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[jp] 設計事務所のコミュニティー

昨日は、渋谷の設計事務所「とも企画設計」で、「さようならUR」の上映会をしていただきました。とも企画設計の露木さんは、3月21日の初上映会で映画をご覧になり、そのときに会社で毎月映画を観て語る会をしているから、そこで上映したいとのお話を頂き、今回の上映となりました。

映画の制作時に設計事務所にインタビューでお邪魔したことはありますが、映画を上映するのは初めてでした。露木さんによると、2008年より社会問題(医療、福祉、戦争、経済など)の映画を上映する会を持ち、社員(企業組合なので、”組合員”というのでしょうか?)、これまで仕事などを通じてつながりの合った人(同業者だったり、依頼人だったり)、お友達などが参加して映画を鑑賞し、そのあとに感想を語り合うという活動を続けているのだそうです。実際この日に参加された方々も、様々な職種・動機で参加されている方がいらして、ここの場所が一種の”コミュニティー”のような状態になっていると思いました。

上映時間の30分前に事務所に到着しました。
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中に入ると、皆さんまだお仕事中です。
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ここが本日の上映スペース。
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ビデオアクト主催の完成披露上映会のときのブログでもご紹介しましたが、横浜市にあるUR団地「海岸通団地」のドキュメンタリー映画(「海岸通団地物語」)を作っている杉本さんが、この日は海岸通団地の自治会長さんが映画を観に来られるのにあわせて、その様子を撮影したい、と連絡をいただきました。上映会で自分撮り以外でカメラが入るのは初めてのこと。もちろん大歓迎です!

杉本さんとカメラマンさん。
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私は杉本さんは自分でカメラを回すのだと思っていました。普段から自分では撮影をしないのかと聞いてみると、以前は自分でも撮影していたそうなのですが、勢いで(だったかな?)カメラがどんどん動いてしまうので、今はカメラマンをお願いしているとのこと。

カメラマンをお願いするとはいえ、どんなプロのカメラマンでも、”指示”をもらわない限り、監督がどんな絵がほしいのか、どこをどんな風に撮りたいのかなんて、分かりません。杉本さんがてきぱきと指示だしをされていたのが印象的でした。

カメラマンを雇うのは、それはそれで大変なことだと思います。費用的な面だけでなく、指示をきちんと出さなければならないから。指示を出せるということは、すなわち、自分のアイデアを言語化して相手に伝えることが出来る、ということです。それでなくても、初めて行く場所だったり、何が起こるか予想できない場所だったり、映画を撮り始めて、まだどこに着地をするか分からないような段階では、自分自身ももやぁ~っという状態でしか感覚がつかめなかったりするので、それを他人に対して説明しなければならないのは、それはそれで大変です。

だんだんと人が集まり、上映開始となりました。
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私はこの日、ご飯をロクに食べていなかったので、かなりがっついてつまんでいたように思います(汗)。
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映画を観終わった後、順番に全員が感想を話してくれました。全員の感想だけで1時間半ぐらいあったと思います。そのあとで、皆さんのお話を受けて、私のほうから2,3点お話をしました。

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感想については、会場でアンケートも書いていただきましたので、最後にまとめて掲載しますが、高幡台団地の近くに住んでいて「あの建物いつ壊れるんだろう?」と興味を持っていた人が、偶然ネットでこの映画と上映会のことを知り、来てみたという方がいらっしゃいました。映画を観終わったあとに「残っている人たちは、URの言うことを聞きたくないから残っているような印象を持ったが、どうなんですか?」という質問をもらいました。

私はそのことについて、私が最初はこの問題について住宅問題の一環として興味を持っていたのだけれど、住民のミーティングに参加して、URに見放された(対立している)が故に、住民の方同士が繋がらざるを得なくなった、自分たちで問題を解決していくしかなくなった状態を見て、方々の団地で(全てとはいいませんが)形骸化している”自治会”、”団地住民による自治”というものの、原形が芽生えてきている!と、(面白いな)と思ったわけです。URが空々しく宣伝する住民同士のコミュニティーというものが、URから見放されることによって、初めて生まれてきた、というのは皮肉ですが・・・。

普通に暮していた、普通の人々が、突然終の棲家と思っていた場所、自分のふるさとと思っていた場所から追い出される、そのことで、住まいについて考えるようになり、初めての情報公開請求をし、裁判に向かう・・・。裁判というのは並大抵の精神力では出来ないことだと思いますが、だんだんと住民の皆さんの考え方や思いが変わっていく様子に、私はTVで描かれるような「追い出されるかわいそうなお年寄り」ではなく、とても力強さを感じたわけです。

そして、私自身も住民の皆さんと深く関わっていく中で、リスクを犯してでも直撃取材をする、というところまで自分を追い込んでいきました。住民の方も、私に撮影されるようになったことで「外からも応援されている、がんばらなくちゃという気になった」という人もいました(もちろん、精根尽きて出て行かれた方もいます)。

話ながら、「撮影者と被写体がお互いに作用しあいながら変わっていった。腹を決めていったのだ」ということを、つくづく思いました。私も最初の時点だったら、直撃取材までするとは、想像もしていなかったのですから。

そんなわけで、私的には「ここに登場する人たちは、普通の人たちなんです。でも、自分の犯されそうになっている権利を獲得するために、手間と時間のかかる裁判という道を引き受けることにした、ということなんです」と伝えたかったわけなのですが、でも、見終わったあとの感想が「ただ単に抵抗したいだけのように見える」と言われると、伝え切れていなかったのかな、と残念に思います。

他にも興味深い意見をたくさんいただきましたが、もうひとつ印象に残っているのは、JALの整備士として働いていて、整理解雇に合いそうになっているという人の感想でした。私も署名させていただきましたが、経営が破綻したJALでは、大量の解雇が問題となっています。当事者、組合などががんばって運動をしていますが、その方は「映画を観て、みなさんが裁判をがんばるという姿勢に、勇気をもらいました」と言っていました。

73号棟の住民の方の裁判とJALの問題は、内容としては違いますが、私たちにとって生活の一番大切な基盤である「住まい」と「仕事」、これをお上のめちゃくちゃな経営の尻拭いをさせられる形で奪われるという点では、全く同じです。現在、JAL相手に戦おうとしている人が、勇気をもらえたといってくれたのが、私はとてもうれしかったです。

というのも、ブログにも書いたブライアンの件で、やはり自分は落ち込んでいたので、自分の映画を観て誰かが元気になった、力がもらえた、と言ってもらえるのは、私自身が逆にそれで励まされたような気持ちになったからです。

たくさんの方から今回の件でメールをいただく中で、同じくドキュメンタリーを作っている方から、最近他の監督も、映画の主人公として出てくれた人ががんで亡くなって、意気消沈していた、と書かれていました。でも、本人は自分の生き様を映像に残してくれる人がいて、うれしかったのでは?とも。また、他の監督さん(ドキュメンタリーを何十年も作っている大ベテラン)からは、自分も長い間映画を作っている中で、たくさんの出会いと別れがありました、なるべくたくさんの良い出会いと別れがあると良いですね、と書いてありました。

そうか。。。他の監督さんたちも(というか他の監督さんたちのほうがよっぽど)たくさんの別れをこれまでに経験してきているのだろうな・・・と思いました。たくさんの良い出会いと別れがあると良いですねって、さすが、達観しているなぁとさえ思ってしまいました。何度経験しても、こういうことはきっと慣れるものではないだろうに、と思ってしまうのですが。。。

昨日、今日はそんなことを考えながら過ごしました。

話を元に戻しますが、この日の上映会には、海岸通団地の方が来てくださいました。昭和30年代に建てられた、横浜にある団地で、建て替えが予定されているのだそうです。URの本社の馬車道駅からすぐの立地にあり、建て替え後の家賃は3倍にもなってしまうそうです!!! 映画の感想とともに、海岸通団地についての状況も話していただきました。海岸通団地、私もぜひ行ってみたいです。

上映会のあとで、海岸通団地にお住まいの方々と、監督の杉本さんとともに。
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上映会を企画してくださった「とも企画設計」の皆さま、映画を観に来てくださった皆様、ありがとうございました!

以下は、アンケートに記入してもらった感想です。

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高幡台団地の73号棟 さようならUR
終の棲家として40年以上住み続けられている人々が、最低条件である、人間である、生活が出来ることだけを願っている。
がんばってURと戦ってほしいです!
(60代・女性)
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耐震構造に問題があるだけで追い出される人たちの目線で、全体を描いていて、好感を持ちました。”深刻”な話なのに、出来るだけ前向きに明るく取り上げようとした努力のあともうかがえました。
途中で公団の職員をコミック的に描く場面は、どういう意味でしょう?
彼らを風刺的に描いたのでしょうか?
(60代・男性)
=====
私は高幡台団地の近所に住んでいて、今回この映画を観させていただきました。住民の皆さんがまだ住まわれていると知って、どういうことだろうと思っていました。映画を観終わって、移住されない理由がURのやり方が許せないからなのかなぁと感じています。観る前は近所づきあいなどのコミュニティーのほうが的な問題にピントを合わせた作品かと思っていましたが、ちょっと違ったイメージでしたね。
(30代・男性)
=====
住まいは人間生活の基盤で、住民のためでなくてはならないと思います。URはそういう姿勢が全くないと思いました。まずこのような問題を取り上げられ、これを観て、自分にとっても問題認識となりました。映画は住民目線でみていて、共感を持ちました。弱いものを助けるのが国の役割で、住まいを守るのもその中のひとつのはず。その役割を果たしていない政治のあり方も変えていかなければと思います。
(50代・男性)
=====
全体として住民目線でこの問題を追及しておられることに敬意を表したいと思います。URは多くの問題点があり、取り上げられていましたが、残念ながら十分に解明されているとは言えないところもあると思います。今後とも「さようなら」で終わるのではなく、これらの問題を追及・展開されていくことを期待したいと思います。
(70代・男性)
=====
社会のひずみはいつも弱いもの、貧しいものの所へ集中するのですね。
73号棟は3.11の大震災でどのようになったのですか?
URの不透明さは相変わらずです。URを解体するしかない。
(60代・男性)
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私は約40年前、旧住宅公団の造成設計を受託する会社で、東京及び近県の団地設計を担当していましたが、「昔と全く変わっていない」と感じました。上から下まで、”住民に良い住宅を”という考えは当時も全く感じられず、腹の立つこと、呆れることの連続だったことを思い出します。
(70代・男性)
=====
住民の目線でよく描かれていると思いました。
共同の運動が描かれたほうが良かったと思います。
(60代・男性)
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早川監督の突撃取材の姿勢に感動です。
多くの人に観てもらいたい。
公営住宅がセーフティーネットにならないとだめです。
(60代・男性)
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以上、アンケート掲載可のかたのみ、掲載させていただきました。ご協力、ありがとうございました。

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コメント

公社の賃貸住宅に10数年住んでいます。昭和39年築で入居時は「建替予定あり」でしたが、今のところ毎年の建替計画には入っていません。不況になって、建て替えも取り壊しもぐんと減ったようで。公社とUR、家主は違うし入居の事情も違うけれど、関心があり、ぜひ、いつか観てみたい映画です。
アムネスティ映画祭のスタッフをやっていて、小規模映画の情報を探すことが多いのですが、この作品は自分の問題でもあると思いました。
国や会社の方針転換だけで、そこにいる人々の人生まで左右されてしまうのか、と観る前の感想です。

投稿: かもいぬ | 2011年6月25日 (土) 10時59分

かもいぬさま

コメントをありがとうございます! 映画をご覧になる前から、好意的に受け取ってくださって、ありがとうございます。公社住宅も、URの方針を基本的には見本にしていると聞いたことがあります。今後は、公共住宅において、建て替えではなく、削減という流れになるだろうと思います(建て替えでも、家賃が3倍近くになって、結局戻れないという問題もありますが…)。
近いうちに、映画をご覧いただけたらうれしいです。

投稿: yumiko | 2011年6月26日 (日) 15時14分

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