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[jp] 文系・理系の垣根を越えて

27日の土曜日は、午前中に住宅研究集会に行き、午後は早稲田大学の大学院で建築を学ぶ学生さんたちの自主勉強会に参加しました。自主勉強会で、「さようならUR」の上映とディスカッションするためでした。9月のドキュメンタリー・ドリーム・ショー@ポレポレ東中野で映画を観た、院生の本間さんが企画してくれました。

副都心線の「西早稲田」駅で降りると、早稲田大学理工学部専用のような出口が! さすがマンモス大学と、小規模大学卒の私は驚きました。
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建築学科の学生、建築学者、建築家、建築事務所etcと聞くと、ハード面(建物)に興味があって、ソフト面(そこに住む人)に関心がない人たちが多い、というイメージを勝手に持っていました。

実際、この日大学に行く前に、住宅研究集会で、建築家たちの間では少数派の、居住権や居住福祉を研究している人からは、「あの映画は、建築を学んでいるだけでは理解しにくいだろう。耐震性が不足している建物というだけで、まず(なぜ引っ越さないのか?)と思うだろう。住まいに対する愛着や引越しの難しさは、社会経験やある程度年をとった人でないと、実感をもって理解しにくい。建築よりも社会学や公共政策、福祉を学ぶ学生の方がまだ理解できるのでは?」と言われました。

・・・そんな風に言われると、(上映後のディスカッションは、果たしてかみあうのか?!)と一瞬不安にもなりましたが、事前に本間さんから自主勉強会について聞いていましたので、(多分大丈夫)と思って向かいました。

本間さんたちが活動する自主勉強会は、「家の根本義ゼミナール」というユニークな名前。その活動内容について、以前メールに書かれていた説明を引用すると・・・ 

「家の根本義ゼミナール」は、「家とは何か」という根源的な問題を、建築計画学だけでなく、社会学・歴史学・文学・民俗学・人類学など横断的な領域から検証していくブレインストーミングゼミです。

社会学者の上野千鶴子さんが「家は家族を容れるハコである」と主張したことに対して、「果たして家とは本当に単なるハコなのか」という問題意識を出発点に活動している今年3年目の自主ゼミです。

とのこと。なので、きっと建築の技術的な関心だけではなく、もっと総合的・複合的に建物や住まいを考える人たちでは?と思いました。

1時ごろに待ち合わせをして、教室へ。簡単に挨拶をしてから、早速映画の上映が始まりました。
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上映後はディスカッション。まず、私から自己紹介と、映画を作ったいきさつや、この映画を作ってUR団地・日本の住宅政策について思ったこと、見方が変わったことなどを話しました。そして、大前提として、私はドキュメンタリー制作者として、社会問題・住宅問題という視点からこの問題に興味を持った、建築を学んではいない、ということも説明しました。

その後、ランダムに質問や感想をもらいました。裁判で住民側は何を求めているか、何を持って目的が達成された(=勝利)と思うか。URが宣伝している多摩平の団地再生の事例を聞いていたので、この映画で取り上げられていることは、URの表向きの姿とはだいぶ違うと思った。自治会はどうなのか。あっせんの具体的な内容は。高幡台団地の規模は。他団地の事例は参考にしたのか等々。(参考にした他団地の名前を当日ど忘れしてしまいましたが、73号棟の建物とよく似た構造の、横浜にある「UR奈良北団地」の耐震改修でした)

質問を聞きながら、映画で伝えたいメッセージが理解された上で質問をしているということが伝わってきました。また、質問は建物に関することが中心になるかなと思っていましたが、実際は映画作りに関わるような質問も沢山頂いて、文系と理系が普通に入り混じっているような感じでした! これは珍しいことではないでしょうか? 

例えば、エンディングのクレジットで、ドキュメンタリー映画なのに「登場人物」と書いてあるのはなぜか、欲しい映像を撮るための”演出”はどこまで許されると思うか・・・なんていう質問まで出たのです。

一通りの質問の後で、今度は一人ずつ自己紹介と映画の感想をもらいました。名前と、所属と、そして出身地・・・。出身地は別に言わなくても?と思いましたが、実際聞いて見ると、確かに出身地の環境も考え方に影響を及ぼすので、なるほどと思いました。

大学院レベルで建築を学ぶというと、もちろん大学では建築を専攻した人たちだと思っていたのですが、実はかなり多様なバックグラウンドを持った人たちが学んでいるのでした。幼少期を海外で過ごし、今は建築を学んでいるけれど、将来は演劇の道に進みたいという人。美大を卒業後に大学院で建築を学ぶ人。育った場所には団地のような集合住宅はあまりなかったという人。中国からの留学生。大学では民俗学(多分?うろ覚えsweat01)を学んでいたという人等々。

それぞれの人の感想は、それぞれのバックグラウンドから来る質問が多くて、それも興味深かったです。例えば、美大で学んだ人は、私の映画を見て、住民の人たちの部屋の様子にとても興味を持ったようでした。各住民の部屋はそれぞれ全く同じ間取りのはずなのに、40年も暮らすと、まるで別の住まいのように見えます。それを私は「40年かけて作る小宇宙」と勝手に命名しているのですがhappy01、グラフィックデザインなどに興味のある人には、彼らの部屋が醸し出す圧倒的な生活感は、面白いのでしょうね。

また、中国からの留学生からは「中国では公共事業が優先される。国が道路を作りたいといったら、立ち退かせられる。その代わりに別の土地や家をもらって、それで生活していける」と話していました。(ちなみに、彼の研究テーマは人間の行動心理などだそうで、例えば「休憩室を作っても、あまり使われないのはなぜか?」、「斜めの床で生活するとどうなるのか?」などを研究しているそうです。つくづく、”建築”とひとくくりにはできないほど、建築の分野は多様なのだ、と実感)。

また、映画の内容とは直接関係ありませんが、自治会やコミュニティーについて話題となったとき、文系出身の人から「建築に関わる人たちは、やたら”コミュニティ”という言葉を使いたがる。この言葉はちょっと使われすぎ。人が集まれるスペースを作れば、”コミュニティ”は自動で生まれるかのように思っているふしがある」という発言も出ました。確かに、特にこの高齢化社会が進んで、しかも震災が起きてからは”コミュニティ”という言葉が、実態からかけ離れて、万能な解決策のように使われていますよね。

文系からも大学院で建築に進む人がいるというのは衝撃でしたが、文系や理系という垣根を越えて活動する人が増えたら、それはより実社会の感覚に近くなれるでしょうし、良い結果を生むのではないでしょうか? この日のディスカッションで、そんなことを考えました。

本間さんからは、映画に登場する建築家の先生が「耐震性を持ち出したら、一般の人はもう分からない。専門知識・技術は、本来住民のために使うものであって、欺くために使ってはならない」という発言が、自分も専門知識を学ぶ者としてとても印象に残った、という感想をもらいました。

この発言を聞いて、私は以前、映画に登場する住民の畦地さんが話していたことを思い出しました。UR内部にも建築の専門家がもちろんいて、その人たちが(政治の思惑や経営者の意向によって)耐震不足&改修工事はしないという方針にお墨付きを与え、必要な資料などを作成したり、住民説明会で発言したりしたわけです。相原先生が憤ったように、畦地さんも、専門家がその知識を住民を欺くために使ったことに対し、とても怒っていました。

「世界で一番頭がいい人たちが集まって、何を作った? 原子力爆弾だよ。大量に人を殺す兵器だよ」と畦地さんは言いました。原子力爆弾は極端な例に聞こえるかもしれませんが、専門家がその専門知識を国民生活のために使わずに、地位やお金、研究のために国に取り込まれ、国民を苦しめるような結果になってしまうことを言っていたのだと思います。

これは技術者や科学者にだけ言えることではなく、御用学者として国の有識者会議に参加する法律家や、三権分立といいながら国に加担する裁判官、さらには戦時の従軍作家、映画監督など、あらゆる職業に及びます。

専門知識・職能は国民の生活のために!と、つくづく思います。

気がついたら2時間以上もディスカッションをして、5時過ぎになっていました!!

ディスカッションの後で。
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皆さんと。どうもありがとうございました!
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↑微妙に立ち位置が変わっているのが面白いです。。。happy01

ディスカッションの後は、研究室を見せてもらいました。私は大学院で学んだことがないので、研究室に入るのは(たぶん)初めて。

ズラ~っとマックのパソコンが並ぶ様は、研究室というより、デザイン事務所みたいな印象。
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私はパソコン自作派なので、必然的にウィンドウズなのですが、なんで全部マックなのか、建築系はマックを使う人が多いのかと聞いたところ、かなり「先生の好み」によるところが大きいようですhappy01。なるほど。

大学のゼミや自主勉強会で、上映やディスカッションをしてもらうのは初めての経験でしたが、おかげさまでとても楽しく、刺激を受けました。

企画してくださった本間さん、そして参加していただいた皆さん、どうもありがとうございました!

追伸:
それにしても、まだ新しい「西早稲田」駅、構内のベンチ・デザインがひどすぎてびっくり。
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以前、このような記事を書いた私としては、会社から頼まれてこういうデザインをするデザイナーも、「職能を国民のために使っていない!」一例だと思ってしまいます。こんなベンチ、座りたいと思わないですよねぇ・・・bearing

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