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[jp] 9・13裁判証人尋問の報告

またまただいぶ時間がたってしまい、申し訳ありませんが、先月の13日に東京地裁立川支部で行われた、高幡台団地73号棟の裁判について報告します。

裁判は10時から4時まで行われました。予定では5時までだったのですが、UR側の弁護士による73号棟住民への反対尋問がなかったため、予定より1時間早く終了。・・・とはいえ、お昼休憩1時間をはさんで、延べ5時間にも及ぶ長時間の裁判でしたが、大法廷の約100席の傍聴席は終日ほぼ満席でした。

裁判の内容は、「高幡台団地を考える会」の通信にとても分かりやすくまとめられているので、そちらをご紹介します。もともと、団地内でのみ配布されることを前提にした通信のため、裁判をたたかっている住民以外の名前や連絡先は伏せていますが、もし連絡を取りたい場合は私までご連絡ください。取り次ぎます。

通信表面(写真はクリックすると拡大します)
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通信裏面(写真はクリックすると拡大します)
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ぜひ読んでみてください!

表面の「裁判終えて、日が暮れて」に、高幡台団地内の別の号棟の方が感想を寄せられていて、とても分かりやすく良いレポートだと思ったのですが、ちょっと昔のURを持ち上げすぎだとも思います。今の民営化や利益追求も問題ですが、では昔のURはそんなに良かったのか、崇高な理念を持ってやっていたのかというと、それは怪しいと思います。実際、40年以上前にURと取引していたという建築関係者は、私の映画を観て「40年前と全く変わらないURの体質にはあきれる。仕事をしていた当時も、信じられないことばかりだった」と言っていましたし、同様の発言はかなりの人から聞いています。「今よりはマシ」ぐらいに考えるのが妥当ではないでしょうか?

私自身は裁判を最初から最後まで傍聴しながら、なぜこの映画を作ろうと思ったのか、この人たちのどんなところに惹かれたのかということを思っていました。確かに、最初のスタート地点での動機は「住宅問題」でした。しかし、住宅問題というだけでは映画作りをするということまでの動機にはなりにくいと思います。住宅問題(というかなんらかの社会的な事象)は、たんなる最初のきっかけに過ぎないだろうと思います。

その後、本格的に映画を作ろうと思うに至るには、最初の部分でははっきりとは分からなくても、その被写体の人たちに、作り手が共感する、もしくは全く共感できないのはなぜかと興味を持つ、などの理由が根底にあるように思います。(もちろん作り手に寄って違うと思いますが)

私の場合、「住宅問題」をきっかけに彼らと知り合ったわけですが、星の数ほどある「住宅問題」の中で、あえて73号棟で映画を作ったのは、住民の皆さんの姿勢に共感したからだと思いました。午前中から午後にかけて、UR側の証人2名(住民説明会で耐震性不足を説明し、住民に退去を迫った担当者など)の証人尋問がありましたが、彼らにはまったく「自分の言葉で語る」ということがありませんでした。もしかして、裁判のためにわざとそうしているのではなく、長年組織の中で働いて、そういう思考になってしまったのかもしれません。

例えば、証人尋問で、73号棟住民の側の弁護士による反対尋問の際、「これを判断したのはあなたですか?」という、ストレートでYES/NOタイプの質問がありました。この質問に対し「いや、私というよりは、URです」とUR側の証人は答え、「ではURの誰の判断なのですか?」とさらに聞かれると、「誰のというのではなく、機構としての判断です」と答えていました。

そもそも、個々人の職員によって”機構”が存在しているわけですが、まるでその”機構”自体が人格を持った人間のようです。実際に一人ひとり、その場にいる人たちが重大な決断をして、それが国民生活にも住民の生死にも関わっているというのに、”機構”というお面をかぶって責任逃れをしようとする・・・。彼らの話には「主語」が不在でした。

これはURに限ったことではありませんが、このような仕組みが無責任な方針を打ち出させ、実際それに関わった個人を組織の名の下に陰に隠れさせているのだと思います。

一方で住民の方の証人尋問の発言にはすべて「主語」がありました。自分がどう考え、どう判断してここに住み続けているのか、よっぽど理路整然として堂々としていました。その姿を見たときに、私は(自分の言葉で語っている、主体性と主語のある人たちというのが、もっとも共感した部分なのでは?)と思ったのです。私はきっとここに惹かれて、映画を作ろうと思ったのかもしれません。

そんなことを思った裁判でした。ちなみに、証人尋問は今回で終わり、次回の裁判は12月13日(木)午前10時半~、場所は東京地裁立川支部です。ご都合のあう方は是非いらしてください。

裁判の後、裁判所の前で撮った写真(いったんお開きになった後、関係者のみなので少ない人数ですが)
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弁護団の飯田弁護士から報告
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その後はお約束の飲み会coldsweats01
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ところで、話は変わりますが、上に掲げた考える会通信の個人情報部分を削除したことに関連してですが、私としてはこれは団地内で配られることのみを想定したビラであるため、ネットで広く掲載する場合には、私がネットで紹介したい趣旨(今回の場合は裁判の報告)と関係ない個人情報は消し、でも連絡を取りたい人には私が取り次ぐとしたわけですが、最近は個人情報の保護が誤った方向に行き過ぎている傾向も多く見受けられますよね。

一昨日、ご近所のジャーナリスト・寺澤さんとお昼ごはんを食べたとき、寺澤さんは図書館に立ち寄るとかで少し遅れて来ました。(今どき小学生の自由研究だって図書館には行かないのに、どんな調べもの・・・?)と不思議に思い聞いてみると、新聞のネット上の全文検索サービスで、昔の事件の当事者(容疑者や被害者など)の名前がことごとく匿名(またはAさんなど)に変更されていて事実関係が全く分からないので、図書館に行って縮小版をみて確かめるしかないからだと言っていました。「あれじゃあ、全文検索の意味がない」とため息混じりに言いました。

数年前までは、新聞の全文検索サービスでは、当時の新聞報道そのままの文章が表示されていたそうですが、ここ数年、個人情報保護という観点から、名前がどんどん匿名にされていっているそうです。情報公開請求と同様、たまに担当者の「消し忘れ」があって、そこには名前が出ていたりとか!

新聞報道で過去に既に報道されたことで、それは将来にわたっても共有されていくべき情報であるにもかかわらず、なんでもかんでも個人情報保護で情報を外に出さないという姿勢はどうかなぁと思ってしまいます。

きっと私たち国民の間にこういう意識を浸透させておいて、黒塗りの情報公開や、文書保管の期間を短くするような風潮を「個人情報保護なんだから仕方がない」と思わせようとしているのでは?とさえ思ってしまいます。一方で、先日このブログで書いたインドの強制送還のような、公権力による過剰な情報収集や監視カメラ等による一方的な記録はますます盛んになっています。先日、著作権や肖像権について勉強する機会があり、そこでは「肖像権は本来、公権力にむやみに情報収集されることから個人を守るためにある権利」と言われました。「でも今は逆の使われ方をされていますが」と付け加えられていましたが、本当にその通りだなぁと。

そんなことを思いました。

追伸:
9月13日裁判の報告集会があります。ご都合の合う方は是非ご参加ください。
日時:10月28日(日)午後2時~4時
会場:日野中央福祉センター2階 集会室1・2
(甲州街道沿い「日野図書館」裏・JR日野駅から徒歩5分)
内容:弁護団より裁判の報告と今後の展望など説明。意見交換も予定。
参加費:無料

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