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[jp] 映画を作る動機

新得に来てからというもの、連日深夜2時ごろに寝て、朝は7時半に起きるという生活でした。普段は9時、時には10時ごろに起きている私にとっては、ありえない睡眠時間です。

くったり温泉・レイクイン外観
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宿の周り
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朝食を済ませて映画祭の会場に行きました。きょうこさんのクルミを購入。
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まだ人は多くなくて、映像作家の新井ちひろさん、2年前の札幌上映会でお世話になった水上さんがくつろいでいました。
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ここは廃校になった小学校なのですが、未だに当時の学校で使われていたものがたくさん置いてあります。
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新ショウガ、味噌、おにぎり
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「のはな」さんのドリンクメニュー
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映画祭2日目の今日は、なんと朝10時から一日中(延べ502分+α!!)土井敏邦監督の作品を観る!という構成になっていました。土井さんのパレスチナ4部作の上映、そして3.11後に取材されている飯館村の映像、監督トークと豪華な内容。「沈黙を破る」をずっと観たいと思いつつ観れる機会を逃していた私は、とても楽しみにしていました。

10時からは第1部『ガザー「和平合意」はなぜ崩壊したのかー』(125分)。

監督挨拶
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パレスチナの20年にも及ぶ取材、そして難民キャンプに住むある家族に密着した6年間・・・。

そう聞くだけで、同じ映像制作に携わる私としては、内容もさることながらまず(撮影素材は全部で何本ぐらいあるのだろう? 編集にはどれぐらいの時間がかかったのだろう?)という実務的な質問が浮かんできます。

土井さんに聞いてみると、撮影素材は数えたことは無いけれど、大体パレスチナだけで500時間は撮っただろう、ということでした。撮影素材を記録したノートの厚さは約10センチにもなったそうです。

そして編集には3年間も費やしたそうです!!! (その間、無収入だったとも言っていましたcoldsweats02) やはり、20年の記録ともなれば、そういうレベルの時間がかかってくるんだろうな~~と、気が遠くなりました。

ちなみに私の場合は撮影素材は170時間(撮影期間8ヶ月の割にはかなり回しています)、そして編集は8ヶ月でした。撮影素材を記録したノートの厚さは6センチぐらい(字の大きさとかノートの記入する密度によってだいぶ違うので、単純に厚さでは比べられませんが)。

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休憩のあとは、第2部『侵蝕ーイスラエル化されるパレスチナ』を観ました。こちらも2時間超の作品(4部作すべて2時間越え!)なので、お尻が痛くならないように、私はイスに座布団を敷きました。

他の人たちもそれぞれに工夫している様子
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第2部、そして第3部『2つの”平和”-自爆と対話ー』を観、イスラエルによるパレスチナの支配が、いかに巧妙に、あらゆる分野にわたって行われているのかを知ることが出来ました。
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土井さんによれば、”和平”や”平和”という言葉にはからくりがあるそうで、いわゆる銃撃戦のようなものをやっているのだけが”戦争”なのではない、と。分離壁などによって、経済的自立の手段を奪うということも、戦争と同じなのだ、と。

イスラエルのこの問題は、アメリカが動かないと変わらない、EUや国連ではダメ、とも言っていました。今大切なことは「知る」ことだ、とも。では、「知った」上で、その次はどうしたらよいのか?このあらゆる支配を止めさせるのに有効な手段はあるのか?と聞いてみました。それは土井さんも「分からない」と言っていました。

本当に、このひどい状況を打破するにはどうしたらよいのか・・・!!

空想の森映画祭に何度かゲストとして参加し、アニメ作りのワークショップなどをされていた相原信洋先生は、今年の4月に他界されたそうです。映画祭の会場では、先生のワークショップの手法で作られたアニメーションが投影されていました。私は残念ながら先生にお会いしたことはありませんでした。
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この日の晩御飯はてんぷらでした!
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そして、6時からは第4部『沈黙を破るー考えるのをやめたとき、僕は怪物になったー』を観ました。
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『沈黙を破る』のあとは、土井さんが飯館村で取材している最新映像と、講演がありました。避難区域として住んでいる場所を追われ、家族が分裂し、共同体が破壊していく様子が、パレスチナと重なって見えると話していました。
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全部で8時間超の長丁場でしたが、藤本監督は、「土井監督の20年のパレスチナ取材の凝縮を8時間で観られるなんて、これはすごいことだ」と繰り返し言っていました。確かに。

全ての上映が終わったあとは、また飲み・食べながら色んな人たちと話しました。
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土井さんの作品を観たあとで、自然とみんなが土井さんを囲むように集まりました。土井さんは、今回の映画祭で観た作品について、作者について、それぞれ思ったことを話してくれました。私の映画も観てくれていて、土井さんとしては、私が前作で反戦運動をテーマとし、今回は住宅問題にシフトした、というのが引っかかっているようでした。

私が反戦というテーマで映画を作った延長で、若者の住宅問題に興味を持ったというのは、つながりとして理解できる、しかし、住宅問題で取材を始めて、当初興味を持った若者の住宅問題は途中で止めて、団地の追い出しで映画を作ったのはなぜなのか?と。

映画を作るには、自分の中で「これだ」という一貫したテーマがなければならない、それは映画を貫く”思想”であるともいえる。興味を持ったテーマが偶然見つかって、偶然映画を作れてしまうことはあるかもしれない、でもそうやって、貫かれた思想を持つことなくその時々の興味の赴くままバラバラのテーマで作品を作っては、最後に残るものが何もないのではないか? 若者の住宅問題に着目したというのは素晴らしいし大事な問題なのだから、そこに原点を戻し、映画を作るべきではないか、と。

そう言われて、上手く説明できないけれど私の中には”違和感”がありました。でもそれを説明しようとすると”言い訳”になってしまうので、そのときは黙って聞いていたのですが、それから(自分が感じた違和感は何だろうか?)と考えました。

土井監督の場合、”パレスチナ20年”という一貫したテーマがあります。それはそれで、すごいことだし、土井さん自身がそれを”思想”というのは、全く正しいことだと思います。でもそれが、自分の映画制作にも同様に当てはまるかというと、そこに”違和感”を感じるのです。

確かに、作品を作るとき、発表するときには「作ろうと思ったきっかけ」やら、「前作との関連」やらを話します。でも、本当にそうなんでしょうか? 「○○だからXX」というような言葉で、本当に映画を作りたいと思った気持ちを説明できるのか?

私は前作の反戦運動の映画の上映を通じて、さらに自分自身の不安定な住環境を通じて、「住宅問題」や「若者の貧困」には関心を持っていました。それが解決すればどんなに楽か、と今でも思います。

でも一方で、しょせん何かのつながりからある別のテーマに興味を持って、(これをテーマに映画を作れたら・・・)と思いつく時点での、そのテーマへの理解度はめちゃめちゃ低いわけです。住宅問題について、興味があるだけで、何も知らない状態なのです。

なので、取材を続けることで、最初に関心を持った事象は、実は表面的なものである、問題の核心は別のところにあると気付いていく過程で、大まかに「住宅問題」から、具体的な住宅の問題に絞り込んでいくことは自然に起こることだと思います。

その一方で、映画作りに踏み出す、もっとも大きな原動力として、私は「具体的な”人”との運命的な出会い」があると思います。若者の住宅問題で当初は映画を作ろうと思って、実際に数人にインタビューをさせてもらっていたのですが、どうもピンと来ないで、手探りの状態が続いていました。

でも、住宅問題について勉強するために出かけた集会で、高幡台団地73号棟の人たちと出会い、団地の追い出しという大変な事態に直面しているにもかかわらずたくましく、楽しくミーティングをしている彼らの個性的な魅力に惹きつけられ、公共住宅から追われそうになっている高齢の彼らが自分の老後と重なるような思いが沸いてきたのです! それからはもう、何が何でも彼らの映画を撮りたい!と、後先考えずに映画作りを始めてしまいました。そこには、作品構成も、映画として成立する可能性も、採算も、上映の見通しも、映画制作の”理由付け”なんかも、はっきりいって関係ないわけです。

思えば、そもそもドキュメンタリー監督を志していたわけではない私が、今こうしてドキュメンタリーを撮っているということ自体、ブライアンという人との出会いで突き動かされたのですから。。。

なので、私はきっとこれからも、テーマを探り、映画を作ろうとしていくと思うけれど、実際に映画を作り始めるときは、そこにはきっと人との運命的な出会いなくしては作らない(作れない)だろうと感じています。

そのように映画を作り続けていくことで、「テーマがバラバラで、将来振り返った時に何も残らない」のか・・・? 私は、私の作品の中で、ゆいいつ一貫したものがあるとすれば、それは「早川由美子という視点」ということなのではないかと思っています。(それが良い・悪いではなく、どうしてもそうならざるを得ないということ)

プロデューサーもおらず、放送局の意向のようなものもない、私のような自主制作にとっては、誰かの意向によって、自分の視点が薄めさせられたり、変えさせられるということがないので、作品を作り続ける、積み重ねることで生まれるものは、「自分」でしかありません。それを少しでも豊かにして行く、自分を成長させていくことが、つまりは私の映画制作行為ということなんだ、と思います。

こんな風に書いておいて、作品を作り続けた末に、やっぱり何も残らなかったりしたら、笑えますが・・・coldsweats01!!

・・・書いてみたらずいぶん長くなってしまったけど、土井さんに問いかけられたおかげで、実は自分は具体的な人との出会いで映画を作っているんだということが分かって良かったです。同じドキュメンタリーの作り手でも、やはりその人ごとにどう考えて作品を作っているのか、ずいぶん違うのだなと思いました。

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気がついてみたら、明日で映画祭も終わり。早いなぁ・・・! 深夜に宿に戻りました。

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