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2013年1月

[jp] 最後の法廷

1月24日は、2011年3月から続いてきた高幡台団地73号棟裁判の、地裁で最後の法廷が開かれました。約30分の裁判の中で、住民の中川さん、弁護団の和泉・窪田弁護士の陳述がありました。

住民を代表して陳述書を読んだ中川さん。事前に、その原稿を読ませてもらった私は、中川さんが書いたこの原稿は、今、このタイミングだからこそ書けるものなのだ、と思いました。住まいに対する思い、URに対する思い。。。問題が起こった当初や、裁判の最初の頃の段階では、ここまでの声は出てこなかっただろうと思います。

問題が起きて約5年、裁判が始まって約2年。長い間に、悩み、苦しみ、他の住民たちと支えあい(もちろん、きれいごとだけではなく、ぶつかり合ったりもしながら)、ここまで頑張ってきた中川さんの思いが、この文章に凝縮されていると思いました。そして、下町育ちらしく、裁判官に向かって読み上げる文章なのに「この73号棟に惚れています」なんて書く、中川さんのセンスが粋だと思いました。

裁判所、しかも裁判官が目の前に3人並ぶという、それだけで普通は気後れがしてしまう法廷で、長年、謡を習い続けている中川さんの声は堂々として、法廷に響き渡る声でした。中川さんが陳述書を読み上げる間、UR側の弁護士は落ち着きがなさそうに、パラパラと手元の書類をめくり続け、UR側の傍聴者(職員)は、じっと目をつぶったままだったり、空を見つめている人もいました。

閉廷後、中川さんに声を掛けると、頬が濡れていました。読み上げているときに(もしかして?)とは思いましたが、でも声は震えているようには感じなかったので、泣いていないだろうと思ったのですが、やはり万感の思いがこみ上げて実は泣いていたそうです。

中川さんが法廷で読み上げた陳述書、中川さんの許可をいただき、以下にご紹介します。

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被告ら意見
2013年1月24日
被告  中川 京子

東京地方裁判所立川支部 民事第3部合議A係 御中

私は今年で85歳になります。人生の半分以上を過ごしてきたこの73号棟で、残り少ない人生を静かに暮らしていきたい。謡や義太夫など好きな習い事で余生を楽しみながら、この73号棟で人生の最期を迎えたい。これが今の私の願いです。

私は昭和3年(1928年)、今の港区・新網町で生まれました。この家は戦時中の強制疎開で壊され、麻布十番に引っ越したところで空襲のため焼け出されてしまいました。その後も高輪、杉並、そして日野市の泉塚と、たびたび引っ越しを余儀なくされました。本当に住まいでは苦労してきました。

昭和46年(1971年)に新築の高幡台団地の抽選に当たった時の喜びは一入(ひとしお)でした。義母と建築中の73号棟を見に来て、立派な建物に感激し、「公団住宅に住める、これで安心して長く暮らしていける」とうれしく思ったことを昨日のことのように思い出します。会社の人たちも入居を祝ってくれて、素敵なマガジンラックを贈ってくれました。このマガジンラックは45年たった今も大切に使っています。

定年まで毎日新宿まで通い、二人の息子を育ててきました。子ども二人が独立した後は義母と二人暮らしでした。そして義母が亡くなった平成13年(2001年)からは一人暮らしです。エレベーターも完備している73号棟は、バス停も近く、お稽古ごとに出かけるにも便利な建物で、友だちもおり、とっても住み心地のいい建物です。

息子たちは私が一人で暮らしていることを心配してくれています。その気持ちはよくわかるし、ありがたく思います。でも私は息子たちに「私の好きにさせて」と話しています。息子たちには息子の人生があるし、私には私の人生があります。「孤独死」を心配しますが、73号棟のように廊下でつながっている建物では隣近所との付き合いも親密になります。何よりも今では、私を気遣ってくれる仲間がいるので安心です。私は73号棟に惚れています。

早稲田大学の吉田先生も、意見書の中で、高齢者が転居を強いられることは、商店の移転や若い世代の転居などと違い、お金で補えない性格のものだ、と書いてくれています。そのとおりだと思います。

それなのに、 URは、和解金を出す提案もしないで、当然に住民を追い出す権利があるかのように、住民説明会と変わらないような内容の和解案を出してきました。URに住民を追い出す権利はない、のです。「一人も移転させないという改修はできないから、全員移転してもらいます」「前と違う条件では、住民間の公平に反するから、できません。」というのは、余りに勝手な理屈ではないでしょうか。

この73号棟は、子供の成長の記録、嬉しかったこと、悲しかったこと、胸の熱くなったこと、涙したこと、私の大切な思い出がいっぱい詰まった、私の大切な住まいです。私は、この73号に住み続けたいのです。

現代日本の技術を使えば、73号棟の耐震補強は十分可能なはずです。73号棟を壊さないでください。

もう一つどうしても聞いて欲しいことがあります。

URは私たち7戸以外の住民は、みなURの説明に納得して出て行ったといっていますが、そんなことはありません。URが住民説明会を開催した、丁度その頃、どういうわけか、73号棟の地盤が危ない、という噂が流れたのです。団地の中で、73号棟の地盤だけが危ないというのも、非科学的な話です。そもそも、URでさえ一言も言っていないことです。しかし、そんな無責任な噂を鵜呑みにして、当時、団地自治会の役員をしていた人が、真っ先に転居を決めたりしたことで、73号棟の住民らは追い打ちをかけられたようになり、いよいよ浮足立ちました。

毎日毎日、転居を決める人が増える。URは、早く決めないと、特典がなくなりますよ、と急かす。とても冷静に判断できる状況ではありませんでした。望んで出て行ったのは、除却の話がなくても最初から転居を希望していた人ぐらいではなかったでしょうか。

転居していっても心は晴れない、高幡台が恋しい、73号棟に戻りたいと言っている人は、今でもたくさんいます。そういう人たちの中には、この裁判の傍聴にも来てくれている人がいます。

 
エレベーター3機が完備し、高齢者にも優しい73号棟が、これからも高幡台団地のセンター棟として活用され、賑やかで活気ある高幡台団地となることを願っています。
私たちが73号棟に住み続けることができるよう、強く希望します。

以上です。
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この日で結審し、裁判長より判決の言い渡し日が告げられました。3月28日(木)午後1時10分から東京地裁立川支部。判決の言い渡し日までの間に、もしかして集会なども開かれるかもしれません。何か決まりましたら、またお知らせします。

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[jp] 顔の見える上映

ちょっと日にちが経ってしまいましたが、今月の17日は、反原発の活動で知られる「たんぽぽ舎」にて、福島県富岡町から水戸に避難している木田節子さんの講演がありました。講演の前に、私が昨年12月にネットで公開した「木田さんと原発、そして日本」を会場で上映したいというお話をいただき、もちろんOKとお答えしたのでした。

私としては、あの木田さんのインタビューはとにかく選挙前に、原発のことをもっと考えて欲しいという一心で公開したので、”ネット”という手段を選びました。そうすることで、上映の機会は減るだろうけど、実際既に1000を超えるアクセスがあり、色んな方に観ていただけたのだから、それはそれでよい、と割り切っていました。

今でも、ネットで誰でも観られる状態になっているにもかかわらず、公の場で、講演会という有料のイベントでの上映に声を掛けてもらったのは、私にとってうれしい”誤算”でした。

会場にて
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たんぽぽ舎での上映の様子
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既に動画をご覧頂いた方はご存知かもしれませんが、木田さんが20年前に富岡町に家を買ったときのこと、息子さんが原発作業員として働いていたこと、震災のショックで引きこもりとなったこと、息子さんを取り戻すために外へ出て、声を上げるまでの過程について、木田さんが語ります。

ネットで公開したときから既に、「話は深刻だけど、でもところどころ笑いながら観てしまった」とか、「木田さんがとてもパワフル」とか、そういう反応は頂いていましたが、初めて公の場で上映して、観てくれる人たちがどんなところで反応し、笑ったり、うなずいたりしながら観るのかを、間近で観ることができたのでした!

ネットでの公開は便利だけど、やっぱり顔の見える上映会に勝るものはない。当たり前ですが、今回の経験を通じて、改めて実感したことだったのでした。

上映後、木田さんの講演
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私は、木田さんと個人的にお話したことはあっても、講演は初めてでした。インタビューで感じたのと同じ、やっぱり木田さんのお話、深刻なのに、どこか希望を感じさせるようで、とても面白かったです!

たんぽぽ舎のイベントに来るような人たちなら、あの動画は既にどこかで観たことがあるだろうと思っていましたが、大半の人は観たことがなかったようで、ご好評をいただきました。中には、「ネットで見たことがあるけれど、途中でしょっちゅう止まってしまった」という人もいました。「またどこかで上映したい」という声もいただきました。

ネットで公開したら、その作品はネットの空間でしか広まらない・・・ように以前は勝手に思いこんでいたのですが、意外にもネットとリアルな環境での、双方向での行き来もあるようですね(もちろん、一般的な上映会の機会は減るかと思いますが)。

ネットで動画を公開する時代の、興味深い実験をしているような、そんな気分です。今後、どんな展開があるのか、(あれば)随時お知らせして行きたいと思います!

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[jp] 【お知らせ】JCJ春のジャーナリスト講座

JCJ春のジャーナリスト講座のお知らせを頂きました。今週末です。まだ席に余裕があるそうですので、ご興味のある方は是非!

以下、JCJジャーナリスト講座・須貝さんよりいただいた案内です。

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春のJCJジャーナリスト講座もいよいよ最終ラウンドに入ります。

2月2日は長期にわたる自衛隊取材の経験を持つ半田記者が登場します。日米安保や集団的自衛権の問題を自衛隊取材の専門記者はどのように見ているのか。最近のアルジェリアでのテロ・人質死亡事件をめぐって、武力による日本企業保護などが検討されようとしています。その時、自衛隊はどうなるのか。こうした問題も講義の大きなポイントになりそうです。

続いて翌3日にはTBSの金平キャスターが世界での取材体験をもとに、テレビ報道の現場はどうなっているか、その可能性と問題点などについて話をします。金平キャスターも常に現場にこだわってきたジャーナリストです。
多角的で冷静な取材姿勢は、時の流れに安易に乗りがちな近年のテレビ報道の中で、格段に光っています。

両日ともに残席がまだあります。ふるってご参加ください。
日本ジャーナリスト会議(電話03・3291・6475)

【2013年春のJCJジャーナリスト講座】

★2月2日(土)午後1時30分から5時・日比谷図書文化館小ホールで
「徹底研究・自衛隊の取材」  東京新聞論説兼編集委員・半田滋さん

★2月3日(日)午後1時30分から5時・日比谷図書文化館小ホールで
「テレビ報道の現場から」  TBSキャスター・金平茂紀さん

資料代:各回1000円
定員40人

予約制で、参加申し込みはJCJ事務局まで、氏名、電話番号、メルアド、参加希望日を明記してメールかファクスでお願いします。

JCJ事務局  メルアド:jcj@tky.3web.ne.jp    
ファクス03・3291・6478

なお日比谷図書文化館は旧都立日比谷図書館で日比谷公園の南側にあります。
会場は60人収容の小ホールです。
所在地:東京都千代田区日比谷公園1-4  
最寄駅は地下鉄千代田線・霞が関駅、都営地下鉄三田線・内幸町駅、JR新橋駅
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[jp] 反原発、難しい地元事情

先日は、毎月恒例の「女たちの一票一揆」集会に、撮影に行きました。この日は、福島からの現状報告がメインで、何人かの人が登壇しました。どの問題も深刻且つ急を要する問題ですが、私はこの日、福島県鮫川村で秘密裏に建設が進められようとしている、高濃度汚染廃棄物焼却炉問題を報告された、福島県塙町の和田央子さんの発言に注目しました。

地元民に知らされず、偶然ツイッターでこの問題を知った和田さん。田舎暮らしに憧れ、震災よりも前に、夫婦で福島へ移住しました。彼女の住む塙町は、鮫川村の隣。このエリアは、福島の中でも最南に位置し、奇跡的に高濃度の汚染を免れた地域です。なのに、こんな場所に高濃度汚染の廃棄物焼却炉を建てられてはたまらないと、和田さんは抗議活動や署名、情報公開請求などを始めます。

塙町の住民たちも、焼却炉建設の話を聞き、それは大変だと心配し始めました。「放射能汚染が高い地域の産業が、どれだけ大変な思いをしてきたか。それがこの町で起こったら・・・」と。そこで、塙町の町長に申し入れし、町長と懇談する場を設けました。

ところが、塙町の町長が「鮫川村は良くぞ名乗り出てくれた。このモデル事業が成功すれば、ぜひわが町でも焼却炉を誘致したい」と、焼却炉誘致に前向きな姿勢であることが分かると、とたんに口をつぐんでしまいます。

町長選が、普段の人間関係にまで影響を及ぼす小さな町では、「焼却炉反対活動は、あなたたちだけでやってほしい」、「焼却炉反対と騒ぐと、それで風評被害が起きてしまうから、黙っておいたほうが良い」、などとなり、ついにはよそ者(県外からの移住者)である和田さん夫婦を追い出そうという動きまで出てきたのだとか!!

町を守ろうと立ち上がった人が、逆に町から追い出されそうになるなんて・・・coldsweats02!!!

原発に反対し、発電所の建設に反対し、高濃度汚染の焼却炉に反対し・・・という活動は、直接の影響を受ける地元では、とても活動が難しいのだと、つくづく思い知らされた気分になりました。

だからこそ、東京など外から、もっとも電力の恩恵を受けている大都市から、反対の声を上げ、活動していくことが大事なのだ、とも思いました。

和田さんの報告部分のみ抜粋し、本日YouTubeに動画を公開しました(約26分)。是非ご覧ください。町民、町長とのやり取りだけでなく、焼却炉建設の進め方、法の目をかいくぐるためのあれこれの策(処理能力200キロ/毎時以下の、小規模な焼却炉にすれば、環境アセスメントが必要ないということで、処理能力が199キロに設定されていたり)とか、目が点になるやり方のオンパレードです。。。ぜひご覧ください。

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[jp] インターネットTV出演

先週の木曜日は、インターネットTVの番組にゲスト出演させていただきました。『天真爛漫系映画革命エイガ部』という、比較的最近に始まった映画番組です。『さようならUR」に登場する栗原さん(親子三人で出演している家族)が、偶然MCの方とお友達という縁で、番組で取り上げてもらいました。

事前にメールでやり取りをしていて、いくつか質問を受けました。質問は、本当に基本的なもので、例えば「この映画を作ったきっかけは?」とか、「直撃取材の情熱はどこから?」とか、「この映画を通して訴えたいことは?」などという質問でした。

同じく、これも映画監督に対する質問だったら、よく聞かれるものだと思うのですが、「好きな映画は?」、「さようならURに影響を与えた映画は?」という質問があり、実は私、この質問がとても苦手なのです・・・!

好きな映画、一番印象に残っている映画。。。自分の運命を決定付けるような映画っていったら、何だろう・・・? 

私は、生来の映画好きで幼少時代からずっと映画館に通い詰めた、みたいなエピソードはないし、観る映画を選ぶ基準、映画の見方も、普通の人(?)と変わりません。映画を観る本数に至っては、よっぽど映画好きの人に比べたら数10分の1以下であろうかと思います。

そんなわけで、この質問には、答えるたびにそのときの気分で思いついた映画をあげています。今回は、多分MCの方がミュージシャンだということが潜在意識として働いたのか、「『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や『シカゴ』みたいに、過剰で、ミュージカルの要素がある映画」と答えました。そして、「あ、でもこれらが私の映画作りに影響を及ぼしているかというと、そうではないような気もします」とも付け加えておきました。

う~~~ん、これが良い回答なのかは自信が持てませんでしたし、自分を言い表しているとも思えなかったのですが、でも、好きな映画であることに違いないと。

これ!っていう映画を持っている人は、うらやましい。。。そんなモヤモヤ感を持ちつつ、番組の収録へ向かいました。

我が家の近所には大きな雪だるまが
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事務所兼収録スタジオでは、既に撮影の準備を始めていました。
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番組名をデザインした紙が貼られています。
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カメラテスト。写真向かって左から、MCの上村民輝さんと、江戸川チョヲイチロウさん、そしてこの番組を制作している松田プレゼンツの松田未生(みお)さん。
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この日まで知らなかったのですが、なんと松田プレゼンツは舞台ミュージカルの企画、公演プロデュース、撮影などを主な業務としているのだそうです!! 私が思いつき(?)で挙げた「ミュージカル系の映画が好き」というのとバッチリあって、ミュージカルコメディ集団「山下幼稚宴」のお話や、これまでのパンフ、次回の公演、これまでの作品のDVDなど、色んなお話を伺うことが出来ました!

山下幼稚宴、公演のパンフ。次回公演は、「ザ・高円寺」で開催するそうです。
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打ち合わせやテストの様子
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大体、打ち合わせに2時間、収録が1時間みたいな感じだったと思うのですが、私にとって面白かったのは、打ち合わせ=(本来なら)具体的な進行、テーマの確認など、そういうことをするのが「打ち合わせ」の目的だと思うのですが、この時の打ち合わせは、ムード(ノリ)の確認という感じだったのです!

一応台本(?)を上村さんが書いて持って来てはくれているものの、事前に決めておくべきポイントの”ズレ”が、私には新鮮で面白かったhappy01。前フリみたいなところは熱心にリハーサルするのですが、具体的な番組の中身や質問の柱についてはスルーしたりするのですもの!

でもこれって、ある意味ミュージシャン、芸術分野の人たちのノリなのではないかな?と思いました。ライブで大事なのは、楽譜通り音を奏でるよりも、その場のバイブみたいなほうがよっぽど大事ではないですか。

そんなわけで、私は具体的な番組の進行については、2時間の打ち合わせを経てもなお良く知らされないまま、本番に挑んだのでしたhappy01

でも、実際の番組収録では映画の内容にも触れ、アドリブもあり、映画で使われる音楽の話にも及び、とても楽しかったです。私は普段オーソドックスなQ&A方式の出演しかしたことがなかったので、バラエティー番組的な感じで進められるのが新鮮でした。

収録のあとで
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番組は編集後、2月7日(木)ネット公開の予定だそうです。公開時にはまたブログ上でお知らせしますが、どんな風に仕上がるのか、今からとても楽しみです! 

『天真爛漫系映画革命エイガ部』の皆さま、ありがとうございました!

追伸:最近の我が家のちょっとしたブーム、それは昔懐かしい「おっとっと」です。しばらく食べていませんでしたが、なんと、同じく昔ブームになった「うちのタマ知りませんか?」と同じ、発売開始30年なのだそうです! それを記念して、現在「おっとっと」と「タマ」がコラボしたバージョンが発売されているのです。
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「おっとっと」の中に、タマの形をしたものが紛れ込んでいるんですって。
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「おっとっと」は、箱の中に個袋が2つ入っているので、私と姉は一袋ずつ食べたのですが、タマ入りバージョンを初めて食べたとき、私が選んだ袋の方に「タマとと丸」が入っていました!

それをとても悔しがった姉が、この間、再び「おっとっと」を購入。なんと、今回も私の選んだ袋の方に「タマとと丸」が!!!
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姉は3度目の挑戦をするのでしょうか・・・??!! なんか、「おっとっと」の戦略に乗せられているような・・・coldsweats01

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[jp] Under the radar...!

昨日発行された、英字フリーペーパー「Metropolis」(メトロポリス)の、「Under The Radar ~ Tokyo’s unsung creative women fuel ventures across the arts」という特集記事で、私のインタビューと写真が掲載されました。直訳すれば、東京のまだあまり知られていない女性アーティストたち、みたいな内容の記事です。私のほかに、6人の東京で活動する女性アーティストたちが取り上げられています。メトロポリスは東京都内を中心に配布されているフリーペーパーですが、記事はオンラインでも閲覧が可能。ぜひご覧ください。(私は記事の2ページ目に出ています。また、経産省前テントの私の写真は、伊藤芳保さんに撮っていただいた写真です)

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[jp] これは”イギリス料理”でしょう!

先日、イギリスでは「カツカレー」が日本食として人気で、私は日本の「Panko」をクリスマスプレゼントとしてイギリスへ送ったということを、このブログで書きました。

その日本製パン粉を使い、カツカレーを作った!というレポートが、イギリスのポールから詳細な写真と共に送られて来ましたので、ご紹介します。

にんじんとジャガイモ
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適当な大きさに切り、ゆでます。
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トマトの缶詰。日本では、多少のトマトを加える家庭もあると思いますが、缶詰を丸ごと入れる家庭はあまりないでしょう。この時点で、やや”ズレ”が発生。
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たまねぎ
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たまねぎを鍋でいためます。
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カレールウ。日本のもの。これがあれば、味付けで心配する可能性はほとんどなし!
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トマト缶とカレールウを加えます。
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事前に書いたと思われる、レシピノート。よく見ると、「カツカレー2」と書いてあります。以前のバージョンは一体、どんな「カツカレー」だったのでしょうか!?
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いよいよ「Panko」を付ける準備! 小麦粉、卵、パン粉と並べているのは、日本と同じ。
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日本で「カツカレー」を注文したら、説明されていなくても普通は「豚肉」だと思うのですが、ポールは鶏肉を。
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この点について、先日スカイプで面白い会話がありました。イギリスは「ベジタリアン」(菜食主義)発祥の地と言われていますが、元々はとても”肉食”な国。動物愛護の視点から、肉を食べるのをやめようと思う人でも、やはり肉の味は恋しいらしく、ベジタリアン用の「肉もどき」製品がスーパーには沢山あります。

また、ベジタリアンではないものの、なるべく食用にされる動物への負荷が少ないようにと思う人たちは、牛・豚は食べないけれど、鶏肉や魚は食べる、という人たちもかなりいます。そういう人のことを、テレビで「Pescetarian」と紹介していた、そんな言葉は初めて聞いた、と言っていました。

私もその言葉は初めて聞きました。興味を持ってネット上で調べてみると、「ベジタリアン」にはとても幅があり、ベジタリアンだと名乗る人でも、「鶏肉とターキー(七面鳥)は別」なんて人もいるのです! 「Pescetarian」以外にも、そういう食生活の人を「セミ・ベジタリアン」や、「ベジタリアン・シンパサイザー」と呼んだりもするそうです。

・・・ここまでややこしくなってしまった「ベジタリアン」の世界。いっそのこと、「ベジタリアン」という区分は止め、「ビーガン」(牛乳や卵なども一切食さない、厳格な菜食主義)とそれ以外、の2区分だけにしたらどうか?と、私などは思ってしまいます。

さて、話が脱線しましたが、鶏肉にパン粉を付けていきます。まず、小麦粉から。
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とき卵を
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パン粉を付けます! 台所で作業をするポールの様子。
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良い感じについています!
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パン粉がついた手の写真までhappy01
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フライパンで揚げます。
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たまねぎを炒め、そこにトマト缶とカレールウを加え、あらかじめ茹でておいたにんじんとジャガイモを投入。
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レンジで温めるタイプのご飯。イギリスのスーパーで売られているお米のほとんどは、インドなどで食べられている細長いお米(バスマティ米)。日本人からすれば、パサパサで美味しくないお米ですが、以前、日本のお米をポールにあげたら、以前「滑りを取る」とか言って、美味しそうにモチモチに炊き上がったお米をざるにあげ、水で洗われてしまったという、衝撃の体験がありましたcrying
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チキンカツは美味しそうに揚がっています!(やや揚げ油が少なすぎるかも?)
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ここで、なぜか春たまねぎ(日本の長ネギのようなもの)登場。
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出来上がり! 春たまねぎは、刻んでカツカレーのトッピングにするためだったのでしたhappy01
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日本で「カツカレー」といえば、白いご飯の上にカレー、その上にカツ、というのが定番だと思いますが、送られてきた写真では、カレーを挟んだ両側にご飯とカツが盛り付けられています。そして上には春たまねぎのトッピング。。。どう見てもこれ、”イギリス料理”にしか見えません!!

イギリスでブームだという「カツカレー」、現地では一体どんな展開をしているのか、とても気になります!!

ちなみに、ポールからは、日本のパン粉とカレールウを使った「カツカレー」は、やはり全然違った、とても美味しかったというメールが来ましたhappy01

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[jp] サイトを一本化

お気づきの方は少ないかもしれませんが、これまで私は2つのドメインを持っていました。一つは、「ブライアンと仲間たち」を作った時に立ち上げた「brianandco.co.uk」というアドレスのホームページで、もうひとつは「さようならUR」を作った時に立ち上げた「petiteadventurefilms.com」というアドレスのホームページです。

「ブライアン~」を作ったときは、それで精一杯で、今後も映画を作っていくという想像までは及ばなかったため、映画のタイトルでURLを取得しました。その後、「さようならUR」を作った時に、(今後、映画を作るたびにサイトの数が増えていくのもどうか)と思い、「プチ・アドベンチャー・フィルムズ」というプロダクション名を考えて(実態は私一人の活動ですが)、その名称でURLを作ったというのがいきさつです。

「プチ・アドベンチャー~」のサイトは持ちましたが、「ブライアンと仲間たち」名義のサイトはそのまましばらく持ったほうが良いと考え(過去の名刺には「ブライアンと仲間たち」のURLも載せていましたし)、「ブライアン~」のサイトも持ち続け、「ブライアン~」の映画に関するものは、ブライアンのサイトにジャンプするように設定をしていました。(つまり、プチ・アドベンチャーのサイトで、ブライアンの映画に関する部分をクリックすると、ブライアンのサイトに飛ぶようにしていました)

しかし、「プチ・アドベンチャー」のサイトを立ち上げて、早くも2年がたち、そろそろ「ブライアン~」のサイトの契約を止め、「ブライアン~」のページを「プチ・アドベンチャー」内に設けることにしました。そのための作業を昨年末に行い、今では、見た目のページは全く変わりませんが(ファイルをそのまま持ってきて使用しているので)、そのページのアドレスは「プチ・アドベンチャー」のURL以下に続くアドレスとなっています。

2009年の1月3日に(4年前!)、生まれて初めて”ホームページ”を持った、その記念すべき「ブライアンと仲間たち」アドレスが、今日イギリスの契約会社から「契約を更新しなかったので終了します。更新したい場合は早めに連絡を」とお知らせが来ました。実際、「ブライアンと仲間たち」のURLに接続して見ましたが、既に繋がらなくなっていました。

「ブライアン~」のページ自体は「プチ・アドベンチャー」で、全く同じ体裁のままのものが見られるのですが、でも、ひとつの(初めての)アドレスがなくなるというのは、やはり感慨深いもの。。。(あ、でもアドレス登録料と年間使用料は、一つアドレスを減らしたことで毎年6000円ぐらいの節約になるのですが・・・coldsweats01!!)

そんなことがあった1日でした。

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[jp] 住民の会、HP開設!

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします!

元旦の昨日、『さようならUR』に登場する、「高幡台団地73号棟に住み続けたい住民の会」のHPがオープンしました!

ホームページはこちらです。

『さようならUR』のDVD特典映像の、ソウル国際女性映画祭上映後Q&Aの韓国語部分の翻訳を手伝ってくれた、韓国人のイ・ウンジュさんが、映画を気に入ってくれ、高幡台団地の住民の皆さんのために何かしたい!と、HPの作成を申し出てくださったのが始まりです。

これまで、住民の会ではHPがなく、広報手段は団地内で配布する「住民の会ニュース」がメインでした。それは団地内に向けた、その都度の広報ですから、住民の会の活動を全体をまとめて紹介するようなものはありませんでした。HPが持てたら、それはとても良い広報になると思い、住民の皆さんにイさんからの提案を伝えました。

・・・とはいえ、住民の会世話人の村田さんとあともう一人ぐらいしか、インターネットはやっていないというのが、住民の会スタンダード。。。「インターネットとは何か?」というところから説明しなければなりませんでした。住民の方の中には、ネットの利便性よりも、「個人情報漏洩」や「サイバー攻撃」、「オンラインバンキングの偽画面」等、新聞で報道されるネットの危険性の方を心配する方もいました。

なので、イさんと会ってHPについての具体的なプレゼンを受ける前に、まず私の方でインターネットを見たことも、触ったこともない人に向けた、インターネット超基礎講座をやることにしました。

定例会の時間をもらって、約90分、村田さんのお宅でインターネットを使いながら、私のHPやYouTubeなどを見せ、インターネットがどういうものかを説明しました。

そのときのレジメがあるので、以下に掲載します。インターネットについて、ゼロから説明しなければならない人には、役に立つかもしれません。

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2012.11.6 インターネット基礎講座

■主な用語
・インターネット、ネット、オンライン=全て同じ
・ホームページ、ウェブサイト=同じもの
・メール=インターネット上でやり取りする電子メール
・ブログ=インターネット上の公開日記
・ツイッター=「つぶやき」140文字まで

■インターネットで出来ること
情報の検索、情報の掲載、メールのやり取り、インターネット電話等

■インターネットの特徴
・”最低限の知識”、”検索キーワード”を知らないと、情報が得られない
⇔新聞やテレビ(チャンネルを回せば、新聞を開けば、興味のある情報も、興味のない情報も、一様に手に入る)

ネットの場合、とても興味を持つ人が連絡をしてくる。
(これまでの例:建築を学ぶ学生、市民運動団体、社会問題の研究者)
⇔新聞やテレビは、広範囲の人が問題を知る一方、「そういえばこんな問題あったね」程度。

・世界中の人が見ることができる、情報を伝えられる
(ただし競争は過熱。言葉の壁もあり、日本語は日本人+アルファしか理解できない)

・文字、写真、動画など、様々な形式の情報を掲載、更新出来る

■インターネットは過密状態
・小学生~高齢者まで使っている
・数億ものホームページが乱立
(ホームページがあるからと言って、必ず大注目になるとは限らない。ただし、誰でも見られる情報のため、載せる情報は吟味する。個人情報、UR対策、裁判対策)

■インターネットの危険性
・個人情報が晒される
(※個人情報をどこまで公開するか、自分で決められる)

主な個人情報の例:
住所・部屋番号、電話番号(これらは掲載しないほうが良いと私は考えます)
フルネーム(載せたくない人は仮名、またはイニシャルなどの方法もあるが、”裁判”は公の行為、社会的な運動でもあるため、できれば掲載するほうが良いのでは? と個人的には思います。要議論)
写真(個人のアップ写真の可否(個人ごと判断)、集合写真は?(ブログには既に掲載))

・ホームページへの攻撃
狙われるのは”大物”(官公庁や大企業)なので、73号棟はほとんど起こる可能性なし。

・クレジットカードやパスワードの情報を盗まれる
お金が絡むサイト、クレジットカードで買物ができるサイトが対象なので、73号棟のページは該当せず。

・ネット上で他人を誹謗中傷すると訴えられたり、罰せられたりする
載せる情報が、根拠なく他人を批判する内容になっていないか? 特にUR、自治会の対応に対する非難は、載せる情報を慎重に。

■ホームページを持つ意味
<大前提>
※※ホームページは「自分が見るもの」ではなく、「他人に見てもらうためのもの」です※※

・この問題を社会に広く知らせ、後世に渡って伝え続けることが出来る
・これまでに発行した文書などを、保存し、かつ、他者も見られるようにする
・更新することにより、これまでの情報+最新情報も伝えられる(裁判日程や集会のお知らせ)

■私のホームページ、ブログ活用法
<ホームページ>
・「ブライアンと仲間たち」、「さようならUR」の”宣伝”
(あらすじ、上映会・イベント情報、予告編動画、スライドショー写真、DVD購入、プロフィール)
→映画に興味を持ってもらい、上映会に来たり、DVDを買ってくれる人を増やすのが目的。

<ブログ>
・こちらも究極的には”宣伝”が目的。
日々の出来事を綴ることで親近感を持ってもらう、自分の興味や活動を伝える。
73号棟関連の話題は3割程度。

主な話題:
自主制作の映画作りについてのノウハウ
上映会のレポート(各地で出会う魅力的な人・活動の紹介)
ジャーナリズム、原発報道に関することなど

”宣伝”なので、書きたくないことや秘密にしておきたいこと(ex:弁護団の裁判戦略など)は書かない。

読者層:
73号棟問題つながりの人よりも、映画、報道、市民運動関係者が多い。
ブログを読んだ人から、講演や講師の依頼も受けることが時々ある。

■ホームページを持つには?
・アドレス(URL)の取得
・ホームページのデザインを決め、作成する
・掲載内容を決める
(※これが一番重要で、これは住民側の要望&主体的な作業・協力がないと出来ない。
友人はあくまでも、インターネットの”技術者”です)
・更新作業
ホームページ完成後は、必要に応じて、裁判日程や集会のお知らせなどを掲載。頻繁に更新はされない予定。

■ホームページを作るにあたり必要なこと(住民側)
・ホームページを持つか否かを決める
・「持つ」場合、個人情報の掲載範囲を個人ごとに決め、文書にし、齟齬の無い様にする
・掲載内容を決め、必要な資料を提出する。友人、私と協力しながら作業を進める

以上

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この説明で、大まかにインターネットがどういうものか理解(?)してもらい、その上で11月の中旬に、イさんが73号棟のHPについて住民の皆さんにプレゼンをしました。

プレゼン時の様子
Dsc01996

Dsc02001

考えてみたら、イさんと住民の中川さんは、60歳ぐらい歳が離れているのです・・・! でも、イさんのプレゼンは堂々としていて、分かりやすくて、プレゼンが終わる頃には住民の皆さんの信頼をしっかり得ていました!
Dsc02005

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HPを作ることが正式に決まり、HPのコンテンツや今後のスケジュールが具体的に話し合われました。HPを作るのが最終目的ではなく、そのHPを沢山の人に見てもらえなければ作った意味がありません(それは映画作りと似ているかも)。そこで、住民の皆さんがHP開設をお知らせするのに絶好のタイミング&ツール=「年賀状」ということで、1月1日オープンを目指し、約1ヵ月半というかなりのハードスケジュールで作業を進めることになりました。私はイさんと住民の皆さんの橋渡し役・編集者的な立場で関わり、サイトの構成、必要な原稿集め、年表などの原稿チェックなどを担当しました。

住民の皆さんの中には、顔写真がネット上で出回ることに対し、抵抗のある人もいました。しかし、住民からの挨拶や各住民の紹介ページを持つことにしていたので、顔写真が使えないというのは、ネットをデザインする立場からするとネックでした。

そこで考え出されたのが、リアルな顔写真を使うのではなく、顔写真を加工したイラストを使うという案。私が写真を提供し、イさんにサンプルを作ってもらいうことになりました。

イさんから送られてきた、村田さんをサンプルとして使ったイラスト加工の例。(村田さんの写真は、映画の中から切り出したもの) クリックすると拡大します。
Muratasan_character

このサンプルを見て、(実物の写真より面白いじゃん!)と、私は一目で気に入ってしまいました! 住民の皆さんも、自分の写真がどのように加工されるのか、一抹の不安はありながらも(イラストは、自分にとって強調されたくない身体的特徴が強調されたりすることが良くありますからね)、イラストで行こう!という方針に決定。

HPのコンテンツは、住民からのご挨拶、各住民の自己紹介(ワタシ的には「カラオケ十八番」の項目が、その人の時代・好みが反映されていてツボ)、URの説明などありますが、なんといっても一番大変(且つ一番重要)なのは、年表の作成でした。この73号棟問題を、ただ1つの団地で起こっている問題とせずに、時代の流れ、国の住宅政策の流れの中で起こり、それに対して住民の会がどのような活動をしていったのか、それらが伝わるような年表にしたいというのが、このHPの目標でした。

これまでの出来事を、まず田中さんが詳細に書いてくれ、そこから住民の皆さんで項目を絞り込んで行きました。項目を絞り込んだあとは、その内容を詳しく書き、私の方でも表現の分かりやすさなどをチェックして、イさんへ。

年表のボリュームが多くて、それをどう表示するのかは、イさんの方でも最後まで苦戦していたようでした。12月に入ってからは、頻繁にイさんとスカイプでミーティングをしたり、原稿のやり取りをしていました。元旦のオープンまでの数日間は、イさん、ほとんどマトモに寝ていないかも・・・coldsweats02 大変お疲れ様でした!!!

無事、オープンにこぎつけた住民の会のHP。これからは広報の戦略を立てることになっています! 相互リンクなども歓迎ですので、ぜひこのステキなHPを広めてくださいねhappy01

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