« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

[jp] 全員インタビュー

昨夜の高幡台団地73号棟に住み続けたい住民の会・定例会は、前半の1時間半を頂いて、73号棟の住民の皆さんと、高幡台団地で彼らを支える田中さん・林田さんの、全員にインタビューをさせていただきました。

明渡し訴訟の開始、そして「さようならUR」の完成から約1年たった今、映画の制作にまつわる裏話、ざっくばらんに感想、撮る・撮られるという関係、裁判を闘う今の気持ちetcを、ぶっちゃけトーク的な感じでお聞きし、「さようならUR」のDVD特典として収録したいと思ったからです。

・・・とはいえ、私はこれまで住民の皆さんを個人的にお宅に訪問して、一人、または世帯単位のインタビューしかやったことがないので、元気で一筋縄ではいかない(?)住民の皆さんを一堂に集めてインタビューをするのは、一体どんなことになるのか?と期待半分・不安半分の気持ちでいました。

まず、カメラに全員が収まるのかどうか? 出来るなら全員がカメラに収まってほしいと思い、定例会の会場を和室にしてもらいました。これだったら、イスではないので、皆さんがより近くに座れるのではないかと思ったからです。

座布団を並べてみます。
Dsc08896

普通に座る感覚で座布団を並べると、カメラのフレーム的にはちょっと広がりすぎな感じ。もっと座布団の間隔を狭めます。
Dsc08899

カメラのフレーム内には納まりますが、ビデオカメラがかなり遠くに離れた状態になってしまい、ずいぶんと距離を感じます。やはり全員をフレーム内に収めようとするのは無理があるかもと思い(一人ひとりの顔の表情も小さくなってしまうし)、全員を常にフレーム内に収めるのはあきらめて、カメラを座席の近くまでもって行くようにします。
Dsc08901

村田さんを始め、住民の皆さんが入ってきて、「テーブルがないと落ち着かない」と言われ、テーブルを並べます。「足が見えてしまうのが嫌だ」とも。
Dsc08903

段々と人が増えてきます。
Dsc08910

定例会開始時刻の7時になり、いよいよインタビュー開始! 以下は、私がこの日のために用意したインタビューの質問内容をまとめた原稿です。実際のインタビューは必ずしもこの通りには進んでいませんが、大方この内容です。インタビューの質問は、相手の人が出来るだけ答えやすく、話しやすくするように心がけたつもりでしたが(なおかつ、答えを誘導したり限定したりはしないように)、それでも質問の本意が伝わりにくかったり、的が絞りきれていなかったりして、つくづく難しいな~と思いました。

=======================
2012年5月29日高幡台団地インタビュー

皆さんVS私のインタビューをやりたいと思った理由(読み上げる):
映画は、私の視点で、撮影され、編集されて出来上がったもの。実際のところは、”撮られる側”の人は、どんな気持ちで撮影されていたのか、どんな風に私のことを見ていたのか、ざっくばらんに気持ちを聞きたいと思った。このインタビューでは”私の意図”を反映しないよう、ほとんど編集しないで、将来「さようならUR」のDVD特典映像として収録したい。公の場所で上映はしないし、ネットにも公開しない。

インタビュー時のルール(読み上げる):
①誰かに質問しているとき、誰かが話しているとき、他の人はその質問を奪って先に答えてしまわないこと(特に、質問して、その人が答えを考えるために黙っているときなど→吉津さん!)
②人が話しているときは割り込まないで黙って聞く
③何人も同時に話さない

質問:全員
お名前、「さようならUR」映画の感想、印象に残っているシーン

質問:映画に登場した人全員
自分が出ているパートについての感想

質問:村田さん
2010年3月、初めて会った時の印象、73号棟問題に興味を持った私について

73号棟の問題に関わりのない私が、この問題を知りたい、映画にしたい、と聞いてどう思ったか?
初めて住民の会ミーティングを取材しに来たとき、印象に残ったことはあるか?

質問:各人
インタビュー取材について
どこの家庭にも長時間家に上がりこみ、ご飯をご馳走になりながらのインタビューだった

中川さんへ
私にインタビューされるのは、どんな気持ちだったか?
すごく自然体に見えたが、”カメラ”はどの程度意識するものなのか?していたのか?
TBSでもメインでインタビューに登場。TBSのインタビューとの違いは?
実際に映画の中で使われたシーンは、本人には意外だったか? 自分では、どんなシーンが使われると思っていたか?

吉津さんへ
最初はインタビュー拒否していた。
なのでアポナシ訪問。だめと言われドアを閉められても、ドアの外で待った。
インタビューを拒否していたのはなぜか? 自主制作の映画・監督は得体の知れないもの?
どんな映画になると予想していたか?
ではマスメディアならOK?
結果10時間ぐらい家に上がりこんで、昼夜と飲食し、部屋の中を色々撮影。押入れも開けたり。
迷惑ではなかったか?
その割には使われたシーンが短すぎる!という不満は?

村井さんへ
契約最終日に押しかけ、私とURの対決に巻き込まれた。その後は放心状態になって3時間ほど座り込んだと聞く。
私のインタビューはどうだったのか? 迷惑ではなかったのか?
大事なタイミングの時に、私がURとの関係に関わっていく、しゃしゃり出ていくことに関して、住民の方はどう思うのか?

村田さんへ
これまで代表として数々の取材を受け、自分自身も新聞記者として働いた経験のある村田さんから見て、私のインタビューや取材はどう思ったか?

畦地さんへ
7時間近くに及んだ、ご主人への長時間のインタビューを傍らで聞いていてどう思ったか?

栗原さんへ
それまで、ほとんどお話をしたことがなかった栗原さんに、「家族のインタビューを撮らせてほしい」とお願いされてどう思ったか?
インタビューにより、家庭内の意見の不一致が表に出ることになってしまったが、それについては?
その後裁判も始まって、今、奥さんは73号棟の問題をどう思っているか?

高原さんへ
73号棟の住民の中で、唯一、TVや私の取材を受けなかった人。
取材を受けなかったのはなぜか?
映像に撮られるということについてどう思うか?

質問:誰でも
撮影されるということは、どんな風に影響を与える・与えたのか?
良い面&悪い面
実はこれやめてほしかった・迷惑だったみたいなことは?

質問:誰でも
映画は私が作る。だからどんなものが出来るかわからない。
そのことに対する不安はあったか? 割り切っていたか? 割り切れるものなのか?
信頼を持てたとしたら、それはなぜ? どんなきっかけで?

質問:田中さんと林田さん
73号棟以外の住民として、私と73号棟の住民の関係はどのように見えたか?

質問:全員
映画は「裁判前」までのことを記録しまとめたもの。裁判をたたかっている最中の今の気持ち、言いたいこと

質問:誰でも
今後、この映画、そして監督である私に対して望むこと、要望
=======================

約1時間半のインタビューを終えてみて、私が当初望んだような「ざっくばらん」や「ぶっちゃけ」というくだけた状態にはなかなかなりませんでした。私がカメラを回すこと自体には皆さん慣れているはずなのですが、「インタビュー」、「ひとりずつ順番に回答」とか、そういう風になるだけで、とたんにかしこまってしまうのです!!! まぁ、無理もないのですが・・・。

なので、普段の定例会の時のようなにぎやかさと言いたい放題の面白さという臨場感をお伝えすることは出来なかったのですが、でもインタビューでの発言内容自体は、皆さん真剣に自分の気持ちを答えていただいて、特に裁判中である今の気持ちなども聞くことが出来、とても貴重なインタビューとなりました。

インタビュー終了後に記念写真。インタビューへのご協力、ありがとうございました!!
Dsc08915

Dsc08917_2

インタビュー終了後は、約30分間ミーティングがありました。・・・普段どおりの皆さんになってるし・・・!!! ホント、カメラって”異物”ですよね、基本的に。。。どう異物さを減らしていくか、感じさせないようにするのかは、ドキュメンタリーをやっている以上、永遠の課題だわ。。。

Dsc08922_2

Dsc08918_2

Dsc08923_2

DVDの特典映像として、もうひとつインタビューを予定しています。こちらは73号棟の住民ではなく、別の人に。6~7月にインタビューできればと思っています。DVDの発売は早くて年内、もしくは来年前半ごろかな?? 特典映像がかなり盛りだくさんですので、編集作業など時間を見つけてどんどんやっていかなければと思っています。

| | コメント (0)

[jp] 6月16~17日東京から福井バスツアー(三千円)参加者募集!

霞ヶ関の経産省前テント広場では、現在急ピッチで進められようとしている福井県の大飯原発再稼動に反対する現地集会に参加するため、東京⇔福井の夜行バス往復三千円というツアーを計画し、集会の参加者を募集しています!

「福井は遠い・・・」、「交通費が・・・」と思って現地へ行くことをためらっていた人でも、参加できるような金額で、ということで、テント広場が一部を補助し、この金額でのツアーを設定したそうです。バス5台、225名まで参加できます。

出発日は

①6月15日(金)夜9時新宿駅西口集合、10時出発
②6月16日(土)夜9時新宿駅西口集合、10時出発

現地でのスケジュールは

6月17日(日)午後1時集会参加→デモ行進→3時解散
4時に現地発→東京へ(夜11時半ごろ到着予定)

・・・という”弾丸ツアー”チックな強行スケジュールではありますが、行きたい方はぜひ!! 経産省前テント広場のメンバーたちも多く参加しますし、一人で参加する人も多いはずですから、一人参加でもきっと楽しいツアーになるでしょう!

申込はテントに現金持参か郵便振替で。バスツアー参加費は3000円。一人でも多く現地へ送り出すため、加えてカンパも募集中とのことです。(ツアーは参加できないけれど、カンパのみという方も歓迎)

郵便振替の場合は:
口座番号:00160-3-267170
加入者名:経済産業省前テントひろば
通信欄に<大飯原発再稼動阻止バスツアー>
・参加費 一人三千円(_______名) 計_______円
・カンパ(_______円) 合計 __________円
・ご住所とお名前、電話番号

申込の締め切りは、郵便振替の場合は6月11日(月)まで。テントに現金持参で申込の場合は6月12日(火)までとなっています。

お問い合わせは経産省前テント広場まで(電話:070-4373-1947または090-3919-0604)

・・・ちなみに私もすご~~~~く参加したいのですが、6月16日、18日と上映があるため残念ながらバスツアーには参加できません。でも、人が少なくなるテントのお留守番等、自分の出来ることでバスツアーを応援したいと思っています!

| | コメント (0)

[jp] 旬が同時に・・・!

最近は、それでなくても出遅れ気味だった大阪での劇場公開の宣伝のため、それにまつわる様々なことを準備したり、連絡を取ったりしている日々なのですが、それに加えて「今の時期しか出来ないこと」が沢山出てきて、大変なことになってきました。

というのも、先週ぐらいから、店頭に「らっきょう」が並び始めたのです!!!!

一昨年、インタビューで畦地さんのお宅に伺ったときに、私が楽しみにしていたことのひとつは、酢醤油につけたらっきょうをいただくことでした。甘酢漬けしか食べたことがなかったので、酢醤油のらっきょうがとても美味しくて、大好きになったのです。

奥様からつくり方を教えてもらい、昨年は自分でも漬けてみました。大量に作ったので、ほぼ毎日食べても約1年分ありました。漬けるのに使った「酢醤油」は調味料として、酢の物や和え物で活躍。余すことなく使えました。

大阪での劇場公開の宣伝に本腰を入れなくては・・・と思った矢先の、「らっきょう漬けシーズン」到来。。。どちらを優先すべきか。。。劇場にも沢山の人に来てほしいし、一方で、今らっきょうを漬けなければ、この先1年らっきょうなしの寂しい生活が待っている・・・

やはりこれはどちらもやらねばならないのだと決心し、宣伝をしつつ、らっきょう漬けの作業も始めました。らっきょうは、薄皮をはいで、水で洗い、先端と根元を切り落とし、タオルで水気を拭いて、瓶に入れる・・・という作業を延々と繰り返すのですが、私の場合、大体1キロのらっきょうの作業をするのに、休みなくやって1時間かかります。それを6キロ分もやるのです! その間台所で立ちっ放しですから、相当疲れましたが、昨日までに、無事1年分のらっきょうを漬ける事ができました!

ラッキョウを漬けた瓶と1リットルのしょうゆのボトル
Dsc08895

この瓶に入りきらないらっきょう1キロ分は、塩水に漬ける「塩らっきょう」にしてみました。こちらは本でやり方を知ったのですが、らっきょう漬けが苦手な人でも食べやすい、ピクルスのような感じになるそうです。料理にも使えそう。

ちなみに、これで作業は終わりではなく、今週~来週あたりからは「梅」も出回ります。私は梅も大量に買い、「梅ジュース」と「梅酒」を作りたいと考えています。こちらについては、今年初めての挑戦。梅のへたをとったり、エキスが出やすいように竹串で数箇所穴を開けたり・・・と、らっきょう同様、色々手間がかかるみたい。でも、やってみたいです。

・・・さらに! 村田さんの家で夏に頂いた「赤シソのジュース」がすごく美味しかったので、こちらも梅干用の赤シソが出回るこれからの時期にまとめ買いして、赤シソのジュースも作ってみたいと思っています。疲れが一瞬で取れるような爽やかなジュースでした。こちらも、村田さんに作り方を聞こうと思います。

まさか、劇場公開前の忙しい時期と、漬け物作りの旬が重なるとは思っても見ませんでしたcoldsweats02!!

しかし今日は、映画の宣伝や漬け物作りはせずに、朝からインタビューの質問事項を考えていました。来週にインタビューがあるのですが、そのための準備です。1ヶ月前に一度質問は書き出したのですが、今日は来週のインタビューを控えて、また構成を考え直しました。今までにやったことがないタイプのインタビューなので、質問の内容、数、聞く順番など、色々と考慮しながら作りました。果たしてどんな結果になるのか・・・

ところで、5月25日(金)は「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会」(以下、平権懇)主催で、「さようならUR」の上映会を開いていただきました。平権懇で後日この日の報告をまとめられるとお聞きしているので、私の方は簡単にご報告したいと思います。

会場は「文京区民センター」
Dsc08882

当日の参加者は10名ほど。平権懇メンバーに加え、地域の再開発で30年近くURと交渉したという経験を持つ人、UR団地に住んでいる方、社会問題を取り上げる雑誌の編集の方などが参加されていました。

上映の前に大学院で住宅政策を学んだ木下さんより、戦後からの日本の住宅政策の変遷についてのレクチャーがありました。
Dsc08889

住宅政策を、国のどの省が受け持つか。これは住宅政策に大きく影響すると思います。戦後の日本では、旧建設省が受け持ち、現在は国土交通省なので、「建設」や「建築」、「箱」の側面が強く出ていると思います。なので、まちづくり、コミュニティ、福祉、ケアといった概念が薄かったり、福祉の部門を担う省とは全く連携がなかったり・・・ということが指摘されています。

しかし、木下さんの講義によると、戦前の日本では、住宅政策は「内務省」の管轄だったそうです。それが、戦後、建設省と厚生省に分かれ、福祉の度合いが薄まってしまったとのこと。

以前、オランダでは住宅政策は「環境省」が担当していると聞いたことがありました。国家百年の計として、百年先の街の姿を描きながら、現在の住宅政策を考えるそうです。環境という俯瞰的な視線で住宅政策を考える・・・。持続可能なまちづくりの必要性が近年言われていますが、「環境」という視点で住宅・街・商業・交通・自然などのバランスを考えながら、将来の政策を考えるというのは、とても良いのではないか?と思います。(歴史的な背景が違い、人口の増減が穏やかに進んだ欧州諸国と日本の住宅政策を単純に比較することは出来ませんが)。

木下さん
Dsc08891

映画上映の様子
Dsc08894

上映のあとは、私から10分ほどお話し、その後20分ぐらい質疑応答がありました。73号棟の裁判について、現在の公共住宅に関する国・自治体の姿勢について、耐震工事について、URの反応についてetcの質問をいただきました。

イベント終了後は、平権懇のメンバーの皆さんと居酒屋へ。メンバーの皆さんは、平権懇の活動以外にも、皆それぞれが様々な活動に関わっていて、それらの活動についてのお話も沢山お聞きすることが出来ました。

平権懇の皆様、映画を観に来てくださった皆様、どうもありがとうございました!

~追伸~
大阪での公開で、大阪といえば新宿2丁目のカフェ・ラバンデリアの店長・藤本さん!と思って連絡をしたら、「わては東京人やで」だってhappy01

| | コメント (0)

[jp] こんにちは、ブライアン

6~7月にかけて、東京を始め各地でブライアンの1周忌追悼上映会が開催されますが、6月16日(土)に予定されている千代田区神田神保町「路地と人」の上映会のステキなチラシを、「路地と人」メンバーの原田淳子さんが作ってくれました!

チラシはこちら(写真をクリックすると拡大します)
Briana
Brianb
チラシの原稿を頂いたときに、「こんにちは、ブライアン」と書かれてあったのが、とても印象的でした。

この点について、原田さんは

「わたし自身、ブライアンを映画の中でしか観た事がないので、亡くなったときいても実感がなくて、まだどこかに居るような気もしてます。
パーラメント・スクエアにはいなくても、たとえばイラクとかパレスチナとか、、今なら福島かもしれませんが、そんなところでやっぱりマイクロフォンをもって、子どもたちを殺すな、と叫んでいるような、、、。
なので、おーい、ブライアン、元気でやってますか?みたいな、そんな呼びかけにしたいなと思いました」


と書かれていました。

追悼上映会だけど、「こんにちは」。そんな追悼上映会って良いなと思います。

ぜひいらしてくださいね。

| | コメント (0)

[jp] ビデオアクト上映会:「森の慟哭」(5月29日)

ドキュメンタリー監督の中井信介さんより、上映会のお知らせをいただきました。マレーシア・サラワク州における、熱帯雨林の伐採に反対する先住民族がおかれている現状と活動を追ったドキュメンタリー映画「森の慟哭」の上映です。ご興味のある方はぜひ!

以下、案内文を掲載:

==================
第59回 VIDEO ACT! 上映会 ~破壊される先住民族の権利~
上映作品『森の慟哭』(2010年/45分)
監督:中井信介 制作:国際環境NGO FoE Japan

■日時:2012年5月29日(火) ■参加費:500円(介助者は無料)

■開場:18:30~ 開始:19:00~ 終了予定時刻:20:50

■上映会場
東京ボランティア・市民活動センター(03-3235-1171)
東京・飯田橋セントラルプラザ10階
東京都新宿区神楽河岸1-1
JR中央線・地下鉄飯田橋駅下車 徒歩1分

■詳しくは、以下のHPをご覧ください。
http://videoact.seesaa.net/category/6948134-1.html

■問合せ:ビデオアクト上映プロジェクト
(045-228-7996 [ローポジション気付] )
jyouei@videoact.jp

私は聞きたい。
もしも私があなたの街の銀行を破壊したら、
何が起こるでしょう?
それは私たちの現状と同じです。
森は私たちの銀行なのです。
(ダタビラ村 村長の言葉)

「森の慟哭」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=KZu01uMy-nE

マレーシアのサラワク州には、先祖代々の智恵と伝統を受けつぎ、
森の恵みに頼って暮らしてきた人々がいます。
その森からは、かつて世界中に木材が輸出され、
森林は急速に後退しました。
残された二次林も今、次々とアブラヤシ・プランテーションの
海に飲み込まれています。
開発は、森とともに生活する先住民族の権利を軽視した形で進められ、
先住民族と政府・企業の間の係争も数多く起きています。
そして日本は、昔も今もサラワクの木材の最大顧客です。

FoE Japan パーム油と森林 森の慟哭DVD
http://www.foejapan.org/forest/palm/dvd_01.html

主催 VIDEO ACT!
協力団体:国際環境NGO FoE Japan

===============

東南アジア方面を中心に取材をされている中井さんから、よく「環境に良い、クリーンなバイオエネルギー」と呼ばれ、期待されるものが、如何に現地の自然を破壊し、汚染しているかという現状を聞きます。エネルギー資源そのものは化石燃料や原発などより”クリーン”で環境負荷が少ないものだったとしても、利益追求最優先の進めかた、開発の手法などによって、現地で暮らす人々の生活を破壊し、健康被害をもたらしてしまうのではないかと思います。

|

[jp] 「さようならUR」、嶋田邦雄さんのレビュー

6月23日からの、シネ・ヌーヴォX(大阪)劇場公開に向けて、5月23日と24日はプレス試写が開催されました。その試写で「さようならUR」をご覧頂いた、ジャーナリスト・嶋田邦雄さんが映画について詳細なレビューを書いてくださったので、ここにご紹介します!
===========
 「さようならUR」の印象を、帰ってから、また繰り返し思い浮かべてみました。やはり本当に素晴らしい内容だと再確認しました。いわゆるドキュメンタリー・フィルムとは根本から違う。何処が違うんだろうと考えました。一貫してUR住宅に入居している人の目線に基礎を置いているのですが、そのURを取り巻く情況を客観的に見つめる視線も失わない。その二つのヴェクトルの交差、あるいは共存の中から、これまでのドキュメンタリーにありがちだった情緒的、あるいは無機的な“教えてやる”式のレポート様式のパターンから完全に脱却することに成功しています。

 インタビューだけでなく、ナレーションも早川由美子監督が担当していることも一つの要因ではないか、と思います。プロのアナウンサーが担当する場合はある意味で中立的な客観性を作り出すことができるでしょう。あるいは俳優が語りを受け持つと、登場人物の内面にシンクロナイズした背景を作り出せるでしょう。しかし、そのどちらとも、結果的には製作者の“教えてやる”的姿勢へと観客を誘導する要因になります。素人的な声をそのままぶつける監督の語りが、実はその両方の欠ける点を補う役割を果たしていたのではないでしょうか。

 それが最も効果的に表れたのが中央大学大学院の教授へのインタビューです。教授は実に理路整然とURを取り巻く現実を解析し、その結論として「民営化以外に解決の道はない」と言います。しかし、インタビュアーは「でも入居者は民営化で不利な立場に追い込まれるのでは」と素朴な質問を投げかけます。教授は言います。「そうです。家賃は上がる。追い出しやすくなります」――彼の言う“民営化”の正体がいわゆる市場原理主義そのものであり、強者が弱者を食いつくし踏み潰してゆく姿を“解決策”として説いていることが引き出されました。“話の分かる”ジャーナリストだったら、悪意でなくても教授の説く“合理的解決策”の論理に乗ってしまい、素人的質問を出すのを憚るかも知れません。しかし、教授の言う“合理”“論理”は重要な点をあえて排除した上に成り立っている(教授自身、それを知っているはずですが)。自分で家を作ったり、買ったりすることのできない人たち、また、自分が今住んでいるところを故郷と感じている人の“人間としての実存在”を排除している。極端に言えば、金のない人は人間ではないのです。

 
 国家の財政をURに毎年、「兆」単位で注ぎ込んでいるという。しかし、税金は本来、そのような民衆の民生、福祉にこそ投入すべきであってそれを正すのだったら、天下りや、官僚システムそれ自体の中に作り出される“白蟻”構造にこそメスを入れるべきです。

 早川さんのインタビューは今国家単位で行われている「年金」「医療」「福祉」への国家予算投入の削減の意味をも併せて考えることをさそいます。学者へのインタビューはこの教授だけでなく、建築学者も登場させましたよね。住民がやっと手に入れた高幡台団地73号棟の設計書類を検証して「もちろん耐震補強をしなくてはならない。しかし、上層部をカットするなどすればずっと安く改造する道もある」と居住者の立場に立った提案をしています。「学者」の立ち位置によって事態へのアプローチも大きく違ってくることも映像化しています。

 さらに、決定的とも言えるのは最後のUR理事長への歩きながらのインタビューです。表面的には紳士的に答える理事長もその答えの内容はいわゆる官僚的逃げ口上でした。肝心な点を突かれると「正式な取材ではないからお答えする必要はありません」。

 それに対し早川さんの「何度もインタビューを申し込んでいるのに対応してもらえないのはなぜですか?」――このシーンはかつて新聞社に籍を置いた私にとって、痛い、痛いシーンです。新聞社あるいはテレビ局などでしたら取材は受け入れられ、応接室でのインタビューにも応じてもらえたことでしょう。しかし、その場合、多くは“話の分かる”対談しか表に出せないでしょう。肝心なところではミニコミなどを排除してきた(している)この国のジャーナリズムがツケを払わなくてはならない時点へ来ているのだという衝撃を受けました。

 私自身、かつてやっと抽選に当たって大阪・枚方市の香里団地に入ったことがあります。それまでのボロ木賃アパートに比べてなんと違っていたことか。いい点も悪い点も含めて。酔っぱらって帰り着く時など、巨大なコンクリートの機械の中に飲み込まれるような言い知れぬ恐ろしさに襲われる反面、そこをいつの間にか故郷と感じている自分にも気づき、不思議な気分になったものでした。

 転勤で公団住宅住まいは卒業しましたが、その経験が映画「さよならUR」により大きな親近感を与えたのかもしれません。

 とにかく新しい可能性を秘めた映画と言っても決して誇張ではないと思います。ありがとうございました。

 2012年5月24日   嶋田邦雄
===========

私は6月23日の公開にあわせて大阪に行くので、先日の試写へは行けなかったのですが、でも、試写でご覧になった方からこのような反響を頂いて、とてもうれしいです。どうもありがとうございました!

| | コメント (0)

[jp] プリンタ解決!

先日、プリンターは壊れていないのに、メーカー側がWindows7に対応したドライバーを作ってくれないので、使えなくなってしまったと、このブログに書きました。

ドライバーが対応していないからプリンターが使えないというのには、やはりどう考えても納得が出来なかったので、今朝からネットで解決策を探しました。

とりあえずは「プリンター ドライバー Windows7」などのキーワードで検索。すると、私と同じ問題を抱えつつも、それを解決したという人のブログを発見。

「Windows 7 導入日記2 64bit版プリンタドライバ非対応の悲劇?」

やっぱりいるんだ~、同じ問題を抱えている人! そりゃそうだよな~と思いつつ、一体どうやって解決したのかを読みます。要は、同じメーカーで、Windows7に対応したドライバーのある、似たような機種のドライバーをインストールして、パソコンのプリンターとして設定する、ということでした。

私も同じように自分のプリンターを接続してやってみることにしました。画面には20ぐらいの機種が表示されましたが、私のは相当古いらしく、似たような機種名・数字のものがみつかりません。。。

でも、いくつか選んでドライバーをインストールすると、中には私のプリンターが反応するものもありました!

しかし、反応はするけれども、データは正しく送ることが出来ないようで、機種によっては白紙の紙がそのまま何ページも出てきたり、もしくは文字化けした文字が1行印刷されるだけだったり、という状態。

・・・でも、まるでだめだったときに比べたら一歩前進です!

画面上に表示される全ての機種を試してみましたが、結局はきちんと反応してくれるものがひとつもありませんでした。あ~あ。。。

なので、今度は「プリンター ドライバー Windows7」という検索ワードではなく、もっと具体的に、私のプリンターと全く同じものを持っていて、なおかつWindows7インストール問題を抱えているケースを探すことにしました。

「HP PhotoSmart P1000 Windows7 driver」で検索します。

・・・すると、あったのです、私と全く同じケースが!!! たどり着いたページは海外のウィンドウズ7に関するフォーラムでした。

質問者:
HP Photosmart P1000 driver

I've got a HP Photosmart P1000 printer since several years ago. I'm happy with it (I don't need/want to buy a new one) but HP no longer supports it. The latest drivers are from 2003 (for windows XP x32).

However I got it to work in Vista x64 using the drivers for HP deskjet 930C which were listed in 'add printer' wizard (add printer > add local printer > USB001 > choose brand and model); so I've tried the same method in W7RC x64. The problem is that the HP DJ 930C driver is not included in Windows 7.

I can't download that driver from HP's web because it's only available in Windows Vista (I mean the driver is included in Vista but it's not accessible as a standalone driver).
Any idea or workaround?
Thanks in advance

そしてそれに対する回答(フロリダから!):
If during the add printer process you select Windows Update, it will return an additional list of printers including the 930c. It will take upward of 10 minutes to get a response back from Windows update and during this time it seems like the Window is frozen but it is not. Be patient.

なるほど~~~! プリンターの候補一覧は、主だったものしか表示されていなかったわけで、ウィンドウズ・アップデートを選択すれば、もっと沢山のプリンターを表示してくれるわけなんですね。

早速その通りにやってみます。ウィンドウズ・アップデートでは回答者が書いている通り10分ほど待ちました。

やがてプリンターの一覧が表示されて、以前は10ほどの大手メーカー、HPは20ぐらいのリストだったのに、今度は、聞いたこともないようなメーカーまで、そしてHPに関してはちゃんと数えていませんが、ざっと見たところ100~200ぐらいはありそうな感じで、探すと「930c」がありました!

「930c」をインストールしてみると・・・

なんと、正常にテストページが印刷され、ネットやドキュメントの文書も問題なく出来るようになったのです!!!!!!!!!!!!!!!

私のデスクトップパソコンから印刷できるのであれば、今まで起動するだけで10分近くかかっていたノートパソコンでの作業よりずっと楽になります。

もっと早くに調べていたら・・・と今まで無駄にしてきた時間を恨めしく思いましたが、でも、現役のプリンターを使い続けられることになって、うれしいです。

パソコンのアップグレードで使えなくなってしまった機器がある方は、ぜひあきらめないでネットなどで解決策を探ってみてください!

<追伸>先日の酒田地方の方言の回答が届きました
(左から「方言」、「私の回答」、「正解」です)

①おぼげだ=驚いた(たまげた?)=正解、びっくりした
②こちょびで=くすぐったい正解
③しょす=ちょっとはずかしい
④やばちっ!=やばい冷たい、ぬれて冷たい、手や足に雨水がパシャンとはねて「やばちっ!」
⑤めじょけね=なさけないかわいそうだ
⑥しぇばの=ではまた正解(笑)
⑦たがぐ=(値段が)高い=持つ
⑧ちゃっちゃど=さっさと=正解
⑨もっけだの=もうけもの=申し訳ないのお、ありがとの、感謝です
⑩めんごい=かわいい=正解

| | コメント (0)

[jp] 伴奏じゃない!

昨日、私は家で田植え、いや、チラシに上映会情報を印刷した紙を貼り付ける作業をしていたと書きましたが、その作業をしながら、これまでに頂いたCDを聴いていました。

上映会や映画祭などで知り合った方から、その人が制作または関わった映画のDVDを頂く機会が一番多いのですが、時々音楽をされている人から、楽曲の入ったCDを頂いたり、ナレーションを生業とする方から、ボイスサンプルの入ったCDを頂くこともあります。「気に入ったら、次回作の時に声を掛けて」と、そんな風に言っていただくこともあるのですから、本当にうれしいですし、感謝です。

私は町を歩いていて、路上で演奏をしている人がいれば、必ず立ち止まって聴きますし、少しでも良いと思ったらCDも買います。「趣味=青田買い」ですhappy01。なので、こうして音楽のCDをいただけるのが、とっても楽しみなのです!

映画だと、何かの作業をしながらは観れないので、なかなか観ることができずに山積みになってしまっているのですが、CDなら手を動かしながら、画面を見なくても聴けるので、この日は主にスタジオミュージシャンとして活動されている方から頂いたサンプルCD2枚を聴きました。

A4の紙両面にずらりと書かれたこれまでの経歴を拝見すると、主にテレビドラマの伴奏が多いようでした。インストルメンタルで、悲しげな曲、朝を感じさせるさわやかな曲、オルゴール風の曲、ロックテイストの曲・・・

幅広いバリエーションと、映画を邪魔しないように配慮された伴奏タッチの楽曲、そしてそつなく弾きこなす技量。非の打ち所はありませんでした。

・・・でも、聴きながら、私はなぜか寂しいような気持ちにもなっていました。私にとっては音楽は、映画のシーンの”伴奏”などではなく、邪魔しないように遠慮して演奏されるようなものではなく、その音楽だけで成立する圧倒的な世界を持っていてほしい!と思うからです。

私は、私自身の編集方針として、「隙間を埋めるための音楽なら要らない。無音でいい」と思っています。なので、基本的には音楽は必要ないのですが、時々すごく気に入った曲に出会うと、その曲は私の編集にまで作用してくるのです。その曲がないと、このシーンは完成しない・・・というぐらいに。

私が映画をやっているから伴奏音楽のCDをくれたのだと思いますが、私としては、映画に使われる音楽だからと、伴奏音楽ではなく自分の気持ち&ベストを詰めた曲のCDのほうを持ってきていただきたかったのに! 次回からはぜひそうお願いしたいです!!

映画の邪魔をする・しないという発想ではなく、ただそのときの自分の気持ちを曲で表現したかった・・・そんな気持ちで作られた音楽の方が好きです。ジャンルも、映画だからと限定せず、何でもありだと思います。ファンク、パンク、ノイズから、クラシックや演歌、即興、鼻歌までhappy01。個性が強すぎる、映像で使うには難易度が高いであろう音楽でも、それを自分の中でどう使うか、使えるのか、私にとっての楽しみであり、挑戦でもあるのです。

お勧めミュージシャン、楽曲などありましたら、いつでも情報お待ちしています!!

| | コメント (4)

[jp] 私にとっての「田植え」

これまでこのブログ上でも時々言及してきましたが、私の古くて重く、動作が異常に遅いノートパソコンですが、つい先日、ついに電源が入らなくなってしまったのです!!

ほとんどの作業はデスクトップのパソコンでやっているのですが、そのノートパソコンも現役で、大事な役目を担っていたのでした。

というのも、私が使っているプリンター(HP製)もかなりの年代ものなのですが、そのプリンターは古すぎて、ウィンドウズ7には対応していないのです。なので、ウィンドウズXPが入っているそのノートパソコンで、これまで印刷作業をしてきました。それが、動かなくなってしまったとは・・・

メーカーにも問い合わせをしたのですが、私が使っている機種のドライバーの対応はウィンドウズビスタまででやめてしまった、なのでウィンドウズ7では無理とのこと。。。

プリンターとしては全く問題なく使えるのに、メーカー側がドライバーを対応させてくれないからパソコンと接続できない、買い換えるしかないなんて・・・

こんな”非エコ”ありますか!!! 企業はエコをうたい文句にするなら、省エネプリンターを買わせるのではなく、これまでに発売した製品を、きちんと最新のパソコンでも使えるようにドライバーを対応させてほしい!

一体、”ドライバー”とはなんなのか。自分でドライバーのプログラムを作ることは出来ないのか・・・? などと考えているところですが、とりあえず当面の印刷作業をどうするか考えなくてはいけません。ちょうど、これから5~7月初旬にかけての上映会で、今後の上映会情報を印刷したチラシを配りたいと考えていたところでした。

自宅のプリンターが使えないのであれば、コンビニで印刷して、それを貼り付ける・・・?

考えるだけで大変そうな手作業ですが、でも今週末から週1ぐらいのペースで上映会は続いていくし、とにかく今はそれでやるしかない。

そう考えて、上映会情報をワードで作り、それを沢山貼り付けたものをコンビニで印刷し、短冊状に切って、のりで貼り付けることにしました。
Dsc08875

1枚ずつノリをつけて、チラシの裏面余白のスペースに貼り付ける。。。果てしない単純作業が延々と続きます。
Dsc08879

全部で160枚をやり終える頃には、もうお昼の1時を回っていました!
Dsc08881

ノリがくっつくといけないので、広げてしばらく乾かします。布団の上いっぱいに広げられたチラシの群れ(?)を見て、(これは、私にとっての「田植え」だわ)と思いました。一つ一つ手作りで、苗を植えていくような作業。映画を沢山の人が見てくれますように、と願いながら。。。

午前中いっぱいかかった、この超ハンドメイドな作業でかなりぐったりしましたが、お昼ご飯を食べた後には、メールをチェックしました。

昨年の鶴岡の上映でお会いした、農家の富樫勝彦さんからメールが届いていました。今ちょうど田植えのシーズンで、田植えの作業をしていたらとても景色が綺麗だったからと、ご自分の田んぼの写真を送ってくれたのです。
Dscn707510

真っ青な空、そしてそれに呼応するように真っ青な田んぼ・・・

私は自分のチラシがずらっと並んだ様子を田んぼのようだと思いましたが、本物の田んぼは全然違う!と愕然としました。田んぼって、こんなに綺麗なのか。。。普段、私の家は都心からずいぶん離れたところにあるので、家の周りにも畑はかなりあるのですが、さすがに田んぼは見かけないので、あらためてすごく綺麗な景色なんだな~と思いました。こんな景色の中で作業をしていたら、疲れも吹き飛ぶのでは?と思うのですが、やはり毎日見ていると疲れるものは疲れるのかもしれませんが・・・!

メールの文末に「しぇばのー」と書いてあり、方言だろうとは思ったのですが、聞いた事がなかったし、ネットで検索しても分からなかったので、質問したところ「それでは!」という意味なのだそうです。私はその語感から「冷えますね」とか「寒いですね」的な意味かと思っていたのですが、大ハズレでした。(・・・というか、こんな晴天の写真で「冷えますね」は、よく考えたらおかしいのですが・・・)

さらに、方言のクイズを頂いたのですが、うーーーん、答えを教えてもらった「しぇばのー」以外、はっきりと分かるものがほとんどありません。。。

方言が書かれた暖簾(富樫さんからの写真)
Dscn975110

以下、推測で書いてみた私の答えです。

①おぼげだ=驚いた(たまげた?)
②こちょびで=くすぐったい
③しょす=ちょっと
④やばちっ!=やばい
⑤めじょけね=なさけない
⑥しぇばの=ではまた
⑦たがぐ=(値段が)高い
⑧ちゃっちゃど=さっさと
⑨もっけだの=もうけもの
⑩めんごい=かわいい

現在、富樫さんからの答えを待っているところですが、果たしてどれだけ正解があるでしょうね・・・???

| | コメント (0)

[jp] MBCストライキ 記者・金至京さんインタビュー動画

先日よりこのブログでお伝えしてきた、韓国の公営放送・MBCで記者として働き、現在は「公正な報道」を求めて3ヵ月超のストライキに加わっている、金至京(キム・ジギョン)さんのインタビュー動画を公開しました! 日本語字幕つきです。ぜひご覧ください!

動画はこちらから。

======================
2012年1月30日より、韓国の公営放送局・MBCの労働者たちは、公正な報道や社長の退陣を求め、全面ストライキを行っている。李明博政権以降、政権は既存の放送局に­政府系の人物を送り込んで放送を掌握し、政権に不利な情報の報道が阻止されているからだという。

韓国では現在、MBCの他、テレビ局2社、新聞社1社、通信社1社も、同様の理由からストを行っている。韓国のメディアで、今何が起こっているのか? ストライキに参加するMBCの記者、金至京(キム・ジギョン)さんにインタビューを行った。

MBC組合のウェブサイト:www.mbcunion.or.kr
MBC組合のYouTubeチャンネル:mbcunion2012

2012年4月25日MBC本社にてインタビュー撮影
インタビュー・翻訳:早川由美子
協力:安田幸弘(レイバーネット日本)、Paul Wright
======================

なお、このインタビュー動画の作成にあたり、レイバーネット日本の安田さんと、イギリスのポールに大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます!

| | コメント (0)

[jp] さようならUR、大阪劇場公開決定!

これまで約1年間、各地で上映していただいた「さようならUR」ですが、おかげ様でこの度、初めての劇場公開が決定しました!

大阪のシネ・ヌーヴォXにて、6月23日~7月6日までの2週間上映されます。関西圏では初めての上映、そして映画館での上映も初めてです。

ぜひ、多くの方にご覧頂きたいと思っています。関西方面にお知り合いがいらっしゃる方は、ぜひ上映についてお知らせくださればうれしいです! ウェブサイト、ブログ、ツイッター、新聞、雑誌などでの情報掲載・拡散にもご協力くださいませ~。

大阪での劇場公開情報を印刷したチラシを大量に印刷しましたので、もし関西方面で、住宅・貧困・高齢者・まちづくりなどに関わる方、団体、大学の先生などいらっしゃいましたら、ぜひ映画のチラシ配布・設置にご協力ください! (「この団体に連絡してはどうか?」などの情報も歓迎です)

劇場公開の情報については以下です。
================
上映期間:2012年6月23日(土)~7月6日(金)
映画館:シネ・ヌーヴォX(大阪市西区九条1-20-24)
映画館ウェブサイト:
http://www.cinenouveau.com/
上映開始時間:
①6/23(土)~6/29(金)15:30/19:30の2回上映
②6/30(土)~7/6(金)11:00/17:25の2回上映
なお、公開初日から6月26日までは、監督も劇場に行きます!(監督舞台挨拶あり)
映画のウェブサイト:
http://www.petiteadventurefilms.com/goodbye_ur.php
================

普段、なかなか関西に行ける機会がないので、映画の上映、そして大阪への訪問をとても楽しみにしています。このブログを読んでくださっている方で、関西方面にお住まいの方がいましたら、現地で会いましょう~!!(ワタシは釜ヶ崎に宿泊予定ですhappy01

また、大阪でも住宅問題などについて色々見聞きしたいと思っています。情報やアドバイスもお待ちしています!

今からとても楽しみです。初めての劇場公開、がんばります~!!

| | コメント (0)

[jp] ブライアン・各地の追悼上映会

早いもので、昨年6月18日にイギリスの平和活動家、ブライアン・ホウが亡くなって、1年になろうとしています。平和を求め、10年以上イギリスの国会前の広場、パーラメント・スクエアで抗議の声をあげ続けたブライアンの遺志を語り継ぐため、6月~7月にかけて各地での追悼上映会が予定されています。追悼上映会では、「ブライアンと仲間たち」本編の上映のほか、会場によっては特別映像の上映や監督トークなどが予定されています。ぜひ、お近くの会場にいらしてください。

<各地の追悼上映会(開催日順)>

①6月9日(土)18:30~
会場:小金井市公民館本館4F視聴覚室(東京・小金井市)

②6月16日(土)18:00開場、18:30開映
会場:路地と人(東京・千代田区)

③6月18日(月)ブライアンの命日 19:00開場、19:30開映
会場:from Earth Cafe OHANA(東京・世田谷区)

④6月24日(日)開場:12:30~、開映13:00~
会場:space & gallery rikka(愛知・名古屋市)

⑤7月14日(土)19:00~
会場:福岡市NPOボランティア交流センター・あすみん(福岡・福岡市)

その他の地域の追悼上映会は、決定次第ウェブサイトに掲載します。各上映会について、詳しい内容はウェブサイトをご覧ください。

| | コメント (0)

[jp] おそらく本邦初?!「住まいは人権デー映画祭」!

国際的に「住まいは人権である」と確認されたトルコ・イスタンブールの第2回国連人間居住会議(1996年6月14日)以降、毎年6月14日を「住まいの人権デー」として、世界的に住まいの人権に関するイベントが行われているそうです。(あまり知られてはいませんが・・・)

日本でも、来る6月10日(日)に、東京・新宿区の「保育プラザ」にて、「住まいは人権デー映画祭」が開催されます! 「住まいの人権」をメインテーマに掲げた映画祭、これまでに聞いたことがありません。もしかして本邦初?! 私の「さようならUR」も上映されます。住まいの貧困問題に関わる人々によるトークセッションもあります(私は住まいの貧困当事者兼映画監督として登壇coldsweats01)。長引く不況、リーマンショック派遣切り、東日本大震災、原発事故・・・と、日本の住まいの貧困状況は「待ったなし」の状況になっています。

ぜひ映画祭にいらして、住まいの貧困、住まいの人権について一緒に語り合いましょう!

以下、イベントの詳細です。

*****************
 2012年「住まいは人権デー」映画祭
   住まい、つながり、ささえ合い
*****************

日時:2012年6月10日(日) 午前11時~午後5時(開場10時30分)
場所:新宿区・保育プラザ・2階研修室 (新宿区納戸町26-3)
(都営大江戸線・牛込神楽坂駅徒歩8分、 JR市ヶ谷駅徒歩15分)
 http://www.hoiku-zenhoren.org/about/info.html

参加費:無料(可能な方は500円のカンパをお願いします)

1996年6月、トルコのイスタンブールで、第2回国連人間居住会議が開催され(日本を含め171カ国が参加)、会議の最終日の6月14日に「住まいは人権」が確認されました。
「人間にふさわしい住まいは、命の安全、健康、福祉、教育や本当の豊かさ、人間の尊厳を守る基礎であり、安心して生きる社会の基盤である」と高らかに宣言されたのです。

今年は6月10日(日)に「住まいは人権デー・映画祭」を開催し、住まい、つながり、ささえ合いについて考えます。
みなさまお誘いあわせのうえ、ぜひお越しください。

〔第1部〕 11:00~12:30

★映画『さようならUR』(早川由美子監督)
耐震問題で揺れるUR(旧住宅公団)の団地。生活基盤の住居が足元から揺らぐ…
山形国際ドキュメンタリー映画祭2011・スカパー!IDEHA賞受賞作品
http://www.petiteadventurefilms.com/goodbye_ur.php

〔第2部〕 13:20~17:00

★特別報告:「被災地の路上から」 ビックイシュー基金

★短編映像上映~東日本大震災と仮住まい

(1)仙台長町仮設住宅・・・元漁師の中沢さん夫妻が語る。
(2)仮設住宅の寒さ対策工事・・・仙台あすと長町の鈴木良一さん(自治会長)のお話。
(3)建築家・伊東豊雄氏が語る・・・「みんなの家」と仮設住宅の居住環境。

★映画上映:『渋谷ブランニューデイズ』(遠藤大輔監督)
やむなき事情で野宿の身となり、渋谷区役所の駐車場で寝泊りする人々。
逆境の中で、互いに支えあいながら生きるささやかなコミュニティを1年半にわたって追った、夢と希望のホームレス・ムービー!
http://www.shibu-bra.jp/

★パネル・ディスカッション 「映画、映像から考える人間の尊厳と住まい」

パネリスト:遠藤大輔(映画監督)、早川由美子(映画監督)、森川すいめい(NPO法人TENOHASI/世界の医療団、精神科医)、坂庭国晴(住まい連代表幹事)
司会・進行:稲葉剛(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事)

〔開催団体〕
住まいの貧困に取り組むネットワーク、日本住宅会議、国民の住まいを守る全国連絡会(住まい連)

〔連絡先〕
NPO法人住まいの改善センター
℡03-3837-7611 fax03-3837-8450

| | コメント (0)

[jp] 今週末!あいち平和映画祭

2010年に「ブライアンと仲間たち」を上映していただいた、あいち平和映画祭が今週の土曜日・19日に名古屋のウィルあいちホールで開催されます!

お近くの方はぜひ~!

上映作品やタイムテーブルなどは、ウェブサイトよりご確認ください。

| | コメント (0)

[jp] 一日がかり~

先日このブログで、現在チラシを修正中と書きましたが、ほんの少しの修正でさらっと出来るだろうと、私&友人ともに考えていたのですが、お互いのスケジュールや、修正を加えたことで起きる他の箇所への影響、そして久しぶりの印刷入稿のため細かいことを忘れてしまった(印刷所に入稿するPDFのバージョンや適応する圧縮ソフトect)で、データのやり取りをしたり、印刷所に問い合わせしたりをしていたら、何だかんだで木曜日に始めて今日、この時間までかかってしまいました! (土日は遊びに出かけてしまったので、何も出来ませんでしたがcoldsweats01) 

さきほど無事入稿や支払いを済ませて、あとは校正原稿が届くのを待って確認し、その後本印刷ということになります! 多分1週間後ぐらいには、新バージョンのチラシが出来上がっているはずです!

昨日からは、このチラシ作業のやり取りをしながら(作業をしてくれているのは主に友人でしたので)、MBCストライキの記者にインタビューさせてもらった動画の、日本語字幕翻訳作業をしていました。45分のインタビューでしたが、エクセル上で日本語に翻訳する作業は昨日終わりました。

今朝は、インタビューに入る前のイントロ部分をまず作り(スライドショー写真とテロップで簡単にMBCストの背景を説明)、それから翻訳した日本語をひとつずつ埋めていく作業を始めました。

さすがにこちらに関してはボリュームがかなりありますので、今日はチラシと平行しながら作業をずっとやっていたものの、現在4割ほどまで進んだところです。完成までにはあと1日はかかるでしょう。

このビデオ作成には、私もかなり気合が入っており、イントロ部分も日&英にして、全編バイリンガルになるようにしました。さらに、日本語の字幕について、事実関係に間違いがないかというレベルのチェックをレイバーネットの安田さんにお願いしました。完成してから安田さんに見てもらうので、まだ渡せていないのですが、近日中には私の方で完成させ、安田さんに送ろうと思っています。

インタビューを聞き返してみて、改めてMBC記者・ジキュンさんの公正な報道を求めて闘うジャーナリスト魂に心を打たれ、私としても(色んな作業が山積みなのですが)、このインタビュー動画の完成を今の第一目標に、早く仕上げたい!と思っているのです。明日~あさっての午前中までにかけては、また打ち合わせや海外から一時帰国中の友人と会ったり等で出かけてしまうので、作業が出来ないのですが、その後はまた集中してやろうと思っています。完成が待ち遠しいです!!

※追伸※

パーラメント・スクエアから寝泊りの道具(テントや寝袋等)を奪われてしまい、スーパーのビニール袋をかぶって夜を過ごしているとお伝えしたマリアですが、現在は、日中はパーラメント・スクエアにいて、夜は野宿者用のシェルターで寝泊りしているそうです。。。

マリアの姉や、マリアの娘宅に身を寄せることも出来なくはないのでしょうが、姉は現在破産して郊外のトレーラーハウスで暮らしていて、娘さんはなかなか抗議活動を止めないマリアに腹を立て、現在は余り連絡を密にとっていないそうで、シェルターの方がかえって居心地よいのかな?と想像しています。郊外の住宅地より、シェルターの方がロンドン市内で移動も楽でしょうし・・・。でも、微妙だなぁ・・・。

現在はバーバラだけが夜通しパーラメント・スクエアにいるのでしょうか? バーバラについての情報が分からないので、今度マリアに聞いてみようと思います。

| | コメント (0)

[jp] 待ちが肝心!

先日、ポールの「Brian」の翻訳が終わったので、前倒しでMBCストライキの記者・ジキュンさんのインタビュー映像の翻訳を始めることにしました。

昨日、テープのキャプチャ作業は終えていたので、今朝からはインタビュー内容の書き起こし作業。インタビューは英語でしたが、ところどころ韓国語での会話が混じっています。でも、韓国語の会話は、ジキュンとドヨンの間で「これ、英語でなんていうんだろう?!」的な相談がほとんどですので、そういう部分は書き起こしから省きました。

今日、自分のインタビュー内容を見ていて、”沈黙にガマンできない自分の姿”にイライラしていました。自分が質問をして、相手が考えているのに、畳み掛けるように、違う言い回しで同じ質問を繰り返しているのです。多分、沈黙=質問の意図が伝わっていないと勘違いして、私は質問を繰り返したのでしょうが、ビデオを見れば、ジキュンが質問は理解した上で、どういおうかと考えて黙っているのは明白です。

しばしば、話し始めようとしたジキュンをさえぎってまで、質問を繰り返す自分の姿に、(嫌だわ、これ・・・!)と思ったのでした。

普段、日本語のインタビューならば、質問は1度すれば繰り返す必要はない(あいまいな質問の仕方をしたわけでもない限り)ですが、英語で質問をしていると、(ちゃんと伝わったかしら? これで意味が通じるかしら?)という自分の中での自信のなさが、言い回しを変えながら何度も質問を繰り返すという行動に表れているのだと思います。

質問の意味が分からなければ聞き返されるのですから、一度質問を投げかけたら、相手が話し始めるまでじっと待つ・・・。これを心がけて今後はインタビューをしようと思いました。

45分の話しっぱなしインタビューのボリュームはかなりあって、書き起こし作業にも時間がかかりました。休憩を挟みながら6時間ぐらいかけて、夕方にやっと書き起こしを終えました。

このペースだと、書き起こした英語の原稿を日本語へ翻訳するのに1~1.5日間、映像データの中に日本語字幕を埋め込む作業が1~1.5日間程度かかるかな?と見積もっています。

来週中にはネットに公開できれば理想ですが!!

| | コメント (0)

[jp] 3行に3時間・・・

昨日までは、翻訳作業がスムーズに運んでいて良かったのですが、今日の作業はどれだけ時間がかかるのか予測しづらい作業でした。

というのも、「さようならUR」のカラーチラシを、去年の今頃8000枚印刷しましたが、約1年たってその在庫がほぼなくなり、新たに増刷する予定で、その際に内容をリニューアルしたいと思っているのです。

例えば、現バージョンには作品の長さが入っていないのですが、これは複数の人から「入れたほうが良い」と言われたので入れたいと思いますし、山形での受賞の件も盛り込みたいですし、なにより、作品紹介部分の表現を変更したかったのでした。

作品の長さや受賞の情報はOKでしたが、問題がこのあらすじの表現。特に最後(シメ)の3行の言い回しをどうするか・・・。

これで悩みに悩み、今日の午前中、3時間もかかったのです! 3行のために3時間!! ずっとパソコンの前に座って原稿を眺めても良い案が浮かばないので、声に出して読んだり、まっさらのページに書き始めたり、お茶を飲んだり、部屋の中を歩いたり・・・

なんとかお昼ごろには(これで行こう!)という言い回しにたどり着き、レイアウトのデザインを担当してくれている友達に作業原稿を送りました。

”これぐらいの分量ならこれぐらいの時間”と、あらかじめ作業時間が見積もれるような仕事は良いけれど、アイデアをひねり出すとか、表現や言い回しを考えるような作業は、頭が冴えて絶好調の時なら数分で出来るでしょうが、そうでなければ何時間かかっても頭に浮かんでこなかったりして、見積もりが難しいですね・・・

こういったタイプの作業は、予定が詰まっているときには大変・・・coldsweats01

午後からは、例のMBCテレビ局で、ストライキに参加している記者の方にインタビューさせてもらったビデオの、キャプチャ作業をしました。インタビューは大体45分ほどでした。

その後には続いて、ソウル女性映画祭での、上映後Q&Aのキャプチャ作業。こちらは30分弱。

私のカメラはミニDVテープなので、キャプチャには、撮影素材と同じ時間がかかります。(1時間の撮影素材なら、キャプチャ時間も1時間)。その間、確認のために音量を大きくして(何らかの理由でカメラが止まったり、キャプチャが停止したりするかもしれないので)、台所で豆腐の裏ごしやら島ラッキョウの薄皮剥きとか、時間のかかる手作業をしながら時間をつぶしていました。

2時間弱でキャプチャが終了。ソウル女性映画祭のQ&A素材は、Docupurnが海軍基地反対運動のドキュメンタリー作家インタビュー企画で、私のインタビューの際に一部(30秒~1分ほど)使いたいということでしたので、部分的に抜粋して書き出しをし、現在は無料のオンラインデータストレージに転送しているところです。(そうすれば相手側は私の動画データをダウンロードして使うことが出来るので)

うちは光回線ではないので、400MBほどのデータをアップするのに、やたら時間がかかります。なので、その間ブログを書いているのでしたhappy01

明日からはMBCテレビ局記者のインタビュー映像の翻訳作業をします!

| | コメント (0)

[jp] ブライアン最新映画の日本語字幕

先日、ソウルの旅についてブログを書き終えてから、次に私が取り掛かったのは、イギリスのポールが作った最新映画「Brian」の日本語字幕翻訳でした。

6~7月にかけてのブライアン追悼上映で、「ブライアンと仲間たち」と合わせて上映してもらう、15分の短編作品です。

15分とはいえ、ほとんどが会話で占められているので、ボリュームは結構あるし、翻訳後にそのデータを入れ込んでいく作業もそれなりに時間がかかる・・・と考えて、私としては5日~最大1週間を見積もっていました。出来れば、今週末のガガライブまでに終えたい!と、気合を入れて昨日から翻訳を始めました。

・・・ところが、予想した以上に翻訳がサクサクと進み、なんと昨日1日で翻訳作業自体は終わってしまったのです!! 今日は朝から翻訳したデータを動画上に埋め込んで行ったのですが、会話の息継ぎや間の取り方も、これまでの翻訳で体がコツを覚えたようで、カーソルをちょうど良い位置で止めることができ、こちらもどんどん進んで、4時ごろには終了してしまいました!!! 2日間で翻訳→入れ込み作業が終了したなんて!!! 段々スピードアップしてきたようです!

スイスイ進んだとはいえ、他言語への翻訳を意識しないで作られた作品に、日本語字幕を入れていく作業は結構大変でした。会話がバンバンなされているのに、画面の端っこにはキャプションも入っているし・・・と。

なので、ポールからはキャプションを全てはずした状態のデータも送ってもらい、日本語版作成時には、入れやすいタイミングでキャプションを表示したりして工夫しました。

翻訳をしながら、ブライアンのことをすごく懐かしく感じていました。私が自分で作った映画「ブライアンと仲間たち」は、映画として全体をまとめることを意識して編集をしたので、ブライアンの日常的なさりげない会話、平和活動とかけ離れたやり取りなどは、全体のストーリーから外れてしまうので(それでなくても時間的制約もあるし)、どんどんそぎ落としていったのです。ブライアンのことを全く知らない人&平和活動や座り込みにもなじみがない人でも、この映画を観れば一通りのことが分かるように・・・と思ってまとめたからです。

でも、ポールの作った「Brian」は、ポール自身が映画にするつもりなく撮り続けていたもので、世間話をしているブライアンの傍らにい続けて、さりげなく記録したものをつないだ作品なので、この作品だけを観るとパーラメント・スクエアの活動全体を理解するには難しいのですが、でも、ブライアンの人柄、彼独特のユーモアのセンスというものが、ものすごく伝わってくるのです。

また、ポールが編集で選び取ったさりげない会話は、私の英語力では聞き取れなかったものも多くて(なので、私が編集していたとしたら、会話が理解できないため面白そうではないと思って選ばなかったかもしれません)、ポールから送られてきた英語の書き起こしを読みながら、独特の言い回しや上級の言葉遊びがされていたことを知って、改めて(面白いな~)と感心したのでした。

例えば、パーラメント・スクエアでの抗議活動を規制するためSOCPA法が導入され、そのほうに基づいて警察官が抗議活動参加者を逮捕していたとき、ブライアンはメガホンでこう叫びます:

"In the 1930's they dragged away the people who dared to speak up against Hitler. And today in Blair's Britain in 2006 on my pulpit in our church service. I confound and condemn our metropolitan police who behave as the people did in Hitler's Germany."

"on my pulpit in our church service"の部分、結局単純化して訳してしまったのですが、ブライアンがここで使ったこの表現には、様々な想いがこめられています。church serviceとは、クリスチャンの場合は(イギリスのクリスチャン限定かもしれませんが)、二人以上の人が集まれば、それはどんな場所でも礼拝の場となる、とされていて、SOCPA法のもとで抗議活動をするために人が自然に(無許可で)集まるのは違法でも、宗教的な礼拝のために人が集うことは許されている、とSOCPA法の抜け道(法で取り締まることの限界)を示唆しています。

もうひとつは、パーラメント・スクエアと、そこで声を上げる人々を、ブライアンにとっての教会・礼拝・司祭になぞらえ、権力者といえどもその神聖な場所を侵すことは出来ない、という比喩でもあります。

さらに、ブライアンがこの言葉を発したそのときは、SOCPA法が施行された直後で、本当に沢山の逮捕者が出て、無許可の抗議活動をすることはかなりの確率で逮捕されることを意味し、抗議活動の参加者たちは抗議の声を上げるべきとは思いつつも、実際はかなりおびえきった空気がパーラメント・スクエアに漂っていたのだそうです。その、神経のぴりぴりする状況の中、ブライアンがこの発言をしたとき、その場にいた人たちはとてもドラマチックに感じたそうです。

・・・と、こんなにも色んな思いの詰まったこの言葉を、10数程度の文字で表すことなんて不可能!!って思って、結局単純化してしまったのですが(複雑に表現するとかえって分からなかったりするので)、プロの翻訳者だったらどう訳すのか、とても興味のあるところです!

「ブライアンと仲間たち」を観たあとに、ブライアンの思い出話なども交えながら「Brian」を観たら、きっとすごく面白いと思います!

以下は、編集画面から切り取った静止画像
Paul_brian_film_still1

Paul_brian_film_still2

Paul_brian_film_still6

あと、「Brian」のなかには、ブライアンを撮影している私の姿もかなり映っているのです!! 「ブライアンと仲間たち」では私自身は声でしか登場しませんが、こちらでは私がブライアンと会話したり、カメラを回したりしているのが写っています。なんか不思議・・・
Paul_brian_film_still5

追悼上映会で、この映画が上映されるのが楽しみです!

「Brian」の翻訳が終わったので、今度はソウルのMBCテレビ局スト・インタビューの翻訳を始めます。こちらは45分のインタビューなので、結構時間かかりそう・・・。がんばります!

| | コメント (5)

[jp] GWの写真など

雨続きのGWでしたが、皆様はいかがでしたか? 私はソウルから戻ったばかりだったので、旅行などはせず、都内のイベントに出かけていました。写真を中心にご紹介します。

<5月4日>
6月18日、ブライアンの命日の日に追悼上映会を計画してくださっているにっしぃさんと、三鷹の心泉茶苑でランチをしながら打ち合わせをしました。
Dsc08486

ここの酵素玄米ランチ、美味しいです! 中国茶もついています。
Dsc08485

打ち合わせといっても、ほとんど上映会以外の話だったのですがcoldsweats01・・・

夕方からはなかのZEROへ、根来祐さんの最新作「らせん」の初上映を観にいきました。会場には本田さんや金さん、たまごさん、そのほかにも知っている顔がちらほら。

第1回マイノリティ映画祭での上映で、上映後には主催者&出演者によるトークがありました。
Dsc08492

Dsc08493_2

Dsc08497_2

Dsc08500_3

トークのあとは、一緒に映画を観にいった中川あゆみさんとご飯を食べに行きました。「混んで来たら2時間で・・・」とお店の人に言われていたのに、気がついたら4時間近く!! 久しぶりにあえて、色んな話が出来て楽しかったです。

<5月5日>
この日はお昼過ぎから、渋谷のアップリンクで遠藤大輔監督の「渋谷ブランニューデイズ」の上映があり(好評につき、上映が5月18日まで延長になったそうです!)、私は上映後のゲストトークとして参加しました。

他の監督の作品のゲストトークにお邪魔するのは初めてでしたが、住まいの貧困、野宿・・・といった私にも密接に関係する事柄が多かったので、”当事者トーク”をしましたcoldsweats01

午後からは、経済産業省前の反原発テントに行きました。この日の夜にも日本中の原発が止まるということで(実際に完全停止したのはもうちょっと後だったようですが)、こどもの日に子どもたちへ最高のプレゼントを!と、イベントが計画されていたのでした。

浜松町で大規模な反原発パレードが行われている時間帯だったため、私が到着したときには、まだ人は少なく、徐々に増えていきました。
Dsc08524

Dsc08542_2

Dsc08530_2

原発いらない福島の女たち・椎名さんを先頭に、福島のかんしょ踊りで経産省をぐるっと一周します。
Dsc08551

Dsc08552_3

Dsc08553_2

夏のような暑さ
Dsc08561

Dsc08573_2

Dsc08586_2

Dsc08584_2

Dsc08587_2

5時ごろにはすごい人だかりに! アワプラの白石さんやレイバーネットの安田さん、松原さんたちが生中継や撮影をしていました。「今日はカメラ持ってないの?」と聞かれ、デジカメだけで来てしまったことを後悔・・・
Dsc08600

Dsc08618_2

東電の株主訴訟をしている人(お名前を失念。。。)
Dsc08631_2

Dsc08633

7時を過ぎてもまだかなりの人がいました。私は8時前ぐらいまでいて帰宅しました。
Dsc08640

Dsc08638

<5月6日>
GWの最終日、夕方から東中野のパオ・ギャラリーへ、写真家・山本英夫さんの写真展「沖縄 基地の重圧をゆるがす」に行き、ギャラリートークに参加しました。

山本英夫さんによる解説
Dsc08666

Dsc08649

続いて、私からはロンドン、パーラメント・スクエアの抗議活動、そしてソウルで見てきた抗議活動のことなどを話しました。

「地球の子ども新聞」を発行している加来健一さんと長尾比呂未さん。原発や放射能汚染に関する新聞を学校に流通させるのは、ますます難しくなってきているとのこと。
Dsc08664

Dsc08653

2003年のイラク戦争の際、アメリカ大使館前で行われた抗議活動の写真(山本さん撮影) レイナさんが写ってるし!! 激しいなぁ・・・!
Dsc08668

そんなに昔の話ではないですが、現在ではここまでの抗議活動すら難しくなっているそうです。(アメリカ大使館前の規制が厳しくなったため)。

市民による抗議活動、小メディアによる表現活動が、近年ますます厳しく監視されるようになってきたということが、私の実感だけでなく、山本さんや加来さんのお話からも伝わってきました。

山本さんの写真展は5月13日(日)まで開催され、5月12日(土)にはまたギャラリートークが予定されています。ご都合の合う方はぜひ。

以上、GWの報告でした!

| | コメント (0)

[jp] ついにマリアのテント&ボックス撤去・・・!!!

これまで、パーラメント・スクエアでの抗議活動規制を巡る動き、そしてそれに対抗する裁判についてお伝えしてきましたが、先日マリア側の訴えは認められないとする判決が出て、5月4日にマリアのテント及びピースボックスが撤去されてしまいました・・・!!!

インディーメディアの記事より、撤去時の様子、そして撤去されたあとも道路に寝袋で寝て、ピースサインをするマリアの写真が見られます。

このインディーメディアの記事では、マリアは気丈に、そして礼儀正しく振舞っていますが、その後入った情報によると、警察はマリアの寝袋を違法だとして奪いに来て、マリアはその晩からスーパーのビニール袋のようなものをかぶって、パーラメント・スクエアで寝泊りしているのだそうです・・・!!!

野宿者が寝袋で路上で寝ているのは咎められないのに、パーラメント・スクエアで抗議活動をする人の寝袋が違法だとして奪われてしまう、このとってもおかしな状態。どう考えてもひどすぎます!

先日、敗訴したマリアは上告できると伝えましたが、マリアはまだ上告が可能です。その期間中にもかかわらず、いったん出た判決に基づいて寝袋やテントなどを全て撤去したのです・・・。緊急性のある犯罪を犯しているわけでもないのに、このスピーディーな警察の対応にはあきれるばかりです。

パーラメント・スクエアの活動、今がまさに正念場です!! マリアのウェブサイト>Contact Usより、マリアにメッセージ(英語)を送ることが出来ますので、激励のメッセージを送ってください!

| | コメント (0)

[jp] あらためて住まいと人権を考える -3.11震災、住宅、生存権-

5月25日(金)午後6時半~、東京の文京区民センターにて「さようならUR」の上映があります。主催は、平和に生きる権利の確立をめざす懇談会(平権懇)。案内のチラシが完成し、送っていただきましたので、以下にご紹介します。当日は私も参加し、上映後にトークもあります。映画の上映前には、主催者より日本の住宅政策の特長についてプレゼンもありますので、ご興味のある方はぜひご参加ください!

以下、案内です。
=================

平権懇例会
あらためて住まいと人権を考える - 3.11震災、住宅、生存権 -

2008年末から翌年にかけて、住宅を失った大量の人々がちまたにあふれ、社会に衝撃をあたえました。「派遣村」です。ついこの間まで普通に働いていた人々が住まいを追われホームレスになってしまう現実は、この国にまともな住宅政策が存在しない実態を見せつけました。

その後も、「静養ホームたまゆら」にみられるように、高齢者が住民票を持つ自治体以外の施設に追いやられている例や、生活保護の住居費が抑制されているため、家賃の安い老朽アパートに住み、火災で数人が焼け死んだ事例などが報じられました。

3.11震災では、被災3県の仮住まい暮らし被災者がことしに入ってからも26万人に上るといいます。仮設住宅の期限が切れたあとの対策は不明です。「住まいは人権」は、単なるスローガンに終わってよいのでしょうか。

3.11から1年余。生存権としての住まいをめぐる状況はどうなっているのでしょう。例会では、映画監督早川由美子さんをおむかえして、UR(旧日本住宅公団)が居住者の人権、生存権を踏みにじっている実態を、映画「さようならUR」を見ながら、考えます。

プレゼンテーション
日本の住宅政策の特徴 3.11震災、生存権と絡めて

映画鑑賞
映画「さようならUR」上映と、早川由美子さんのトーク

日時  2012年5月25日(金) 午後6時30分~20時30分
場所  文京区民センター  3ーC会議室
     文京区本郷4-15-14 電話03(3814)6731
参加費  500円
主催  平和に生きる権利の確立をめざす懇談会(平権懇)
     問い合わせ 杉山隆保さん(090-5341-1169)

=================

| | コメント (0)

[jp] ラディカル・ツアー(ソウル第7日目・最終日)

帰国便は4月27日(金)の正午だったため、ソウル第7日目の4月26日は、実質的なソウルでの最終日でした。

前日の帰宅が遅かったのですが、この日は朝7時ごろには起きて、ソウルからちょっと離れた郊外の都市のメディアセンターに向かうことになっていました。なるべく長く寝たいから、朝食は食べずに地下鉄に乗ります。朝ごはんはエネルギードリンクのみ。。。

電車に揺られること約1時間。もうしばらくで、メディアセンターのある元堂(ワンダン)に到着する頃、私がソウルでレンタルしていた携帯電話が鳴りました。待ち合わせ相手のユンヒさんからです。

実はこの日の待ち合わせについて、ソウル女性映画祭に行った初日(4月21日)に決めた以降、この件について話していなかったので、メディアセンター訪問は予定通りなのかとユンヒさんに何度か電話をしたり、携帯のメールを送ったりしていましたが、つながりませんでした。

やっとユンヒさんから電話がかかってきたと思ったら、ユンヒさんはこの間毎日朝から晩まで映画祭で映画を見ていたため、携帯のバッテリーが切れても充電できずにいたそうです。でも、映画祭行けば私にはいずれ会えるだろうと思っていたら、全然会えずに、昨日は映画祭のスタッフに私について尋ねた所、「もうソウルにはいないのではないか?」と言われてしまったとのこと!!(そりゃぁ、映画祭に全く顔をみせないので、そう思ってもおかしくないかもしれません)

ユンヒさんはこの日の朝、やっと携帯の充電をして、私からのメッセージに気がつき、あわてて電話をくれたのだそうです。とても残念なことに、メディアセンターで毎週月&木で行われる中高年女性のメディアグループの授業は、私が訪問しようとした日に限って撮影のための遠足を予定しており、メディアセンターから車で約2時間離れた小島へ日帰りで撮影をしに行くことになって、メディアセンターでの授業はキャンセルになったとのことでした!!!

早起きして、あと数駅でワンダンに着くところまで行っていたのに、残念・・・!!

ユンヒさんは撮影遠足には参加せず、私たちはお昼ご飯を映画祭の会場そばで食べることにしました。私はそのまま電車に乗って自分のホテルに戻り、ユンヒさんとの待ち合わせ時間まではホテルで明日帰国のためのパッキングをすることにしました。

パッキングを済ませたあと、お昼にユンヒさんと映画祭の会場前で待ち合わせをしました。シンチョン駅まで歩き、ユンヒさんがネットで見つけたというバイキング形式のレストランへ。

ユンヒさん。写真を撮らせてといったら、ポーズをとってくれましたhappy01
Dsc08389

バイキングは韓国料理&洋食のミックス。
Dsc08392

ユンヒさんは昔、2年ほど世田谷に住んでいたということは聞いていましたが、どんなことをしていたのか&現在はしているのか、と聞いてみました。日本へは留学したそうで、文化服装学院でファッションデザインを学んだそうです。その後ソウルに戻り、ソウル市のファッションアドバイザーや展覧会のコーディネイトなどの仕事をしてきたそうです。お話を聞いていると、市や国などの公的なイベントのお仕事が多いようでした。でも、あくせく働いているような様子はなく、昔から現在に至るまで「気に入ったらやる」みたいな、どこか優雅な雰囲気の漂う人でした。

今回、ソウルではどんな場所に行ったのかと聞かれ、「MBCテレビのストライキにも行った」と話すと、「それは難しいわね」と言われました。なぜ???

「政府によってメディアは全てコントロールされているから」とユンヒさんは言いました。ユンヒさんのお父さんはもう亡くなりましたが、国会議員で、後にKBSの役員を務めたそうです。なので、MBCのストライキについてかなり冷めた見方をしており、「ストライキをやったところで、政府によるメディア支配がなくなるはずない」と思っているのでした。

確かに、それは簡単にはなくならないけれども。。。でも、何も行動を起こさなければ、状況は変わらないのだし。。。私としては、やはりMBCのストを応援したい!と思うのでした。

2時過ぎにユンヒさんと別れ、3時に新林駅でドヨンと待ち合わせをしていました。バスに乗って、前日に訪問したDocupurnへ向かいます。なぜなら、前日に訪問してお互いのドキュメンタリー制作について、映画作りにかける想いや情熱、生活苦(笑)について話して意気投合し、ムン・ジョンヒュンからインタビューをさせてほしいと言われたからでした。

現在Docupurnも関わっている運動が、チェジュ島の海軍基地建設反対運動。その運動の一環として、韓国や日本のインディペンデント・ドキュメンタリー制作者たちにインタビューをして、彼らがどんな気持ちでドキュメンタリーを作っているのか、チェジュ島の海軍基地建設についてどう思うか、応援のメッセージなどの声を集め、発表したいそうです。インタビューはその一環で、私は日本人監督第1号なんですって!

っていうか、今回の旅ほど取材する&される旅行は、今までにしたことがありませんでした。7泊8日(フルで6日間滞在)の期間で、私がインタビューをした回数は4回(延世大学ナメクジ・ユニオン、ASIAN BRIDGEナ・ヒョウさん、ポイドン・コミュニティー、MBCテレビ)、私がインタビューをされた回数も4回(ナメクジ・ユニオン、メディアクト・ジヒュン、延世大学学生雑誌、Docupurnムン・ジョンヒュン)、合計で8回もあったのです! 

ドヨンによると、前日の飲み会は朝4時半まで続き、ドヨンはDocupurnのメンバーの家に泊めてもらったそうです。事務所についてみると、まだ午後3時過ぎということもあり(・・・っていうか、そんなに早いといえる時間ではないですねcoldsweats01)、皆見るからに”二日酔い”的な雰囲気でした。

早速インタビューの準備をします。インタビュアーはムン・ジョンヒュン、そして撮影はDocupurnのインターンとドヨンの2台体制でした。

Docupurnにインターンの仕組みがあるとは知らなかったのですが、新たにメンバーが加わる場合、お互いの相性や作品の傾向などが合うかどうかをある程度の時間をかけてみたほうが良いと考えているため、最初の1年は”インターン”として加わり、他のメンバーの作品作りを手伝ったり、自分でも最低1本は仕上げて、それで正式にメンバーとして加わるかどうかを決めるんですって。

笑ってしまったのが、インターンの人(名前は失念)のカメラが一番高価で性能が良く、他の”正式”なDocupurnメンバーたちが彼のカメラを頼りにしていることでしたcoldsweats01。なんと、彼のカメラは中古で70万円。パナソニック製。半分は自分でお金をためて、残り半分は親からの借金で購入したそうです。

私、あんまり高画質で撮られたら困るんですけど・・・!!Dsc08396

ドヨンは一眼レフカメラで動画を撮影
Dsc08397

カメラマン2人体制ということで、最初はやや緊張しましたが、質問に答えていくうちにリラックスしてきました。質問は、ドキュメンタリーを作り始めるようになった経緯、これまでの作品、どんな生活をしながら作り続けているのか、日本の社会状況、政治、日本の米軍基地問題などについて。

ムン・ジョンヒュンは、インタビューの際に小さなメモ用紙程度の紙に、3項目だけ書いたものを持っていました。ハングルなのでもちろん私には内容は分かりませんが、おそらくカバーすべき分野(私について、日本について、基地問題について)が書かれているのだろうと推測しました。

私だったら、突然その場でインタビューをするというシチュエーション以外では、事前にかなり質問を練りこみます。もちろんその質問の通りには行かないし(行かない方が良いし)、実際の会話の流れによって決まっていくものですが、それでも自分の中で、何を知りたいのか、何を聞き出したいか、どんなところに興味を引かれたからインタビューをするのかなど、あれこれ考えたほうが、当日のアドリブでも上手く行くことが多いのです。

でも、ムン・ジョンヒュンはわずかな質問のみ持って挑むのが、経験が豊富なのだなと思ったし、実際のインタビュー自体も、ポイントは押さえつつも、自然に会話の発展形のようなかたちでインタビューを展開させているのはさすがだと思いました。

しかしっ! インタビューの基本中の基本、インタビューの最中は(特に撮影者側は)電話の電源を切っておくという初歩がなっていませんでした! インタビュー中に、息子から電話がかかってきて、「お父さん今どこにいるの?」と・・・
Dsc08398

Dsc08400_2

彼の電話が終わるまで、待ちぼうけの私たち・・・
Dsc08401

この企画は、30人ぐらいの監督にインタビューをしてまとめるとのことですが、どんな出来上がりになるのか、完成が楽しみです!!

インタビュー後はコーヒーを飲みながら雑談をしていました。ムン・ジョンヒュンは、なんとこの日、これまでずっと応募して当たらなかった公共住宅についに当選したと話していました。「良かったね!!」というと、「実はそれが余り良くないんだよ」と言われました。

というのも、当選したのは純粋な公営住宅(日本で言う、都営住宅や市営住宅など、生活困窮者のための低料金な住宅)ではなく(←これは相当の生活困窮者でないと、日本同様入居できない)、韓国の公共住宅では、民間のアパートを自分で探してきて、その家賃を一部補助する、という仕組みもあるのだそうです。彼が当選した”公共住宅”はそのタイプで、当選後4ヶ月以内に自分で住みたい民間のアパートを見つけ、そこに入居するための資金(敷金など。彼の探しているファミリータイプなら最低40万円以上から)も自分で用意しなければならないそうです。

「当たったのはうれしいけれど、仕組みについて詳しく書かれているのを読むと、結構大変なことが分かった」と言っていました。それでも、現在の100%民間アパートに自力で住むよりかは将来的には助かるので、なんとかこの4ヶ月以内にアパートを見つけ、資金も用意しなければ、と話していました。

なかなか、短期間で、日々の生活も営みながら40万円の貯金をするのは大変なことです。ドヨンは、海外に行く時は土方の仕事をしてまとまったお金を貯めるといっていたので、ムン・ジョンヒュンにも「土方をしてお金ためたら?」と言ってみました。

すると、土方の仕事より、メディアセンターで講師をするほうがずいぶん給料が良いということが分かりました。土方の仕事は、もちろん肉体的にも超ハードで、朝から10時間ほど働いて大体1万5千円ぐらいが韓国の相場だそうです。

しかしメディアセンターで講師をする仕事は2時間のクラスで約2万円!!! それってかなり良いほうではないですか?? ムン・ジョンヒュンは大学でもメディアを時々教えているので、では大学はもっと給料が高いのかと聞いてみると、意外にも大学の講師の給料の方がずっと低い、とのことでした。メディアセンターの待遇は、インディペンデント・メディアの人たちが設立から運営まで携わってきたので、待遇についてもきちんと働きに見合った内容の額が払われるように交渉してきて、それなりの額がもらえるようになっていますが、大学にはそれがなく、非常勤講師の給料はとても低いのだそうです。

それに、金額だけでなく、やりがいとしてもメディアセンターで教えるほうがずっと良い、とムン・ジョンヒュンは話していました。大学は、親のお金で、単位取得のために出席している生徒が多いですが(日本も同様)、メディアセンターで社会人を相手に教える場合、彼らは本当に熱心で、講師から全てを吸い取ろうとしている、だから講座のあとはどっと疲れる、と言っていました。確かに、それ分かるかも。(でも、日本ではメディアセンターの方が待遇は大学よりも悪く、教える側も教えられる側もカルチャーセンター、市民ボランティア的な甘さがあると思います)

・・・しばらく話をしていると、突然事務所にたすきがけをしたおじいさんが天ぷらをぶら下げて入ってきました!!! その強烈な存在感に目が離せません! 一体、彼は何者?!?! 入ってくるなり、大演説を始めたと思ったら、後で聞いたところ会話の内容は全てマッコリについてだったそうですが。。。coldsweats01
Dsc08406

この人は、Docupurnの創設者キム・ドンウォンの作品「送還日記」の主人公で、北朝鮮の政治工作員(スパイ)として韓国に送られ、逮捕された後、30年間の獄中生活でも転向しなかったという人!! 現在も南北統一を求め、麦藁帽子にたすきがけという独特のいでたちで、今も現役で活動する、まさに韓国を代表するアクティビストなのでした!!!

まだ5時にもなっていませんが、このおじさん登場によってDocupurnは早くも天ぷらとマッコリで宴会開始・・・。ほんと、ここにいたら1本も映画作れなそう・・・!!

この日はDocupurn以外のドキュメンタリー作家たちも遊びに来ていました。韓国にはDocupurnのような映像制作集団がいくつもあるんですって。
Dsc08409

Dsc08416_2

Dsc08417_2

彼の話はもちろんオール韓国語で私にはさっぱり分かりませんが、如何にも”よそ者”風の私に興味を持ったらしく、色々話かけてくれました。「日本人の友達がいる」といって見せられた電話番号帳には、日本人の名前がちらほらと。でも、「ジュンコ」とか「リョウコ」とか、全員女性だしcoldsweats01

記念写真
Dsc08423

現在、彼は自分の人生をまとめた本を制作中なのだそうです!

Docupurnメンバーの制作中の作品を見せてもらいました。ソウル郊外でオーガニック農業を実践している人たちの映画だそうです。
Dsc08425

撮影素材
Dsc08424

ムン・ジョンヒュンより、たすきがけに麦藁帽子のおじいさんが登場する「送還日記」始め、Docupurn製作作品の「龍山」、「Old Man and the Land」のDVDをいただきました! 観るのが楽しみです!!
Dsc08470

Dsc08471

6時ごろ、私とドヨン、Docupurnインターンの人で、事務所を出て弘大エリアに向かいました。

電車の中から漢江の景色。そういえば、観光地らしき場所に全く行っていなかったと思いながら。。。
Dsc08430

バスと電車を乗り継ぎ、Small Talk Projectカフェというお店にやってきました。
Dsc08432

Dsc08435

この弘大エリアも学生街ではありますが、シンチョンと違っておしゃれで、ドヨン曰く「下北沢みたいな場所」でした。おしゃれなブティックや美容院、カフェ、クラブ、ライブハウスなどが並んでいます。
Dsc08436

このSmall Talk Projectカフェは、約1年前にオープンし、昼間はカフェとして営業し、夜間は自主映画の上映とトーク、ワークショップ、ライブなどのイベントスペースとして利用されているそうです。この日は、自主映画の上映とトークがあるということでやってきました。
Dsc08437

5回まで階段で上がるしかないというのがちょっとキツイ。。。
Dsc08438

中に入ると、15席ぐらいのイスに大きなスクリーンとスピーカー。入場料は5000ウォン。上映後には制作者のトークと質疑応答つき。・・・こんな感じの仕組みは、日本の自主上映活動と似ています。
Dsc08442

Small Talk Projectカフェの自主上映の案内リーフレット(大体2週間に1度ぐらいのペース)
Dsc08474

店内のチラシ置き場スペースには、自主制作映画のチラシやイベントの案内などが沢山置かれていました。

ジ・ミンの2linesチラシを発見!!
Dsc08477

その他にも面白そうな作品のチラシが。チラシのサイズやレイアウトなど、自由な発想のものが多くて、韓国語が分からずとも見ていて楽しい。
Dsc08478

セクシャルマイノリティを取り上げている団体のリーフレット
Dsc08475

Dsc08476

5月1日メーデーに、市庁前で占拠をしているオキュパイ系の人たちが、「働かない」、「買物しない」を呼びかけた全国ストライキのチラシ。どのような結果だったのか、気になります!!
Dsc08479

Dsc08480

さて、この日Small Talk Projectカフェで見た映画は、自主制作のフィクション映画で、軍隊に召集される日がやってきてしまった男性が、恋人の男性と引き裂かれる苦悩を描いた作品。映像はところどころものすごく凝っていて、なおかつ美しかったのですが(特に絡みのシーンなど。。。)、でも肝心のストーリー自体にはあまり力がなくて残念に思いました。

上映後のQ&A
Dsc08444

なんと、この映画の監督自身が、徴兵制を拒否し、現在裁判所に出廷中ということで、このQ&Aに出席できず、かわりに主演俳優と撮影監督がゲストトークに参加していたのでした!!!

約30分の質疑応答が終わり、外に出ました。9時ごろになっていました。ドヨンとDocupurnのインターンの人とともに、Docupurnメンバーとその他の人で同じく弘大エリアの喫茶店に集まっていたので、そこに合流することに。

喫茶店では、まるでテスト前の大学生のように、資料を机の上に並べて、山盛りの鶉の卵を食べながら、あれこれと3時間近く話し合いをしているのでした。
Dsc08449

Dsc08448

Dsc08451

一体何の話し合い??? と思って聞いてみると、インディペンデントのドキュメンタリー制作者たちに詳細な聞き取りを実施し、彼らの生活状況、収入、本業、副業etcを調べてまとめ、政府に対しメディアセンターの設備の充実や、映像制作のための補助金制度の拡充などを要望する文書を作成していたのでした!!!

韓国のメディアセンターの充実振りに、(日本の政府はなんて遅れているんだ!)と憤慨した私でしたが、韓国のメディアの発展の影には、やはりメディアに携わる当事者たちの主体的&戦略的な努力があるのだ、ということも思い知らされました。だって、少なくとも私は、日本の自主映像制作者たちの底上げのために、アンケートをとったり、きちんとした資料を作成して政府に提言するなんて活動、全くしていないもの。

メディアを発展させるため、そしてメディアを守るために、自主映像の制作者たちも、そしてマスメディアの労働者たちも、犠牲を伴いながらもたたかい、努力し続けている・・・

今回の旅では、韓国のメディアについて、日本との差をまざまざと見せ付けられたように思いました。

彼らの熱い議論は10時ごろまで続き、その間私やドヨンたちは隣のテーブルで待ちました。
Dsc08452

その後、Docupurnの2人は帰り、残りのメンバーで近くの飲み屋に行きました。初対面の女性二人は、またまた名前を覚えていないのですが、ひとりは韓国のレイバーネットのメンバーで、安田さんとも面識があり、もうひとりはG8メディアネットワーク後の「メディアチャンポン」三里塚合宿に参加したという人でした。2人とも、龍山のメディアセンター開設時に、ドヨンとともに関わったそうです。

海外のメディアアクティビストたちと連帯して活動するというのは、私にとっては2008年のG8洞爺湖サミットが初めての経験でしたが、韓国の、私と近い世代のメディア・アクティビストたちの多くにとっては、2005年の香港G20サミットがその第一歩だったようです。2005年の香港の時は、韓国から900人ほどが参加したというから驚きです。

今回のソウル旅行で、私は観光地といわれる場所にはついに立ち寄ることが出来なかったという話をしました。すると彼らも、香港のG20サミットの時に、1週間以上香港に行っていたにもかかわらず、毎日テントとデモ会場の往復で、何も観光できなかった!と言っていました。ドヨンは、韓国のギターメーカー「コルト・コルテック」の労働運動でフジロック・フェスティバルにも参加しましたが、そのときも彼らのサポートだけで他のフジロックのステージが全く見られなかった、とも。

デモとか社会的なイベントに参加すると、こういう事態になりがちで、端から見れば「せっかく海外に行って、観光も出来なかったなんてもったいない」と思われると思いますが、でも当人たちは、その間海外のアクティビストたちと交流し、お互いに情報交換をして、狭いデモ会場でアドレナリン全開の日々を過ごしているわけですcoldsweats01。飲みながら、私たちはそんな旅行を「ラディカル・ツアー」と命名しました!

ラディカルツアー好きの人々とhappy01
Dsc08457

Dsc08464_2

Dsc08466_2

Dsc08467_2

「次回は日本でラディカルツアーを!」と話してお別れしましたhappy01

終電の地下鉄でホテルに戻りました。今回の旅行では、ドヨンを始め、会ったことも無かった韓国の人たちに、とても親切にしてもらい、色んな場所に連れて行ってもらえました。いくら感謝しても仕切れません。。。彼らの好意に報いるには、私が今回の韓国で見聞きしてきた活動を日本で紹介すること、そして彼らが日本に来た時に”日本版ラディカル・ツアー”へ連れて行くこと、だと思っています。

7泊8日の韓国の旅は、かなりのハードスケジュールでしたが、いざ終わってみるとあっという間の、夢のような時間でした。

翌日は朝ホテルをチェックアウトし、仁川空港へ。1週間もソウルにいたのに、お土産を売っているような場所にいく機会がなかったため、仁川空港の免税店でお土産を買いました。道端のお店なら数百円程度で売っていそうなものを、千円近く出して買うハメに。。。crying

日本に戻ってしばらくは、疲れのため身動きできませんでした・・・

さてさて、以上でソウル女性映画祭の報告(←ほとんど参加してないしっ!)、いやソウル・ラディカルツアーの報告を終わります。相当なボリュームの報告、最後まで読んでくださった方がいらしたら、ありがとうございます&お疲れ様でした。

後日談なのですが、今回のソウル旅行について、私のブログを読んで詳細(実態?)を知った私の両親からメールが来て、「あんなに羽目をはずしているとは思わなかった! もう海外には行っちゃだめ!」という渡航禁止令が!!!

まぁ、他人から見れば、良くあるハチャメチャな旅行エッセーだと思いますが、自分の娘がスラム街に行ったり、スト現場に行ったりというのは、確かに笑って読み流せないかもしれませんが・・・

親には「体に悪いから、あまりこのブログ読まないほうがいいよ」とアドバイスしておきましたhappy01 健康第一ですから、ね。

| | コメント (0)

[jp] ついにMBCスト現場へ!(ソウル第6日目)

早いものでソウルに来て6日目、4月25日のこの日は、いよいよMBCテレビ局のストライキ現場に行くことになっていました。

午前中は10時から、延世大学でジャーナリスト志望のミンジから、学生向けの雑誌のインタビューの約束があったので、朝9時に起きて待ち合わせ場所であるシンチョン駅へ向かいました。

近くのカフェに入り、インタビューを開始! この日は、ミンジのほかに、その雑誌の編集長をしている学生、ミヒュンも同席しました。

向かって左側がミヒュン、右側がミンジ
Dsc08245

韓国のカフェって、普通のところでもコーヒーにかわいい模様を作ってくれたりしていいですよね。写真を撮っていたら、「それ珍しいの??」と聞かれました。
Dsc08242

インタビューの様子(写真はミヒュンからもらったもの)
Dsc08242_1

インタビューは1時間半ほどでした。ミンジによるインタビューは、質問はきちんと順序だてられていて、なおかつ、私の返答を受けてその内容を反映させながら次の質問を展開していくというものでしたので、すごいなと感心。私の映画についても細かいところまで見ているということが、彼女の質問からも良く分かりました。(←でもこれって、普段インタビューをする側の私も、インタビューを受ける側の人に同様に見られているということですよね?うぅ・・・)

インタビューの内容は、映画作りを始めたきっかけ、この映画を作った理由、URの民営化、日本の住宅事情、取り壊しを巡る自治会や他住民との対立、日韓の社会問題の共通点や相違点、など多岐にわたりました。

インタビュー終了後、編集長のミヒュンからは「映画を作るようになって、自分が成長してきたと思う、という発言を聞けてよかった」と言われました。

ちなみにその学生向け雑誌は、季刊で、私のインタビューが掲載される号は7月7日に発行されるそうです。

インタビュー終了後に雑談をしていたら、なんとミンジは半年前からポイドンのコミュニティで、毎週子どもたちに勉強を教えるボランティアをしているということが分かりました! 私が前日にポイドンに行ったと話したら、とても驚いていました。彼女はポイドンのキムチの美味しさを力説していましたhappy01。世の中狭いですね・・・というか、私たちの関心はかなり共通点があるようです。

ちなみに、彼女が22日に通訳をしてくれたナメクジ・ユニオンですが、このブログを書いている今日、彼らから連絡があり、私のインタビューをYouTubeに掲載したという連絡をもらいました。早い!!! ちなみに、ビデオはこちらからご覧に慣れます。韓国語字幕もついてるし!! 私は恥ずかしいのであまり観れませんが、まぁ、良かったら見てください~。

お昼頃にミンジたちと別れ、いったんホテルに戻り、カメラや三脚などを持って、MBCテレビ局のあるヨイドへ向かいます。

あ、ちなみにMBCのストライキについて詳しくは、私が以前書いたブログをご参照ください。

ヨイド駅周辺図。大手企業、証券取引所、テレビ局などがある地域です。
Dsc08246

Dsc08247

駅周辺
Dsc08248

1時半に駅でドヨンと待ち合わせをして、MBC本社へ向かいます。

MBC本社
Dsc08251

本社前の道路はストライキに関する横断幕で埋め尽くされていました。
Dsc08252

本社入り口
Dsc08253

エントランス脇にあるたて看板には、視聴者からのストライキを応援するメッセージが。
Dsc08254

Dsc08255

Dsc08256

Dsc08257

ストライキの要求項目の中に、(落下傘)社長の退陣があるので、イラストはそれを表現しています。
Dsc08258

エントランスから入ってすぐの、待ち合わせロビーも、ストライキの力強い横断幕で埋め尽くされています。ここでは、毎朝11時からストライキに参加するMBCの労働者たちが朝礼をしているそうです。会社の顔である玄関で、こんなにも大々的にストライキが宣言されているなんて。。。改めてMBCストライキの大きさと本気度を知ったような気がしました。

これ、どう見ても公共テレビ局本社の光景とは思えない。。。
Dsc08259

Dsc08263

Dsc08307

ここで、ドヨンの友人で、MBCでストライキ中の記者である、ジキュンを待ちます。
Dsc08262

この日はストライキ突入第87日目。
Dsc08264

ジキュンと会い、とりあえずお昼ごはんを食べに行くことになりました。「何が食べたい?」と聞かれ、「韓国料理が食べたい」と答えたら、「韓国では雨の日はチヂミとマッコリと言われているんですよ」と言われ、チヂミを食べに行くことに。その後にインタビューをするので、私はマッコリは1杯だけにしておきました。

向かって左側がMBC記者のジキュン。2005年にMBCに入社し、ニュース特集番組のレポーターとして働いていました。北京オリンピックでは1ヶ月北京で取材をし、昨年の東日本大震災では、震災の3日後に番組の取材で陸前高田を訪れました。陸前高田で取材を始めた数日後に、福島第一原子力発電所の事故で会社から引き上げ命令が出て、ソウルに戻ったそうです。
Dsc08265

ストライキ中の現在は、給料はナシ。「ストライキが来年も続く、来年になっても状況が変わらないということは大いにありえると思う」と話し、同僚の中には子どもを学習塾や習い事に通わせることが出来なくなった人も出てきている、と言っていました。自分は独身だからまだ何とかなる、だから闘い続けたい、でも、そのうちアルバイトも探さなくちゃ、とも話していました。

「(ストライキの要求が)”公正な報道を”なんて、自分たちがとても基礎的・初歩的なレベルで争っていることが悔しい。本当はもっと上のレベルで切磋琢磨すべきなのに」とも言っていました。現在、MBCテレビだけでなく、同じく公共放送のKBSなど、テレビ局3社、新聞社2社が同様の理由でストライキを行っているそうです。

日本でもマスメディアは政府によってコントロールされているし、権力寄りだけれども、日本では報道の自由を求めて(長期間&大規模の)ストライキなんて聞いた事がない、と私が言うと、「日本のマスメディアは韓国より良いのではないか? 韓国のメディアは日本を参考にしてきたし、韓国のメディア用語では日本語も使われている。”サツマワリ”とか・・・」と言われました。”サツマワリ”!!!! これが日本のマスメディアの元凶ではないかと思うんですが!!! だって、新人記者がまずサツ周りをさせられることで、ジャーナリストとして骨抜きにされ、権力の犬になってしまうのだから!!! 何でよりによってそんなもの学ぶんじゃ!と、私は一人憤慨しましたcoldsweats01

ジキュンからは、MBCで人気の歌番組のDVDをいただきました。観るのが楽しみです!
Dsc08468

ご飯を食べ終わり、MBC本社に向かいました。

本社敷地内では、ストライキ参加者によるテントも張られていました。交代で寝泊りするそうで、昨日ジキュンからメールが来て、「今日はこれから私がテントに泊まる番!」と書かれていました。あぁ、私も韓国にまだいたら、テントに参加したかった!!
Dsc08268

本社内に入り、小学生の社会科見学のようにテレビ局内を案内してもらいました。この建物の中には、テレビ局とラジオ局が入っています。

MBCラジオ
Dsc08269

Dsc08271

ラジオの収録中。韓国の歌手だそうですが、私は詳しくないので、どんな人か分かりません。。。
Dsc08272

MBCニュースのフロアへ。
Dsc08273

Dsc08274

Dsc08275

Dsc08277

これらの写真を見ても分かると思いますが、普通だったら証券取引所のようにたくさんの人が行きかい、大忙しであるはずの報道部が、まるで図書館のように静まり返り、人影もまばらなのです。ジキュンによると、MBCの労働者のうち、ストライキに参加している人は約8割にも上るのだそうです。そんなに多数の人がストライキに入れば、当然ニュース業務にも支障が出て、現在ニュース番組は時間を大幅に短縮して放送をしています。

このような状況で、ではストライキに参加しない2割の人って一体どんな人たちなのか?と聞いてみました。会社では、ストライキに参加しない人たちには「将来海外赴任させてあげる」とか「そのうち昇進させる」といった特典をちらつかせて(←そんな約束、守られるかどうかも不明ですが)、そういうのを望む人たちが働き続けているのだそうです。(もちろん生活のためという人もいるでしょう)

Dsc08278

Dsc08279

すっかり社会科見学気分の私です・・・
Dsc08280

ニュース番組のキャスターたち。彼らの多くもストライキに参加していますが、全員ではありません。ストに参加しないキャスターを指差して、ジキュンは「バッドガイ!」と言っていましたhappy01
Dsc08281

Dsc08283

Dsc08285

Dsc08286

収録スタジオの様子
Dsc08289

Dsc08292

朝のニュース番組の収録スタジオ(ここががらんとしているのは、収録時間帯でないためです)
Dsc08293

Dsc08295

インタビューのため、静かな部屋へ連れて行ってもらいました。英語でのインタビューということで、レポーターとしてテレビの前で話すのは得意なはずのジキュンも緊張!

インタビューにはドヨンも同席。
Dsc08296

Dsc08297

約40分ほどインタビューをさせてもらいました。インタビュー映像はYouTubeにアップしても良いというOKをもらったので、日本語の簡単な字幕をつけてアップしたいと思います。出来れば5月中には完成すると良いけれど・・・。なるべく早く紹介したいです!

(ちなみに、その他のインタビュー:延世大学のナメクジ・ユニオン、ASIAN BRIDGEのナ・ヒョウさん、ポイドン・コミュニティのインタビューについては、「さようならUR」のDVD特典とするつもりですので、そちらもお楽しみに!!)

インタビュー終了後、ストライキ参加者たちの部屋へ案内してもらいました。
Dsc08306

写真手前の看板に登場する顔写真はMBCの社長です。これまで逃げ回っていましたが、先日の総選挙でイ・ミョンバク政権側が勝利すると、自分の身も安全だと思ったのか、今は出社しており、更に厳しい締め付けを行っているそうです。
Dsc08301

Dsc08299

ストライキに参加しているMBCの記者たち。ストライキ中も、取材をして番組を作り、それをインターネットで公開しているそうで、かなり忙しいんですって。
Dsc08303

公正な報道を求めてたたかうMBCの記者たちを、今後も応援したいです!!!

MBCの訪問を終えた後、夕方からはドヨンにインディペンデントのドキュメンタリー映画制作集団、Docupurn(ドキュプルン)の事務所へ連れて行ってもらいました。昨年の山形の映画祭で、アジア千波万波プログラムで「龍山(ヨンサン)」が上映された、ムン・ジョンヒョン監督が所属する団体でもあります。9人の自主制作映像作家が集まり、共同で事務所を構え、ドキュメンタリーを作っているというのは、日本で言うところのNDSのような感じで、実際、昨年の山形でムン・ジョンヒョンは、NDSのキム・イマンさんと意気投合し、キムさんが現在チェジュ島で撮影している新作の編集を手伝うことになったと話していました。通じ合うものがあるんだろうなぁ。

Docupurnのオフィス。・・・っていうか、散らかりすぎ!
Dsc08327

そりゃあ編集していたら掃除なんかする心の余裕なんてないのは分かりますが、いくらなんでもこれは・・・coldsweats01
Dsc08335_2

Dsc08328_2

Dsc08337_2

あまりの汚さに見かねて、”来客”であるはずのドヨンと私が掃除を開始。やっと机の”表面”が見えてきました。。。
Dsc08333

各メンバーの年間予定が書かれたホワイトボード
Dsc08332

編集作業スペース。かなり広いです。一人分のスペースは、普通のオフィスの3~4倍ぐらいある感じ。
Dsc08326

Dsc08312

Docupurnで過去に制作した作品のDVDが並んでいます。
Dsc08324

Docupurnメンバーのホン・リギョンが、新作についてジョンヒョンに相談。
Dsc08314

トレイラーをジョンヒョンがチェックします。(ジョンヒョンはこの作品について、プロデューサー的な役割で関わっているそうです)
Dsc08316

作品は、「Empire of Shame」というタイトルで、サムソンで働く労働者たちが、劣悪な条件で工場で働かされ(危険な薬品の取り扱いや、液晶パネルの取り付け作業で目を保護する防具なく働かせられるなど)、健康を害してサムソンを訴えるという内容です。現在、撮影は7割ほど終えたところ。ピッチプロジェクトで製作資金を得るために、これまでに取りためた素材で予告編を作成しました。
Dsc08320

Dsc08321_2

私がソウル女性映画祭で唯一観た、Documentary Ock Rag Awardにも応募していて、約20の応募から最終選考の3作品にまで残り、今日受賞結果が発表されるということで、とても緊張しているようでした。無事受賞できると良いけれど!!

Docupurnメンバーたちに近くの焼肉店へ連れて行ってもらいました。
Dsc08341

一応私の歓迎のためということだったのですが、3枚肉を前にして、ドヨンのはしゃぎっぷりがすごい・・・coldsweats01
Dsc08344_2

お店のお姉さんがはさみを持って登場。豪快に切り分けていきます。
Dsc08345

Dsc08348_2

焼肉を食べながら、山形での話、NDSのこと、そしてDocupurnの制作体制などについての話をしました。キム・イマンさんを始め、中井信介さんとか、共通の映像制作者の知り合いが沢山いて、「なんで知ってるの???」と驚いたら「だって、ビンボーな人たちだから!」って言われて笑ってしまいました。

そりゃあ、ドキュメンタリー制作者はどこの国でも貧乏だと思うけれど、日本以上に「男の役割」、「女の役割」、「家族を持つこと」などの価値観が強い韓国では、葛藤を抱えながら映像制作を続けているようでした。ジョンヒョンの場合、結婚して10年、子どもが2人いて、奥さんは専業主婦です。メディアセンターで講師をする自分の収入だけが家族を支えているのですが、自分の映像制作のためには、もっとメディアセンターの仕事の割合を減らすのが理想です。「妻のことは本当に愛しているし、子どもも大切。でも妻は安定した収入を望んでいて・・・」と、家庭内での葛藤について何度も話していました。

う~~~ん、自分も含めこういうジレンマを抱えながら作っている人は周りに沢山いるけど(っていうか、そんな人ばっかりだけどcoldsweats01)、こればっかりはもうどうしようもないよなぁ・・・。どんな解決策があるのか、あるのなら私も知りたいぐらい。。。

ジョンヒュンは、メディアセンターの生徒たちから「どうすればドキュメンタリーの監督になれますか?」とアドバイスを受けるそうですが、そんな時は決まって「ドキュメンタリーの監督にはならないほうがいい、大変だから」と答えているんですってcoldsweats01

Docupurnのメンバーたち。みんな大変な状況でドキュメンタリーを作っていますが、でもやっぱりドキュメンタリーを作ったり、仲間がいるっていうのが一番・唯一の得られるものなのだと思う。。。月並みだけど。。。
Dsc08346

シメの冷麺~。この麺にまでお店のお姉さんがはさみを入れてくるので驚きました!!
Dsc08350

Dsc08354

Dsc08355

冷麺では足らず、さらにご飯をオーダー。みんな、食べる、食べる。。。
Dsc08357

満腹になってDocupurnのオフィスへ戻ると、ソウル女性映画祭のDocumentary Ock Rag Awardの発表から戻ったリギョンがいました。なんと、見事選ばれ、賞金を手に入れたそうです!!!! すごい!!!!
Dsc08359

受賞のトロフィー
Dsc08363

Dsc08367

映画祭からお土産として渡された女性用化粧品を珍しそうに見るドヨンたち。。。
Dsc08370

気に入ったようですhappy01
Dsc08372

Dsc08375

受賞記念!
Dsc08377

ちなみに、2010年に同賞を受賞したジミンは、2011年のあいち女性映画祭で作品が上映されたので、リギョンの作品も将来日本で紹介される機会があるかもしれません。とても楽しみです! 彼女の作品は、来年のソウル女性映画祭でプレミア上映されることが決まっているのですが、「すごいプレッシャーだ」と言っていました。確かに、そうだろうなぁ・・・!

事務所でビールを飲みながらメンバーの皆さんと話しました。
Dsc08378

このとき既に10時過ぎになっていて、翌朝は、私は映画祭で出会ったユンヒさんが参加する、中高年の女性たちのメディアセンターを訪問する予定になっていたので(メディアセンターがとても離れたところにあるため、朝8時ごろにホテルを出なければならないというハードスケジュールでした)、そんなに遅くまではいられないな~と思っていました。

幸い、ジョンヒョンは前日も朝まで飲んで二日酔いで、今日は早く帰りたい、家が私のホテルからそう遠くないので、一緒にタクシーで帰ろうということになり、私も安心して飲みました。

・・・なんですが、12時を過ぎても、1時を過ぎても、一向に宴が終わる様子はなく、ジョンヒョンもますます絶好調になってきて、一体何時に帰れるのだろうと不安になってきました。。。
Dsc08382

ビールもどんどん冷蔵庫から出てきます。。。
Dsc08383

途中からは私もあきらめ、(もうなるようになるしかない。明日が最終日だから、気力で乗り切れるだろう)と考えるようになりました。

結局私とジョンヒョンは2時半過ぎに事務所を出ましたが、他のメンバーは4時半まで飲んだそうです・・・!!

オフィスがあって、共同で作業が出来るのは良いけれど、一体どんな風に集中して、自分の編集作業に没頭できるんだろう??とも思いました。私だったら、ついつい飲み会の誘惑に負けて、飲みに出かけたりしてしまいそうですが・・・!!

ふと思ったのですが、将来、DocupurnとNDSの作品一挙上映!とか、そういうのが開催されたら面白いと思います! 彼らの作品がまとめて紹介されてほしいなぁ。

3時過ぎにホテルに戻り、ほとんど意識のないままお風呂に入り、目覚まし時計だけは忘れずにセットをして寝ました。翌朝は7時起床、嫌だぁぁぁ~~~と思いながら。

いよいよ明日はソウル最終日です。

| | コメント (0)

[jp] コミュニティのパワー(ソウル第5日目)

ソウル5日目の4月24日。この日の予定は午後からだったので、朝は10時におきました。睡眠時間は割と確保していましたが、寝つきが悪く、ソウル滞在中は毎日睡眠不足気味でした。

午前中は郵便局に行き、ソウル女性映画祭からもらった公式カタログ4冊と、SIDOFからもらった公式カタログ3冊を、郵便局から日本宛に送ることにしました。重さ、なんと4.5キロ!! EMSで送ったら、送料は2300円ぐらいでした。行きの時点から撮影機材などで既にスーツケースはあまり余裕がなかったし、こちらに来てからDVDや資料などを日々頂いているので、送料を払っても郵送したほうが体が楽と考えたからでした。

お昼ごはんは、近くのスーパーで買ってきて食べました。
Dsc08120

あまりにも味気なく見えたので、せめてお皿に移します。。。
Dsc08122

この日は、午後2時から、ソウルの貧困問題に詳しいナ・ヒョウさんと会う約束になっていました。出発前にネットでソウルの住宅問題について検索していた時に、昨年11月に、千代田区にある「日本希望製作所」事務所にて、ナ・ヒョウさんが「大都市ソウルにおける住宅の貧困問題」と題した講演をされたというレポートを見つけて、興味を持ったのでした。

ナ・ヒョウさんのプロフィール(「自由と生存の家」ウェブサイトより引用)
============
韓国や東南アジアにおいて貧民運動に携わり、都市貧困層の全国協議会事務局長、アジアNGOセンター(フィリピン)代表を歴任。2009年に(株)善良な旅行を設立し、雇用労働部より社会的企業と認証され評価を得る。
現在、(社)持続可能な観光社会的企業ネットワーク理事長、全羅南道生態文化探訪路選定審査委員、環境部三地域生態観光農山漁村地域支援事業、TFT代表なども務め、全国農漁村生態観光教育プログラム、アジア生態観光社会的企業フォーラムの開催などにも取り組む。
============

自由と生存の家の菊地さんのイベントレポート(「自由と生存の家」ウェブサイトより抜粋)
============
開発や都市化・産業化により生まれたスラムなど貧困地域の居住権を守る運動は世界中でおこなわれていますが、韓国でも、再開発に伴う強制撤去や移転に反対する運動などがさまざまに取り組まれてきました。今回「住居権実現のための国民連合」や「ASIAN BRIDGE」などが、ソウルの貧困地域コミュニティの住環境の改善や社会福祉に取り組むために行った実態調査に委員長として参加した羅孝雨(ナ・ヒョウ)さんが来日されたのにあわせて、日本希望製作所のセミナーとしてお話をうかがう機会をつくりました。

現在、韓国の人口約5千万人うち、持ち家率は約55%となっています。持ち家率は、1970年代には70%以上あったものがこの40年で大きく減少しました。特にソウルでは持ち家率が44%と全国平均を下回っています。残りの非持家世帯(44%)のうち、最低住居基準を満たさない人が全体の約7~8%おり、地下や屋根裏、穴倉などの粗末な家に住んでいます。

このような状況になってきた理由として、
①住宅が商品となり、投機の対象となっている。
②再開発時に地主・家主の権利のみを考え、住人の権利を考えていない。
③住宅に対し福祉的なアプローチをするといった政府の政策がない。
の大きく3点あげられるといいます。

ソウルの貧困層の住宅で典型的なのはチョッパン(ドヤ)とビニールハウスです。中でもビニールハウスは、瑞草(ソチョ)区、江南(カンナム)区、松坡区(ソンパ)区といった漢江南岸にあるお金持ちが多く住む地域に沢山あり、調査によればソウル市内では38か所にのぼります。現在約2万人がチョッパンやビニールハウスに暮らしているそうです。

ビニールハウスはもともと住宅建設に規制がある農地をブローカーが借り受け、農業施設として建てられますが、それを低い家賃(1万ウォン程度)で貧困な人々に転貸されます。世帯当たりの面積や1ハウス当たりの入居者は地域により様々だそうです。もちろん違法状態なので当局は撤去しようとしますが、実際に人が住んでしまうと行政も「ホームレスになるよりは」と黙認せざるを得ない状況が生まれます。ブローカーとしては、人が住むという既成事実を作るのが目的なので、家賃は非常に低くなっています。多くの場合、ビニールハウスが建つ地域は塀で覆われ、周りの人もそこが住宅であることに気づきません。しかし、冬になって火事がおこり(放火であることが多い)、初めて周辺の人もそこに住宅があることを知ることもあるそうです。やがて、その土地の値段は上がっていき、いつの間にか規制が外れ、マンションなどが建設されることになります。要は、貧困層を利用して規制外しと地上げを行っているようなものでしょう。

ナ・ヒョウさんたちは、このような現状への対案を考えています。住宅を建てるには、土地・資材・労働力が必要ですが、ソウルのような大都会では土地を確保することが最も難しく、現在、ソウル市に対し土地を提供するよう協議しているところです。ここでも、先日の市長選の影響は大きく、以前は「ソウル市には空いている土地は全くない」という返事しかなかったのが、市長が変わったとたん「土地も空いているし、予算もある」という話になってきたとのこと。

ナ・ヒョウさんは、コミュニティの中の貧困に大きな関心を持っており、いわゆる「住宅政策」として行政が住宅を用意して人々を住まわせるということでなく、コミュニティづくりの運動と関わって、貧困者自らが住宅を作っていく運動を模索しているそうです。
============

日本同様、居住福祉という観点なき都市開発、住宅市場が投機目的となってしまっている状況などについては察することが出来ましたが、「農業用ビニールハウス」に住んでいる人たちがいる、住宅として使われている、というのに、とても驚いてしまいました。一体どうやってビニールハウスに住んでいるのか。夏はものすごく暑いのではないか。透明のビニールの状態で暮らしているのか。内部をどのように改造しているのか。。。

様々な疑問・質問が浮かんできて、ぜひソウルに行ったらお話を聞いてみたいと、日本希望製作所に連絡をして、ナ・ヒョウさんを紹介していただきました。

2時にナ・ヒョウさんの会社のある淑大入口駅で待ち合わせをして、歩いてASIAN BRIDGE事務所へ行きました。ここは、「善良なる旅行社」の事務所と合同で使用しています。

地下鉄駅構内の様子
Dsc08123

ASIAN BRIDGEと善良なる旅行社入り口
Dsc08124

こちらは善良なる旅行社のオフィススペース
Dsc08125

ASIAN BRIDGEと善良なる旅行社のパンフレットをいただきました。
Dsc08240

予定では、約1時間インタビューをさせてもらい、韓国およびソウルの住宅政策の変遷(政治、社会、経済情勢の変遷と絡めて)、ナ・ヒョウさんが関わってきた住宅運動、ソウルの、特に貧しい層の住宅問題、居住実態、そしてそれらの解決のためにどのような運動や流れが起こっているのか等をお聞きすることになっていました。

しかし、予定に変更があり、3時から車で30分ほど離れた有名なコミュニティーに見学に連れて行ってくれることになり、インタビューの時間はその分30分短縮する、ということになりました。貧民コミュニティーに連れて行ってくれる、ASIAN BRIDGEのボランさんが、その後タイに向かうことになっていたので、彼女は5時ごろにはコミュニティーを出発しなければならず、それで予定が前倒しになったのでした。

ちょっとあわただしいインタビューにはなってしまいましたが、ナ・ヒョウさんが貧困問題にかかわるようになった経緯や、ソウルの住宅の貧困問題などについて、興味深いお話を聞くことが出来ました。

インタビュー終了後、ナ・ヒョウさんはお仕事のために事務所に残り、ASIAN BRIDGEのボランさんと、ASIAN BRIDGEで現在インターンをしているソウル大学・大学院で建築学を学ぶ学生のヨウサンとともに、タクシーでコミュニティーのあるPoi-dong(ポイドン)へ向かいました。

ポイドン・コミュニティ外観
Dsc08126

Dsc08129

ポイドンに関する資料とテレビで放送されたときのDVDをいただきました。ポイドンに関しては、ネットで検索しても英語や日本語の資料は、断片的に伝えるものしか私は見つけることが出来なかったので、きちんと歴史や背景を説明した英語の資料がもらえて良かったです。
Dsc08237

Dsc08238

資料とこのコミュニティで行ったインタビューより、超簡単にこのコミュニティの概要を説明します。このコミュニティはPoi-dongとかJaegunコミュニティなどと呼ばれているのですが、始まりは1981年。韓国政府は全国の戦争孤児や野宿者をこの場所に集め、警察の監視の下、自力で生活し、労働していくようにしたのが始まりでした。1982年には、住民の数は2300人になりました。

ここに強制的に人を集めた当時は、このあたりは辺鄙な土地と考えられていましたが、やがてソウルの都市が拡大発展し、川沿いで景観の美しいこのエリアは高級住宅街になりました。すると政府はこのコミュニティの存在が土地の景観を損ねていると考えるようになり、1988年のソウルオリンピック開催時には、オリンピックが終わるまで政府はここの住民を強制的に外に出さないようにしました。

この土地は政府の所有地ですが、ここの歴史によって地名は何度も変わり、ここで暮らす住民たちは、不法占拠であるとして長らく住民登録を拒否されてきました。(←それは国民として政府からのサービスや援助を受けられないことをも意味します)。元は政府の都合でこの土地に住まわされたのだから、自分たちは不法占拠ではない、と住民たちは主張しています。しかし、今や高級住宅街になったこのエリアで目障りな存在であるこのコミュニティを無くしてしまいたい政府は、ここに住む住民たちに不法占拠の罰金として6万~8万米ドルの罰金を各住民に請求しています。

住民調査によると、ここの住民たちの所得水準は非常に低く、年収3万円程度しかないという人も少なからずいます。リサイクル業、清掃業、露天商などの職業に従事する人が多く、無職の人も3割以上。貯金がない人は9割以上に上ります。6万米ドルの罰金を払える余裕のある人はいませんし、ここを追い出されたら、自分で住まいを確保するのも難しいでしょう。

昨年の6月12日、このコミュニティで大火事が発生し、このコミュニティの大部分が消失してしまいました。発端は、このコミュニティの住民ではない、9歳の男の子の火遊びが原因でした。このコミュニティの家々は、掘っ立て小屋のような状態であるため、家の素材は燃えやすく、小さな火は一気に燃え広がってしまいました。

住民たちはすぐに消防に通報しましたが、消防車の到着はとても遅く、しかも、水を積まない状態でやってきたため、多くの家が失われました。(この消防の対応に対し、住民と支援者たちは、コミュニティを排除するため火事を好機と捉えて、わざと消火活動を遅らせたとして、今も争っています)

なんと、96軒のうち、75軒が焼失してしまいました。日中だったため、仕事に出ていた人が多く、幸い死者は出ませんでした。この火事は全国の注目・関心を集め、コミュニティの住民のために新たな家を建てようと、全国からボランティアと建築資材が集まりました。住民とともに、新たな家を建設しながら、現在に至っています。毎週行われる住民ミーティングにはほとんどの住民が参加し、コミュニティの運営に積極的に関わってもいます。

現在、ここで起こっている一番大きな問題は、この敷地内に政府が公営住宅を経てようとしていることです。「公営住宅を建設する」と聞くと、日本では聞こえが良いように聞こえるかも知れませんが、こちらではそうではないようです。既に超高級住宅街(六本木ヒルズのようなタワーマンションがそびえています)となった、地価の高いこのエリアで公営住宅を建設すると、家賃は地価を基に算出されるため、公営住宅とはいえ普通の人(ましてやこのコミュニティの人)が住めるような家賃ではないわけです。政府は「公営住宅を建てたら、あなたたちもここに住む権利がある」と言っていますが、現在は無家賃でここに住んでいますので、権利は与えられても高額な家賃を払えないのですから、それは絵に描いた餅でしかありません。公営住宅の建設に反対し、このコミュニティを存続させるために住民の人たちはたたかっています。

…と、以上が簡単ではありますが、ポイドンコミュニティの歴史です。以上に書いたようなことと、詳しいここでの暮らしなどを、このコミュニティのサポーターであるパク・ジャンジャエさんにインタビューでお聞きしました。ボランさんに英語で通訳をしてもらいました。

インタビューはコミュニティの集会所2階で行われました。

集会所外観
Dsc08171

Dsc08182

共有キッチンも備わっています。
Dsc08133

インタビューの様子(向かって左側はASIAN BRIDGEのボランさん、右側はポイドン・コミュニティの支援者のパク・ジャンジャエさん)
Dsc08130

インタビューが終わったあとで。
Dsc08132

Dsc08134_2

インタビューが終わると、ボランさんはタイに向かうために空港へ出発しました。

集会所から、コミュニティの家々(手前)と、すぐ近くにそびえたつ高級マンション。この位置から写真を撮るのが、このコミュニティの歴史と、現在置かれている状況を示すのに一番わかりやすいように思いました。
Dsc08135

集会所の屋上に上り、ジャンジャエさんに近隣を説明してもらいました。近隣の住民とここのコミュニティは交流があるのか?と聞いたところ、支援者は全国からやってくるが近隣からは孤立していると言っていました。(住宅問題や社会運動にありがちですが…)
Dsc08136

Dsc08139_2

家の屋根は、風で飛ばされないように古いタイヤや石、材木、鉢植えなどで押さえられています。
Dsc08143

古い家は火事で無事だった家。青い屋根の家は火事のあとで新たに造られた家
Dsc08140

Dsc08137_2

実際にコミュニティ内を歩いて案内してもらいました。
Dsc08167

毛布(?)チックな素材が外壁に張り巡らされていますが…。これは防寒のためなのでしょうか? 確かに、火事になったらすぐに燃えてしまいそうです。
Dsc08147

Dsc08149

Dsc08150

Dsc08151

Dsc08152_2

Dsc08153

Dsc08162

Dsc08160

新しい家の内部は広々としています。
Dsc08146

Dsc08145_2

新しい家の外壁には、美術大学の学生たちが絵を描きました
Dsc08165

Dsc08161

ここのコミュニティの繁栄と幸せを願った絵
Dsc08168

韓国では、豚は幸せの象徴なんですって。
Dsc08169

ここは子どものためのスペース。図書館にもなっていて、寄贈された本を借りることが出来ます。ボランティアの大学生たちが、ここに住む子どもたちに勉強を教えたり、火遊びなどしないような教育も行うということでした。でも、”勉強”よりも、ここに住む子どもたちが、卑屈にならないよう、貧しいからと地域で萎縮してしまわないように、のびのびと暮らせるような心を持てるようにすることに力を置いていると話していました。
Dsc08148

共同の畑で野菜も栽培されていました。
Dsc08158

Dsc08159_2

Dsc08163_3

なぜかカップラーメンの自動販売機が!
Dsc08170

家には表札も掛けられています。
Dsc08155

家はまだまだ建設続行中~
Dsc08156

Dsc08157

新しい家、とても快適そうでした。ジャンジャエさんに、「ここには新たに引っ越してくることも出来るのですか?」と聞いてみたのですが、当局により、新たな住民を迎え入れることは禁止されているのですって。(今住んでいる人たちがいなくなれば、ここは終了)。もし新たに移り住むことが出来るなら、私ここに住みたい!って思ったんですが(←かなり本気happy02)、残念だわ。

集会所の1階内部
Dsc08172

Dsc08174

食糧や毛布なども沢山備蓄されています。
Dsc08175

Dsc08177

このコミュニティのこれまでの歴史が写真で展示されていました。
Dsc08173

Dsc08178

放射能の防護服?照る照る坊主?な、この全身白尽くしの衣装によるパフォーマンスは、住民登録を拒む政府に対し、「自分たちは名無しの幽霊の存在なのか!」と抗議するパフォーマンスなのだそうです。
Dsc08180

Dsc08179_2

集会所2階に戻り、過去の写真をみながら詳しく説明してもらいました。
Dsc08186

この集会所は現在2階建て+屋上スペースですが、一時期は4階建てだったそうです。しかし、当局の指摘で階層を減らしたとか。
Dsc08188

警察との衝突時、バリケードで腕を痛めたおばあさん
Dsc08183

おばあさんの腕が真っ青だったのでびっくりしましたが、これは”あざ”によるものではなく、治療のための薬の色だそうです。でも、激しい衝突だったのだということがこの写真から伝わってきます。
Dsc08184_2

火災直後の様子。全国からボランティアが集まり、片づけを手伝います。
Dsc08193

焼け跡を清掃し、リサイクル用の鉄を分別するボランティア
Dsc08191

Dsc08192

火災後、ボランティアの協力により家を建て始める様子
Dsc08185_2

Dsc08189_2

昨年末まで、毎週文化コンサートがこのコミュニティで行われ、ライブやパフォーマンスが繰り広げられていたんですって! 写真は、ブロードウェイでも活躍する有名な韓国の歌手(名前は失念)が、ブロードウェイでの講演後にこのコミュニティを訪問し、ライブを行った時の様子
Dsc08190

お話を伺っていたら、あっという間に6時になってしまいました。私はこの日、7時から映画祭会場近くで、映画祭主催のパーティーに出席する予定でした。ポイドンからシンチョンまでは、ソウル中心部を横切るので電車で結構かかります(船橋から阿佐ヶ谷まで、みたいな感じ)。そろそろ出発しないと間に合いません。

共同台所で食事の準備をしている女性たちに、訪問させてくれたお礼を伝え、帰りますと言ったところ、「ご飯食べていきなさいよ。マッコリもあるし」と口々に言われました。・・・数秒間考え、「では、そうさせてもらいます!」と返事をし、映画祭のパーティー出席の予定はその時点で消えたのでした。残念と言えば残念だし、結局映画祭では映画を1本しか見なかったけれど、自分にとっては今この場にいて、ここの住民の人たちと同じ時間を共有することの方が大事であるように思いました。

6時からは、ナ・ヒョウさんがこちらのコミュニティにやってきて、ここの住民・住宅運動の活動家・支援者たちとともに、先に述べた公共住宅の建設問題について対策を話し合うことになっていました。ヒョウさんは私を見て「あれ、夜は用事があるんじゃなかったの?」と言いました。私がキャンセルしたと伝えると、「それがいい」と。

会議の様子
Dsc08196

Dsc08198_3

会議では、このコミュニティの住民の生活実態について詳しく調査した資料が配られ、私も1部頂きました。家族構成、年齢、ここでの居住年数、仕事、収入、借金など、多項目に渡り、詳細に記されています。
Dsc08239

全て韓国語ですが、とても貴重な資料です!
Dsc08205

Dsc08206

会議は1時間ほど続き、全て韓国語だったので、しばらくはその場にいましたが、そのうち私は一人で外に出ました。

夕暮れ時のポイドン・コミュニティ
Dsc08202

Dsc08203_2

住民の人たちが、歩いている私に興味を持って好意的に話しかけてくれるのがうれしかったです。(こちらもオール韓国語でしたので、内容はさっぱり分かりませんでしたが、歓迎してくれている風ではありました)。私にはそれは意外なことでした。

今回、実際のコミュニティを訪問してみたいとナヒョウさんにお願いした時に「大丈夫かどうか(Comfortableかどうか)聞いてみる」と言われていたからです。確かに、外国から、好奇心と興味本位で貧困コミュニティを訪問したいと、カメラを持って訪れる訪問客なんて、嫌がる人たちの方が多いと思います。ましてや、連れて行く側のナヒョウさんは私とも会ったことがなかったので、私が勝手な振る舞いや失礼な態度をするかもしれないという心配もあったでしょう。

でも、ここのコミュニティの人たちが快く迎えてくれたのは、多分ここの住民と支援者との関係、ここを長年撮影してきたインディペンデント・メディアの人たちとの関係が良好だったからだろうと推測します。もし彼らとの関係が悪かったら、私にも不信感を持って、中に入れて撮影させてもらえなかったでしょう。

会議が終わり、晩御飯タイムに!
Dsc08209

野菜のうちいくつかは、ここのコミュニティで自家栽培されたもの。いやいや、本当においしく、贅沢な食卓でした。後日、このコミュニティにボランティアに関わっている人に聞いたところ、ここの自家製キムチは美味しいので有名だそうです。私にとっては、どこのキムチも美味しかったので違いはよく和からないのですが、韓国人も太鼓判を押すキムチなんですって。
Dsc08212

ちょうどこの日は住民のミーティングが1階であり、夕食の途中でしたが私はそれを見に行きました。
Dsc08214

住民たちが熱心に討論しています。
Dsc08215

Dsc08216

Dsc08219

Dsc08221

Dsc08222

このとき既に9時を過ぎていたので、そろそろ帰り始めようかと思いました。ここからシンチョンまで約1時間。翌朝は10時から延世大学の学生のインタビューを受けることになっていたので、早めに起きなければいけないし・・・などと考えました。ナ・ヒョウさんたちに「そろそろ帰ります」と言ったところ、「まぁまぁ、いいから飲みなさい」と引き止められました。更に10時過ぎから、新たにマッコリ6本を持った人も登場して、エンドレスな雰囲気に・・・!!!!
Dsc08224

ご飯を食べ、マッコリをいただきながら、日本と韓国の住宅運動の違いについての話になりました。私は、韓国の住宅運動がなぜこれだけ大きな広がりになれるのか、さまざまな団体や活動の違う人たちがつながれるのか、運動の当事者たちが主人公となって活動できているのか、というのにとても興味を持っていました。

なぜなら日本の場合(というと大きく括りすぎですが)、一般的に住宅問題はそれぞれ個別の問題とされがちで、他の住宅問題を抱える人たちの関心すら呼びにくい状態であること、住宅運動に関わる団体などが様々なバックグラウンドや政党などの違いにこだわり、お互いに主導権争いをし、連帯して運動を行う例がほとんどないこと、住宅問題が起こると、どこかの組織がバックアップするのは力強い反面、当事者たちはまるでお客様かゲストのような扱いで、運動の主体自体は外からやってきた組織が握り、当事者はその運動に利用されてしまいがちなこと、という問題があると思います。(高幡台73号棟でもやや同様の傾向があります)。

その点について聞いてみると、ナヒョウさんたちも、それは大きな問題だ、韓国の場合は当事者の中からリーダーを育て、当事者たちで活動を作り上げていくよう、養成するプログラムがあり、それに力を入れている、と話していました。これまでの運動の弊害から学び、当事者たちが”支援”されるばかりでなく、自分たちの中にある力を引き出し、自分たちで運動を起こしていけるようにすることに重点を置いているそうです。また、何か問題がどこかで起こったときには、主張の違いを乗り越えて様々な団体がすぐに団結する、とのこと。。。この辺の違いが、日韓の運動の違いに現れているように思いました。(しかし、韓国のドキュメンタリー映画「外泊」でも描かれているように、韓国でも大きな労働組合が運動の主権を握り、当事者の中高年女性たちを差別するなど、韓国でも100%理想的な状態とはいえないのですが、でも日本が学ぶべき点は多いと思います)

お話をしていたら、いよいよ11時過ぎとなり、やっと帰ることになりました。最初に「帰ります」といってから、既に5時間経過・・・coldsweats01

最後に記念写真
Dsc08226

Dsc08227

ソウル大学の大学院生、ヨウサンと一緒に帰りました。彼女はこのコミュニティに来るのが初めてで、私の取材に同行して色々見れたのでうれしいといっていました。

コミュニティーの外に出ると、住民の人たちが夕食後に集まっておしゃべりする光景が。
Dsc08228

貧しいけれども、人のつながりがある。そんなコミュニティの力を見た思いでした。

ポイドン地区の夜景。
Dsc08230

駅に向かって歩く途中、労働者の一団が集まっていました。解雇に反対し、ここで夜通し集まるつもりのようです。寝袋もありました。韓国って、ホントそこらじゅうでデモとかストライキがあるんですね。。。それはそれだけ韓国の状況がひどいと言うことかもしれませんし、でも、同じくらいひどくても国民が怒らない日本のほうが異常とも言えるかもしれないし。。。
Dsc08235

Dsc08233

このエリアの高級マンションの入り口。大きなゲートにはセキュリティらしき人も立っています。
Dsc08236

ヨウサンは、大学院で建築を学んでいます。専攻はアーバンデザインですが、学校での勉強や教授&学生たちの関心は都市建設プロジェクトなど大きなものに向きがちで、都市の貧困問題に関心を寄せる人は少数派なのだそうです。(日本の建築学会でも同じような状況だと思いますが)

彼女は大学院を卒業した後の進路はまだ決めておらず、建築事務所に入るか、それとも都市問題に関わるNGOなどに入るか、どうしようかと話していました。家は、おじいさんの代から続くエンジニアで、自営業なのだそうです。現在はお父さんが社長。彼女の弟は現在大学を休学してその会社で働き、将来は継ぐ予定。彼女自身はその会社には全く興味がなく、「男だけが関わればいい、私は嫌」と言っていました。

現在は仁川空港そばの実家からソウル大学まで長距離通学をしていますが、大学生の頃は独り暮らしもしていたそうです。家賃節約のために、屋根裏部屋の部屋を借りていました。屋根裏部屋は夏は暑くて寝られるような状態ではなかったけれど、家賃は相場の半額以下。水道代もタダだったから良かったといっていました。

夏は暑くて眠れないといえば、今回は訪問できなかった農業用ビニールハウスの住居。ヨウサンはASIAN BRIDGEのインターンとして、ビニールハウスを訪ねたことがあるそうです。ポイドンのコミュニティとは比べ物にならないぐらい悪い住環境で、水道や電気、ガスなど生活インフラは一切整っておらず、水を汲んできて生活し、ランプなどをともして電気としているそうです。ビニールハウスは黒い布で覆われて、中は見えないようになっているけれども、夏は暑くてとても住めるような環境ではないのでは?と話していました。

後日、ヨウサンからメールでビニールハウスを訪問した時の写真を送ってもらったので、以下に紹介します。1つのビニールハウスの中に、2~3家族ぐらいが暮らしているそうです(ただしビニールハウスの大きさにもより異なります)
Img_1656_1

外からは家だとは分からないような感じです。
Img_1656_2_2

Img_1656_3

Img_1656_3_3

12時ごろにホテルのある駅に到着し、ヨウサンと分かれました。2時ごろに寝ました。

| | コメント (0)

[jp] ハードコアな出自(ソウル4日目)

ソウル4日目の4月23日。この日は朝9時に起きました。ソウルに着いて以来、連日の雨でしたが、この日になってやっとうす曇に。朝食のあと、ホテル近くの郵便局に行き、前日に書いた葉書を投函しました。国際郵便の葉書で、1通30円程度。安いのに驚きました。(そういえば、地下鉄の料金も安いです)

身支度を整え、歩いて映画祭の会場へ向かいました。

会場付近の様子
Dsc07999

前日、上映後のQ&Aの様子を記録した写真をもらえるかと映画祭のスタッフに聞いたところ、翌日だったら渡せるということだったので、それをUSBメモリーに入れてもらおうと、映画祭の事務所に立ち寄りました。

映画祭のプログラマー・ジェヨン(向かって左)と、ホスピタリティーチーム担当のキョンヨン(右)
Dsc08001

映画祭の事務所。みな忙しそうに働いています!
Dsc08002

映画祭会場から歩いて、シンチョン駅に向かいました。
Dsc08005



Dsc08007
シンチョンの駅前にある現代百貨店で、花束を買いたいと思ったのですが、まさかの定休日(時間が早かったのかな?)で、買えず。近くにいた人たちに教えてもらい、別の花屋さんを教えてもらいました。残念ながらそこでは花束は売っていなかったのですが、小さな鉢植えの花を買いました。

この日は、12時に市庁前駅で、日本のインディペンデント・メディア&アクティビスト界では超・有名な、ドヨンと待ち合わせをしていました。私は2008年の洞爺湖G8反対運動で、ともに札幌&洞爺湖にいたはずなのですが、話したことはなく、面識もありませんでした(実際、別の人のことをドヨンだと今まで勘違いしていましたcoldsweats01

今回、ソウルに行くにあたり、レイバーネットの安田さんに「ソウルでインディペンデントのメディアをやっている人たちに会ってみたいのだけど、どなたか紹介してもらえませんか?」と聞いてみたところ、「ドヨンに聞けば、いろんな人を紹介してくれるかも」と、連絡先を教えてもらったのでした。

この日は、ドヨンと、ドヨンの友人でメディアクトでも活動をしていたキム・ジヒュン、インディペンデント作家のナヴィとともに、市庁前で待ち合わせをして、市庁前で労働者不当解雇に対して、2009年から座り込みを続けているサンヨン自動車の抗議テントを訪問しました。(サンヨン自動車はSsan-Yong Motorsって表記されているのですが、韓国語読みのローマ字表記って、日本人からすると「これでどう読めってことなの??!!」と思うような綴り方が多くないですか? 私だけかしら・・・)

経営状態が良いにもかかわらず、更なる利益を求め、2,646人もの労働者の解雇をし、生活苦・ウツなどになって、これまでに22人が命を絶ったということです。(2,646人の解雇の以前にも大規模な解雇を実施)。私は買ってきた鉢植えの花を、抗議活動テントにお供えしました。

市庁前駅では、場所柄、サンヨン自動車だけでなく、オキュパイ系の人たち、児童向けの書籍の出版社を解雇された労働者たちなど、様々な抗議活動が行われていました。

市庁前駅周辺の様子
Dsc08010

Dsc08011

サンヨン自動車抗議活動テントの前にて。解雇されたエンジニアの人と。
Dsc08016

韓国の労働者と言うと、映像や映画で見る限り、”激しい”感じの人ばかりだと思っていたのですが、この人はとても穏やか。(でも、いざと言うときには豹変するのかもしれませんが)
Dsc08014

ここでの抗議活動は違法だとして、警察から常に撤去の要請をされているそうです。特に、この秋の大統領選挙までに警察は撤去したいそうで、話を聞きながらロンドンオリンピックに向けて排除されそうになっているパーラメント・スクエアの活動を思いました。

夜もここで寝泊りして抗議活動を続けるそうですが、この簡素なつくりではマイナス10度近くになる冬の韓国ではかなり厳しそうです・・・。
Dsc08018

Dsc08020

韓国語のほか、英語や日本語でも彼らの主張について説明する看板が立てかけられていました。(写真はクリックすると拡大するので、それで内容を読むことが出来ます)
Dsc08019

エンジニアの方から、ここを訪問した記念にメッセージを書いてほしいと言われました。

かなり立派な芳名録!
Dsc08013

日本語でメッセージを書きました!!
Dsc08012
(なんか、日本語ネイティブの割には、文章がちょっとたどたどしかったかしら・・・? こういう寄せ書きみたいなものは、普段書く機会がないので・・・coldsweats01

この日は、メディアクトのジヒュンから、私と日本のインディペンデントのメディア状況についてインタビューをしたいと言われていましたが、そのインタビューのために”通訳者”として、韓国に留学中の日本人、カゲモトさんが来ていました。

カゲモトさんは、私が書いた日本語のメッセージを韓国語に翻訳してほしいとエンジニアから言われ、私のたどたどしいメッセージを翻訳することに!

中央のメガネをかけた男性がカゲモトさん(・・・って、男性陣全員メガネだわ・・・)
Dsc08021

かなり難航し、時間がかかっているようです・・・
Dsc08026

Dsc08027

無事翻訳完成!!
Dsc08028

サンヨン自動車抗議テント訪問のあと、あいち女性映画祭で知り合ったジミンも合流して、お昼ご飯を食べに行くことになりました。サンヨン自動車のエンジニアの人は、だいぶこのエリアに詳しくなったらしく(サンヨン自動車の工場自体はソウルから高速バスで1時間ほど離れたところにあるそうです)、いまどき珍しい、ご飯を釜で炊く美味しいお店を紹介してくれました。

初対面のドヨンでしたが、共通の友達が沢山いて、改めてびっくり!
Dsc08029

ラーメンが入った鍋
Dsc08030

これが噂のご飯!! 確かにめちゃめちゃ美味しい!!
Dsc08033

お釜にご飯がある程度残るぐらいに、別のお皿にご飯を映して食べます。お釜に残ったご飯には水をいれ、ふたをして蒸し、おこげにしていただきます。

向かって左がジヒュン、右がナヴィ。
Dsc08032

右側はジミン(横姿で残念。。。)
Dsc08035

ジミンからは彼女の前作「She saw spring」のDVDをもらいました!
Dsc08108

平べったいお皿にご飯をよそって食べていたら、それはご飯の”フタ”だと店員さんに言われてしまいました!! ご飯用のお茶碗を店員さんが出し忘れていたので、知らずに平べったいお皿を使っていたのでした。ご飯用の茶碗に入れなおします。。。
Dsc08037

ご飯を食べた後は、ジミンと別れ、その他の人たちで、ジヒュンたちが事務所として入っている、オープンしたばかりのメディアセンターに行き、そこでインタビューをすることになりました。(メディアセンターとしてのオープンは今年の5月の予定で、現在は数ヶ月前から合同事務所だけがオープンしています)。

ジヒュンは映像制作者ではなく、市民メディア活動の政策立案者、リサーチャーとして活動をしているのだそうです。日本だと、人手不足から映像制作者であり、運営者でもあり・・・と、一人が何役も兼務しているケースが多いですが、韓国では層が厚いのか、政策立案を専門にやると言う人もいるんですね。(日本では、大学の研究者とかがそういう役割を担っているのでしょうか? それとも、そもそも、そういう役割を持つ人って、日本ではどんな人なのだ??)

元は病院という建物を、現在は大学が所有し、それをソウル市がメディアセンターとして借り受けているんですって。
Dsc08073

Dsc08038

カゲモトさんは「そういえば、ここ消毒臭い」と言っていました。エレベーターも、担架が入るように長細く設計されていました。
Dsc08039

ジヒュンたち始め、3団体が事務所として入居している部屋。大体10畳ぐらいのスペース。
Dsc08041

Dsc08042

Dsc08043

Dsc08044

Dsc08070

インタビューの前に、ここのメディアセンターの設備を見学させてもらうことにしました。正式オープン前なので、ジヒュンたちもまだ見たことがないそうです。
Dsc08045

全国のメディアセンターの名前が書かれているそうです。テレビ局も市民メディアに関わっています。(MBCの名前がいくつか見えます)
Dsc08046

気楽な見学のつもりで、事務局の人に「建物の中を見ても良いですか?」と聞いたところ、「上の者に聞いてきますので・・・」的なやり取りが2回あり、最終的にはここの施設の責任者の方が出てきて案内をしてくれるという大掛かりな事態になってしまいましたcoldsweats01

メディアセンターは、市民に開放し、登録すれば誰でも無料、もしくは低料金でビデオ制作の講座を受けたり、カメラ機材を借りれたりすることができます。

・・・ということは聞いて知ってはいたものの、その設備の素晴らしさ・グレードの高さに改めて驚きました。

責任者の人
Dsc08047

編集作業をするための部屋。マックなんだ~
Dsc08049

講義を受ける部屋
Dsc08050

Dsc08051

貸し出し用の機材が置いてある部屋。機材はどれも民生用~業務用までそろっています。
Dsc08052

驚いたのが、この本格的なレコーディングルーム。私もナレーションとカリンバの録音で、レコーディングスタジオを利用しましたが、そこよりもはるかに良い設備!
Dsc08053

Dsc08055

Dsc08057

Dsc08058

Dsc08059

Dsc08060

「これ、ほんとに登録した市民の人たちが使うための設備なのですか?」と聞くと、「もちろん」とのこと。でも、例えばこの本格的過ぎるミキサーなど、使ってもいいよといわれたところで、使いこなすのは難しいのでは?と聞くと、それはサウンドエンジニアが一緒に作業したり、使い方を教えながらやる、と言っていました。う~~~ん、それにしてもすごすぎる。

「日本のメディアセンターはどうですか?」と聞かれました。表情からして(日本はもっと素晴らしいに違いない)という期待が見て取れましたが、私が知る限り、東京では行政がメディアセンターとして開放している施設で(←メディアセンターと呼べるレベルのものがあるかどうかも微妙ですが)、ここまで優れたものは見たことがありません。(ですよね? こんな設備がタダ同然で使える場所をご存知の人がいたら、教えてほしいぐらいですよ!!)

韓国では、こういったメディアセンターが全国に約30もあるんですって!! メディア教育にとても力を入れているので、このような施設が充実しているのだとか。

・・・でも、話を聞きながらちょっと不思議な気もしました。MBCテレビのストライキにあるように、イ・ミョンバク政権以降メディアに対する介入が激しいと聞いていたのに、市民のメディア教育にここまで力を入れるというのは、相反するのではないか?と。政権がメディアをコントロールしたいなら、市民にメディアを持たせないようにするのが普通なのではないか?と思ったからです。

そう聞いてみると、こんなに素晴らしい施設があっても、それでも当初よりだいぶ市民メディアに関する予算は削減されてしまったのだそうです。本当なら、もっともっとメディア教育が充実されるはずだったのに、と話していました。

う~~~ん、これでも”だいぶ削られた”結果なのか。。。日本に暮らす私からみれば、だいぶ恵まれているように思うけど。。。

でも、実際、インディペンデントのドキュメンタリーを上映する専門の公営の映画館が出来たそうですが(←うらやましすぎる!)、イ・ミョンバク政権になって映画館の運営者が変更されてしまい、現在はインディペンデントと言っても政治的メッセージのないアート系のものばかりが上映されている、と言っていました。

また、インディペンデントのメディア団体や関係者への弾圧や逮捕なども行われ、中には”リツイート”(Twitter上で他人の発言を引用・転送すること)しただけで逮捕された人もいたのだそうです!!

施設見学を終え、ジヒュンによるインタビューが始まりました。質問は私自身に関することや、日本の社会問題、日本でインディペンデントのドキュメンタリーを作る人々について(良く「何人ぐらいいるのか?」って聞かれるのですが、これ、すごく難しいですよねぇ・・・。”インディペンデント”の定義自体難しいし、インディペンデントの中でも更に幅があるし・・・。どう答えたら良いのでしょうか??)、日本のメディアについて、など。あ、あと、「日本のインディペンデントの人たちがどうやって生計を立てているのか」というのは、必ずと言っていいほど、韓国滞在中に聞かれました。「いや、生計は立ててないと思うんですけど・・・」って答えておきましたけどcatface

ちなみに、韓国のインディペンデントの制作者たちは、韓国には沢山の映画祭があるからそれらに応募して上映をする機会には恵まれているものの、それ以外の方法となると、その選択肢の狭さや財政的な厳しさは、日本と似たり寄ったりのようでした。

インタビューは大体1時間ぐらいでした。今回のインタビューは、ジヒュンさんたちが発行するオンラインの月刊誌に掲載されるんだそうです。どんな内容になるのか、楽しみです!

インタビューの話に耳を傾ける男性陣。。。
Dsc08063

インタビュー終了後に記念写真
Dsc08067

Dsc08069_2

ジヒュンと別れ、ドヨンとカゲモトさんとともに、”ドヨンの行きつけの安い居酒屋”に行くことになりました。ドヨンについて歩いていくと、なぜかセブンイレブンに・・・
Dsc08074

セブンイレブン入り口の脇には、簡素なテーブルとイスが置いてあり、そこがドヨンの居酒屋なのでした!!!
Dsc08076

月曜日のまだ午後4時ごろ。フツーの人は働いている時間に、コンビニの脇でお酒を飲む私たち・・・。ある意味、すごく贅沢かもしれません。(私は疲れていたし、次の予定があったのでコーヒーにしましたが)。

このブログを読んでいる人の中には、ドヨンにあったことがあり、彼を良く知っている人もいるかもしれませんが、ドヨンは大阪の釜ヶ崎で生まれたのだそうです! 1~2歳でソウルに渡ったので、釜ヶ崎での記憶はほとんどないということですが、生まれが釜ヶ崎と聞いて、とっさに「うわ、それすごいハードコア!」と私は言い、不思議な顔をされました。え、だって、釜ヶ崎生まれで今アクティビスト(?こう表現してよいのか分かりませんが)って、なんか、なるべくしてこうなったと言うか、宿命的なものを感じるなと思ったので・・・。私としては”賞賛”のつもりで”ハードコア”って言ったんですけど、あまり一般的な褒め言葉ではないですね、確かにcoldsweats01

私の「さようならUR」に対して、韓国の人からは良く「ヨンサン」のことを引き合いに出されます。ソウルのヨンサン地区で、再開発に反対し、立ち退きを拒否し立てこもった商店主たちが、警察や機動隊と激しく対立し、その対立のさなかに火炎瓶に火がついて大火事となり、商店主と警官の5人が犠牲となった事件です。確かに根っこの部分では同じ問題ですが、さすがに日本では放水車や催涙ガス、ヘリコプターによる空からの警官投入といったような派手(?)な応酬は、浅間山荘事件以降、めったにあることではありません。

ヨンサンの大惨事のすぐあとに、ドヨンはヨンサンの建物内にメディアセンターを開設して、そこから情報発信を続けたそうです。ドヨン曰く、「誰もが気軽に来れる場所作りをしたかった」とのこと。そんな彼は、日本でも2008年の洞爺湖サミットを始め、東京や大阪、仙台、福島、Jビレッジのすぐ近くまで行くなど、さまざまな”現場”に身を置き、交流してきました。日本の草の根の活動や知る人ぞ知る場所なども大抵知っていてびっくり。

色んな世間話をしていて、話は「ソンミサン・マウル」のことになりました。今回、私は訪問したいと思っていたが、訪問できなかった、でも、ソンミサン・マウルについて、ドヨンはどう思うか、と。ソンミサン・マウルは理想的なコミュニティビレッジなのではないか?と、日本での紹介記事を読んで興味を持っていた私は、前日の「ナメクジ・ユニオン」のインタビューの際に、そのことを持ち出しました。そのときに、ナメクジ・ユニオンのメンバーからは、意外にも「ソンミサン・マウルは例外。住宅問題解決の参考にはならない。彼らはミナ教育、生活水準が高くて、一般的な韓国国民に応用することは出来ない。ソンミサン・マウルのように恵まれた人たちではなく、そうじゃない人たちのことを考えるべきだ」と言われたからです。

なので、ドヨンは「ソンミサン・マウル」についてどう思っているのか、彼の意見を聞いて見たいと思ったのでした。

ドヨンは、ソンミサン・マウル内に住んでいる友達もいるそうですが、ソンミサン・マウルについては、閉鎖的で外の人たちと付き合おうとしない、良い噂は聞かない、と言っていました。。。

う~~~~ん、一方では「ソウルで最も住みたい町」とまで紹介されている場所が、実際に住宅運動や貧困の問題に関わる人たちからは、冷ややかな目で見られているというギャップはなんなのでしょうか。。。

成功している例が周りからやっかみも含めて色々言われるということもあるかもしれないけれど、色々と話を聞いていると、(全員とは言いませんが)ソンミサン・マウルに住む人たちは、高い意識と生活レベルを共有できる人たちの、理想郷的な場所を目指しているようで、格差や貧困、野宿者といった問題に取り組む人たちとはあまり交流がないようです。

話を聞いていて、そういう傾向は日本でもあるかも、と思いました。例えば、コレクティブ・ハウスや、コーポラティブ住宅などの住まい方に関心がある人たちは、割と高収入だったり、知的な職業についていたりと、意識の高い人たちだったりします。”住まい”には関心を持っているけれども、だからと言って野宿者や貧困問題まで関心を持っているかといえば、それは人によります。

「一番いいのは、実際にその中に入って、3ヶ月でも住んで見る事だよ」とドヨンに言われました。確かに、自分の目で確かめるのが一番いい。情報は、(私のブログもそうですが)、その情報を発信した人の目線と関心で書かれているものなのだから、それが全体的なものを代表するとは決して言えないのだし。なので、「ソンミサン・マウル」がオルタナティブ・ビレッジの理想として絶賛されているのも、一方では事実なのだろうし、また別の視点に立てば違うと言うことになるのだろうと思います。

今回、ソウルに行く前にネットで沢山検索をして、韓国の住宅問題について書かれている資料はそれなりに読んで一夜漬け勉強をしてきました。でも、ソウルについて、実際に人に会って話を聞くことで、(あれ、ちょっとニュアンスが違う・・・)と思ったことがいくつもありました。

例えば、韓国の不動産賃貸の方式、チョンセ。これは、入居時に高額な資金を大家さんに預け、退去時に無利子で返してもらうというシステムです。大家さんは預かった資金を運用し、その利子を得る仕組み。このチョンセについて、事前に日本で読んだ資料では、「韓国ではチョンセという独特の仕組みがあり、このチョンセ金を用立てするのが難しくて不動産を借りれない」と、ネガティブな感じで書かれてありました。

しかし、ナメクジ・ユニオンのハンソルによれば、チョンセは預けたお金がそのまま返ってくるので、家賃が実質タダということになるので、とても良いシステムだと話していました。しかし、現在では不動産運用でそんなに高利益が望めないため、チョンセをやらない不動産屋が多くなってしまったとのことです。ハンソルはチョンセに対して好意的ですが、でも、まず不動産を借りる大前提となるチョンセ金を用立てすることができる経済力があることが前提ですけれども。。。

チョンセは一例ですが、このように、自分がネットで調べた知識と実際が異なるケースが良くありました。でも、考えてみたらそれは当たり前のことで、今回の自分の旅は、自分が頭でだけ仕入れた知識と現地での情報のギャップを埋めること、だとも言えるかもしれません。ネットで詳しく書いてあると、分かったような、十分のような気になってしまいますが、やはり現地を訪ね、人と話すことは大事だと改めて思いました。

ドヨンは「日本の運動、例えば三里塚や宮下公園なども、韓国では実際より美化されて伝わっているよ」と言っていました。なるほど。。。運動体の中でかき消されてしまうマイノリティーの存在などについても話は及びました。

6時ごろになり、ドヨンたちと別れました。私はこの日、7時から映画祭の会場近くの居酒屋で、映画祭が主催する「ディレクターズ・ナイト」の飲み会に参加することになっていました。月曜日の夜が来場監督中心の「ディレクターズ・ナイト」で、火曜日の夜が映画祭全体の「フェスティバル・パーティー」ということでした。

私は結局、映画祭に行った初日のドキュメンタリー1本しか観ておらず、その後はずっと外に出かける予定だったので、飲み会だけ行くというのがちょっと心苦しかったのですが、でも飲み会だといろんな人に会えるし・・・と思い、月&火の飲み会だけは参加することに決めていました。

同じテーブルには、いろんな国の女性監督が並びました。向かって左から、ジュディ(アメリカの監督アン・レントンの友人でアーティスト)、タイ人監督のPuangsoi Aksornsawang、オーストラリア出身で現在はロスで映像制作をしているアン・レントン、そしてフランス人監督のエマニュエル・ミレット。
Dsc08085

Q&Aをするのが初めてで緊張していると言うタイ人監督に対し、これまでにトライベッカ映画祭などでも上映をしてきたアン・レントン監督(The Perfect Familyという作品の監督)は、「意地悪な質問をする人がいても、聞き流せばいいのよ。でも、韓国の観客はみんな優しくて熱心だったわ。あ、でも質問が多くて長いわよ。」とアドバイスをしていました。果たして、翌日のタイ人監督のQ&Aは如何に・・・。

Dsc08086

Dsc08088_2

Dsc08091


パーティーの途中で、映画祭のスタッフから、今回の映画祭についての感想やコメントなどの聞き取りがありました。
Dsc08097

Dsc08095_2

私の前に座った監督は、シンガポールのKaz Caiという監督で、今回の映画祭にはコンペの短編で参加したとのことでした。私の隣が浜野佐知監督で、3人で話始めました。Kaz監督は、20代後半から30代ぐらいかと勝手に想像していたのですが、これまでの仕事の話や今やっているプロジェクトの話などを聞いていくと、あれれ、この人いくつなんだろう??と混乱してきました。

映像業界に入って20年。最初は編集マンとして働き始め、編集をしながら映像に関して学びました。昼間は編集の仕事をし、夜は自分で脚本を書くようになり、それで実験的な映像を自分で作るようになりました。その後フリーになり、シンガポールも飛び出し、ここ10年ぐらいはエージェントやクライアントとその都度契約し、CMやコンサートの映像を作るのが本業なのだそうです。しかもそのCMの仕事と言うのが、例えば今度のロンドンオリンピックのコカコーラのCMとかだったりするわけ! コカコーラが企業として良いかどうかは別として、CMを生業としている人たちの間では最高レベルの仕事ではないですか? 彼女曰く、企画をエージェントに出し、クライアント(コカコーラやナイキなど)が気に入れば、実際にCMを制作する・・・というのが日常の仕事のプロセスなんですって!

彼女のウェブサイトに、これまでの仕事をつないだサンプル映像があります。彼女はこれをiPhoneみたいなデバイスに入れて持ち歩いています。多分、クライアントに提示するときに、その場で見せられて便利なのでしょう。

浜野監督と、彼女の作った映像を観ながら、映像のスタイリッシュさやスピード感、洗練さに驚きました。普通にテレビで見るような”カッコイイ”CMのようです。でも一方で、誰が作ったのか分からない、作り手の顔が見えない映像でもあります。自主制作とは対極にあるともいえるでしょう。そんな業界の第一線で活躍する彼女が、”自分”や”個性”と言ったものが出る(出ざるを得ない)自主制作の映像で、どんな作品を作るのか、とても興味のあるところです!

彼女は、浜野監督がこれまで歩んできた道にとても興味を持っていました。私は2人の間で通訳まがいのことをしていましたが、二人とも興奮しながら質問が次々と飛び交い、思わず私の通訳にも熱が入ります!

3人で記念写真!!
Dsc08101

このパーティーは7時ごろから始まったのですが、気がついたら11時を過ぎており、私以外の外国人監督たちはいつの間にか、みんな帰ってしまっていました。外国人監督たちと入れ替えで、韓国人の新人監督の一団がやってきました。彼女たちは、卒業制作が短編のコンペで上映され、今はアルバイトをする生活なので、仕事を終えてやっと飲み会に来れたところでした。私以外は全員が韓国人監督、そして映画祭のスタッフたちという特殊な環境ではありましたが、なぜだか異様に盛り上がって、気がついたら12時過ぎに! とうとう終電で会がお開きになるまで私は残っていたのでした。。。

韓国の新人監督たちと!
Dsc08103

普段は化粧品販売のアルバイトやレストランなどで働いているそうです。ガンバレ!!
Dsc08102

日本プログラムのプログラマー、ミョウジョウさんも参加。(向かって右側)
Dsc08105

お開きのあとは、ミョウジョウさんにホテルまで送ってもらいました。歩きながら、ミョウジョウさんとゆっくり話ができたのがうれしかったです。私よりちょっと年下で、ソウルで映画批評を学んだあとに、インド、そしてアメリカへ留学し、昨年ソウルに戻ってきて映画祭に関わるようになったそうです。日本語が出来るのですが、日本語を勉強したことはなく、全て日本の映画からの習得・・・!! すごいなぁ。。。

ホテルに着く頃には1時を過ぎていました。この日も盛りだくさんな一日でした。

| | コメント (0)

[jp] ソウル上映!(ソウル3日目)

さて、ソウル3日目の4月22日は、いよいよ「さようならUR」の上映日でした。日曜日の朝11時からという早い時間帯、そして朝からまた強い雨という悪条件。果たしてどれだけの人が来てくれるのか。。。

ホテルでトーストを食べましたが、どこか物足りなくて、カフェに立ち寄り改めてホットサンドを食べました。これから上映とQ&Aが終わるまでの間、午後1時ごろまで何も食べれなそうですから。
Dsc07943

映画祭スタッフとの待ち合わせは上映開始の20分前(10時40分)でしたが、10時ごろにホテルを出て、周りの景色の写真や動画を撮影しながら映画祭の会場に向かいます。

普通に歩いて7分ぐらいの距離のため、撮影しながらでもとても早く到着してしまいました。映画祭のゲスト用のラウンジに立ち寄り、そこで待つことに。

ゲストラウンジ(ドリンクや軽食、そして映画祭期間中に毎日発行される新聞などが置かれています)
Dsc07951

待っている間、出発前に購入した韓国のガイドブックをみて、舞台挨拶用に韓国語での挨拶を調べました(遅いだろって感じですが。。。)。「こんにちは」と「ありがとう」は既に覚えていたのですが、「私の名前は○○です」がどうしても覚えにくく、アンチョコとして手のひらに書きました。
Dsc07950
(結局、舞台上では手のひらを見ながら挨拶をしてしまいました。情けない。。。)

待ち合わせ時間の10時40分になり、上映会場まで行きました。映画祭プログラマーのジェヨンと、今回の英語⇔韓国語の通訳を担当してくれるビビアンと会いました。”打ち合わせ”と聞いていたのですが、結局ビビアンと挨拶をしただけで終わり。ビビアンは既に私の映画はDVDで観ているから、Q&Aの時間になったらまたここに来ます、だけ!!! それでなくても英語でのQ&Aということで心細かったのですが、もうここまで来たらどんな状況でもやるしかない、と覚悟を決めました。

私の上映回のチケット
Dsc07990

しばらくして、私のQ&Aのモデレーターをしてくれる、延世大学の社会学部教授、ヒュンミ先生が来ました。映画の分野には詳しくないけれど、社会学・社会問題の分野ではかなり知られた先生なのだそうです。私の映画についてもとても興味を持って観た、といってくれました。韓国の住宅問題について、そして私が映像制作を始めたきっかけなどについてあれこれ話し、何をQ&Aで話そうかという、やっと”打ち合わせ”らしいことが出来て、安心しました。

・・・と、ここで大問題発生!!! 私は、このブログでも書いたとおり、韓国でのQ&Aをビデオカメラで撮影するつもりでした。カメラを撮影してくれる人が現地で確保できるとは限らないので、三脚も持ってきていました。観客の邪魔にならない位置に三脚をセットして、固定で撮影をしようと思い、映画祭のスタッフにもその旨伝えていたのですが、なんと三脚のカメラをセットする雲台がないではありませんか!!!

雲台の行方不明はありがちな話なのですが、でもそれはビデオカメラと三脚をいろいろ使いまわしている場合に起こります。(使用後にカメラから雲台をはずし忘れて、そのままカメラケースにしまってしまい、後日その三脚を別のカメラで使用したいと思ったときに雲台がないことに気がつく)

でも、私の場合はカメラ1台、三脚1台の組み合わせで使っていますので、カメラにも三脚側にも雲台がついていないというのは、通常ありえないことで、これまでにも起こったことがありませんでした。どうして、こんな大事な日に雲台どこに行ってしまったのーーーー!!!

上映直前の超ドタバタの時期に、どうしようと大騒ぎになり、結局ビデオカメラを触ったこともない、プログラマーのジェヨンに撮影をお願いすることになりました。彼女も「どうしようーーー!」と言っていましたが、他に頼める人もなく。。。ここ一番というときに、こんなハプニングが起こるなんて。。。

バタバタのまま、撮影について大きな不安を残したまま、いよいよ開始のベルがなり、会場は真っ暗に。(今更どうしようもないんだから)と自分に言い聞かせ、映画を観ることにします。

最初は気持ちがややざわついていましたが、そのうち、観客の人が映画に反応してくれたり、笑ってくれたりして、段々落ち着いてきました。

韓国語字幕がついた自分の映画を観て感激!! 思わず写真を撮りまくってしまいました。だって、登場人物の皆さんに自分のパートに韓国語字幕がついた部分を見せたいと思ったので。

上手く撮れたとはいえない写真なんですが、でも焼き増しして各住民の方々に渡したいなと思っています。
Dsc07953

Dsc07956

Dsc07957

Dsc07959

Dsc07961

Dsc07962

Dsc07964

Dsc07967

レンホウさんまで韓国語字幕!(当たり前ですが)
Dsc07965

韓国語字幕のタイミングや様子(数字やローマ字など)を観ていて、どうやら韓国語字幕は日本語をもとに作られたようだ、と思いました。私は素材提出時に、「日本語が理解できる翻訳者だったとしても、英語字幕をもとに韓国語に翻訳するようにしてください」とお願いしていました。なぜなら、日本語のままでは説明不足で分かりにくい部分を、英語字幕制作時に補いながら作ったからです。英語にするときに、日本語では省略されがちな主語・主体などをはっきりさせ、単語も海外の人によりわかりやすいものに吟味して作りました。なので、日本語から訳されてしまうと、韓国の人には分からない社会的背景が出てきてしまうのです。

その辺も上手くカバーされながら訳されていれば良いのですが、韓国語ではどうなっているのか、私には分かりようがありません。。。

さて、無事上映が終わりました。会場が明るくなり、前に出るとお客さんたちの顔が見えました。大体50人ぐらいでしょうか? 200人ほど入る会場だったので、座席は空席が目立つ状態ではありましたが、朝一のこの映画を観に来てくれたお客さんたちは、大学で住宅問題を学んでいたり、映画を勉強していたり、と、熱心な人が多かったです。(映画祭での上映後も、「会場では恥ずかしくて質問できなかったから・・・」と、ツイッターで映画についての質問や問い合わせをしてくれる人も何人かいました)

Q&Aでは、最初延世大学の先生から、私がドキュメンタリーを作るようになったきっかけについて質問がありました。私はこの件について、このブログ上でも何度も書いていますが、韓国発のオーマイニュースがきっかけでしたので、そのことを話しました。私が映画を作っていることの大きな理由に韓国との繋がりがあり、今こうして自分の映画がソウルで上映されているというのは、改めてとても感慨深いものがあります。

Q&Aの様子(Q&Aの写真は全て映画祭から提供してもらったものです)
向かって左側がモデレーターのヒュンミ先生、右側は通訳のビビアン。
Gv_img_0077

次いで、客席からの質問。日本政府の住宅政策の基本は何か、という質問でした。
Gv_img_0096

打ち合わせゼロで挑んだQ&Aでしたが、ビビアンさんとの意思疎通や話すタイミングは問題ありませんでした。
Gv_img_0102

日本プログラムで「311:ここに生きる」を上映された、NY在住の我謝京子監督から質問。「東日本大震災で73号棟は大丈夫だったのか」
Gv_img_0105

客席の様子
Gv_img_0104

そして、前日に知り合ったチェ・ユンヒさんも観に来てくれ、質問をしてくれました。「住民は撮影に協力的だったのか」、「撮影をするときは契約書のようなものを交わすのか」、「政府の撮影についてはどうか」等、現在ドキュメンタリー制作を始めたばかりのユンヒさんらしい質問ばかりでした。
Gv_img_0121_2

Q&Aの時間は30分間ありましたが、韓国語と英語なので、実際はその半分の15分程度のボリュームです。あっという間に30分が過ぎてしまい、無事Q&Aを終えることが出来ました。「最後に何かメッセージはありますか?」とヒュンミ先生から。私は、「映画作りをDIYでやってきたので、住宅についてもDIYの精神でやって行くのが良いのではないか?」といったことを話しました。最後のメッセージとしてふさわしいのかどうかわからないけれど。。。

とりあえず、上映直前にドタバタな事態となってしまいましたが、Q&Aは自分でも驚くほど落ち着いて出来て、良かったと思います!

上映後、浜野佐知監督と我謝京子監督とともに。(写真は山崎邦紀さんからいただいたもの)
Dsc01345

Q&A後、カメラ機材を片付けていると、無くしたはずの雲台を持った男性が、微笑んで立っていました。「これ、落ちていましたよ」と。。。

うそーーーーーーーーーー!

聞いてみると、私が広げた三脚の下に落ちていたんですって。。。会場が既に暗くなっていて、黒い雲台がすぐそばに落ちているのを見えないだけだったんだ。。。

あまりのマヌケさに脱力してしまいましたが、Q&A以外にも今回の旅行中に3つのインタビューを予定していたので、雲台が見つかってとても安心しました。

そしてその雲台を見つけてくれた男性は、オ・ジュンフンさんというソウルインディペンデント・ドキュメンタリー映画祭(SIDOF)の人で、今回ソウルに行く直前に若井さんに紹介してもらい、現地で会いましょうと連絡していた人なのでした!!!

ジュンフンさんと、同じくSIDOFスタッフのミナさんとともに、近所へお昼ご飯を食べに行くことに。
Dsc07971

SIDOFのカタログ、マグカップ、グッズ(ノートやはがきなど、どれも統一のイラストが描かれてて超キュート!)など、若井さんの分と私の分をいただきました。(うれしいけど、かなり重かったですよ・・・coldsweats01
Dsc07991

Dsc07992

Dsc07993

ジュンフンさんは、日本に行ったこともあり、そのときは山形の映画祭、そして東京、大阪などにいったそうです。大阪のてれれ・下之坊さんを知っていると話し、私がこれからソウルで会う予定のインディペンデント・ドキュメンタリーの人たちとも、共通の知り合いが沢山いました。メディアクトで教えていたこともあるそうです。ジュンフンさん自体もドキュメンタリー制作者なのですが、生活のためと、SIDOFのために、制作からはしばらく離れていましたが、現在は移民女性たちのドキュメンタリーを作っていて、もうすぐ完成するのだそうです!!

既婚者のドキュメンタリー制作者には、学校の先生や公務員など”堅実なパートナー”がありがちですが(ドキュメンタリー監督はヒモ?!?!)、ジュンフンさんの場合、奥さんもインディペンデントのドキュメンタリー制作者なんですって。しかもお子さん2人。一体どうやって生活しているのでしょう!!

韓国のインディペンデント制作者たちは(日本もそうですが)、それだけでは食べていけないので、皆何かしら仕事やアルバイトをしながら映画を作っているといっていました。そして、ジュンフンさん、ミナさんともに、住んでいる場所を地下鉄路線図で教えてもらったら、地図の端っこの方でした。(日本で言えば、横須賀、朝霞、みたいなレベル)。それだけソウル中心部の家賃が高いということなのでしょうが、映画祭のような活動をしている限り、何だかんだとソウル中心部まで出てこなければならない用事も多いでしょうから、大変そう。。。

いつかSIDOFにも行ってみたいです!

お昼ごはんを食べた後は、ジュンフンさんたちと別れ、3時から延世大学の学生たちと待ち合わせをしていました。ずっと前にこのブログで書いた「ナメクジ・ユニオン」のメンバーと会うためです。

「ナメクジ・ユニオン」については、こちらの記事をご覧ください。私は偶然、私も参加している住宅問題関係のメーリング・リストで「ナメクジ・ユニオン」のことを知りました。今回、ソウルに行くなら、若者の住宅事情も知りたいと思い、「ナメクジ・ユニオン」のことをふと思い出して連絡を取ったのでした。

記事の中で紹介されていた「ナメクジ・ユニオン」のウェブサイトをクリックしてみましたが、エラーになってしまい、どうやったら彼らを見つけられるのかと途方にくれていました。そこで、以前アワプラのイベントで知り合った、韓国人のイさんに「ナメクジ・ユニオン」について知っているかどうか尋ねた所、「ツイッターで彼らのアカウントを発見した!」という連絡が!!(でも、イさんからは「韓国人でもほとんど彼らの活動は知らないと思いますよ」と言われました)

ダメもとで、ツイッター上から連絡したところ返事をくれ、「ナメクジ・ユニオン」のメンバー自身も「自分たちは英語や日本語では一切情報を公開していないのに、一体どうやって見つけたの?」と驚いていました。その後ツイッター上でのやり取りを続け、この日、3時に会いインタビューをさせてもらうことになりました。

映画祭のロビーで、「ナメクジ・ユニオン」メンバーのハンソル、そしてガールフレンドで英語通訳を担当してくれるミンジ(ともに延世大学の3年生)と会いました。動画のインタビュー収録なので、カフェでは雑音がうるさいので、15分ほど歩いて延世大学に行きました。

延世大学は、日本でいうところの早稲田大学のような、マンモス有名大学
Dsc07972

大学の正門前でハンソルと。
Dsc07973

ミンジと。
Dsc07974

強い雨だったのが残念ですが、広い学内を歩きながら、学校について紹介してもらいました。

大学の部活やサークルが入っている校舎。かなり大きいです。「ナメクジ・ユニオン」の部室もこの建物の中にあります。
Dsc07975

部室の中の様子。ときどきここで仮眠する人もいるんですって。
Dsc07980

Dsc07978_2

飾られている写真は、90年代に大学の授業料値上げ反対闘争で警察・機動隊と衝突し、命を落とした延世大学の学生。入学して数ヶ月で亡くなってしまったそうです。
Dsc07979

約1時間半、大学生の置かれている住宅状況について、「ナメクジ・ユニオン」の活動についてなど、詳しく話を聞くことが出来ました。後で聞いてみたら、翌日がテストで、このインタビューの前日は徹夜で勉強をしていたそうです。忙しい最中に、申し訳ない。。。

インタビュー時の様子
Dsc07977

インタビューは英語⇔韓国語でやりましたが、やりながら、(これはやりやすい!)と思いました。これまで、英語または日本語でのインタビューしかしたことがなかったのですが、それらの場合、会話はダイレクトに進んでいきます。しかし、韓国語に通訳をされる場合は、その間私は次の質問を考える時間が与えられるのです! 意外に良いかも、と思いました。

通訳をしてくれた、まだ若いミンジの手に、尋常でない大きさのペンだこを見つけました。韓国の受験戦争の激しさは日本でも良く知られています。延世大学に入るため、相当勉強したのだろうな・・・と思いました。

ハンソルによると、延世大学=エリート=お金持ちではない、とのこと。もちろん、親がお金持ちで教育にお金をかけることが出来、それで延世大学に入学した人もいますが、世間で思われているほどにはお金持ちではない、と話していました。

大学の密集するこのエリアの家賃はとても高く、特に学生は家探しの時に立場が弱いそうで、不当な契約を結ばされることも多いそうです。「ナメクジ・ユニオン」では、学生たちに住宅状況について詳細なアンケートをとったところ、例えば、家賃を安くするため、居住環境の悪い屋根裏部屋や地下で暮らす学生が多かったり、契約期間内に解約したとして、日本円で100万円相当のお金を取られたという人もいたそうです。そのほかの活動としては、物件情報の提供や、引越しの手伝い、デモ、毎週のミーティングなどをしているそうです。

「ナメクジ・ユニオン」の中心的なメンバーは10人で、会員は150人ほど。デモをするときは、「ナメクジ・ユニオン」だけではなく、他の若者向け社会問題・社会保障のグループ(非正規労働とか)と共同で行います。韓国ではここ2~3年、社会保障への関心がとても高まっているそうです。その理由についてハンソルは、民主化闘争、高度経済成長、IMF危機を経て、経済成長をしても、経済のパイを大きくしても、皆がその恩恵にあずかれるわけではない、富める人がより富み、貧しい人はより貧しくなり、社会に格差が広がった。それがここ数年で顕著になったので、社会保障について関心を持つ人が増えたのではないか?と話していました。

「ナメクジ・ユニオン」の活動は、まだまだ大きいとはいえないけれど、でも、アンケートを政府に提出して、実際に若者向けの住宅政策に反映させた実績もあるそうです!!

「ナメクジ・ユニオン」の活動紹介リーフレット
Dsc07997

Dsc07996_2

Dsc07998_2

ハンソルは、これまで兄と共同生活をしていましたが、兄が大学を卒業し、一人で暮らす家賃を親が負担することが難しくなり、2ヶ月前から「ナメクジ・ユニオン」の仲間と6人で共同生活をしています。一人暮らしなら、相場は5万円程度ですが、6人で共同生活をすることで、一人2万円程度で済んでいると話していました。

日本同様、韓国でも「空き家」が増えているそうで(全体の10%ほどが空き家)、住宅に困る若者が増えているのに、空き家があるなんておかしい!という問題をクローズアップしようと、現在「ナメクジ・ユニオン」では、ドキュメンタリー映画を作っているのだそうです!! テーマは「空き家を占拠せよ!」。8編ぐらいの短編をあわせて1本の映画に仕上げる予定だそうで、オープニング映像は既にYouTubeに上がっています! ビデオはこちら。彼ら自身、独学で撮影&編集したそうですが、面白い感じ!! 完成が楽しみです。

ちなみに、その映画には私のインタビューも入れたいということで、私のインタビュー後に、20分ぐらい、今度は彼らからインタビューをされました。質問は、「さようならUR」を作った理由、日本の住宅問題について、住まいに関するエピソード、韓国の住宅問題で悩む学生たちへのメッセージ、などでした。

どんな映画になるのでしょうね?? 映画が出来たら(7月に完成予定)、ぜひ日本でも紹介したいです!

ハンソルたちは、映画作りを始めて以降、撮影や編集にとても時間がかかり、勉強に支障が出ていると言っていました。うんうん、映像制作なんか学生で始めちゃったら、人生計画狂ってしまいそうなので、あまりお勧めできませんが・・・!

インタビューのあと、ミンジからもインタビューをしたいと言われました。彼女は延世大学でコミュニケーションを学んでいて、将来はジャーナリストを目指しています。延世大学の学生マガジン(季刊)で、インタビューを載せたいということでした。お互いの予定を合わせ、そのインタビューは25日の午前中に行うことにしました。(旅行の時って、”朝”の時間帯の方が確実に確保できるので)

部室でのインタビュー終了後、ハンソルが共同生活するアパートに連れて行ってもらいました。大学からは歩いて15分ほど。アパートというより、外見は雑居ビルのような感じです。

お世辞にも片付いているとはいえない状況・・・coldsweats01
Dsc07983_3

ここは居間兼一人分の部屋(全くプライバシーがない状態ですが、それでも気にしないという人の部屋)
Dsc07985

3人用の寝室ということですが、どのように使い分けているのか不明。寝室というより、雑魚寝に近い。もうひとつの部屋は2人部屋。
Dsc07989

ミーティングルーム。毎週の「ナメクジ・ユニオン」ミーティングはこの部屋でやるそうです。ホワイトボードも取り付けました。ミーティングのない日は、このように洗濯物を干したり、女子が泊まりに来た日は、女子はこの部屋で寝るそうです。
Dsc07981

Dsc07982_2

台所(使ったお皿は自分で洗うこと、などの張り紙がしてあります)
Dsc07984

冷蔵庫の中は6人暮らしとは思えないほどスカスカ・・・
Dsc07987

全体的な印象としては、スペースは6人が暮らすに十分な広さがあると思いましたが、そのスペースを有効活用できておらず、しかも散らかりすぎ、という感じでしょうか。

「こんな環境で勉強するのは無理でしょう!」と言ったら、勉強は大抵大学の図書館でやるので、家ではほとんどしないとのことです。

家を見せてもらったあと、彼らと別れました。既に8時を過ぎていました。この日はまっすぐホテルに戻り、葉書を書いたり、ホテルからメールをしたり、翌日以降の撮影に備えてバッテリーの充電や撮影したテープの整理などをしました。

無事今日で上映が終わったので、あとは人と会うことやインタビューに専念できると思うと、だいぶ気持ちは軽くなりました。

・・・とはいえ、一番訪問したいと思っているMBCテレビ局のストライキ現場の訪問日程がまだ決まっていなくて、それが心配なのですが。

1時ごろに寝ました。

| | コメント (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »