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[jp] ”東洋一”の団地で

昨日は、高島平団地の集会所で「さようならUR」の上映会を開いていただきました。1年ほど前、JCJの上映で知り合った山名泉さんが、お住まいの高島平団地で映画を上映してくれたのでした。

日本最大の、そして建設された40年前に”東洋一”と呼ばれた高島平団地。日本の団地の代表といっても過言ではないこの場所で映画を上映してもらえるのは、私にとって大きな意味がありました。

・・・といいつつも、私は高島平団地に行ったことがこれまでありませんでした。この日は、早めに山名さんと待ち合わせをし、団地についてお話を伺いたいと、上映の前に「高島平新聞社」へ連れて行って頂くことになっていました。

「新高島平」駅で下車。
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駅の案内表示版。小学校・中学校が沢山あるのは、超大型団地ならでは。
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駅前の様子。高島平団地は、駅の目の前です。
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高島平団地は、高幡台団地と同様、賃貸と分譲からなります。賃貸と分譲はエリアが分かれているのですが、1棟だけ分譲のエリアの中に賃貸の棟があり、その1階部分にある商店街のお蕎麦屋さんで、山名さん、カメラマンの金山芳和さんとお昼ご飯をいただきました。お二人は、福島県須賀川市で毎年開催される「すかがわ国際短編映画祭」(2012年9月1~2日)のスタッフもされているそうです。
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こちらの喫茶店も気になります!
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高島平団地の地図をいただきました。高島平新聞が毎年発行する「高島平べんり帳」に収められている地図です。
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お昼ごはんの後、団地内を歩きました。とにかく、見渡す限り団地!という光景には圧倒されました。それなりに緑も豊かなのですが、高層(分譲では中層もあり)の団地がずらりと並ぶ姿に驚きました。とにかく、歩いても歩いても団地なのです。
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広い間取りの分譲団地も
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上映のための機材を台車に乗せて運びます。
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ある程度の規模の団地では、大抵診療所や歯医者はありますが、高島平は団地内に大きな総合病院があります。
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かつて約3万人いた高島平団地の人口は、現在約半分になり、子どもも少なくなって、こちらの小学校は廃校に。
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「団地中央通り」を渡ると、「賃貸」のエリアになります。Dsc00382

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賃貸住宅の棟々
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私は高島平を訪問するのが初めてでしたが、実は、73号棟の住民の皆さんたちは、立ち退きの問題が起きた後、高島平団地を”視察”に来ていました。ほとんど同じ時期に建てられた、同じURの団地で、高層の建物。73号棟は耐震性不足で取り壊すとなりましたが、一方で、高島平の高層建物は耐震補強工事がされました。どうして自分たちの建物には補強工事が出来ないのか? その理由を知りたくて、高島平団地を訪問したそうです。

建設時期や同じ高層の建物というだけで単純には同一視できませんが(耐震補強の工法には建物の構造なども関係するので)、高島平を訪問し、高島平の住民の方々にも話を聞いた73号棟の皆さんは、「耐震補強する・しないは有力な議員がいたかどうかの差」とまことしやかに話していました。まぁ、その話に裏づけはありませんが、もしそんなことで住まいの明暗が分かれるとしたら恐ろしいですよね。

山名さんたちが会場の設営をする間、私は高島平新聞社を訪ねました。高島平が入居を開始した当初からこの団地に住み、「高島平新聞」を発行し続けてきた村中義雄さんにお話を聞くことが出来ました。

村中さんと「高島平新聞」
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毎月1回の発行で、時々臨時の増刊号を出しながら40年。7月15日号は、なんと第505号なのでした。現在は、村中さんの息子さんが後を継いで編集長をされているそうです。

村中さんは、高島平団地に引っ越してくる前(40年前)は、業界紙の新聞記者をされていました。小さな新聞社だったため、取材して記事を書くだけでなく、営業などもマルチにこなしていたそうです。高島平団地に当選し、引っ越してきた30歳の時、それまで務めていた新聞社を辞め、高島平で自分で新聞を出そうと一念発起。以来、地域に密着した情報を40年間発信し続けているそうです。

村中さんが所有する、昔の高島平団地の写真を見せていただきました。

高島平団地が出来る前。ほとんど田んぼ。
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高島平団地建設のため、土地を造成
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40年前の高島平団地! リアルじゃないみたいです・・・
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毎年2000冊の母子手帳が発行されていた(=毎年2000人の新生児が誕生していた)高島平団地では、予防接種を受けるにも長蛇の列で、ベビーカーの大渋滞。
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まるでどこかの海水浴場のような賑わいですが、団地内の池で遊ぶ子どもたちの様子です。
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急激に子どもたちが増え続けると、まず困るのが保育所。保育所の建設が追いつかないので、団地のお母さんたちは、団地の集会室を毎日借りつづけて、保育所の代わりとしていたそうです。
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幼稚園の抽選会。倍率高そうだな・・・coldsweats01
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小学生の学童保育所も足りず、体育館の倉庫を代用したそうです。
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商店の様子
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「チェリッシュ」が団地内で歌ったときは、瞬く間にこの人だかりになったそうです! 
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これらの写真を見ているだけで、当時のものすごい熱気が伝わってくるようでした!

40年来、高島平団地の住民であり、高島平新聞の発行者でもある村中さんは、いわばURの歴史をそのまま当事者として体験し、また新聞記者として見続けてきた人です。そんな村中さんは、UR(公団~現在まで)について「巨大すぎて動きが取れない。硬直している。ハードだけで、ソフトがダメ」と評していました。

住民の要望をあげても、まず対応してくれない。対応までに数年~数十年かかることもざらなのだそうです(これは他の団地でも良く聞くことですが)。例えば、集会所内の赤電話の設置。携帯電話が普及していない当時、集会所に赤電話がほしいと言う声が沢山あったそうです。しかしURの対応(発想)は、この団地に赤電話を設置したら、全国の団地にも同様にやらねばならない・・・で、結局「出来ません、やりません」。赤電話設置までに7年(?)近くかかり、URが重い腰を上げて全国の団地の集会所に赤電話設置を決めた頃には、携帯電話が普及し始め、公衆電話の撤去が始まったそうですcoldsweats02

同様に、2階建て駐車場、BSアンテナetc、住民からの要望や提案を、居住者の利便性というソフト面から考えることはせずに、全国一律に導入しなければならないほどの提案ではないと、長い間取り組まないでいた事例はかなりあったそうです。

地域のニーズには、全国規模のURではなかなか対応できないという状況を打破するため、一昨年にURは団地単位でマネジメントを行う「団地マネージャー」制度を新設しました。高島平団地でも、昨年から団地マネージャーが配置されたそうです。今後、どのような成果をもたらすでしょうか。

高島平新聞では、団地マネージャーと二丁目団地自治会会長の対談を掲載
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村中さんは、URにとって都合の悪いことでも、必要であれば書いてきたと言います。私がUR(本社)を取材したのはせいぜい半年程度なのですが、取材の難しさ、有益な情報や内部情報を引き出すことの難しさを痛感する日々でした。なので、40年の長期に渡り、URと付き合い続け、取材し、記事にするというのは、どういうことなのだろうか?と思いました。

意外にも、URから文句を言われたことはないそうです。22,500部を高島平全域に配布する高島平新聞の存在は大きく、URとしても下手に扱うことは出来ないということでしょう。しかし、新聞としては文句を言ってこなくても(←そんなことをしたらURが悪者に見えるだけ)、それ以外のことでかなり”調査”をされたそうです。例えば、本当に居住者として住んでいるのかどうか、電気やガスのメーターが動いているか調べに来たりしたのだとか!

ドキュメンタリーの制作者もそうですが、誰かにとって何か不都合なことを取材し公表するような仕事に従事する人は、本業以外のところもよく注意を払わないと、揚げ足を取って葬られることがありますので、要注意ですね。。。

お話を聞いていたらあっという間に時間がたち、気がつけば開場の時間になっていました。村中さんと共に、上映会場である集会所に向かいます。

上映会場入り口
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山名さんの奥さんがデザインしてくださったステキなポスター
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この日もうだるような暑さで、どれだけの人が来てくれるかと山名さんたちと心配していましたが、沢山の人が来てくれました! 73号棟からも4名来てくれました。
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上映の後は、73号棟の皆さんと私からの挨拶、そして感想や質疑応答がありました。団地での上映で、観に来てくださった人たちの中には自治会の役員の方も多かったため、73号棟問題に対する自治会役員の対応についての質問や意見が、特に多く出ました。

「高島平の団地でもし同じようなことが起こったら、自治会は住民たちに必ず知らせただろう」という発言が何人かから出て、高島平の自治会は高幡台団地よりは形骸化していないのだろうな、と思いました。しかし印象深かったのは、自治会が強く結束することが大事だという意見が大方(私もそう)の中で、73号棟の村田さんが「自治会はもちろん大事だけど、結局は自分たちの問題として当事者ががんばらないとダメ」と発言していたことです。

73号棟同様に、全国でいくつかの団地が耐震性不足で取り壊しが決定しましたが、現在も取り壊されないで残っているのは73号棟だけです。中には、73号棟のケースとは違い、自治会が除却に反対したところもありました。自治会は頑張ったのですが、該当の建物の住民たちが全員出て行ってしまい、取り壊されてしまったというケースもあるのです。「周りの支援はありがたいし必要だけれど、結局は人任せにしないで自分が頑張らないとダメ」という村田さんの発言には、今裁判で立ち退きを争う当事者の決意のようなものが感じられました。

5時ごろに上映会はお開きとなり、近くの居酒屋で懇親会がありました。高島平団地の方、73号棟の方、山名さんの同級生、山名さんのお友達で撮影監督の堀田泰寛さん(映画「靖国 YASUKUNI」、「よみがえりのレシピ」等)という、個性的でにぎやかな集まりでした。特に、堀田さんから映画の感想や撮り方について詳しく聞くことが出来たのはうれしかったです。

懇親会の様子
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上映会を企画してくださった山名さん、高島平新聞社の村中さん、高島平団地のみなさん、遠路はるばる来てくれた73号棟の皆さん、そして映画を観に来てくださった皆さん、どうもありがとうございました!

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