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[jp] 経験の共有

年末の大掃除で今までの資料類を整理していて、73号棟住民の畦地さんが1年前に書かれた文書を改めて読み、「住まい」について、「住民」について、「コミュニティー」とは?、「民主的な話し合い」とは?など、示唆に富む内容だったので、本人の許可をもらいここに全文を掲載することにしました。

賃貸の公団住宅に40年住み、家賃さえ払えば住民の義務は果たしているという程度の意識で過ごしてきた人が、73号棟の耐震問題をきっかけに、初めて住まいについて考え、さらには街づくり、世代を超えて受け継がれていく地域の歴史といったことまで考えざるを得なくなった、という心境が分かりやすく綴られています。

私はここに書かれていること全てに同意するわけではありませんが、興味深い投げかけや、これからのコミュニティーを考えるヒントが詰まっていると思い、以下にご紹介します。

団地の高齢化、老朽化、過疎化はこれからますます大きな問題になっていきます。URの団地にお住まいの人でも、73号棟の問題や団地の老朽化の問題に対して「大変ねぇ」という程度の人も少なくありません。実際、建替え問題が起った団地の経過を見ていると、築20年を過ぎたあたりから建替えの話が持ち上がってきます。安心して暮せる期間というのは、日本の場合驚くほど短いことが分かります。

自分の住まいが取り壊し、追出しなどの対象となって初めて住まいについて考え、大慌てになる・・・ということが繰り返されないよう、73号棟の人たちの経験や知識が蓄積され共有されていくことを願っています・・・

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個人認識の経過

2010年12月4日記
73号棟住人 畦地豊彦

[1] URの73号棟耐震不足という判定から

イ:判定は青天の霹靂であった。それまではこの団地で一番丈夫な建物であるという認識があった。そこから出発した。
ロ:いろいろな噂(地盤が軟弱説、強い地震が来たら即倒れる)に振り回された。
ハ:不安、安全な住まいとは何か?を軸に考えた。
ニ:それで、地震、耐震(診断)、建築について多少勉強した。当時はラーメン構造という言葉さえ知らなかった。

⇒住まいとは何か? 安全、安心とは何か? 総じて今まで考えたことのない事柄を考えた。

[2] 住み続けるにはどうしたら良いのかから考えることにした

イ:自治会のあり方(役員の独断、URの決定の代理押し付け、脅しまであった)を考えざるを得なかった。
ロ:団地の自治会は無いに等しい現実と、今までの自分自身の無関心、無理解があった。これからどうやっていくのか?が問われた。
ハ:自治どころか、小規模のコミュニティー(井戸端会議)さえない現実があった。あっても噂話しかなかった。
ニ:人と人が出会っていない。つながりがない。多様な存在であり、違った意見を持つ人々がどうやって対話をしていくのか?
ホ:住んでいるところで、直接人と人が話し合いをする「場」をどうやって創っていくのか?

⇒「直接性」の確立がキーワードであることを学んできた。

ここからふたつの思考方向が生まれた。

A:住む家(建物)⇒団地という集合住宅のありよう、歴史⇒街のありよう⇒日本の住宅政策はどうなっているのか? 今度の問題が起きた社会的背景を探った。
B:人々の住まい、住み続ける権利を、人々はどうやって獲得してきたか? 法律はどうなっているのか?

[3] 先のAにそって、今ひとつ考えてきたことは、安全の考え方である。それは技術にそって考えることと、経済問題として考えることであった

イ:URの耐震不足判定の正否、補強困難の正否、除却決定の成否
ロ:UR(公団)の歴史、果たして来た役割
ハ:73号棟問題を通して分かってきたことは、UR(公団)が果たしてきた公的な住宅供給の役割をUR自身が否定をしていることにつながらないかということである。
ニ:地震という自然現象に対して、住民の安全をどう獲得していくかという問題は、ひとり73号棟問題にだけあるわけではなく、社会共通の抱える問題だということ。
ホ:ここにURと住人とが話し合う共通基盤があるということ。
へ:技術の根本問題は、人間の食・衣・住にそって考える事柄である、etcを考えた。

[4] 耐震不足は、壊すのではなく、耐震補強技術で乗り越えられること、これは色々な人から教わってきて、今や僕の確信になっている。

イ:壊すことの意味を考えた。あるところは自然にかえす事だってありうる。将来、街づくりの一環として、都市の中に里山や農地を実現する事だってありうるところから考えた。
ロ:この団地(高幡)にそっては、73号棟を残すことが大切である理由を考えた。(センター機能、バリアフリー、シンボル棟・・・etc
ハ:残すことの最大意義・・・それは一団地の適正な人口規模を持つことの必要性(限界団地・過疎化・食物難民がおきてわかったetc)である73号棟は高幡台団地のなくてはならない色々な意味での要となっている。
ニ:理想的な団地のありようも考えた。文化の蓄積を可能にする人々が住み続けるコアの部分(世帯を続ける部分)と、フレックスな流動部分、通貨住民の両方が混在する住居であること。
ホ:このことは多様な生活スタイルを持つ人々が、一緒のところに住んでいけるような団地を意味する。
へ:上記を可能にするには、多様な住居形式を持った部屋(住まいづくり)が必要である。(二戸一戸形式・シングル住宅・シェアリング住宅・留学生受け入れ住宅etc

(註:「二戸一戸形式」とはふたつの住居の壁を取り払い、広い一世帯用の住居とすること)

ト:団地と周辺の住居のことについても、団地は緑地(公園)の提供部分になっており、ある意味では中心住居ともなっているところがある。夏の団地祭りでは、団地住民より三分の二が周辺、ふる里帰りの人々であったことはそのことを物語っている。

[5] 73号棟を耐震補強するということは夢をのせることと同義である

イ:過分に費用がかかるなら、その過分は未来に対して投資をすることによってペイする話である。これが経済問題に対する基本的な態度である。
ロ:あるべき団地、あるべき街づくりは、もったいないを基本にすべきである。壊すのは自然破壊に繋がる場合があまりにも多い。
ハ:30年後、確実にやってくる老朽化の問題がこの団地にはある。要の建物をなくせば、この団地は衰退、滅亡する。
ニ:建築上の技術課題のひとつとして、耐震補強のことだけではなく、建物を長く持たせる技術もあわせて考えていく必要がある。

⇒ようやく73号棟問題を考えることは、日野の街づくりと結び付けて考えるようになった。

[6] 話し合うとは何か?

イ:URの方針は、即決定であり、この決定には住民は四の五の言わないで従えというのがURの言う話し合いである。これははじめに決定ありきで、最初から最期まで説明である。よくとって説得である。
ロ:友情ある説得ならば、その内容は社会的常識(コモンセンス)であることが必要である。
ハ:この説明、説得は、社会的、経済的、技術的、法律的に見て、その内容に合理性がなければならない。
ニ:URのいうところは、安全な住宅ではない。代わりの住宅を用意する。なおかつ引越し費用を条件にもとづきだす。というものである。
ホ:住宅の明渡しに期限を設け、期限内に立ち退かなければ一切の面倒は見ない。言うことを聞かなければ裁判にかけてでも立ち退かせるという脅しが最初から付いていた。へ:URは国会でもそのほかのところでも、住民に丁寧な説明をしているとしか言っていない。URはそれを話し合いと強弁している。
ト:話し合いとは、相手方が納得する内容を獲得することを前提としているから話し合いになる。
チ:この形式は、まずUR側から、耐震不足が判明した。これこれの問題がある。どうしますか?から出発する。
リ:話し合いの不可欠の前提条件には、ひとつの結論を得るに至った”資料類”があるわけだから、当事者、相方がかかる資料を検討することから始めるのがコモンセンスというものである。
ヌ:片方(UR)だけが持ち、住民がそれを見て検討する時間を欠くのであるならば、それは話し合いではなく”ダマシの構造”というものである。
ル:民主主義は知恵の平等を暗黙の前提としている制度である。その上で、それぞれの価値観を持つ人間が意見をぶつけ合うから話し合いになる。

URと話し合いをするにはどうするかが課題である。第三者か日野市を入れた三者会議を探りたい。それを実現するには、説得力ある”団地再生構想案”を作り上げることだと思う。

以上
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