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[jp] ラディカル・ツアー(ソウル第7日目・最終日)

帰国便は4月27日(金)の正午だったため、ソウル第7日目の4月26日は、実質的なソウルでの最終日でした。

前日の帰宅が遅かったのですが、この日は朝7時ごろには起きて、ソウルからちょっと離れた郊外の都市のメディアセンターに向かうことになっていました。なるべく長く寝たいから、朝食は食べずに地下鉄に乗ります。朝ごはんはエネルギードリンクのみ。。。

電車に揺られること約1時間。もうしばらくで、メディアセンターのある元堂(ワンダン)に到着する頃、私がソウルでレンタルしていた携帯電話が鳴りました。待ち合わせ相手のユンヒさんからです。

実はこの日の待ち合わせについて、ソウル女性映画祭に行った初日(4月21日)に決めた以降、この件について話していなかったので、メディアセンター訪問は予定通りなのかとユンヒさんに何度か電話をしたり、携帯のメールを送ったりしていましたが、つながりませんでした。

やっとユンヒさんから電話がかかってきたと思ったら、ユンヒさんはこの間毎日朝から晩まで映画祭で映画を見ていたため、携帯のバッテリーが切れても充電できずにいたそうです。でも、映画祭行けば私にはいずれ会えるだろうと思っていたら、全然会えずに、昨日は映画祭のスタッフに私について尋ねた所、「もうソウルにはいないのではないか?」と言われてしまったとのこと!!(そりゃぁ、映画祭に全く顔をみせないので、そう思ってもおかしくないかもしれません)

ユンヒさんはこの日の朝、やっと携帯の充電をして、私からのメッセージに気がつき、あわてて電話をくれたのだそうです。とても残念なことに、メディアセンターで毎週月&木で行われる中高年女性のメディアグループの授業は、私が訪問しようとした日に限って撮影のための遠足を予定しており、メディアセンターから車で約2時間離れた小島へ日帰りで撮影をしに行くことになって、メディアセンターでの授業はキャンセルになったとのことでした!!!

早起きして、あと数駅でワンダンに着くところまで行っていたのに、残念・・・!!

ユンヒさんは撮影遠足には参加せず、私たちはお昼ご飯を映画祭の会場そばで食べることにしました。私はそのまま電車に乗って自分のホテルに戻り、ユンヒさんとの待ち合わせ時間まではホテルで明日帰国のためのパッキングをすることにしました。

パッキングを済ませたあと、お昼にユンヒさんと映画祭の会場前で待ち合わせをしました。シンチョン駅まで歩き、ユンヒさんがネットで見つけたというバイキング形式のレストランへ。

ユンヒさん。写真を撮らせてといったら、ポーズをとってくれましたhappy01
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バイキングは韓国料理&洋食のミックス。
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ユンヒさんは昔、2年ほど世田谷に住んでいたということは聞いていましたが、どんなことをしていたのか&現在はしているのか、と聞いてみました。日本へは留学したそうで、文化服装学院でファッションデザインを学んだそうです。その後ソウルに戻り、ソウル市のファッションアドバイザーや展覧会のコーディネイトなどの仕事をしてきたそうです。お話を聞いていると、市や国などの公的なイベントのお仕事が多いようでした。でも、あくせく働いているような様子はなく、昔から現在に至るまで「気に入ったらやる」みたいな、どこか優雅な雰囲気の漂う人でした。

今回、ソウルではどんな場所に行ったのかと聞かれ、「MBCテレビのストライキにも行った」と話すと、「それは難しいわね」と言われました。なぜ???

「政府によってメディアは全てコントロールされているから」とユンヒさんは言いました。ユンヒさんのお父さんはもう亡くなりましたが、国会議員で、後にKBSの役員を務めたそうです。なので、MBCのストライキについてかなり冷めた見方をしており、「ストライキをやったところで、政府によるメディア支配がなくなるはずない」と思っているのでした。

確かに、それは簡単にはなくならないけれども。。。でも、何も行動を起こさなければ、状況は変わらないのだし。。。私としては、やはりMBCのストを応援したい!と思うのでした。

2時過ぎにユンヒさんと別れ、3時に新林駅でドヨンと待ち合わせをしていました。バスに乗って、前日に訪問したDocupurnへ向かいます。なぜなら、前日に訪問してお互いのドキュメンタリー制作について、映画作りにかける想いや情熱、生活苦(笑)について話して意気投合し、ムン・ジョンヒュンからインタビューをさせてほしいと言われたからでした。

現在Docupurnも関わっている運動が、チェジュ島の海軍基地建設反対運動。その運動の一環として、韓国や日本のインディペンデント・ドキュメンタリー制作者たちにインタビューをして、彼らがどんな気持ちでドキュメンタリーを作っているのか、チェジュ島の海軍基地建設についてどう思うか、応援のメッセージなどの声を集め、発表したいそうです。インタビューはその一環で、私は日本人監督第1号なんですって!

っていうか、今回の旅ほど取材する&される旅行は、今までにしたことがありませんでした。7泊8日(フルで6日間滞在)の期間で、私がインタビューをした回数は4回(延世大学ナメクジ・ユニオン、ASIAN BRIDGEナ・ヒョウさん、ポイドン・コミュニティー、MBCテレビ)、私がインタビューをされた回数も4回(ナメクジ・ユニオン、メディアクト・ジヒュン、延世大学学生雑誌、Docupurnムン・ジョンヒュン)、合計で8回もあったのです! 

ドヨンによると、前日の飲み会は朝4時半まで続き、ドヨンはDocupurnのメンバーの家に泊めてもらったそうです。事務所についてみると、まだ午後3時過ぎということもあり(・・・っていうか、そんなに早いといえる時間ではないですねcoldsweats01)、皆見るからに”二日酔い”的な雰囲気でした。

早速インタビューの準備をします。インタビュアーはムン・ジョンヒュン、そして撮影はDocupurnのインターンとドヨンの2台体制でした。

Docupurnにインターンの仕組みがあるとは知らなかったのですが、新たにメンバーが加わる場合、お互いの相性や作品の傾向などが合うかどうかをある程度の時間をかけてみたほうが良いと考えているため、最初の1年は”インターン”として加わり、他のメンバーの作品作りを手伝ったり、自分でも最低1本は仕上げて、それで正式にメンバーとして加わるかどうかを決めるんですって。

笑ってしまったのが、インターンの人(名前は失念)のカメラが一番高価で性能が良く、他の”正式”なDocupurnメンバーたちが彼のカメラを頼りにしていることでしたcoldsweats01。なんと、彼のカメラは中古で70万円。パナソニック製。半分は自分でお金をためて、残り半分は親からの借金で購入したそうです。

私、あんまり高画質で撮られたら困るんですけど・・・!!Dsc08396

ドヨンは一眼レフカメラで動画を撮影
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カメラマン2人体制ということで、最初はやや緊張しましたが、質問に答えていくうちにリラックスしてきました。質問は、ドキュメンタリーを作り始めるようになった経緯、これまでの作品、どんな生活をしながら作り続けているのか、日本の社会状況、政治、日本の米軍基地問題などについて。

ムン・ジョンヒュンは、インタビューの際に小さなメモ用紙程度の紙に、3項目だけ書いたものを持っていました。ハングルなのでもちろん私には内容は分かりませんが、おそらくカバーすべき分野(私について、日本について、基地問題について)が書かれているのだろうと推測しました。

私だったら、突然その場でインタビューをするというシチュエーション以外では、事前にかなり質問を練りこみます。もちろんその質問の通りには行かないし(行かない方が良いし)、実際の会話の流れによって決まっていくものですが、それでも自分の中で、何を知りたいのか、何を聞き出したいか、どんなところに興味を引かれたからインタビューをするのかなど、あれこれ考えたほうが、当日のアドリブでも上手く行くことが多いのです。

でも、ムン・ジョンヒュンはわずかな質問のみ持って挑むのが、経験が豊富なのだなと思ったし、実際のインタビュー自体も、ポイントは押さえつつも、自然に会話の発展形のようなかたちでインタビューを展開させているのはさすがだと思いました。

しかしっ! インタビューの基本中の基本、インタビューの最中は(特に撮影者側は)電話の電源を切っておくという初歩がなっていませんでした! インタビュー中に、息子から電話がかかってきて、「お父さん今どこにいるの?」と・・・
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彼の電話が終わるまで、待ちぼうけの私たち・・・
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この企画は、30人ぐらいの監督にインタビューをしてまとめるとのことですが、どんな出来上がりになるのか、完成が楽しみです!!

インタビュー後はコーヒーを飲みながら雑談をしていました。ムン・ジョンヒュンは、なんとこの日、これまでずっと応募して当たらなかった公共住宅についに当選したと話していました。「良かったね!!」というと、「実はそれが余り良くないんだよ」と言われました。

というのも、当選したのは純粋な公営住宅(日本で言う、都営住宅や市営住宅など、生活困窮者のための低料金な住宅)ではなく(←これは相当の生活困窮者でないと、日本同様入居できない)、韓国の公共住宅では、民間のアパートを自分で探してきて、その家賃を一部補助する、という仕組みもあるのだそうです。彼が当選した”公共住宅”はそのタイプで、当選後4ヶ月以内に自分で住みたい民間のアパートを見つけ、そこに入居するための資金(敷金など。彼の探しているファミリータイプなら最低40万円以上から)も自分で用意しなければならないそうです。

「当たったのはうれしいけれど、仕組みについて詳しく書かれているのを読むと、結構大変なことが分かった」と言っていました。それでも、現在の100%民間アパートに自力で住むよりかは将来的には助かるので、なんとかこの4ヶ月以内にアパートを見つけ、資金も用意しなければ、と話していました。

なかなか、短期間で、日々の生活も営みながら40万円の貯金をするのは大変なことです。ドヨンは、海外に行く時は土方の仕事をしてまとまったお金を貯めるといっていたので、ムン・ジョンヒュンにも「土方をしてお金ためたら?」と言ってみました。

すると、土方の仕事より、メディアセンターで講師をするほうがずいぶん給料が良いということが分かりました。土方の仕事は、もちろん肉体的にも超ハードで、朝から10時間ほど働いて大体1万5千円ぐらいが韓国の相場だそうです。

しかしメディアセンターで講師をする仕事は2時間のクラスで約2万円!!! それってかなり良いほうではないですか?? ムン・ジョンヒュンは大学でもメディアを時々教えているので、では大学はもっと給料が高いのかと聞いてみると、意外にも大学の講師の給料の方がずっと低い、とのことでした。メディアセンターの待遇は、インディペンデント・メディアの人たちが設立から運営まで携わってきたので、待遇についてもきちんと働きに見合った内容の額が払われるように交渉してきて、それなりの額がもらえるようになっていますが、大学にはそれがなく、非常勤講師の給料はとても低いのだそうです。

それに、金額だけでなく、やりがいとしてもメディアセンターで教えるほうがずっと良い、とムン・ジョンヒュンは話していました。大学は、親のお金で、単位取得のために出席している生徒が多いですが(日本も同様)、メディアセンターで社会人を相手に教える場合、彼らは本当に熱心で、講師から全てを吸い取ろうとしている、だから講座のあとはどっと疲れる、と言っていました。確かに、それ分かるかも。(でも、日本ではメディアセンターの方が待遇は大学よりも悪く、教える側も教えられる側もカルチャーセンター、市民ボランティア的な甘さがあると思います)

・・・しばらく話をしていると、突然事務所にたすきがけをしたおじいさんが天ぷらをぶら下げて入ってきました!!! その強烈な存在感に目が離せません! 一体、彼は何者?!?! 入ってくるなり、大演説を始めたと思ったら、後で聞いたところ会話の内容は全てマッコリについてだったそうですが。。。coldsweats01
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この人は、Docupurnの創設者キム・ドンウォンの作品「送還日記」の主人公で、北朝鮮の政治工作員(スパイ)として韓国に送られ、逮捕された後、30年間の獄中生活でも転向しなかったという人!! 現在も南北統一を求め、麦藁帽子にたすきがけという独特のいでたちで、今も現役で活動する、まさに韓国を代表するアクティビストなのでした!!!

まだ5時にもなっていませんが、このおじさん登場によってDocupurnは早くも天ぷらとマッコリで宴会開始・・・。ほんと、ここにいたら1本も映画作れなそう・・・!!

この日はDocupurn以外のドキュメンタリー作家たちも遊びに来ていました。韓国にはDocupurnのような映像制作集団がいくつもあるんですって。
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彼の話はもちろんオール韓国語で私にはさっぱり分かりませんが、如何にも”よそ者”風の私に興味を持ったらしく、色々話かけてくれました。「日本人の友達がいる」といって見せられた電話番号帳には、日本人の名前がちらほらと。でも、「ジュンコ」とか「リョウコ」とか、全員女性だしcoldsweats01

記念写真
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現在、彼は自分の人生をまとめた本を制作中なのだそうです!

Docupurnメンバーの制作中の作品を見せてもらいました。ソウル郊外でオーガニック農業を実践している人たちの映画だそうです。
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撮影素材
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ムン・ジョンヒュンより、たすきがけに麦藁帽子のおじいさんが登場する「送還日記」始め、Docupurn製作作品の「龍山」、「Old Man and the Land」のDVDをいただきました! 観るのが楽しみです!!
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6時ごろ、私とドヨン、Docupurnインターンの人で、事務所を出て弘大エリアに向かいました。

電車の中から漢江の景色。そういえば、観光地らしき場所に全く行っていなかったと思いながら。。。
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バスと電車を乗り継ぎ、Small Talk Projectカフェというお店にやってきました。
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この弘大エリアも学生街ではありますが、シンチョンと違っておしゃれで、ドヨン曰く「下北沢みたいな場所」でした。おしゃれなブティックや美容院、カフェ、クラブ、ライブハウスなどが並んでいます。
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このSmall Talk Projectカフェは、約1年前にオープンし、昼間はカフェとして営業し、夜間は自主映画の上映とトーク、ワークショップ、ライブなどのイベントスペースとして利用されているそうです。この日は、自主映画の上映とトークがあるということでやってきました。
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5回まで階段で上がるしかないというのがちょっとキツイ。。。
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中に入ると、15席ぐらいのイスに大きなスクリーンとスピーカー。入場料は5000ウォン。上映後には制作者のトークと質疑応答つき。・・・こんな感じの仕組みは、日本の自主上映活動と似ています。
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Small Talk Projectカフェの自主上映の案内リーフレット(大体2週間に1度ぐらいのペース)
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店内のチラシ置き場スペースには、自主制作映画のチラシやイベントの案内などが沢山置かれていました。

ジ・ミンの2linesチラシを発見!!
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その他にも面白そうな作品のチラシが。チラシのサイズやレイアウトなど、自由な発想のものが多くて、韓国語が分からずとも見ていて楽しい。
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セクシャルマイノリティを取り上げている団体のリーフレット
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5月1日メーデーに、市庁前で占拠をしているオキュパイ系の人たちが、「働かない」、「買物しない」を呼びかけた全国ストライキのチラシ。どのような結果だったのか、気になります!!
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さて、この日Small Talk Projectカフェで見た映画は、自主制作のフィクション映画で、軍隊に召集される日がやってきてしまった男性が、恋人の男性と引き裂かれる苦悩を描いた作品。映像はところどころものすごく凝っていて、なおかつ美しかったのですが(特に絡みのシーンなど。。。)、でも肝心のストーリー自体にはあまり力がなくて残念に思いました。

上映後のQ&A
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なんと、この映画の監督自身が、徴兵制を拒否し、現在裁判所に出廷中ということで、このQ&Aに出席できず、かわりに主演俳優と撮影監督がゲストトークに参加していたのでした!!!

約30分の質疑応答が終わり、外に出ました。9時ごろになっていました。ドヨンとDocupurnのインターンの人とともに、Docupurnメンバーとその他の人で同じく弘大エリアの喫茶店に集まっていたので、そこに合流することに。

喫茶店では、まるでテスト前の大学生のように、資料を机の上に並べて、山盛りの鶉の卵を食べながら、あれこれと3時間近く話し合いをしているのでした。
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一体何の話し合い??? と思って聞いてみると、インディペンデントのドキュメンタリー制作者たちに詳細な聞き取りを実施し、彼らの生活状況、収入、本業、副業etcを調べてまとめ、政府に対しメディアセンターの設備の充実や、映像制作のための補助金制度の拡充などを要望する文書を作成していたのでした!!!

韓国のメディアセンターの充実振りに、(日本の政府はなんて遅れているんだ!)と憤慨した私でしたが、韓国のメディアの発展の影には、やはりメディアに携わる当事者たちの主体的&戦略的な努力があるのだ、ということも思い知らされました。だって、少なくとも私は、日本の自主映像制作者たちの底上げのために、アンケートをとったり、きちんとした資料を作成して政府に提言するなんて活動、全くしていないもの。

メディアを発展させるため、そしてメディアを守るために、自主映像の制作者たちも、そしてマスメディアの労働者たちも、犠牲を伴いながらもたたかい、努力し続けている・・・

今回の旅では、韓国のメディアについて、日本との差をまざまざと見せ付けられたように思いました。

彼らの熱い議論は10時ごろまで続き、その間私やドヨンたちは隣のテーブルで待ちました。
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その後、Docupurnの2人は帰り、残りのメンバーで近くの飲み屋に行きました。初対面の女性二人は、またまた名前を覚えていないのですが、ひとりは韓国のレイバーネットのメンバーで、安田さんとも面識があり、もうひとりはG8メディアネットワーク後の「メディアチャンポン」三里塚合宿に参加したという人でした。2人とも、龍山のメディアセンター開設時に、ドヨンとともに関わったそうです。

海外のメディアアクティビストたちと連帯して活動するというのは、私にとっては2008年のG8洞爺湖サミットが初めての経験でしたが、韓国の、私と近い世代のメディア・アクティビストたちの多くにとっては、2005年の香港G20サミットがその第一歩だったようです。2005年の香港の時は、韓国から900人ほどが参加したというから驚きです。

今回のソウル旅行で、私は観光地といわれる場所にはついに立ち寄ることが出来なかったという話をしました。すると彼らも、香港のG20サミットの時に、1週間以上香港に行っていたにもかかわらず、毎日テントとデモ会場の往復で、何も観光できなかった!と言っていました。ドヨンは、韓国のギターメーカー「コルト・コルテック」の労働運動でフジロック・フェスティバルにも参加しましたが、そのときも彼らのサポートだけで他のフジロックのステージが全く見られなかった、とも。

デモとか社会的なイベントに参加すると、こういう事態になりがちで、端から見れば「せっかく海外に行って、観光も出来なかったなんてもったいない」と思われると思いますが、でも当人たちは、その間海外のアクティビストたちと交流し、お互いに情報交換をして、狭いデモ会場でアドレナリン全開の日々を過ごしているわけですcoldsweats01。飲みながら、私たちはそんな旅行を「ラディカル・ツアー」と命名しました!

ラディカルツアー好きの人々とhappy01
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「次回は日本でラディカルツアーを!」と話してお別れしましたhappy01

終電の地下鉄でホテルに戻りました。今回の旅行では、ドヨンを始め、会ったことも無かった韓国の人たちに、とても親切にしてもらい、色んな場所に連れて行ってもらえました。いくら感謝しても仕切れません。。。彼らの好意に報いるには、私が今回の韓国で見聞きしてきた活動を日本で紹介すること、そして彼らが日本に来た時に”日本版ラディカル・ツアー”へ連れて行くこと、だと思っています。

7泊8日の韓国の旅は、かなりのハードスケジュールでしたが、いざ終わってみるとあっという間の、夢のような時間でした。

翌日は朝ホテルをチェックアウトし、仁川空港へ。1週間もソウルにいたのに、お土産を売っているような場所にいく機会がなかったため、仁川空港の免税店でお土産を買いました。道端のお店なら数百円程度で売っていそうなものを、千円近く出して買うハメに。。。crying

日本に戻ってしばらくは、疲れのため身動きできませんでした・・・

さてさて、以上でソウル女性映画祭の報告(←ほとんど参加してないしっ!)、いやソウル・ラディカルツアーの報告を終わります。相当なボリュームの報告、最後まで読んでくださった方がいらしたら、ありがとうございます&お疲れ様でした。

後日談なのですが、今回のソウル旅行について、私のブログを読んで詳細(実態?)を知った私の両親からメールが来て、「あんなに羽目をはずしているとは思わなかった! もう海外には行っちゃだめ!」という渡航禁止令が!!!

まぁ、他人から見れば、良くあるハチャメチャな旅行エッセーだと思いますが、自分の娘がスラム街に行ったり、スト現場に行ったりというのは、確かに笑って読み流せないかもしれませんが・・・

親には「体に悪いから、あまりこのブログ読まないほうがいいよ」とアドバイスしておきましたhappy01 健康第一ですから、ね。

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