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[jp] ”その後”の衝撃

5月28日は、念願の高幡台団地73号棟集会所での上映でした。久しぶりの高幡台。この日はちょうど出張販売の日でした。73号棟の1階部分はかつては”商店街”状態で、スーパー、魚屋、八百屋、米屋、すし屋、蕎麦屋etcが入っていましたが、取り壊しでそれらは撤退し、シャッター街のような状態になっていました。

昨年9月でスーパーがなくなって以降、高幡台団地で食糧を買う場所がないのです! 大きな坂を下って、高幡不動駅まで行くか、さらに坂を上って隣の百草台団地まで行くかなのですが、とにかく不便。週に2度スーパーが出張販売にやってきて、それで買い物を済ませるという状態になっています。(これは高幡台団地に限らず、どこの団地でも起こり始めていて、”買い物難民”は大きな問題となってきています。団地住民が高齢化し、購買力が落ちて商売が成り立たなくなってしまうのです。遠くまで買い物に出かけられない高齢の住民たちの買い物場所がなくなり、それをどう解決するのかが問題となっています)

高幡台団地73号棟1階部分の出張スーパー。常設のスーパーに比べたら、品数の少なさは歴然。「無いよりはマシ」程度。
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出張スーパーのカレンダー
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高幡台団地73号棟は耐震性に問題があるとして、URは取り壊しを決定しましたが、地震で倒れてきたら危ないはずの73号棟の目の前に、1階部分にあった施設(郵便局、診療所、美容院)の代替施設を建設。懸案のスーパーについては、入る店舗がまだ見つからず、建築が行われていません。
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73号棟の集会所は健在catface。この日はここで上映会。毎週火曜日の住民の会ミーティングもここで行われています。
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住民の会世話人の村田さんの挨拶
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私からもひとこと挨拶を。スクリーンは住民の方が用意することになっていて、「スクリーンなんて持ってないよ!」と言うので「じゃあ白シーツにアイロンかけて使いましょう」ということになっていたのですが、持っている人を見つけて調達してきたとのこと。素晴らしいhappy01
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私としては、この映画を作ったときに(団地、まずは73号棟で上映を出来ないと意味がない!)と思っていましたので、先日の完成披露上映会同様に感慨深いものがありました。73号棟を取材して、73号棟で上映する。団地について考える。他の団地へ広がる。・・・それこそ、この映画が目指しているものだと思って。

上映の後は、73号棟に住んでいる人や、かつて住まわれていた方、高幡台団地のほかの号棟に住んでいらっしゃる方などが声をかけてくださいました。再編集後の完成バージョンを、73号棟住民の多くもまだ見ていなかったので、その感想を聞きたかったのですが、73号棟の当事者の人って、”自分のシーンが増えたor減った”が一番の関心事みたいです!「あの人のが増えた」、「自分のあれがなくなった」etcそういう声が多かったです。まぁ、当事者ってそういうものかもしれませんcoldsweats01

73号棟以外の人からは、URの組織や理事長についてのコメントが多かったです。UR団地に何十年も住んでいても、UR自体について知っているかと言うと、そうでもないのです。URは政治に翻弄されて組織名がこれまでに何度も変わり、役員は歴代の監督官庁からの天下りで、それも任期制なので数年で顔ぶれが変わり、URの運営については政治によってその大方針が決められるので、住民はURがどういう組織なのかについて、特に関心を持って調べようとしない限りは分からないのです。家賃制度とか、自分に関係する情報は自治会や団地の新聞を通じて知っていますが。なので、URってこんな組織なの?とか、トップはこんな人だったのかとか、そういう声が良く聞かれました。

私がしつこく使い続けた大学教授については、意外な効用がありました。URに住んでいない人にとっては「教授を登場させすぎ」と注意されたのですが、URに住んでいる人たちには、(何この高飛車な人!?)と衝撃を持って迎えられるようです。映画を観ているときも、スクリーンに向かって文句を言う人が結構いました。

なので、映画を観ながら、住んでいる人にとっては、教授や政治家の住民の実態を無視した物言いに怒りを募らせ、それで最後の直撃取材でその怒りがピークになるのかな?とも思いました。私としては、教授をしつこく登場させている目的は、「大臣が棒読みする将来を決める大事な書類は、こういう人たちによって作られている」という舞台裏を紹介したかったからなのですが。

映画を作るときに、よく言われたのは「その映画を誰に見せたいのか?」ということでした。誰に向けて見せる映画なのかによって、ポイントが違う、と。私は、例えば「○○限定」としてしまうのはイヤで、多少なりとも広がりを持っていてほしいし、映画としても成立したものであってほしいと思っているのですが、観る人がどういう人かによって(例:UR団地に住んでいる人、一般の観客)、反応や注目するポイントも大きく変わるのだということを、改めて実感しました。

上映会の後は、三軒茶屋のオーガニックカフェOHANAで、「にっしぃ劇場」に行きました。「水になった村」というドキュメンタリー映画を観ました。

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映画のあらすじ(映画のウェブサイトより)

1957年、岐阜県徳山村にダム建設の話が広まった。総貯水量6億6千万立方メートル、日本最大のダムだ。当時徳山村の住民は、約1600人。みな次々に近隣の街につくられた移転地へと引っ越していった。
それでも、何家族かの老人たちが、村が沈んでしまうまでできる限り暮らし続けたい、と、街から戻って来た。

写真家の大西暢夫が初めて村を訪ねたのは今から15年前のこと。
だれもいないと思っていた集落に家があることに驚いた。以来、ジジババたちの暮らしに魅せられ、東京から徳山村まで片道500キロ、バイクで高速道は使わず山道を走り抜けて 何度も何度も通った。

そしてその村でジジババたちは大西を「兄ちゃん」と呼び,共にたくさん食べ、いっぱい笑った。

村には季節ごとに土地で採れるものを大切にする、暮らしの知恵や技がある。食卓にはいつも食べきれないほど大盛りのごはんが並び、山はジジババたちの笑い声に満ちている。

2006年秋、いよいよ工事が終わり、水がたまり始めた。
もう誰も、村に帰ることはできない。

ジジババたちの変わりゆく暮らしに寄り添った15年間の記録。
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これは徳山村という、自然に恵まれた山の中で暮す人々の話なのですが、(これ、高幡台じゃん!)と思ってしまいました。自然が豊かであれ、コンクリートで出来た団地であれ、数十年慣れ親しんだ場所というのは、その人にとってかけがえのないもの。。。

ダムのために家がショベルカーで壊されていくシーンでは、(住民は、73号棟が壊されてしまうことになった場合、それを見ていられるのだろうか? そして私自身は?)と思ってしまいました。

80歳近くで元気に野山を駆け回っていた女性が強制移住させられて、数年後に監督が尋ねたときに、痴呆で監督のことも、家が壊されたことすら忘れていて、ほとんど会話が破綻しているシーンは、私にとって衝撃でした。

この73号棟問題でも、引っ越した後に「友達がいない」、「景色や家の間取りが変わってぼけた」、「引っ越して半年で亡くなった」などの話を聞きます。73号棟から引っ越して数ヶ月の人の家にインタビューにお邪魔したことはありますが、引っ越した人たちがその後長期にわたって、どんな気持ちで、どんな状態で暮しているのかを知ることはとても大事だ、と思いました。

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