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[jp] 制作現場だけじゃない

今日は映画祭の初日でした。ホテルの朝食はバイキング形式だったので、思わず朝から大量に食べてしまいました。
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ホテルのロビーはこんな感じ
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オープニングの上映作品は、浜野佐知監督の「百合子 ダスヴィダーニャ」。前日に主演女優のお二人と居酒屋で同席して、そのときもそのキラキラオーラに感激した私ですが、スクリーンで観るお二人はまた素晴らしかったです。瑞々しさと、芯の強さが同居する存在感は、そのまま、浜野監督が映画で描かれた大正時代を強く、情熱的に生き抜いた二人を体現しているかのようでした。

舞台挨拶の様子
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上映後のゲストトークの様子
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浜野監督・主演女優サイン会の様子(山田さん提供の写真より)
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その後は、映画祭の事務室にちょっと立ち寄って、5分ぐらいでお昼ご飯を少しだけ頂き、1時からはワークショップで作られたドキュメンタリー作品を見に行きました。名古屋芸術大学の学生さんたちが、福島から愛知に避難されて来た家族を追ったドキュメンタリーでした。愛知の県営住宅に、福島からの避難者が1000世帯も入居しているというのは、驚きました。
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残念ながら、作品は前半の30分しか観れず、その後は2時からの羽田澄子監督「遥かなるふるさと 旅順・大連」を見に行きました。監督が青春時代を過ごされた旅順と大連を再び訪れ、昔の思い出を語るドキュメンタリーです。私は羽田監督がトークショーをされるのをはじめて見ることが出来ました。観客の中には、実際に旅順や大連、満州に暮らしていたという人がかなりいて、「撮ってくれてありがとうございました」と感激して涙を流している観客が何人もいたのが印象的でした。

舞台挨拶の様子
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ゲストトークの様子
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旅順にも大連にも縁のない私にとっては、監督が訪れる場所、ナレーションについて(へぇ~、そうだったんだ)という気持ちで観ていたのですが、満州などで暮らしていた人の中で、再びその地を訪れることができるというのは、簡単なことではなかっただろうと思います。中には、行きたいと思いながら亡くなっていった方もたくさんいることでしょう。なので、例え10日間ほどの滞在で、取材できないで帰って来た場所がたくさんあったとしても、やはり、これは「作ってくれてありがとう」という映画なのだ、と思いました。

そしてもう一つ印象的なことがありました。このドキュメンタリーの舞台は、旅順と大連ですから、とても複雑な歴史を持つ場所です。満州然り。日本人の間でも、その歴史観は分かれ、お互いの意見を尊重しあうことは難しい状態です。例え、それがとっくに半世紀以上も前の話であっても。

それで、上映の後の質疑応答では、かなり難しい(微妙な)質問が羽田監督に投げかけられました。私は監督がそれに対してどう答えるのか、とても興味を持ちました。でも、ハラハラしながら答えを待ちました。羽田監督は、言葉を選びつつも、そして質問をした人に配慮をしながらも、毅然と冷静に自分の意見を言っていたのが、とても印象的でした。やはり、長年、ドキュメンタリーを作り続けて、社会の流れにも敏感に、かつ、自分の頭で考えながら、作品を作ってきた人なのだなぁ、ということが、その答え方に表れていたような気がします。

ドキュメンタリーを作る、その行為から学んだり、鍛えられて強くなっていくのはもちろんありますが、私は(まだ2作品ですけど)上映やティーチインによって自分の作品と自分自身を人前にさらすことでも、たくさんの事を学んだり、逞しくなっていくように思います。自分の作品を人前に出し、お金を払ってみて下さい、質問・批判全て受けます、というのは、毎回自分を試すということでもあると思うのです。なので、作った作品を作りっぱなしにしない、なるべく多くの人に観てもらって、またそれで自分は勉強させてもらう・・・それは自分にとって必要なプロセスだと思います。

「遥かなるふるさと」の後は、浜野監督のトークイベントに参加しました。
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脚本家の山崎さんも発言されました。
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ものすごくたくさん面白い話が飛び出しましたが、私が特に印象に残っていることを1つだけ書きます。監督は高校や大学で講義をする機会が良くあり、今の学生さんたちと話すそうですが、良く聞かれるのは「監督は活躍されていらっしゃいますが、仕事と家庭の両立はどうやったら出来るのですか?」というもの。ありがちな、無難な質問のように私なら感じます(その質問自体、別に悪いものとは思わない)。でも、浜野監督は「両立しなきゃ」って思うこと自体が間違いだし、女性の役割を押し付けている(両立できない限り、女性の社会進出は認められない)、両立しなきゃなんて思わなくって良い、好きなことを思う存分やればよい、と言っていたのに、(なるほど~)と深く同意したのでした。

私も大学生の人とかと話したりすることがありますが、自分だったらどう答えていたかな?とふと思いました。私だったらきっと「だんなさんを教育すべし!」とか言ったかもしれません。いずれにしろ、(両立しなきゃ)という発想はないかも!ですね。

ゲスト控え室に行くと、映画祭運営委員の野上さんから、浜野監督へのお土産が。浜野監督が「野たれ死に覚悟で映画を作っている」といった発言を受けて、「野たれ死に仲間とお茶菓子にどうぞ」と書いてありましたhappy02
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映画祭スタッフの皆さん
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夜は、映画祭ディレクターの木全さんがお好み焼き屋さんにゲスト監督たちを連れて行ってくれました。
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木全さんは、映画祭の上映作品選び(日本&アジア作品)の重要人物なのですが、木全さんからは「今回の作品より、ブライアンの方が良かった」と言われました。前作のほうは、技術は無いけれど、とにかく主人公の持つ力がある、と。ドキュメンタリーの場合は被写体の力が全てだから、その選定が一番大事と言われました。

私としては、作品の数を重ねるごとに技術力がアップし、表現に深みが出ることを望んでやっているので、そういわれるのは残念ですが、でも、ドキュメンタリーの場合は、確かに撮る側の技術力云々を超えた被写体のもつ力があるということは確かです。

でも一方で、私は前作を撮ったとき、主人公であるブライアンのキャラクターがあまりにも強く、そして私自身には撮影技術的にも未熟で、被写体との関係や撮影状況、ストーリー構成などを考える余裕も、隙間も全くありませんでした。なので、ブライアンという強い存在感に押されっぱなしだったと思います。私が出来ることは、何もなかった。ただカメラを回し、その存在感に押されたまま編集をしました。

でも今回の場合は、2作目で技術的にも、被写体との関係においても、色々と工夫して、考えながら行なうことが出来、私自身も作品に関わらせることが出来て、そういう面で自分が作品に働きかけることができたという感じがあります。その点では、作家としての私が投影された、という気持ちがあります。

でも、ドキュメンタリー作りで、被写体選び、テーマ選びはとても重要であることに、変わりはありません。なので、そのことは今後も意識して作品選びをしようと思いました。(「ブライアン」と「さようならUR」のどちらが好きかは人によってだいぶ意見が分かれるようで、これまでも「新作でずいぶん良くなった」と言われたりすることもあれば「ブライアンのほうがインパクトがあった」と言われたり、色々です)。

明日は(もう日付が変わってしまいましたが)、山上千恵子監督とのトークサロンです! とても楽しみ。

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