc00230

坦々麺。6元。見た目貧相ですが、豚の内臓や木の実がふんだんに入っており美味。
Dsc00232

朝食を食べたあとは、公園のそばを通って映画祭の会場に向かいます。

今日も天気は穏やか。公園の入り口(広い公園なので、入り口はいくつかあります)
Dsc00227

もうすでに撤収作業の集合時間は過ぎていましたが、公園で沢山の中高年者たちが社交ダンスや体操をしている姿を発見!

トランス調の激しい曲に合わせて社交ダンス。。。
Dsc00242

女性の参加者のほうが圧倒的に多いため、女性同士のペアも多数。
Dsc00243

こちらはテニスの素振りの練習ではなく、テニスラケットとボールを利用した体操。
Dsc00250

さすがにまだボートに乗る人はいませんでしたが、みんな朝から活発です!
Dsc00252

公園の朝の様子をビデオに撮りました。(後半の歌と楽器の演奏は午後に撮影したものです)

公園の周りには良いお茶のお店が沢山あるので、お土産を買うのに良いと聞いていました。お茶屋さんが確かに何軒か並んでいます。
Dsc00237

いわゆる茶葉だけでなく、ローズそのまま、ジャスミンそのまま、レモンの輪切りを乾燥させたものなど、さまざまな種類のお茶が、ビニール袋小1袋に一杯つめて10~50元という値段。日本でこれらを買うことを考えたら、ずいぶん安い。ちなみに、プーアール茶がこちらの特産品と聞きました。
Dsc00238

このお店では、ジャスミンとローズのお茶を買いました。袋一杯で、ジャスミンが15元、ローズが25元でした。
Dsc01255

今回の旅行を通じて買い込んだお茶。
Dsc01253

これは、ポットに入れて5回ぐらい楽しめるお茶です。
Dsc01254

こちらはハスのお茶と書いてあり、飲んでみたら、葛湯に甘みを加えたような、とろりとした感じのお茶でした。
Dsc01256

Dsc01257

さとるさんが演奏していた民族楽器を売るお店もありました。買いたい衝動に駆られますが、たんすの肥やしになること必至なので、断念。
Dsc00239

お茶を購入後は、だいぶ時間に遅れてしまいましたが、映画祭の撤収作業に参加。

両面テープを使用していたため、テーブルにこびりつき、はがすのに一苦労。
Dsc00257

映画祭のスタッフの子が、参加者たちのサインを集めて回っていました。私もポスターに書きました。
Dsc00258

サインをするケイ
Dsc00259

改めてメイン会場はかなり広いなと実感しました。
Dsc00260

映画祭に遊びに来ていた自主制作の監督たちと
Dsc00262

思ったより撤収作業が早めに終わり、やや手持ち無沙汰・・・
Dsc00263

Dsc00264

映画祭のスタッフ&参加者たちでお昼ご飯を食べに行くことにしました。刑務所が管理・運営しているというレストランなのだそうです!

レストランの外観
Dsc00270

記念に持ち帰ったレストランのティッシュにも、”監獄”の文字が。
Dsc01270

レストランの手前では、麻雀にいそしむ高齢者多数。
Dsc00269

聞いてみると、「賭け麻雀」をしているそうです。その後、大理でも高齢者向けのデイセンターを訪ねる機会がありましたが、大抵は男女問わず麻雀をしていました。
Dsc00267

名前を失念してしまいましたが、今回北京から映画祭に遊びに来ていた監督は、北京のアート村に住んでいるそうです。アート村(北京にはいくつか存在するそう)は、北京の中心地からとても離れていて、北京の中心部に出るにはバスで片道2時間近くかかるそうですが、その代わり家賃や生活費は安く、映画関係者のみならず、さまざまなアーティストたちが住んでいるそうです。例えば、私がこの前ロンドンに行ったときに、テートモダン美術館で展示をしていたアイ・ウェイウェイも、北京のアート村に住み、活動をしているとか。昨晩、一緒に夕食を食べたHaohaoや、映画祭で知り合った監督のココカたちも住んでいると聞きましたので、私もいつか訪れてみたいです!

お昼ごはんのあと、何をしようかと、日本&タイの参加者たちで話しました。この日の午後からはフリーです。

ウィが、軍隊の博物館に行こう!と提案したので、そこに行って見ましたが、月曜日ということで休館。残念。
Dsc00272

軍隊の練習場だったのか、広い中庭があります。
Dsc00273

お茶を飲みに行こうということで、お勧めのカフェに向かうことに。映画祭事務所が入っているアパートの前を通りました。数棟でひとつの門があり、そこは暗証番号で住民以外は入れないようになっています。
Dsc00274

Dsc00277

映画祭スタッフのチャチャ
Dsc00275

映画祭事務所は「先生坂」という道の途中にあります。これも科挙試験に由来する坂の名前なのだそうです。
Dsc00280

このエリアの建物はかなり老朽化が進んでいそうですし、建物同士が隣接して採光なども良くなさそうです。国営ではなく、民間の賃貸住宅だそうです。
Dsc00279

溝に物を落としてしまった子供。こちらの学生服は、赤いネクタイがついています。
Dsc00282

Dsc00283

昆明で暮す韓国人が経営するカフェ
Dsc00284

店内の様子
Dsc00288

本棚
Dsc00287

村上春樹の本も見えます
Dsc00286

私は「雲南コーヒー」を注文しました。そうです、雲南はコーヒーも特産品なのだそうです! ブラックでも全然OKなほど、やわらかい味でした。こちらのコーヒー豆は普通の豆に比べて小粒なのだそうです。
Dsc00295

カプチーノなどを頼んだ人は、出てきたコーヒーに大喜び!
Dsc00291

可愛い~~~
Dsc00293

「飲んでしまうのがもったいないよね」と飲むのをためらうチャチャ
Dsc00294_2

日・タイ・中の3カ国でのお茶会は、話題も多岐に及びました。日本の映画やアニメが世界に輸出され、広く愛好されていることは周知の事実ですが、日本のAV、及びAV女優たちが、もしかして一般的な日本人以上に、中国、タイで幅広く知られているということに驚きました!(のちに、台湾でも同様であることが判明)。例えば、「飯島愛」あたりがアジアで有名でも驚きませんが、「蒼井そら」(ギリギリAVを見ない日本人でも知っているか?)、「小澤マリア」、「松島かえで」あたりになってくると、日本人でも結構難しくなってくると思うのですが、中国、タイでは「知らない人はいない」というのです!!!!!(←男女ともに!)

日本の「東日本大震災」の前に、中国の雲南省でも地震が起きましたが、「この地震に対して日本人で一番早く寄付をしたのが蒼井そらだ」と言っていました。(実際には一番早かったかどうか分かりませんが、少なくとも中国人の反応としては「蒼井そらが一番に助けてくれた」と受け止められているようです)

日本のAV女優としてアジアで人気に火がつき、アジアのテレビドラマや映画に出演する女優たちもいるようです。

中国ではAVが表向き禁止されていることで、みんなは日本のAVをネットで無料ダウンロードして観るそうです。「ダウンロードするために会員登録する必要もないし、ウィルスの心配もない」とも言っていました(こちらも真偽のほどは分かりませんが)。

AVの影響か、今回の旅行であった人たちで、日本語を全く話さない人でも、「ヤメテ」、「ダメ」、「チョットマッテ」とかそういう単語は知っていたりする・・・。日本人としては、知っている単語の偏りに微妙な心境にもなったりしますが、でも、AVって日本の輸出産業なんだなぁとつくづく実感しました。映画やアニメに関しては韓国&中国勢の猛烈な成長に、日本の業界は押され気味ではありますが、AVはまだまだその地位を脅かされることはない・・・?!

中国では、女優たちの日本名を中国読みするため、筆談で会話。この写真は、日本のAV女優たちについて書いたもの。次々に出てくるので、本当にびっくりしました。皆さんも周りにアジア人の友達がいたら、ぜひ聞いてみてください!(←そして結果もお知らせくださいねhappy01
Dsc00296

お茶の後は、公園に行きました。湖のほとりを歩きます。
Dsc00299

公園のイス
Dsc00298

公園内にあるカフェもお勧めと聞きましたが、お茶を飲んだばかりなのでスルー
Dsc00301

公園内をしばらく歩きます。
Dsc00305

Dsc00304

昆明最終日近くになってだんだん天気が良くなってきたせいか、公園には趣味を楽しむ多くの人たちが。特に高齢の方々が、歌や音楽を楽しむ姿がとても印象的でした。
Dsc00307

中国の楽譜、面白いです。
Dsc00309

中国の民族楽器を演奏する人々
Dsc00328

Dsc00331

Dsc00332

中央に立つ女性は歌を歌っています。
Dsc00333

湖のほとりで歌うのは、気持ち良さそう。
Dsc00334

この公園は観光名所でもあるので、あちこちにお土産やさんがありました。自分の名前で作るアクセサリーを発見。これがほしい!!
Dsc00316

中国人にも人気なようで、結構な人だかり。
Dsc00320

私の名前「由美子」は、中国読みは「You Mei Zi」なので、Y、M、Zのかごの中から自分の漢字を探します。
Dsc00310

かごの中には、大量の種類の漢字があり、探すのはとても大変!!

アルファベットごとに、このような状態で入っているのです。
Dsc00314

Dsc00319_2

「美」と「子」は見つかりましたが、「由」がどうしても見つからず・・・。他の人も一緒になって探してくれたのですが、断念。
Dsc00313

今回の映画祭で「Martian Syndrome」を上映した映画監督のXue Jianqiang。ニックネームは「ココカ」です。
Dsc00318

公園の中は一部工事中でした。工事をする人。
Dsc00323

Dsc00324

公園の中にあるゴミ箱。Organisnって・・・。
Dsc00336_2


Dsc00335_2

このあと、映画祭のスタッフの人たちは事務所で残務処理があるので戻らなければならないということで、残った日本人(私と良太さん)&タイ人(ウィ、ケイ、イン)の3人で観光をすることに。誰も中国語を話さず、土地にも明るくないですが、ガイドブックを観ながら、新市街に向かって歩きます。

古いアパートと新しいマンションが向かい合うようにして建っているのが印象的でした。
Dsc00338

洗濯物が干してある風景は、アジアだなぁと感じます。
Dsc00343

バイクも沢山並んでいます。
Dsc00345_2

新市街では、車と自転車の道が分けられていました。これは良いアイデアだと思います。
Dsc00347

街中にある公衆電話ボックスでは、電話機がはずされているものが多かったです。
Dsc00348

大型のデパートが立ち並ぶ新市街のメインストリート
Dsc00351

Dsc00356

Dsc00358

でも所々には、昔ながらのお店もがんばっているようです。
Dsc00350

歩道橋の上の屋台
Dsc00353

デパートに入ってみることにしました。
Dsc00359

ショーウインドウの様子
Dsc00361

Dsc00363_2

面白いキャッチコピーを発見
Dsc00364

デパートの中はこんな感じ。日本と変わらない。
Dsc00362_2

デパートの中をとりあえず見てみて、「やっぱり旧市街のほうが面白いよね」ということになり、新市街を離れます。

旧市街へ戻る途中、日本料理屋を発見。お店の名前は「あかさたな」。。。
Dsc00365

図書館の前まで戻ってきました。やっぱりこの図書館、大きいよなぁ。
Dsc00366

Dsc00367

図書館周辺のお土産屋さんを散策。
Dsc00368

各戸の軒先には花壇がずらり。
Dsc00370

落っこちてこないか心配になったりもします。
Dsc00373

夕飯までの間、映画祭の事務所に行ってみることにしました。門の中に入るのは初めて!
Dsc00382


やっぱり建物が隣接しすぎですよねぇ・・・
Dsc00376

映画祭の事務所の中
Dsc00409


Dsc00410

Dsc00378_2

良太さんが事務所でネットをしている間、私とケイ、インは事務所の周りの写真を撮りに出かけました。普段、写真やビデオをやらない人と出かけると、写真を撮るために立ち止まる度にみんなを待たせてしまったり、食事の前に写真を撮っていたりすると「写真撮ってないで早く食べなよ」と言われてしまうのですが、今回の旅行では写真やビデオを撮る人たちばかりだったので、行動のテンポがすごく合いました。

アパートの写真を撮るイン
Dsc00383

ケイ
Dsc00384_2

アパートで撮った写真の数々
Dsc00400

Dsc00385


Dsc00387

Dsc00388

各棟の1階部分はこんな感じ。
Dsc00392

1階部分から上を見上げた様子
Dsc00390

玄関が2重になっていました。
Dsc00398

北京に住む映画監督のツォンフォンによると、北京ではもうこのようなアパートはほとんど残されていない、ということです。取り壊され、新しいビルに変わった、と。かつてはそこで商売をしながらそこで住んでいた人たちは、少ない立ち退き金ではものすごい郊外にしか住む場所を見つけられませんが、そのような場所ではかつての商売は出来ません。本格的な開発の波が、ここ昆明にも押し寄せてくれば、同様の事態がここでも起こるでしょう。
Dsc00402

みんなで夕食を食べに行きました。かなりの大人数でしたが、ツォンフォンのおごりだそうです! 感謝!! 従業員の女性の向かって右隣がツォンフォン。山形ドキュメンタリー映画祭で上映された「馬先生の診療所」という作品の監督さんです。
Dsc00418

中国に来て以降、連日、お昼&晩御飯ともにすごい量の食事をいただいています!! 自分でも、編集作業引きこもり→イギリスの高カロリー食→そしてとどめの怒涛の中華料理三昧で、確実に太ってきていることを実感。このブログを書いている今は、炭水化物と甘いものを控える日々。。。
Dsc00419

でも、ご飯はどれもとてもおいしいし、何よりみんなで食べるのが楽しい!
Dsc00420

Dsc00421

ご飯のあとは、何人かでお茶を飲みに行くことになりました。映画監督のマオ・チェンユと彼の奥さんが中国茶の入れ方を披露。向かって左側がマオ・チェンユ。
Dsc00425

私はゆず茶をいただきました。

Dsc00422

マオ・チェンユは、山形ドキュメンタリー映画祭でも作品を上映したことがあるそうです。数年かけて1作の長編と同じテーマで短編を数本、著作を数冊と制作するそうですが、彼の場合も、他の中国の監督同様、中国各地の映画祭で何度か上映して終わりなのだそうです。奥さんがプロデューサーとして映画作りの資金を稼いできてくれるそうで(職業はデザイナー)、「僕は映画作る人、彼女はお金を持ってくる人」と言っていました。(うらやましいなぁ、それ!)奥さんはどんな気持ちでそれを聞いていたのか分かりませんが・・・

中国で、インディペンデントのドキュメンタリーを上映する映画館というのは、ほとんどゼロといって良いそうで、映画祭といっても、そんなに沢山あるわけではありません。中国政府の中で、インディペンデントのアートや映画に関する部署もないのだそうです(←何かの部署がかねていることはあるかもしれませんが、本腰を入れて積極的に支援はしていないということでしょう)。ネットに活路を見出そうとしても、政治のことを書いたり載せたりしたら、5分でブロックされてしまうそうです。ツイッターやYouTubeも制限されているし・・・。DVDを販売したとしても、それらにリーチできる人の数はわずか。国内が難しいなら、海外の映画祭とか、外から応援していくというのもアリですよね。私も今後、今回の旅行で知り合った自主制作の人たちと連絡を取り続け、日本から何かしたい!と思っています。

タイのインディペンデント事情も聞きました。タイでは、公共の放送でインディペンデントの枠があるそうです。20分ぐらい。しかし、難しい政治事情を抱えるタイでは、ソフトな内容のみで、政治に絡むような内容では放送されないとのこと・・・。

大変な状況の中、それでもがんばり続けている自主制作者たちがいるというのは心強いです!!
Dsc00427

このカフェバーの代金は、マオ・チェンユがご馳走してくれました。結構高いお店だったのに、みんなの分をです! 聞いてみると、今回の映画祭で彼は賞を取り(何賞だったかは忘れてしまいましたが)、5000元の賞金を獲得したそうです。賞金つきの賞を受賞したのが初めてだそうで、その前の晩は飲み会でみんなにビール100本をおごり、すでに1000元以上使ったのだとか!!! 賞金は制作費に使ってよ!!!!と心の底から思いますし、奥さんもおそらく同様の気持ちだと思うのですが、とにかくおごってくれてありがとう。

翌朝は大理に向けて出発です。

|

[jp] 雲南その4(3月27日)

この日も朝は10時ごろに起きました。ホテル近くのスーパーに行き、お茶やお菓子、怪しげなおつまみなどを購入。スーパーの袋に沢山つめても、全部で50元ほど。安いなぁ!

どんな味がするのでしょう?
Dsc01262

少し前に日本でも流行った『カメゼリー』
Dsc01260 

日本語も印刷されていますが、翻訳はかなり適当。
Dsc01261

朝ごはんをどこで食べようか迷っていたら、近くに行列の出来ている食堂を発見。列に私も並びます。漢字から推測すると、「煮込みうどん」のお店のようです。
Dsc00137

食券は筆談で購入できましたが、麺の太さをどうするか、トッピングは何にするかで一苦労。結局私の代わりに答えた女性の好みで決まりました。
Dsc00134

Dsc00135

苦労して購入した甲斐があり、おいしい!
Dsc00136

店内がとても混雑していたので、相席になりました。雲南大学に通う法学部の学生と、先生なんだそうです。
Dsc00138

「昨日ちょうど雲南大学の前を通り過ぎました!」と話したら、大学内を案内してもらえることに。ご飯を食べ終わった後、雲南大学に向かって歩きます。

大学院で学ぶChiefoonに、学校で使っているノートを見せてもらいました。Dsc00141

達筆です!
Dsc00140

雲南大学は、中国の大学の中ではさほど大きくないそうですが、それでも日本人の私にとっては巨大。構内はひとつの村ぐらいの広さがありました。
Dsc00142

学生食堂
Dsc00143

女子寮
Dsc00144

理科系の建物
Dsc00146

八重桜が満開でした
Dsc00149

大学の歴史自体は100年近くと、そんなに長い歴史ではないのですが、それ以前からその敷地内にある歴史的な建物が多く保存されていました。
Dsc00151

Dsc00152

下の写真の建物は、科挙試験に使われていた建物なのだそうです! さすがに改装ぐらいはされていると思いますが・・・
Dsc00155

説明書き
Dsc00154

構内にはリスもいます。
Dsc00157

Dsc00158

現在も学長室として使われている建物。
Dsc00161

Dsc00160

ひと休みする場所も情緒があってきれいです。
Dsc00162

会話は主に英語でしたが、時々筆談。中国の英語教育は「読み・書き」中心だから、会話が出来ない人が多いのだ、と言っていました(日本も同様だと思いますが)
Dsc00163

Dsc00164

お休みの日は何をして過ごすのかと聞いたところ、弁護士を目指している彼は、本を読んだり、勉強をして過ごしているのだそうです。私も法学部出身でしたが、そういえば、休みの日にそんなことした記憶はありませんwobbly

彼は雲南の少数民族の出身でもあるそうです。趣味で時々詩を作ることがあるといい、その詩を披露してもらいました。

「望月」というタイトルの詩で、古代詩のスタイルで書いたものだそうです。月夜の晩、27歳になってまだ自立していない自分の焦りについて書いたというもの。私なんて30代も半ばで自立とは程遠い状況ですが、こういう感覚は人によって違うのですかね???

詩を読んでもらったときの様子を撮影しました。こちらです!

2時ごろになったので、そろそろ映画祭会場に向かわないと、と思い、大学から図書館へ向かって歩き始めました。

時間がなくて立ち寄れませんでしたが、中国の軍隊博物館で、ここは昆明に来たら立ち寄るべき場所だと言われました。
Dsc00170

この日当たりからだんだん天気が回復し、公園ではジャンベを演奏して過ごす人の姿も。
Dsc00172

ボートにも乗れます。
Dsc00173_2

大道芸をする子供の周りに大勢の観客
Dsc00176

図書館に着き、Chiefoonと別れました。映画祭ではすでに午後のプログラムが始まっていて、詩人の映画監督Jianの映画がすでに2時間近く始まっているではありませんか! 彼の作品を絶対観たいと思っていたので、急いで会場に入りました。

でも、彼の作品は4時間の大作だった為、2時間遅れてもまだ残りの2時間を見れたのですが・・・

この「Hometown」という作品は、中国のある地方の村の腐敗した政治とめちゃくちゃな選挙の様子を描いたドキュメンタリー。各候補者にもインタビューをしたり、自分の利益のために豪華な建物を自分や娘用に建てたりする村長の生活や、再開発にめげず昔ながらの暮らしを守り続けるおばあさん、選挙の投票&開票の様子など、決してテレビでは流れないような、でもこれが現実といったような日常がひたすら描かれるのです。一体どうやってこれらの映像を撮ったんでしょう?? 面白かったです。

上映の様子
Dsc00178

Dsc00179

Dsc00180

上映後のQ&A
Dsc00181

Dsc00182

この日は映画祭の最終日。夜のプログラムはなく、クロージング・セレモニーです。セレモニーまで時間があったので、晩ご飯を食べることにしました。映画祭に参加している監督2人と、映画祭の学生ボランティア2人、そして北京のテレビ局社員という、全くつながりのない人たち同士でご飯を食べに行くことに。

映画祭で「Kun 3 I love Liang Kun」という作品を上映した監督のWu Haohaoは、この映画祭で自分で焼いたDVD-Rを販売し始めた、初めての監督なのだそうです。”自主制作”というと、日本でもそうですが、必ずといって良いほど「どうやって生活しているの?」という話題になります。この日もそうでしたが、Haohaoや彼の友人たち(北京のアート村に住んでいる)の多くは、映画で収入を得ることはほとんどなく、他の仕事をしながら映画を作り続けている、と言っていました。

特に中国の場合、有料で映画の自主上映会などをやることも難しいわけですから、数年かかって制作した自主制作映画をたったの数回、中国国内の映画祭で上映するだけで終わってしまい、また次の作品作りに取り掛かる・・・という人たちに多く会いました。私からすれば、そんなの絶対嫌だ~!って思いますが・・・。

DVDを売るのも、手広くやるのはまたいろいろとハードルがありそうですが、映画祭で売るぐらいならば、昆明までの旅費の足しになるかもしれません。

向かって左側がHaohao。お互い自主制作者としてがんばろう!と励ましあいました。
Dsc00186

左下は虫を炒った料理。見た目はかなり抵抗感がありますが、おいしかったです。
Dsc00189

Dsc00185

みんなと。
Dsc00191

ご飯を食べ終わった後は、クロージング・セレモニーを観にいきました。

ステージ上では、スチャンが受賞者の発表をしています。
Dsc00192

Dsc00194

少数民族の歌と踊り
Dsc00197

この辺は主にビデオカメラで撮影したので、写真の撮影がいい加減・・・

Dsc00198

クロージング・セレモニーのあとは、みんなで飲みに行きました。
Dsc00206

さとるさんが少数民族の伝統楽器を演奏。またお坊さんがカメラ構えてるぅ~heart04
Dsc00220

さとるさんの演奏に聞き入るみんな
Dsc00222

ケイと良太さん
Dsc00212

私の隣の席は、オランダ人のカップル、サンダーとフジーナでした。フジーナは人類学の研究者で、仕事で10年前に雲南に住んでいたことがあるそうです。そのときに映画祭スタッフたちと仲良くなり、今回は家族で昆明に遊びに来ていました。彼らはその後の大理の映画道場にも同行しましたが、よく近くの席になったこともあり、この旅行で沢山話が出来ました。サンダーはオランダでフリーランスの映像制作者としてTVの番組などを作っているそうです。

前にも書きましたが、昆明では流暢に中国語を話す欧米人によく遭遇します(←っていうか、昆明は日常生活で英語がほとんど通じないので、流暢じゃないとサバイブできないのかもしれませんが)。この日は、アメリカ人でこちらに住んでいるサムと飲み会の席で一緒でしたが、彼女は本当にもうぺらぺら。もともとは、フルブライトの奨学生として中国にやってきて、好きでそのまま住み続け、現在はこちらで仕事をしているそうです。

タイ人のケイはお母さんが心配してホテルに電話をかけてきたそうですが、ホテルのフロントに部屋番号を英語で言っても通じず、部屋番号の中国読みをサムに尋ねていました。サムが一生懸命中国語で発音していましたが、これ、アルファベットでどう表記するんだろう・・・。

その様子をビデオに撮りました。さとるさんの演奏も入っています! 映画祭最終日の夜が終わりました。

今日は2日分でおしまい。また明日~paper

| | コメント (0)

[jp] 雲南その3(3月26日)

今日は午前中~午後にかけて、デジカメで撮った動画を編集していました。エディウスには編集途中の新作のデータがあるので、エディウスを使って編集するのはやめ(デジカメとビデオカメラでは画面サイズや画質も違うので、もし何か設定を変にいじって変わってしまったら嫌だと思ったので)、ウィンドウズ・ムービー・メーカーを使って編集をしました。

メディアールの授業でも使っていたムービー・メーカーですが、これ、無料というだけが利点ですが、本当に使いにくいですよねぇ!! でも、本当に単純につなげて、少しのキャプションを入れただけなので、何とかこれでやりましたが。9本のミニビデオを作ったんですよ! 疲れた・・・

さて、もう3時近くになってしまいましたが、雲南レポートの続きを書きたいと思います。出来れば3日分ぐらい。最低でも2日分を。。。

3月26日は、朝に予定がなかったので、ゆっくりと10時ごろまで寝ました。映画祭のあとに1週間弱の『映画道場』の予定も控えているし、最初から飛ばすのではなく、きちんと寝れるときは寝ておこうと思って、朝を遅めにしました。

今日は終日フリーとなっていたので、まずは一人で外に出てみます。初めての一人外出。映画祭からもらったホテル・映画祭会場近辺の地図を片手に、人にも聞きつつ外を歩きます。この日も相変わらず寒く、そして雨。

中国からポストカードを出したいなぁと思ったのですが、街中に切手を売っている場所を見つけることが出来ません。街の人に「切手」とかいても、この単語は中国語と同一ではないようで、理解してもらえません。ましては「Stamp」では誰も・・・。大きな高級ホテルに行けば、英語も通じてフロントで販売していることもあるかも?と思い、公園そばの高級ホテルに行ってみることにしました。普段歩く側とは反対側の通りです。

途中、雲南大学がありました。
Dsc00023_4

歩いてみて分かったのですが、ちょうど雲南大学を境にして、湖を取り囲むように下町と高級住宅地が分かれているようなのです。

高級マンションは、ゲートもあり、高級な外車も駐車されています。
Dsc00026

湖の眺めは、下町・高級住宅地ともに同じなのですが・・・
Dsc00032

公園の入り口。雨のため人影はまばら。
Dsc00035

ガイドブックで見つけたホテルですが、すごい大型ホテルです!
Dsc00033

中も豪華!
Dsc00029

豪華なホテルではありましたが、残念ながら切手やポストカードは売っておらず、断念。お腹がすいたので、朝食を食べに行くことにしました。

図書館近くの庶民的なエリアを目指して歩き始めます。

だんだん庶民的なエリアへ。
Dsc00051

(安い食堂が見つかるか?)期待で胸が膨らみます。
Dsc00052

図書館手前のわき道に大衆食堂群を発見! 私って、こういう場所を見つけるの、自分でも得意だと思っています(自慢できる能力ではないですがcoldsweats01
Dsc00054

看板に「刀削麺」と書いてあります。これは期待できそう!
Dsc00058

通じるかどうか半信半疑でしたが、「トーショーメン!」と言ったところ、中椀、6元で刀削麺が出てきました!!
Dsc00056

めちゃめちゃおいしいじゃないですか!! しかも、コリアンダーやレモングラスに加えて、大きな強いミントの葉も沢山入っており、それがとても良いアクセントになっていました。

食堂の中の様子
Dsc00057

ご飯を食べ終わった後は、周辺をぶらぶら。食材のマーケットがあったので、覗いて見ることに。
Dsc00072

生鮮食料品ばかりなので、お土産品を買うには不向きですが、眺めている分には楽しいです。
Dsc00060

Dsc00062

鶏肉はリアルな姿勢の状態で売られています。
Dsc00064

雲南に住んでいた経験のあるさとるさんに教えてもらった天然蜂蜜のお店に行って見ます。
Dsc00073

いくつか試食させてもらい、1瓶購入。30元ほどでした。
Dsc00071

Dsc00070

かなりずっしり。
Dsc01263

お店の外に出ると、フランス人のセバスチャンにばったりと道で会いました。彼も映画祭の会場にこれから向かうそうです。私もそろそろ映画祭会場に・・・と思っていたので、一緒に行くことにしました。

ちょうどお昼ごろになっていて、映画祭は1時間半のお昼休憩の時間でした。夜の部も、6時から1時間半の休憩時間が設けられています。セバスチャン曰く、中国人にとって食事の時間はとても大切だから、映画祭でも長く食事休憩が設けられている、といっていました。

セバスチャン自身は、露天で買った中国風ドーナツをかじりながら歩き、昆明にいる間に少しでも沢山の映画を観ようとしていて(彼は中国現代文化の研究者でもあるので)、そのお昼休憩の時間ももったいないようで、図書館の2階に設けられている映画祭のブースでiPodで全作品が観られるようになっている場所に行き、見逃した映画を観るつもりだと言っていました。

私も彼について、2階のブースに行って見ました。が、残念ながら、iPodは全て貸し出ししてしまっていて観られず。仕方なくまた1階に戻りました。

図書館の内部
Dsc00066

おそらくコンピューター化もされているとは思いますが、図書目録。
Dsc00068

これで探すのは至難の業でしょう・・・
Dsc00067

図書館の部屋の中はかばんの持込が禁止(ロッカーに預ける)なので、中には入りませんでしたが、外からの様子。
Dsc00069

午後の部に何を観ようか決めていなかったので、中国映画に詳しいセバスチャンに何を見たらよいか、お勧めを聞きました。すると、中国のドキュメンタリーといえば彼!というぐらい有名らしい(私は知らなかったのですが)、Lu Binが企画・コーディネイトする「The Eye of Villager」を観るべきだ!と言われました。これは、少数民族の村人たちにカメラ機材を提供し、ワークショップをして、彼ら自身で映像を作り、発表していくというプロジェクトで、10年以上続いているのだそうです。映像による自己発信、作り手の多様性を信条としている私としては、そのコンセプトにものすごく共感し、見る前からすでに感動! そのプログラムを見ることにしました。

Dsc00077

会場はあまり大きくない3の部屋。開映30分前からすでに人が集まっています。(結局上映開始後は立ち見が出るほどの状況に!)
Dsc00079

他の会とは明らかに違う客層で、チベット(正確にはチベットではなく、中国国内の地域)の僧侶、少数民族の衣装を着ている人、そして欧米人の観客が多くいました。(Lu Binのこのプロジェクトは、特にフランスやスイスなどで絶賛されていると聞きました)

チベット僧がカメラを構える姿に、私は萌える女だということが判明(それにしても限定的だなぁ)。写真とりまくりました! だって、これってすごい光景だと思いませんか?!?!
Dsc00080

Lu Bin
Dsc00086

プログラムに参加し、映画を作ったお坊さん
Dsc00089

プログラムは中・短編あわせて5本ほどが上映されました。中でも「牛糞」という作品がものすごく良くて、観客からも大絶賛。ちなみにこの作品は賞もとりました。

牛を飼い、その牛の乾燥した糞を集めて、日常生活のあらゆるところに使いまくる村人の生活を描いた作品です。乾燥した糞を水で緩め、砂を混ぜ、家の壁を作ったり、炭のように燃料にしたり、犬小屋を作ったり、果ては薬にも使う・・・と糞を有効利用しまくりの人々なのです!

牛の糞を水で緩め、手でこねるうら若き乙女。
Dsc00094

砂を混ぜた糞は、乾燥するとかなり高度があるようで、塀も作れます。(ちなみにこのエリアは乾燥地帯のようです)
Dsc00091

これ全部牛の糞なんですよ!
Dsc00093

糞を粘土のようにして小さなイスを作り、冬にはソリにして子供たちが遊ぶ・・・
Dsc00096

ビジュアル的に強烈なのですが、彼らにとってはそれは先祖代々受け継がれてきた自然な生活。それがごく自然に村人の視線で描かれていて、すばらしいのです!!

向かって右側が「牛糞」の監督さん。
Dsc00100

またまたカメラを構えているチベット僧を発見! ・・・でもこんなに興奮して写真を取り捲るのは、逆に差別的かもしれません・・・。やや反省。
Dsc00103

一人で観にいったし、中国語字幕しかなかったので、映画の詳細やその後のQ&Aは理解できなかったのですが、映像自体がものすごくパワフルなものばかりで、十分楽しめました。

その他の作品。
Dsc00117

Dsc00118

プログラムの終了後、興奮してそのプロジェクトにかかわる人に話しかけたところ、DVD2枚(うち1枚は自分で購入)と本(村民たちに教えるワークショップの内容について中国語&英語で書かれた本)をいただいてしまいました!! うわ~、超貴重な資料です!! 時間が出来たら、じっくり読んで研究したいです。
Dsc01250

Dsc01251

やっぱり現地に行って人に会わない限り手に入らない情報とモノって言うのは、沢山ありますね。この映画祭で、私にとって一番大きな収穫となりました。

プログラム終了後は、ワークショップに参加するためにやってきたタイの映画監督たちを紹介してもらい、一緒に夕食を食べました。また図書館内の大理レストランへ。そしてまたてんこ盛りの料理です。

向かって左側がケイ、右側がイン。
Dsc00123

手前からチャリダー、ウィ、イン。
Dsc00124

彼らにタイの映像制作事情を聞きました。タイでは、半分が異性愛者の男性、もう半分が同性愛者の男性、そして残りのほんの少しが女性、という構成になっているのだそうです!

ほんの少しの女性映像制作者たちは、別にフェミニストではないので、特にジェンダーを意識して連帯するようなことはなく、みんなバラバラに制作をしているのだとか。チャリダーは海外から時々「タイの女性作家を紹介してくれ」と頼まれるそうですが、このような事情のため、困るのだそうです。国によって本当にさまざまだなぁと思ってしまいました。

食事には、映画祭のオーガナイザーの一人であるイ・スチャンが、一人の若い中国人男性をつれてきていました。名前を失念してしまいましたが、彼は昆明の映画館で働いていて、今回の映画祭の作品選びで大活躍した、将来有望な人なのだそうです。新しい仕事を得て、昆明から離れて北京へ行ってしまうそうですが、その仕事というのがFacebookのようなネットワークを中国で立ち上げること。

世界中で使われているFacebookですが、中国では禁止されているのだそうです。なので、それに代わる仕組みを作り上げるとのこと。タイ人の参加者たちは、「タイの政治や友達のこと、全てのことは今Facebook上で起こっている。中国にいる間はFacebookにつながれないので、情報に乗り遅れちゃう!」と言っていました。やはりネットはいろいろ規制されているようなんですね・・・。

夕食のあとは、メイン会場のプログラムを観にいきました。中国の若手監督が、ビンボーな自分と彼女の出口のない生活を赤裸々に記録した「The Days」という作品。監督は、後にワークショップで同じ班にもなったWei Xiaoboです。

Q&Aの途中までジダンと一緒に見て、その後は3時間以上超盛り上がっているというトークショーの会場へ。残念ながら写真を撮り損ねてしまいましたが、『映画はどうあるべきか』といったような壮大なテーマをめぐり、3時間超にわたり大激論を交わしていると言うではありませんか! 私は最後の15分ぐらいしか見られませんでしたが、車座になって熱くかたっている彼らの様子に圧倒されました。

トークショーのあと、その場にいた監督やスタッフ、お客さんたちとともに飲みに行きました。ほとんど面識のない人たちについていったので、周りは中国人ばかり。唯一、スイスから招聘された女性監督と中国人の通訳者・デービッドがいたので、その席に加わって私も話をしました。(←席順とか、加わる場所とか、言葉の壁があるとこういうのがかなり重要だったり、面白かったり、ストレスになったりします。)

初日のパーティーで話した詩人の映画監督も加わりました。

私の隣がスイス人(中東出身)のEdna Politi、向かい側が昆明出身の詩人&映画監督のYu Jian。
34_david

中国の自主映像作家は、撮影・編集・監督と全て一人でこなすスタイルが多いそうです。ヨーロッパベースで作っているEdnaにとってはそれは良くない、他者の目が必要だ、と言うことで意見が割れました。Jianは、「他者の目が入って、それで自分と意見が違ったらどうするんだ!」と驚いていましたが、でももともと他者の目を入れるのは自分と違う意見を聞きたいからですよね?? その辺の説明にEndaはてこずっていました。

私もほぼ一人完結でやっていますが、それは予算がないからそうしているわけで、お金と上手くタイミングの合う信頼できる目を持った人がいれば、もちろん複数で制作をしてみたいです。

また、現在アフリカで革命が続いていますが、「中国で革命が起こるのはいつ?」という質問が出ました。デービッドはそれに対し「中国の人々が、各自今もっているものを全て捨てる覚悟が出来て、何かひとつの目標を見つけ、それに向かって団結したときに、初めて可能になる。今はまだそのような状態ではない」と言っていました。

社会に対して不満はある一方で、物質的に昔と比べて満たされている部分もあるので、なかなかそれを捨てることは難しい・・・ということでしょうか?

気がついたら2時ごろになり、ホテルに戻りました。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その2(3月25日)

25日は朝9時に起きました。疲れすぎていると、かえってあまり寝られない傾向が私にはあるようで、寝たような寝ていないような状態でした。

10時にジダンたちと待ち合わせして、朝食を食べに行きました。「団地」の映画を作っている私としては、中国のアパートに興味津々。
Dsc09964

出窓状(?)になっているのがこちらのアパートの特徴のようです。窓と格子の間のスペースで花を育てている人が多いよう。ジダンによると、この造りの見た目が現在の市長は気に入らないらしく、こういった造りのアパートはやめていく方向にしたいのだとか。

Dsc09965

朝食は、米麺の汁そばに鶏肉をのせたものをいただきました。かなり大きなボウルでしたが、1杯100円程度。安い! ジダンは週の半分は外で朝食を食べると言っていました。こんなに安くておいしければ、外で食べたほうが良いよなぁとおもいます。
Dsc09966

Dsc09969

中椀(6元)。ネギやコリアンダーが効いています。
Dsc09972

Dsc09971

大学の周辺なので、安くておいしいお店が多いそうです。見るからに庶民的。
Dsc09973

雑貨屋さんとかもいろいろあります。
Dsc09975

朝食を食べた後は、映画祭の会場へ。昨夜は暗くて分かりませんでしたが、会場の図書館、大きすぎ! いくら人口の多い中国とはいえ、こんなに大きいと中は人&モノともにスカスカです。(セバスチャンに後で聞いたら、中国の国立の建物は大抵これぐらい大きいそうです)
Dsc09978

映画祭の看板
Dsc09976

映画祭会場の受付
Dsc09982

この日は午後から日本プログラムの上映があり、私の新作も上映されることになっていたので、12時からは会場で絵と音のチェックをしました。会場はメインの部屋ではなく3の部屋。
Dsc09990

サウンドチェックの様子
Dsc09987

立派な図書館ですが、プロジェクターや音響機材はとても古く、図書館側はそれらを新しくしようとしないそうです。今回、映画祭会場レンタル代(1週間分)として4万元(約60万円)を映画祭は図書館に支払ったそうですが、半分は担当者たちの懐に入ってしまい、図書館側にわたったのは半分だけ。機材を更新するための資金なども、同様に携わる人たちの間で着服されてしまうそうで、機材の更新までお金が行き渡らないそうです。

絵と音のチェックを終えたあとは、図書館内のレストランで昼食をとりました。大理という地域の伝統料理を出すレストランで、従業員たちも大理の少数民族である「白族」の衣装を着ていました。

ジダンと良太さんとともに。
Dsc09988

大理の有名な湖(ジカイ)で取れる野菜のスープに、アスパラガスのピリ辛炒め物。
Dsc09989

お昼ごはんを食べながら、ジダンに映画祭のことをいろいろ聞きました。この映画祭が2007年に中止の危機にあったと聞いたことがあったので、そのあたりを聞いてみました。

中国では、あらゆる団体やNGO、NPO活動などは禁止されていて(有償、無償、ボランティアなどを問わず)、何か人が集まって活動をするためには、必ず政府のどこかの機関に所属していなければならないそうです。この映画祭の場合は雲南省の人類学研究所に属することで、活動を続けています。ジダン曰く、研究所の担当者たちが矢面に立ち、映画祭の自主性(100%ではないけれども)を守り続けているのだそうです!

映画祭のプログラミング・スタッフたちは、作品選びの際に(ここまでならぎりぎり大丈夫)と考えながら作品を選ぶそうで、(これはやばい)というような作品(中国の体制を正面から否定するようなもの)はあきらめたりするのだとか。

2007年に、ある作品を上映したいと思って、その監督と電話やメールでやり取りをし、上映が決まったとき(でもまだ公式には全く発表していない段階)、即座に当局から映画祭中止の命令が入ったそうです。メールや電話が全て見られていた(今も)そうで、その作品が政府の上映禁止リストに入っているため、映画祭の禁止を命じられたと言っていました。

でも、その上映禁止リストはもちろん公開されていないので、映画祭側としては(これは大丈夫かな?)とか推測しながら作品を選定するしかありません。うわぁ~、大変そう!
(私も今回、映画祭カタログのために原稿のやり取りを何度かしていますが、きっとそういうのも全て見られているのでしょうね・・・。まぁ、別に悪い事しているわけではないのだから、気にしませんけれども)

そんな厳しい環境ではありますが、映画祭期間中に観た作品はかなりがんばって声を上げている作品が多くありました。ジダンは「この映画祭で流している作品が、もしテレビで流れたら革命が起こるよ」と言っていました。政府としてもあまり規制を厳しくしすぎると、その反動が強くなってしまうので、監視しつつ、ある程度は許容しながら、様子を見ているようです。

そのため、普通どの映画祭も観客を集めるために宣伝をがんばりますが、この映画祭の場合(他の中国のドキュメンタリー映画祭も?)、あえて大きな宣伝はやらないそうです。映画祭の規模が大きくないということも、当局が目をつぶるかつぶらないか、大きな違いがあるそうです。

中国では有料で映画を見せる場合、作品は国の検閲を受けなければなりません。そのため、映画祭の入場は無料。でも、こんな大きな会場を借りて、ポスターも作っているし、海外からゲストも招聘しているし・・・一体どうやって資金を集めているのでしょうか?

映画祭のカタログもかなり豪華です。
Dsc01245

さようならURの作品紹介ページ
Dsc01246

ジダンにそのことを聞いてみると、映画祭の資金は海外の助成金に申請してそこからお金をもらっていると言っていました。ヨーロッパ諸国や日本など。しかし、大抵の助成金団体は1度支給すると、その後数年は同じ団体には補助したがらない傾向があるそうで(助成金団体としても、色んな活動に幅広く資金を提供したいというのもあるのでしょう)、海外の主な助成金団体からはもう大体もらってしまったので、今回は資金集めが特に大変だったと言っていました。映画監督のジャ・ジャンクーその他からまとまった資金を出してもらったそうです。

話が戻って、中止を命じられた2007年の映画祭。その年は映画祭を中止し、でも、映画祭を楽しみに集まる中国国内の映像制作者たちを集めて、大理の山奥で合宿をすることにしたそうです。ただの旅行ならば、政府に禁止される筋合いはないわけですから。そこで、泊りがけでお互いの作品を鑑賞し、討論しあって、それはとても有意義な経験だったそうです。今回のワークショップ(山形ドキュメンタリー映画祭の事務局が中心となって開催している)「映画道場」の企画は、このとき参加した藤岡朝子さんの経験がヒントになっているのではないか?とジダンは言っていました。

お昼ごはんを食べ終わると、そろそろ上映の時間になりました。日本の道場参加者プログラムとしての上映でしたが、内藤さんの作品以外は英語字幕しかないので、内容を理解できる観客はかなり限られています。もっと早めに英語字幕が出来ていれば、中国語字幕を入れてもらう時間があったかもしれませんが、あのスケジュールでは到底無理でしたので、それはあきらめるしかありません。

上映前のジダンの挨拶
Dsc09993

若井さんからも挨拶
Dsc09996

内藤さんの「ドキュメンタリーごっこ」に続けて、良太さんの「ここにいることの記憶」(2009年山形ドキュメンタリー映画祭上映作品)が上映されました。なくなっていく団地とその記憶を綴った作品で、偶然にも私の作品とは「団地」つながりでした。私の映画が団地がなくなる原因や背景を社会問題としてストレートに扱っているのに対し、良太さんの作品は、何かがなくなっていくと言う感覚、言葉では表しにくい「感情」や「記憶」といったようなものが、幻想的に表されていて、両方をつなげてみることで、私にはいろいろと面白い発見がありました。

良太さんのQ&A(通訳は、雲南に以前住んでいたさとるさん)
Dsc09999

最後は私の作品の上映でした。急いでつけた英語字幕なので、何か見落としがないか不安でしたが、字幕の不備はなかったようで一安心。非ネイティブ向けの字幕ということを意識して、英語表現の格調を追い求めるよりも、なるべく平易な、簡潔な表現を用いることを心がけました。英語字幕を1時間以上追うのは、非ネイティブにとってかなりしんどい行為ですから。それでも、会話が矢継ぎ早に続く部分はどうしても字幕が早く切り替わってしまい、それは難しかったのですが・・・。

この映画祭では、MP4データで上映をしました。映画祭側から、もともと「高画質で上映をしたいので、データファイルをHDDに入れて持ってきてください。予備でDVDも」と言われていました。なので、MP4ファイルを作り、それをHDDに持って行き、マックとつないで上映しました。(こちらの映像制作者はマックユーザーが多かったです)

上映後、私の作品についてのQ&Aが始まりました。(ビデオで撮ってもらっていたので、写真がなく残念)

観客から出た意見や感想は、「この映画には独特のリズムがある」、「追い出しに起こる住民の話なのに、監督も住民もかなり抑え目だ。自分がこれまでに見た日本の映画は、大抵押さえ目に描かれている。これは日本の特徴なのか」、「音楽が面白いが、どうやって見つけたのか」etcでした。

そもそも、この映画のメインテーマとなっている「追い出し行為」や「官僚との癒着」については、全く問題ではないようなのです。・・・っていうか、聞いてみると中国の追い出し、すさまじいのです! 日本以上に、現在は中国のほうが再開発の嵐(=追い出し)ですが、なんと、最後まで残り続ける住民がいても、建物ごと爆破してしまうのだそうですーーーーー!!! OMG-----! 日本では、さすがにこれはありえない行為でしょう。人が住んでいるのに、ビルを爆破?!?! 

そして、中国の場合、立ち退きに抗議する住民たちは抗議のための焼身自殺をするそうで、そこまでやればやっとメディアが自分たちを取り上げてくれる(小さな記事で。再開発に絡む追い出しは体制批判ではなく、”個別案件”扱いとなるので、メディアでも取り上げることはOK)のだとか!! 

中国でも、立ち退きの場合はわずかなお金が支払われるそうですが、その仕組みがまたユニークで、住民が他の住民の追い出しを説得した場合、支払われる金額が高くなるそうで、最初のほうに出て行く住民は安い金額だから損、とか言っていました。粘るほうが得な仕組みですが、でも最後まで粘ってしまったら、ビルごと爆破されてしまうわけでしょう??? こんなことがまかり通ってよいのでしょうか???

そんなわけで、中国人からは「URって優しいんですね」なんて言われてしまいました。

・・・この映画、中国での普及は難しそうですcoldsweats01

プログラムのあとで、記念写真。
Dsc00001

Dsc00002

プログラムが終わったのが6時で、その後は夕飯を食べに行きました。こちらでは緑色の看板はイスラム系のレストラン。ハラル食です。街中にはかなり緑色の看板を見かけましたので、イスラム教徒も結構いるのでしょうね。
Dsc00009

Dsc00007

ラーメンのほかに、串焼きも食べました。スパイシーなラム肉と豆腐の串焼き。ビールがほしくなる味ですが、寒くてそんな気分にはなりませんでした。
Dsc00011

ジダンの親戚は、追い出される住民専門の弁護士をやっているそうですが、中国では追い出し案件の裁判で国民が国に勝つのは無理と言っていました(日本でもどうなるか、全く未知数ですが!)。裁判所に訴えても、裁判所自体が「これは裁判になりません」といって、取り扱わない(裁判にしてくれない)ことが多くあるそうです。ジダンの親戚の弁護士は、政府から業務停止命令を言われることも多く、つい最近も数ヶ月仕事が出来なかったそうです(しかも負けてばかりなので、全然お金にならない、とも)。

面白かったのは、ジダンが「中国では、法律は小さなことに、政策は大きなことに、政治はすごく大きなことに対して働く」と言っていたことです。例えば、日常生活で生じる問題(離婚など)に対して、法律は解決に役立ちますが、追い出しや国家事業のような大きなものに対しては、法律はあってもそれは役に立たない、ということです。

夕食を食べた後は、映画祭会場に戻り、Sha Qing監督の「Fading Reflections」を見ました。これも154分の大作。・・・っていうか、こちらの映画は4時間越えは珍しくなく、2時間台は当たり前のようにあります。私なんて90分でも長いかもと思って編集していたぐらいなのに。

Q&Aが終わり、ロビーに出ました。昆明のホテルでは若井さんと同室なのですが、彼女は市内の北部にある別の映画祭会場に映画を観にいっていて、鍵も彼女が持っているので部屋に入れません・・・。フロントでは英語は絶望的だし(その前の晩に部屋のトイレの鍵が内側から閉まってしまい、深夜にフロントで「トイレ」と何度も言ったのですが分かってもらえず、最後には筆談でトイレに入れてもらいましたが、「部屋の鍵がないので入れない」なんて文章を伝えられる自信は全くありません・・・)

一緒に映画を観たタイからの参加者(今回審査員として参加したチャリダーと、タイの映画財団(?)で働くウィ)の部屋で、若井さんが戻ってくるまで待たせてもらうことになりました。

チャリダーは、審査員としての参加なので、毎日メインホールでコンペ作品を見ています。東京国際映画祭でも審査員を努めた経験があるそうですが、ひたすら映画を観続ける(観続けなければならない)のは、それはそれで大変でしょう!

今は映画祭の後半部分に差し掛かっているので、この日は審査員で中間会議をやったそうです。審査員の中で意見が分かれているそうですが、次回の会議が最終決定。どうなるんでしょうね??

1時間ほどたった後、ジダンが来て部屋を開けて貰えましたが、チャリダーが審査員としてどんな目で作品を見ているのかということについてあれこれ聞けて、面白かったです。

| | コメント (0)

[jp] 雲南その1(3月23日~24日)

さて、今日から1週間ぐらいかけて、雲南省の映画祭&ワークショップについて書いて行きたいと思います。

(現地で私が見聞きしたものを個人の覚え書き的に書いていますので、記述が事実と異なる場合があるかもしれません。その場合はご容赦を。)

震災から約2週間後に雲南へ向けて出発した私ですが、計画停電などの影響で電車がマトモに運行されるのか心配していました。成田を9時半に発つ便だったので、成田には遅くとも8時ごろまでにはつかなければなりません。私の住まいは成田まで2時間半以上かかるので、始発で出たとしても、何かあったらもう間に合わないという状態。

そこで、初めて成田空港近くで前泊することにしてみました。ネットで安いビジネスホテルを見つけ、夕方にチェックイン。1泊3,500円でした。ホテルからは空港まで無料のシャトルバスも運行されていて20分ほどで空港までいけるので、朝早い便でもそんなに早起きする必要はありません。

Dsc09960

今回、カメラやバッテリー、テープ、充電器など一式を持っていったので、スーツケースは行きの時点からかなり重くなっていました。前日に移動できることで、精神的にも体力的にも、とても楽。これまでは、朝早い出発を避けていましたが、これだったら今後も朝早い便OKって感じです。

部屋の中も、スーツケースを広げるのに十分なサイズでした。
Dsc09961

早めに寝て、翌日は6時に起床。7時のシャトルバスに乗り、7時半ごろには空港に到着。同じ日程で今回雲南に行く山形ドキュメンタリー映画祭スタッフの若井さんと、映画監督の川部良太さんとロビーで待ち合わせして搭乗手続きをしました。空港で中国元を両替。今回の旅行は現地の滞在費や食費は含まれるということでしたので、お土産代+αと考えてとりあえず1万円分(実際は9300円分)を両替しました。

成田から広州に向かい、そこで国内線に乗り継いで昆明へ。お隣の国・中国への旅行ですが、国土が広いし、乗り継ぎにも時間がかかり、なんだかんだで移動は半日がかり。昆明の空港に着いたときには、夜8時を過ぎていました。

空港では、雲南映画祭のスタッフであるホ・ユェンとジダンが出迎えてくれ、タクシーで昆明市内のホテルまで。二人とも、自主制作のドキュメンタリー映画監督です。ジダンは90年代に日本に4年ほど滞在した経験があるそうで、日本語がぺらぺら! 映画祭&ワークショップを通じてずっと通訳としても大活躍でした。ホ・ユェンは、雲南大学在籍中に、映画研究会(?)のようなサークルに所属し、それで仲間とともに雲南の映画祭YUNFESTを立ち上げたそうです。

チェックインを済ませ、荷物を3階の部屋へ。元軍隊の宿泊所ということで、ホテルは外装は派手に装飾してあるものの、基本的なつくりはとても簡素。エレベーターがついていないので、荷物を上に運ぶのに一苦労。

ホテル外観(夜)
Dsc00428

ホテル外観(翌朝撮影)
Dsc00021

ホテルのロビー
Dsc09963

フロントには世界各国の時計が飾られていますが、時間は間違っているし、英語は一切通じません。ただの飾りかよぉーー!!
Dsc00128

部屋の中はとても広いです。
Dsc00016

Dsc00017

軍隊の宿泊所であったことの名残りが、ホテルの名前にも残されているようです。
Dsc00449

昆明は台湾とほぼ同緯度のところにあり、温暖で、「春城」と呼ばれているほど、一年を通じて暖かい地域と聞いていたのですが、到着したその日と、それから数日間は雨でとても寒く、東京と同じくらいの気温でした。

でも、地域自体は「温暖」を前提としているためか、ホテル内やレストラン、公共施設などではほとんど暖房設備がなく、本当に寒かったです!

部屋の中で洗濯物を干しても2日以上かかっても乾きません。部屋の中はとても寒く・・・。ふと、窓際を見てみると、窓のサッシに隙間が2センチ以上あるではありませんか!!(この写真からその隙間が分かると良いですが・・・)。
Dsc00130

これじゃあ隙間風で寒いはずですよね・・・。

さて、話は到着した日に戻ります。ホテルに荷物を置いたあとは、15分ほど歩いて映画祭の会場へ。ホテルは雲南大学のそばにあるということもあり、周辺は学生街。学生が好みそうな居酒屋やお店が立ち並びます。

映画祭の会場は昆明市の図書館。昆明の観光名所である翠湖(すいこ)公園のすぐそばにあります。会場に到着すると、この日の最終プログラムが上映されていました。ロビーにいた何人かの中国人映像制作者たちと自己紹介をした後、プログラムの最後の部分だけででしたが、メイン会場で映画をみました。

映画は全157分で、最後の15分ぐらいしか見られませんでしたが、Xu Tong監督の「算命」(英題:Fortune Teller)という作品を観ました。中国北部で暮す占い師の男性と、身体障がいを抱える女性のドキュメンタリーです。最後の部分しか見られなかったのですが、劇中には売春婦なども登場するそうで、そのためか上映後の監督Q&Aでは、観客から「あなたの制作モラルを問う!」、「この映画が大嫌い!」などのとても激しい応酬がありました。

しかし、映画を15分とはいえ観れた私としては、監督がとても温かなまなざしと尊敬を持ってこれらの人々に接し、カメラを向けているということが十分伝わってきましたので、そんなに激高するものかな??と不思議に思いましたが、Q&Aは30分近くも続きずいぶん白熱。中には一人で15分以上マイクを握り、話続ける人も。(中国の映画祭はすごいんだなぁ・・・)と呆然と見ていました。

一緒に見ていたジダンによると、この作品の監督は写真家からドキュメンタリー制作者になったそうで、いつも中国社会のモラルを揺さぶる作品を送り出しているそうです。前作は売春婦の生活に密着した作品だったとか。

Q&Aが終わり、ロビーに出ると、見終えた観客・映画祭参加の制作者たちが沢山いました。10人ぐらい紹介されて自己紹介をしましたが、英語を話す人(単語を並べるのではないレベルで)は、2割ぐらいでしょうか? 私は大学で中国語を第二外国語として勉強したのですが、すでに10年以上前の話で、しかもやる気ゼロでしたので、「こんにちは」、「日本人」、「ありがとう」、「さようなら」、「おいしい」くらいしか話せません。(あの時まじめに勉強していれば・・・)といまさら後悔したのでした。

驚いたのは、映画祭に来ている観客の中で、少なからずいる(見た目)欧米人たちが、ネイティブ並みに中国語を話すことです! その中で、香港に滞在して、中国の現代文化を自国・フランスに紹介するセバスチャンと会いましたが、彼も中国語がぺらぺら。日本に滞在していたこともあるそうで、日本語も問題なく話します。映画祭では、彼にずいぶん通訳をしてもらい、色んな監督さんたちと話すことが出来ました。

映画祭に来ている(自作を上映するか否かにかかわらず)自主制作のドキュメンタリー制作者たちはほとんどが男性でした。ジダンに聞いたところ、参加者の男女比は男性50人に対して女性2人程度の割合! 圧倒的に男社会なわけです。そんなにマッチョな雰囲気はありませんでしたが、あれこれ荷物を持ってくれようとするのが面白かったです。自主制作者は、男女問わず普段から自分ひとりで重い機材を運ぶのに馴れているのに!

観客がはけたあとは、貸し切りバス2台でパーティー会場へ。雲南の映画祭の支援者でもある映画監督のジャ・ジャンクーが来ていて、今夜は彼主催(だったかな?)のパーティーなのだそうです。

セバスチャンに通訳をしてもらい、地元昆明の詩人であり、ドキュメンタリー映画監督でもあるYu Jian(Hometownの監督)と話しました。彼に限らず、今回多くの人にまず聞かれたのは地震の被害、そして原発のこと。被爆国にもかかわらず、なぜ日本人は原発を持つのか?と聞かれました。また、放射能の被害で、影響を受けやすい妊婦や子供をまず安全な場所にという動きに対して、彼は違和感を感じる、とも。中国では、老人を敬い、大切にする文化なので、子供が優先されるのがおかしい、と。

放射能に関しては健康に関しての配慮と措置なので、一概に比べられませんが、しかし、日本社会全般で高齢者に対する尊敬は少ないように思います。「年寄りになったら邪魔者扱いされる」というような社会では、若者も結局自分自身を大切にしないようになるかもしれません。そんなことを考えました。

台湾から来た映画監督とも話しました。後に、ワークショップで同じ班にもなったYinです。大学では社会学を専攻して、現在は大学院でドキュメンタリーを学んでいるそうです。なんと、大学院に5年も在籍しているとか! 「作品を仕上げるのに時間がかかり、いつも提出期限に間に合わない」結果、卒業できずにいるそうです。

彼も自主制作でドキュメンタリーを作っているのですが、彼曰く、中国に比べて台湾は作品作りのための助成金や補助金を得るのは易しいそうです。しかし、政治的に難しい問題を抱えている国でもあるので、政治的な内容をテーマにするのは難しいといっていました。

在学していることの利点は、学校から高品質の機材を借りられること。作品はHDVのカメラで制作したといっていました。

パーティーは2時ごろにお開きとなり、ホテルに戻りました。映画祭のスタッフたちは、映画祭が始まって以降、連日2時ごろまで飲んでいるそうです。朝はそれなりに早く始まるので相当体力的にもきついでしょうが、ジダンは「幸せだからあまり寝なくても元気」と言っていました。

昆明初日が終わりました。

| | コメント (0)

[jp] チラシのイラスト

中国から帰国すると、イラストをお願いしている画家さんより、イラストの下絵が送られていました。団地の今&昔が表現されたイラストは、とても素敵で、色を入れたらどんな出来上がりになるのか、今から楽しみです。

イラストに関しては、私が以前このブログでも書いたように、私が映画に対して思う「キーワード」的なものを伝えたのみで、あとは、映画に対する見方や表現の意図について何度かお互いに長いメールをやり取りしたのみです。「こんな絵を描いてほしい」とか「これを入れてほしい」というようなリクエストは一切なし。

もともとその画家さんの絵が好きでお願いしたのだから、それはその人の感性にお任せするほうが、私が全体のバランスを考えずに部分的な注文をするよりもずっと良い、と思ったからです。

絵はもしかしたら来週中には完成しそうです! チラシに載せる原稿はすでに出来上がっていて、デザインを担当してくれる友人に渡してあるので、あとはどう情報を載せていくか、ということになってくるかと思います。

今日は、中国で撮った写真を、ブログに載せるために選別し、さらにリサイズして容量を小さくしました。ワークショップで同じチームだった人たちにも、写真を送ろうと思い、彼らが写っている写真を抜き出して、各自がダウンロードできるようにネット上の共有フォルダにアップしました。

写真はかなり選別したはずなのですが、ブログに載せようと思ってリサイズした写真を数えてみてびっくり! 

一体何枚あったと思いますか???

なんと、717枚もあるのです!!!!

・・・う~~ん、写真+文章で、一体どれだけの長さになってしまうのか? 写真は日によってかなりばらつきがあり、一番多い日は122枚(但し、この日の文章は少なそう)、一番少ない日は2枚、といった感じ。

ブログの容量も気になるところですが、まぁ、とりあえず行けるところまで行ってみようと思います。

書くほうも大変ですが、読む人も大変ですよね。興味のあるエントリーだけみていただければ幸いです(←それでも大変でしょうけど・・・)

せいぜい写真は200枚ぐらいじゃないかと、超いい加減に予想していたんですけれども・・・

とりあえず明日からブログを書いていきます!

下記の写真は4月2日に、大理にある少数民族のベイヤン村を訪問したときのもの。

Dsc00930

Dsc00932

Dsc00935

| | コメント (0)

[jp] 帰国しました!

一昨日の夜、中国・雲南省より戻りました。映画祭&ワークショップともに、とても充実したものでした! 

これから1週間ほどかけて、中国で撮った写真やビデオの整理とブログへのアップをしていきたいと思います。すごいボリュームなのですが、編集作業の続き(なんと3ヶ月近くあいてしまいました・・・ひぇ~~~)をやらないといけないので、1週間で終わらせるのが理想です。

デジカメ用のメモリーカード6GBは満杯で、ビデオもテープ5本(5時間)撮りました。デジカメで撮った動画は簡単につないでYouTubeに載せたいですが、ビデオカメラで撮ったほうの動画まではおそらく手がまわらなそう・・・

でも、出来るだけ自分が体験してきたことを、たくさん掲載したいと思います!

ワークショップでは3~4人ずつのグループに分かれて、大理の町で撮影・録音をしました。私の班は、台湾人のYinと、タイ人のKae、中国人のXiaoboの4人でした。Xiaoboが撮った、撮影時の様子の写真をとりあえず1枚アップします。
Img_1520_xiaobo

ちなみに、完成披露上映会の日程が決まりました。5月26日夜@飯田橋です。ビデオアクトさん主催で開催されます。編集、本当にがんばらなくちゃ・・・

詳しい情報は下記のブログをご覧ください。
http://videoact.seesaa.net/article/194389160.html

私のほうでも、ウェブサイトに情報を近日中に掲載します。

| | コメント (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »