« [jp] 山形ドキュメンタリー映画祭報告その6(10月11日) | トップページ | [jp] ドキュメンタリー制作の第1歩 »

[jp] 山形ドキュメンタリー映画祭報告その7(10月12日)

11日(12日明け方)は朝4時半まで起きていたので、12日も11時ごろまで寝ていました。今日もホテルの朝食は食べられませんでした。

出かける支度をして、映画を観る前にご飯を食べておこうと思いました。公民館近くの「シベール」というカフェ・レストランのようなお店の前を通りかかり、ここでランチを食べることにしました。
Dsc04788

店内に入ってすぐ(ここだったのか!)と思いました。山形のお土産で、最近ラスクが話題になっているとテレビか何かで見たことがあり、なんとなく覚えていたのでした。ランチを食べた後に、ラスクを買いました。

お昼からは、公民館の6階で「三千年の収穫」(インターナショナル・コンペ審査員、エチオピアのハイレ・ゲリマ監督)を観ようと思い、会場に向かいます。

気がついてみれば、山形も今日が最終日。夜にはクロージング・パーティーがあり、翌日は朝から仙台に向けて出発します。映画祭の公式カタログをお土産に1部購入しました。

「三千年の収穫」は、隆夫さんとともに観ました。映画の冒頭に、マックのパソコン画面が一瞬現れ、それから日本語字幕なしで映画が始まりました。(これは日本語字幕はないんだ?)と思いながら観続けていると、途中で映像が止まり、会場アナウンスで「しばらくお待ちください」とのこと。

…やっぱりこういうことは起こるんだ…

私は自分の上映で何もトラブルが起こらなかったことを、本当にありがたく思いました。

映画の後、またデイリー編集室に行って見ました。ビデオリポートのため、木室さんが川口さんに撮影をお願いしていました。

こんな風に…と指定する木室さん
Dsc04790

最終的にはこれで行くことになったようです…! 木室さんは、どんな風にこの素材を使うのでしょうか?!
Dsc04792

公民館のロビーでカタログを読んでいたら、下之坊さんと会いました。下之坊さんは、昨日の上映の時に、映画の主人公である佐々木千津子さんが会場に駆けつけてくれたそうで、昨晩のみバリアフリータイプの部屋があるグランドホテルに佐々木さんと宿泊していたそうです。

グランドホテルで朝食を取っているときに、面白い会話があったと教えてくれました。今回、「回到一圏:日台ドキュメンタリーの12年後」プログラム(1999年の映画祭で作品を上映した日本と台湾のドキュメンタリー作家たちが、干支が一回りした今年、また山形に集い、新旧の作品をあわせて上映するという企画)で、「放課後~共同学童保育所つばさクラブの一日」(1998年)と、「チョコラ!」(2008年)を上映した小林茂監督と、「ニュー・ドックス・ジャパン」プログラムで「”私”を生きる」を上映した土井敏邦監督が、朝から熱いトークを展開していたというのです。

土井さんは、今回の映画祭で様々な映画を観て、中には(何でこんな作品が上映されるのだ? 人に見せられるレベルではない)と思う作品が少なからずあったそうです。

それに対し小林さんは、この映画祭は優れた作品を上映するだけの映画祭ではない、もともとアジアのドキュメンタリー監督を育てていかないとということから、アジア千波万波プログラムが創設されて、創設当時は、これ作りかけじゃないの?というような5分ぐらいの作品とか、そういうものもたくさんあった、でも、12年前の映画祭でそんな作品を持ち込んだアジアの作り手たちが、今こうして成長して世界に羽ばたいているんだ、と。

下之坊さんはそのやり取りが面白くて、(ずっと聞いていたい!)と思ったそうですが、佐々木さんを駅まで送っていかなければならないため、中座したそうです。

私はこの話を聞いて、昨夜のIDEHAサロンでも感じたことだったけれど、映画の作り手を育てていくとか、交流の場を持つとか、そういうことが映画祭の大きな目的としてあるように感じていました。

話しているうちに6時になり、表彰式とクロージング上映のために、公民館6階の会場に入りました。

表彰式では、コンペ部門(インターナショナル・コンペ、アジア千波万波)の他にも、さまざまな賞が用意されていました。「市民賞」(観客によるアンケート集計)、「コミュニティシネマ賞」(地域で上映活動を行う人たちによって選ばれる賞で、国内での上映協力もされる)、「映画監督協会賞」(日本映画監督協会によって選ばれる賞)、そして今回創設された「スカパー! IDEHA賞」。

先日のブログで、「スカパー! IDEHA賞」を私がいただいてしまったということを既に書きましたが、この賞については、映画祭のメールマガジンでこのように紹介されていました。

==========
スカパー!IDEHA賞スカパーJSAT株式会社がドキュメンタリー映画作家の育成を支援し、新作の制作を奨励する賞が、初めてYIDFFで創設されます。日本の新進ドキュメンタリストで次回作に最も期待される監督に賞金150万円を授与します。インターナショナル・コンペティション、アジア千波万波、ニュー・ドックス・ジャパンの各プログラムで上映される日本映画の監督を対象とし、審査員は世界第一線の映画に詳しい国際映画祭から招きます。日本映画が世界に羽ばたくきっかけとなればと願っています。
名前の由来:IDEHA賞のネーミングは、「出羽」「いでは」=「山形」、ドイツ語のidea(イディア=理想理念)にも通じていることから選ばれました。
==========

審査員のホセチョさんのプロフィールについても
==========
Josetxo Cerdan:スペイン・ナヴァーラ州国際ドキュメンタリー映画祭「プント・デ・ヴィスタ」芸術監督。Rovira I Virgili大学准教授。ドキュメンタリー映画についての執筆は多く、映画のプログラマーとして国際的にも活躍。北米で最も高名なドキュメンタリー関係者のフォーラム、「フラハティ・セミナー」の2012プログラム選定者として選ばれています。
ホセチョ・セルダン氏から届いたビデオメッセージ:「日本の新世代ドキュメンタリストのことをもっと知りたい」「なるべく多くの映画を見てスペイン、ヨーロッパに持ち帰りたい」「今年は日本人にとって大変な年だからこそ山形に来られることがうれしい」とコメントしています。
==========

何か”賞”がもらえるような映画祭に、これまでも参加したことがありますが(あいち国際女性映画祭など)、でも賞の選考のための”審査員”をわざわざ外部から招くような映画祭には参加したことがありませんでした。私は前日のIDEHAサロンにも参加して、それは私も一応は「スカパー! IDEHA賞」の受賞対象者(日本映画の監督だから)ということなのですが、”受賞”は自分には縁のないものと思っていたので、受賞と知ったときには本当にビックリしました。だって、私には山形で上映されるだけで、十分すぎる快挙だったのですから。

名前を呼ばれ、壇上に行くと、頭が真っ白になりました。トロフィーを頂き、副賞の賞金を頂き、おめでとうと言われました。そのあと、司会者の方から「コメントを」と言われ、私はただ「ありがとうございます」としか言えませんでした。よく、大きな映画祭の授賞式で、受賞した監督たちがスピーチをしているのをテレビやネットで見ますが、あの時のあのタイミングで言うものなのだとは知りませんでした。

表彰式の時の写真(高雄さんからいただいたもの)
P1020690

P1020692_2

P1020695

P1020698

P1020700

P1020701

以下の写真はケイからもらったもの
Award2_from_ke

私の後に、その他の賞を受賞した監督たちが、その場でコメントや感謝の気持ちなどを話しているのを聞いて、(このタイミングで言うものなんだ…。このタイミングで言わなかったら、もう言えないんだ…)と思うと、そのあと30分ぐらい壇上に座っていているのが、なんだかとても居心地が悪かったです。だってそういうの、知らないんですもん!!

今更なのですが、もしも私があの時、ステージ上でコメントを言えたなら、賞をくださったスカパー!社とホセチョさんへの感謝はもちろんとして、私は私の映画に登場してくれた住民の方々への感謝、居候させてもらっている姉への感謝、そして映画祭を支えているスタッフ・ボランティアの方々への感謝を伝えたいと思いました。

ベトナムのティーさんのインタビューがきっかけで、思いがけずにデイリー編集室の仕事ぶりを見て、スタッフの・ボランティアの方々の力によって、こういう大きな映画祭が成り立っているのだなぁ、ということをつくづく思ったからです。私はデイリー編集室の方々としか個人的に接触する機会はありませんでしたが、きっとどのセクションのスタッフの人たちも、同じぐらいの努力と苦労があるに違いないと思います。

映画祭に来て、国内外の監督たちと交流できるのもとても刺激的でしたが、スタッフの方々ともお話しすることが出来たのは、私にとって大きな収穫でした。

表彰式が終わり、舞台袖から出てロビーを通り、座席まで行く途中で、いろんな方から「おめでとう!」と言ってもらえました。何人かの人から、大抵受賞作品は大体どの作品が受賞するか予測できるものだけど、私の受賞が一番のサプライズだったと言われました。私もそう思います…! 

しかも、賞が創設されて初めての受賞…。この賞の重さというのが、私や今後受賞する人たちのその後によって計られていくのだとしたら、こんなに重大な責任はありません…!

クロージング上映の「まなざしの旅」を見終わったあとは、クロージング・パーティーでした。会場であるグランドホテルに移動する途中に、私は映画祭期間中にお世話になったデイリー編集室に行って見ました。

デイリー編集室入り口
Dsc04815

数人のスタッフの人たちがいました。おめでとうと言ってもらい、うれしかったです。
Dsc04814

表彰式の直後に「デイリー号外」が配られていたのですが、その作成・印刷はその日の午後に編集室を封鎖して、ごく少数のスタッフだけで内密に進められたそうです。

デイリー編集室を出て、クロージング・パーティーの会場へ。たった10分ほど遅れただけでしたが、既にご飯がほとんど平らげられていました…! 本当になくなるのが早いのです。恐るべし、山形。
Dsc04816

仕事を終えてやってきた山形新聞の岡崎さん
Dsc04819

岡崎さんご夫婦と
Dsc04818

私の受賞のお知らせに、岡崎さんもビックリしていました。「では早速、受賞監督に自分の映画のコメントをもらおう」ということで、岡崎さんの作品「私たちにできたこと できなかったこと」の感想を聞かれました。私は先日このブログで書いた岡崎さんの作品に対する感想に加え、「岡崎さんが小川紳介のような大ドキュメンタリー監督への敬意として、あえて小型カメラで、ほとんど静止画で、インタビューなしで、無料編集ソフトで作ったのは分かるけれど、今後はそこまでこだわることはなく、自分の好きなようにドキュメンタリー映画作りをやってみても良いのではないですか? 今後の作品も観たいです」と言いました。

下之坊さんと、「ニュー・ドックス・ジャパン」で「隣る人」の監督、刀川和也さん。賞金について超うらやましがられました^^
Dsc04825

以前京都の上映会で「ブライアン~」を観に来てくれた浦辻さんも
Dsc04826

スカパーのスタッフの皆さんと。やはり、こういう賞をいただいたからには、スカパーに加入しないといけないんでしょうかcoldsweats01??!! うちはまだ地デジ化もしてないんですが・・・!
Dsc04827

大西さんと木室さん
Dsc04830

Dsc04831_3

インタビューをしてくれた水上さんと
Dsc04845

パーティーの会場で、審査員のホセチョさんと話せました。表彰式では壇上でほとんど話せなかったので、改めてお礼を言いました。この時に初めて、ホセチョさんから選んだ理由を聞くことが出来ました。以下、箇条書きで列挙すると;

・お金をあげれば、絶対次の作品を作る人は?と考えた時に、それはあなただと思った
・社会問題に取り組んで、それを真剣に、ユーモラスに表現するのは、なかなか出来ないこと
・しかも一人でほとんど作っている
・あなたの中にすごいエネルギーと向かっていく力を感じた
・映画の最初のほうは、良くあるタイプの映画だと思ったけれど、演歌が出てくるあたりから面白いと思い、電話をかけるシーンから最後までは一気に登りつめていくようだった
・撮り方、被写体との向き合い方、映画作りに関する倫理観をしっかり持っている
・映画を作るだけでなく、社会にどう関わっていくかを考えている
・これでもう誰かの家に住むことから開放されるし、機材も揃えられる

ということを言われました。選んでくれた理由を聞きながら、私の中では今まで不思議に思っていたいくつかのことの答えが分かったような気持ちになりました。

というのも、私は今回の賞を自分がいただいたことに関して、映画だけ、映画の完成度だけで判断されたのではない、とまず思いました。映画X上映後の質疑応答XIDEHAサロンXこれからの可能性といったような、複合的な判断でなされたものなのだ、と。

私は今回のタイムテーブルを見て、最初に疑問に思ったことがありました。コンペ作品は、全て2回ずつ上映されるのですが、上映後の舞台上での質疑応答が1回しか予定されていないのでした。監督たちは全日程滞在するのに、なぜ片方しか質疑応答をしないのか? それは通訳者確保の関係か?と思っていました。でも、2回目の上映の後には、舞台挨拶はしないのに、通訳者をつけてロビートークはやっているので、そういう予算の問題でもなさそうだし…と不思議に思っていました。

今から思えば、上映後の質疑応答で監督が作品についてどのように語り、観客はどのような反応を示すのか、といったようなやり取りも、重要な選考対象になっているわけで、それで審査員も上映を観に来る1回だけのほうに、舞台挨拶がついている、と言うことだったのだろうと思います。

この点について、タイ語通訳者の高杉さんと後日話す機会があり、彼女も舞台挨拶の重要性について話していました。タイ人の監督でも、国際映画祭でタイ語通訳をつけずに、自分で英語で質疑応答をする監督もいるそうです。それは自分が国際的なレベルで通用する監督であるということの、審査員へのアピールでもありますし、通訳の良し悪しによっては、審査に影響することだってあり得るので、通訳をつけずに自分でやりたいという監督もいるわけです。それぐらい、舞台挨拶の通訳というのは重大なことを任されている、と言っていました。

舞台挨拶って、ファンサービス的なもの、映画祭のお楽しみ要素的なものと思っていたのですが、コンペともなると別の意味合いも帯びてくるのですね…。いや、コンペじゃなくても、舞台挨拶の度に監督は観客によって審査されているのだとも思います。この映画を作った人がどんな人なのか、それを観客はみるわけですから。

でも、舞台挨拶で質問があまり出なかったり、自分がアピールしたいような分野の質問が出なかったりすると、残念ですよね。観客の人は、純粋に自分の聞きたい事を聞くわけですから、必ずしも監督がアピールしたいこととは一致するとは限りません。私の時は、幸運にもいろんな人が、幅広い質問をしてくれたので、私の考えの一端を伝えることが出来てラッキーでしたが、もしそういう質問が出なかったときは、どうするんでしょう?? 気になるところです。

そして、「スカパー! IDEHA賞」に関して言えば、「IDEHAサロン」での交流も大きな一因だったと思います。普通は、舞台挨拶でしか、監督と審査員が対面する場はありません。でも今回は、IDEHAサロンがあり、そこで2時間にもわたって、審査員のホセチョさんに映画作りや上映について話す機会が与えられたのですから。私が自分なりのやり方で自主上映会をやってきたという取り組みについて評価してもらえたのかもしれませんし、カドゥさんが”Parasite”と訳した私の居候生活が、私に高額賞金をもたらしてくれたのかも知れません…!!!!!

ホセチョさんは、今日もう帰られるそうで、別れ際に「次回作を作ったら必ず教えて」と言いました。頑張らなくては…!!!

そんな訳で、受賞の瞬間はびっくりし、単純に喜び、その後じわじわと受賞したことの重みをかんじていっている私でした。

クロージング・パーティーの終盤に、桝谷さんが、「この辺に立って! あっちを見て!」と言いました。(何だろう?)と思ったら、毎回恒例で全員で最後に記念写真を撮るということになっているそうで、でも人数が多いので、真ん中のエリア付近に立っていないとピントが合わないとのことでした。(端っこのほうに立っている人はピンボケした状態になるんですって)
Dsc04833

だんだん人が集まっていきます
Dsc04834

カメラマンもスタンバイ
Dsc04835

これだけの人数が集まって写真を撮るのは、呼びかけるのもなかなか大変そう
Dsc04836

Dsc04837_2

Dsc04838_2

Dsc04839

だんだんまとまってきました
Dsc04840_2

ケイが私のカメラに向かって…!!Dsc04841

そろそろ写真が撮れるのかしら
Dsc04842

無事写真が撮れたようです!
Dsc04843

クロージング・パーティーの後は、デイリー編集室の打ち上げに私も参加しました。

水上さんと、映画祭で司会・通訳を担当された山之内悦子さん
Dsc04847

おいしいおでん居酒屋でした
Dsc04848

川口さんと、楠瀬かおりさん。最初は映画の話をしていたのですが、途中からは鉄道の話一色に。楠瀬さんは映画大好きであると同時に、「てっちゃん」でもあるそうです!
Dsc04852

打ち上げの様子
Dsc04853

Dsc04854

Dsc04855

デイリー編集室の佐藤寛朗さんと。実はすごいご近所さんなのです・・・happy01
Dsc04857

桝谷さんと
Dsc04860

もう既に12時は過ぎていて、昨夜は(仙台もあるから夜更かししない)と思っていたのですが、今日は受賞といううれしいことがあったのだし、映画祭の最終日なのだから、ということで、車に乗せてもらって香味庵まで行きました。

香味庵の入り口で、フランス人監督のエマニュエルさんと再会しました。エマニュエルさんからも、おめでとうと言われました。「賞金が高くて良かったね。これでずいぶん安心できるわね。私もロカルノ映画祭(スイス)で賞を取ったとき、結構いい賞金がもらえたのよ。それでバカンスに行ったわ。そう、映画監督にはバカンスが大切なのよ!」と言っていました。相変わらず、(さすがフランス人!)と感心してしまいました。だって、日本人だったら、私はまず借金を返さなくちゃとか、このお金は次回作のためにもらったのだとか、そういうことを考えるのではないですか!?

これまで「大人数が乗ったら床が抜けてしまう」と聞いて近寄らなかった、香味庵の2階へ行って見ます!

かなりの人数が既にいる様子!!
Dsc04861

へぇ~、2階ってこんな風になってるんだぁ。
Dsc04862

映画祭のゲスト&スタッフ&お客さんくらいしかいないこの空間で、明らかに違うオーラを放つ2人組みを発見! 一体何の人なのかと思って、近づいて見ます。
Dsc04863

左の方は、山形でインド料理のレストランJAYを経営されているとのこと。山形のインド料理・・・。聞いてみると、インド人監督のサミーナさんが連れて行ってくれようとしたお店で、なんとこちらのマスターはサミーナさん家族と昔から付き合いがあるそうです!! 私は今回JAYに行けなくて残念でしたが、次回山形に行くときにはぜひ行って見たいと思います。

右側の方は、今日初めて、香味庵から参加(!)したという方で、映画祭には全く行かなかった、来れば良かったと言っていました。山形市平清水で、「正酒屋 六根浄(ろっこんじょう)」という純米酒専門の小売店を経営されている熊谷さんで、「インド料理に合う日本酒」(それってすごい)をJAYに提供しているのだそうです。山形で飲んだ日本酒は、普通に全部美味しいと思った私でしたが、JAYのマスター曰く、六根浄の日本酒は他とは全く違うとのことでした。飲んでみたいです!!!!!

インド料理、日本酒ともに、超奥深い世界ですから、お2人の話を聞いていたら、あっという間に閉店時間(2時)に。

スタッフの方がおもむろに法螺貝を吹くのを、昨夜も(何だろう?)と思っていた私ですが(宴会の余興だと思っていましたcoldsweats01)、これは閉店を知らせるためのものなのだそうです・・・!
Dsc04866

結局2時半過ぎに香味庵を出て、ホテルへ。受賞のお知らせを、こんな時間に電話をもらっても喜ぶ人は普通はいません(迷惑なだけです)。ホテルに向かう道すがら、8時間の時差のあるイギリスのポールに電話をして(通話料が高いので、実際はかけ直してもらったのですがcatface)、受賞のことを知らせたら、とても喜んでいました。「さようならUR」の英語字幕を担当してくれたポールの努力に、少しは報いることが出来た気がして、良かったなぁと思いました。

ホテルに戻り、今日一日の出来事をノートに書き記していたら、また4時過ぎになってしまいましたsweat01!! 

初めての山形ドキュメンタリー映画祭、私にとって忘れられない経験となりました!! どうもありがとうございました!!!

##これで山形国際ドキュメンタリー映画祭のレポートは終わりです。かなりのボリュームの映画祭レポート、最初から最後までお付き合いくださった方、どうもありがとうございました!!##

|

« [jp] 山形ドキュメンタリー映画祭報告その6(10月11日) | トップページ | [jp] ドキュメンタリー制作の第1歩 »

上映会報告(日本語)」カテゴリの記事

コメント

新聞記者兼にわか映像作家の岡崎です。お元気ですか?と聞くまでもなく、ブログを拝見すると、元気に各地を飛び回っているようですね。
 私の作品「私たちにできたこと できなかったこと」について、ブログでいろいろ書いていただいた上、メールで写真も送っていただき、ありがとございます。
 私も早川さんの活動を応援していきます。また、何らかの形でコラボできたらうれしいですね。頑張ってください。

投稿: 岡崎孝 | 2011年11月 7日 (月) 04時32分

岡崎さん
コメントをありがとうございます!
映画祭ではお話できてとても楽しかったです。
岡崎さんの作品も観れて良かった^^
お仕事先でないメールアドレスが分かりません。。。よろしければ一度私宛にメールいただけますか?
将来、何かコラボできたら楽しそうですね!!
今後ともどうぞよろしくお願いします!

投稿: yumiko | 2011年11月 7日 (月) 22時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« [jp] 山形ドキュメンタリー映画祭報告その6(10月11日) | トップページ | [jp] ドキュメンタリー制作の第1歩 »