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[jp] ドキュメンタリー制作の第1歩

さて、山形の映画祭も終わり、13日は朝8時に起きて朝食、そして荷造りをして10時にチェックアウトし、タイ人のジャカワーンとチャチャイとともにタクシーで山形駅に向かいました。山形へ行く時に比べ、私の荷物は更に重くなっていました。受賞のトロフィーは、心理的な重さだけでなく、実際にすごい重量があるのです!

ローカル線に乗って、仙台へ。仙台へは80~90分ほどでいける距離なのです。(但し本数は少ないので注意。実際に仙台⇔山形間を行き来する人たちは、バスを利用する人が多いそう)
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仙台に到着後、お昼ご飯を食べました。私は牛タンとおそばの定食に。
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山形で通訳をされた高杉さんが、仙台のイベントでも引き続き通訳を担当してくれました。
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1時ごろに仙台駅でせんだいメディアテークのチナツさんたちと待ち合わせし、車で被災地の見学に連れて行ってもらいました。私が荒浜方面に来た時はGWで、津波で流されてきたものが散乱し、波をかぶった状態でしたが、震災から半年以上たち、ずいぶん片付けられ、更地には草が生えて、地震さえなかったら造成地のような感じになっていました。
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大部分は片付けられているのですが、時々全壊・半壊状態の建物も見えました。
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津波で大被害を受けた名取市の北釜地区に連れてきていただきました。

北釜地区の集会所
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せんだいメディアテークの伊藤さんとチナツさん。伊藤さんは震災当時の様子について話してくれました。
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拾い集められた思い出の品々が、持ち主に見つけられるようにと置いてありました。
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アルバムやランドセルなど
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この集会所の押入れや天井まで泥がかぶっていて、草が入り込んでいて、津波被害の大きさが伺えます。
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タイ人監督たちはそれぞれ無言で写真やビデオを撮っていました。ちょうどこの頃は(今もですが)、タイの大洪水のニュースがあり、ジャカワーンの家も浸水しているということでした。帰国後、大丈夫と言うメールはもらいましたが、心配です。津波と洪水はまた別物ですが、水害によって生活の場を侵されるという点では同じです。
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北釜の集落に数年前に移り住んだ写真家の志賀理江子さんは、津波で流された写真を拾い集め、洗浄し、ここで展示して持ち主を探す活動をされていたそうです。伊藤さんもそれを手伝っていたそうです。黄色いテープとクリップがあるのはそのときのもの。
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写真をここに長期展示しておくと傷んでしまうため、現在は場所を移動。
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ふと、ここはきっとすごく小さな集落であったはずなのに、ずいぶん集会所が立派だなと思いました。
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伊藤さんに聞いてみると、ここは仙台空港のすぐそばなので、自治体に補助金(?)が入り、それで公共施設が立派なのだそうです。飛行機が実際すぐそばに飛んでいるのが見えました。
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神社
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上に登ってみます。
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以前は祠があったそうですが、津波で流されてしまったそうです。
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上から周囲を見渡すと、本当に全部流されてしまったのだということが良くわかります。
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再び車に乗って、メディアテーク方面に向かいます。道すがら、まだ住宅街に船が残ったままの場所もありました。
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以前、過去に津波被害にあったということを後世に伝えていくために、地名などに津波のことを盛り込んだりしたという、昔の人たちの知恵について聞いたことがありました。今のように新聞やネットがない時代でも、津波の経験を後々まで知らせるという”メディア”としての役割を持たせていたわけです。この「波分神社」もそうなんですって。
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夕方、メディアテークに到着しました。今日のイベントの案内が貼ってありました。Dsc04975

「歴史的・社会的なことを映像で撮影する」というテーマで、ジャカワーン、ケイ、私の3人が、ビデオカメラを始めたきっかけや、短い作品のクリップを見せながらどういう考えで作品を作っているのかなどについて、メディアテークの「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の映像ワークショップに参加した人たちに対して話し、ディスカッションをするという企画でした。

地震や津波など、大きすぎる社会的な出来事を目の当たりにした人たちが、それらをどうやって記録・表現することが出来るのか? ケイやジャカワーンは数年前に起きたタイの政治的暴動に関しても作品をいくつか制作しているので、そういった経験も踏まえながら、表現について話してもらえたらとも思っていました。

とはいえ、私はケイに中国のワークショップであっただけでしたし、ジャカワーンについては面識もなかったので、彼らについて全く知らないメディアテーク側が、その2人だけをゲストにイベントを行うことは無理があるということで、私も急遽ゲスト参加することになりました。

私は付き添いのつもりでいたので、突然ゲストになるのに驚きましたが、でも一方で、そのほうがバランスが取れるとも思いました。事前に彼ら二人からもらったプロフィールを見て、タイの中でも裕福な家庭らしいことが伺え、大学で映像を勉強してきた、いわば優等生コースな人たちだったからです。一方の私は、映像を勉強したこともなく、目指していたわけでもなく、突然自己流で始めたので、ワークショップの受講者とは、私のほうが距離が近いように思いました。映像街道まっしぐらで生きてきた人の話を聞いても、その人がどれだけ世界で活躍していても、(自分には縁のない話)と思われてしまうでしょう?

会場の設営
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ワークショップの講師、山川さん到着。山川さんはこれまで受講者の方たちを教えてきたので、受講者の方々の気持ちや現在の状況が分かっているので、ゲストと受講者の橋渡し的な立場から話題を導いていくような感じにする、という立場で。
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時間になり、受講者の方も集まり、お話会が始まりました。
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2部構成で、第1部は監督3名の自己紹介、ビデオを始めたきっかけ、作品の紹介と解説。一人目はジャカワーン。
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毎日延々ごみ広いをして、リヤカーに大きなごみの山を載せて運ぶことを繰り返す男性を描いた作品。これによって、人間の”業”を表現したのだそうです。アーティストでもあるジャカワーンの話からは、見たもの、起こった出来事をありのままに表現するのではなく、いったん自分の中に取り入れ、それを昇華させてまったく別の形で表現するという彼の考えが伝わってきました。だから、例えば地震とか津波の被害に関しても、自分だったら、そのときはそれをどう使うことになるのかは分からないまま撮影して、でも何年後かに別の形でそれを使うかもしれない、というようなことを話していました。

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2番目はケイでした。ケイは山形で上映した短編を日本語字幕入りで紹介することになっていました。しかし、仙台に到着してから気がついたのですが、私&ケイともに、映画祭のスタッフの人から日本語字幕入りのDVDをもらってくるのを忘れてしまっていたのでした・・・!! 急遽、別の作品を上映することに。以前、ケイの作品集をもらったときに、すごく面白い作品があって、しかもそれは台詞もないものだったので、それを上映しようということになりました。

その作品は、駅でひたすら写真撮影の構図を長い時間をかけてあれこれとやり直しているおじいさん。それだけなのですが、すごく面白いのです!!
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なんと、それはケイが17歳の時に初めて作った作品なんですって!!! 駅でこのおじいさんを見つけて、面白いなと思って離れたところから撮影を始めて、途中でこのおじいさんが何をやりたいのかがわかった、とのこと。初めての作品、しかも17歳で、というのは、受講生の人にもかなりよいサンプルになったのではないかと思います! 

だって、”映像作品を作る”なんて考えたら、ハードルをすごく高く感じてしまう人も多いでしょう。実際はやりながら上達していくのに、作品を作るためにはまず撮影と編集が出来るようになっていなければならない、みたいな。そして”構成”も考えないといけないし・・・とか。

でも、単純な(この人何しているんだろう? 面白そう)という気持ちだけで、撮影を始めて、その面白さだけで構成も何も必要なく、十分面白いものが出来ている。そういうビデオの面白さを伝えるのに、ケイの作品は一番ぴったりだったと思います。

最後は私の番で、私はなぜビデオを始めたのか、どんなことを考えて撮影しているかを話した後、ブライアンの冒頭5分を流しました。

休憩時間には、ジャカワーンとチャチャイの持っていた、超手作りカメラ(フィルムとマッチ箱だけで作られたもの)がみんなの注目の的にhappy01Dsc05018

休憩を挟んで第2部は、受講生の方々の自己紹介があり、どんなきっかけでワークショップを受講したのか、今どんなことをしているか、などを話しました。受講生の一人は、原発問題に関心を持っていて、講演会などの撮影はどんな風にまとめたら良いのか分かるけど、デモの撮影をしてそういうものはどういう風にまとめたらよいか分からない、と言っていました。”構成”に壁を感じていると。

今回のお話会の前にチナツさんから、ワークショップを3回開催してみた実感などを聞いていました。チナツさん曰く、テレビの影響が相当強いと言っていました。だから例えば、テレビのフォーマットのように伝えなければいけないとか、意識的にでも無意識的にでもなってしまうようなのです。なので、「自分の好きなように伝えて良い」となった場合、逆にどうして良いか分からなくなってしまうのではないでしょうか?

私としてはまず、自分が映像を作る際に「テレビやニュースではこういうスタイルでまとめている」とか、「こうしなければ」とか、そういった固定観念に捉われないことが大切だと思います。だって自分が作っているのはテレビのニュースではないのだから。(でも、人にわかりやすく伝える点での工夫はテレビやニュースはそれなりにされていて、そういった点は参考になる場合もある)。まずは”構成”とかあまり考えずに、例えばケイが作ったビデオみたいに単純に面白いと思ったものをそのまま伝えてみるのも良いのでは? それに面白い素材と言うものは、それだけで力があって、逆にあれこれ手を加えないほうが面白いという場合も多いです。

・・・と、お話会ではそれだけ伝えたのですが、今更ですが、もっと大事なことがあると後から思いました。特にこれは日本人(日本の教育現場)についていえることですが、映像に限らずあらゆる場面において、自分の意見を自信を持って他人の前で披露する、ということが一番重要なのではないかと思います。(下手だから)とか(つまらないと思われたらどうしよう)とか、そういう気持ちを克服すること。そうじゃないと、あらゆる表現活動は歩みだしていかないと思います。

話がとてつもなく広がってしまいましたが、私はそういうものだろうと思うのです。「自分が面白いと思ったから、みんなにも見せたいと思った」この単純な気持ちを持てること、持ち続けられること、結局はそれが一番大事で、ワークショップで技術的なことを教えるだけでなく、そういうメンタル的な部分も後押しして行くことが必要だと思います。

そのほかの質問では、心に大きな傷を負っている人に、いろんなことをインタビューで聞いても大丈夫か?という質問もありました。この点については、タイの政治的暴動で息子を失った母親にインタビューしたケイが、自分の経験とインタビューした時の方針を話していました。

約2時間のワークショップは、あっという間に、とても充実して終わりました。ドキュメンタリー制作者としての一歩を踏み出そうとしている人たちの、これからがとても楽しみです!!

そのあとは、最近は仙台に来ると必ずと言っていいほど立ち寄っている居酒屋・鈴本へ。
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絶品のしょうが焼きです!!
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お話会の時に、ケイは駅で見かけたおじいさんの映像だけでなく、自分の家と、家で働くミャンマー人のお手伝いさんの映像も流していました。家が、とんでもなく大きいのです。大きな塀が張り巡らされて、外からは簡単に入れない状態で、大きな庭に色とりどりの花が咲き、ちょっとした噴水のようなものまでありました。まるで映画に出てくるような家です。そして、暇そうに(?)パソコンをいじるお母さんと、家事をするお手伝いさん・・・。日本だったらこんな生活が出来る人は、相当のお金持ちですよね?!(それに日本の場合、”住み込みのお手伝いさん”文化自体、ずっと昔にはありましたが、今はお金があるからという理由だけではお手伝いさんを雇うことはあまりしないと思います)

なので、ケイはすごいお金持ちなのか、と言う話になりました。なんと、映像には映っていませんでしたが、お手伝いさんは2人もいるのだそうです・・・! 思わず「いらないでしょ!」と私が言うと、ケイは(本当に自然に、屈託なく)「え、じゃあ、誰が掃除するの?」って言ったんですよーーーーーー!!!! 自分で掃除するって発想はないの?!?! この発言にはびっくりでした。しかも、冗談で言ってるんじゃないっていうのがすごい。ケイは、育ちの良さは感じるものの、嫌味なお金持ちっぽくは全然ない人なのですが、やはり発言がお金持ちだとこの瞬間は感じました。(普段はとても良い人ですが、念のため)

そして今度は、日本の自主映像制作者たちの置かれている環境の話になりました。まず、山川さんからひと言、「悲惨です」と。映像をやっている人たちで、それだけで食べていけていると言う人はほとんどなく、トラックの運転手や日雇い労働など、日本の中でも底辺の労働をやりながら、ギリギリで生活をし、作品を作っている、と。国際的な映画祭で賞を受賞するような監督でも、そんな状態で作品を作っている人は多い、と。

政府からの助成金制度はあるものの、それは大規模の制作を想定・前提としたもので、それを受けるためには(それもすごい倍率なのでもらえる確率は低いですが)、無理に予算自体を大きくしなければならないし、たとえ助成金がもらえるとなっても、助成金は全てをカバーすることはないので(制作予算の何分の1までと決められている)、逆に制作者にとって負担になってしまうのだ、と。諸外国からは日本はいまだに裕福だと思われているので、東南アジアの国が受けられるような欧米からの助成対象になることもないし、「悲惨です」ということでした。山川さんは「ただし、これが日本の状況全てと言うわけではなくて、自分の身の回りの人たちの話です」と強調していましたが、私の周りもそうだし、ほぼ日本の状況を代弁していると思います。

これに対して、タイも似たような状況だと言っていました。政府や欧米からの助成金をもらえるような映像制作者はほんの一部で、ほとんどの人は自分で作っていると。(但し、ジャカワーンは欧米の映画祭での受賞も多く、オランダの映画祭の資金で作品を作ったりもしていますから、かなり抜きん出ているほうなのでしょう)。映画作りの資金として、企業のコマーシャルを作ってお金を稼ぐという方法もありますが、これは実力以前に企業や業界とのコネがものを言うそうです。それがないと、仕事が回ってこないのだとか。それもまた大変そうだなぁ・・・。

ただ、タイがすごいのは、タイの国営放送で毎週1回30分間、一般から短編を公募し放送する番組の枠があるということです! 30分の中で、何本かの短編が放送され、そしてその制作者のインタビュー映像も流れるのだとか! これは作品を発表する機会の少ない自主映像作家たちにとって、ものすごいチャンスです! しかも制作者のインタビューまで流れたら、宣伝にもなります。これまでケイの作品も何度か放送されたことがあるそうで、放送作品は番組プロデューサーによって選ばれるので、あまりにも過激なものは放送されないけれど、でも自分の作品でかなり政治的なものをテーマにしたものも、これまでに放送された、と言っていました。

・・・こんなことを聞くと、これまでは(実態はともかく)いわゆる”発展途上国”とみなされる東南アジアの国々は欧米からの助成を受けられていいなぁ、思っていたのですが、自国政府・自国メディアの状況も、日本はずっと遅れているじゃないか!と愕然としたのでした。日本のNHKが、一般から公募して政府批判をしたビデオを放送するでしょうか? あり得ないでしょう。

居酒屋の後は、高杉さんとともにチナツさんの家に泊めていただきました。なんと、受賞のお祝いということで、ケーキが!!! Dsc05047

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どうもありがとうございました!!

翌朝、別のメディアテークスタッフの家に泊めてもらっていたケイたちと合流して、新幹線で東京に戻りました。

山形に向かったのが10月6日で、東京に戻ったのが10月14日ですから、8泊9日の長旅。山形、そして仙台と沢山の人のお世話になり、貴重な体験が出来た旅でした。

旅の疲れがどっと出て、その日は夜10時ごろに寝ました。

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