« [jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その2) | トップページ | [jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その4) »

[jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その3)

ハノイ3日目。さて、いよいよ今回の訪問の一番の目的である、DOCLAB訪問と上映の日です! 普段、海外旅行に行く前は、(パスポートとクレジットカード)と念仏のように唱えながら持ち物の確認をするのですが(この2つさえあれば何が遭っても何とかなるので)、今回は(HDDとパスポートとクレジットカード)と、この3点セットを唱えました。HDDとは、自分の映画のデータを入れた、携帯用のハードディスク・ドライブのことです。

でも、HDDがもしDOCLABのパソコンで認識されなかったときを想定して、各種の代案も用意していきました。HDの映像データ(約2GB)をDVDに直接焼いたものと、DVDデータとしてDVDに焼いたもの(こちらは解像度は低くなりますが、上映できないという最悪の事態は防げます)、など。

そして、ハノイで知り合った人たちに渡すための、英語の名刺と、これまでの自分の作品(英語字幕付き)をまとめて焼いたDVD。日本で買ったお菓子。ティさんの娘さん(アンちゃん)へ文房具(消せるタイプの色ペンセットと「リラックマ」のお絵かき帳)。これまでの経験から、「持って来ておくと便利なもの」、「喜ばれそうな日本のお土産」をそろえて持って行きました。

この日の上映は午後2時から。でも、11時半にDOCLABでティさんと待ち合わせして、お昼ご飯を食べることになっていました。ハノイに到着して3日目になるのでしたが、ティさんと会うのはこの日が初めて! 滞在中、ティさんが持っている予備の携帯電話も貸してもらうことになっていました。(その日以降、色んな人と待ち合わせしたり、待ち合わせ時間が変更になったりしたので、携帯電話は本当に必需品でした)

あらかじめ日本から、DOCLABの地図を印刷して来ました。地図上で見る限りでは、私のホテルから歩いて15分ぐらい(距離にして1キロぐらい)で到着するようです。DOCLABは大通り上にあるので、行き方も複雑ではなさそう。ベトナムはタクシーが安いので(初乗りが100円ぐらい)、「分からなくなったらタクシーで来れば大丈夫」と言われていました。

でもまあ、午後2時と言うのは早い時間ではないですし、前日はハノイを離れてハロン湾に行っていたので、私はまだハノイの町並みをほとんど知りません。観光がてらDOCLABまで歩いていくことにしました。

初めて、地図を片手に、ホテル周辺のエリアから離れて歩きます。事前に聞いてはいましたが、とにかくすごいバイクの数。信号らしきものはほとんどなく、横断歩道もありません。途切れることなく走ってくるバイク(スクーター)と車の間を縫って、歩行者は道路を渡るのです・・・! しかも、歩道を走るスクーターや、道路を逆走するバイクもあったりして、まさにカオス!!! 「車が全く来なくても、信号が青に変わるまで待ち続ける」日本では、全くありえない光景です!(日本だったら、築地のマグロ売り市場内で、買い付け人たちが小さな乗り物を荒っぽく縦横無尽に乗り回している、あの光景が近いかもしれません)

縦横無尽に走るバイクは、私には暴走族にしか見えませんでした・・・^^; ヘルメットを着用している人は8割ぐらいで、二人乗りも多く(中には4人乗りや、子供を片腕で小脇に抱えて後部座席に乗っている人も!!)、さらには直径1メートルぐらいの大きな樽を積んでいたりもします。スクーター本来の稼働能力をはるかに超えた利用方法ですが、ベトナムの国民にとっては、なくてはならない日常の道具なんだろうな、と実感。
Dsc01310

Dsc01312

自転車の駐輪場のような感覚で、バイクがずらりと停められています。
Dsc01780

ハノイの道路のめちゃくちゃぶりを、デジカメの動画で撮影しましたので、ご覧ください^^ ほんと、道路を渡るのがものすごく大変なのですが、不思議なことに、自転車をこぐおばあさんが、超スローモーションで道路のど真ん中を優雅に走っていたり、地元の人たちは車とバイクの間を器用にすり抜けながら、走ることなく道路を渡っているのです。私も実際、地元の人と一緒に歩くときは、走って渡る必要がありませんでした。・・・一体何が違うのか、いまだに謎です!

自転車に沢山の荷物を積んだこちらの女性は、マイペースで道路を渡っていました。よく分かりませんが、ハノイで道路を渡るには”毅然”とした態度を見せることが大切なのかもしれません?!
Dsc01305_2

天秤を担いで行商をする女性も多く見かけました。食料や日用品などを載せて、声を掛けながら歩きます。下の写真の女性は、道路を渡る途中で果物がひとつ、道路の真ん中へ転がっていきました。どうするのかな?と思ったら、車がびゅんびゅん走る中、走って果物を拾いに・・・!! 見ているこちらの方がヒヤヒヤしてしまいました。
Dsc01311_2

これだけの交通量ですから、排気ガスで空気はかなり汚れています。ずっと道路を歩いていると、それだけで喉がガラガラしてきそうな感じでした。ハノイでも、バイクに乗る人の多くは、バンダナを口の周りに巻きつけたり、カラフルなマスクをしていました。

でも、空気が悪くても、意外に寒い気候でも、ハノイの人たちは日常生活を”外”で送るのが文化のようです。物を売るお店だけでなく、普通の人たちも路上で野菜を洗ったり、料理の下ごしらえをしたりしています。お茶を飲む店では、どこも外に小さなプラスチックの椅子が出され、沢山の人がお茶を飲みながらくつろいでいます。
Dsc01781

Dsc01796

床屋さんだって、路上にあるのです!
Dsc01799_2

こんなに空気の悪いハノイ市内ですが、通りを歩いていると、あちこちにコトリのカゴがつるしてあるのを見かけました。この空気の悪い状況から飛んで逃げ出せないのが、ちょっとかわいそう。。。
Dsc01318

旅行者丸出しではありましたが、色んな人に道を聞きながら、何とかDOCLABのある大通りまでたどり着きました。

電車の線路。家はかなり接近して立ち並んでいます。
Dsc01422

Dsc01319

大通りの様子
Dsc01321

Dsc01324

混沌とした、古い建物が密集するハノイの町並みの中で、突如、別格の洋風建物が現れました。
Dsc01399

地図で番地を確認すると・・・ DOCLABの住所ではありませんか! ドイツのゲーテ財団の建物です。そもそも、DOCLABは設立当初、ゲーテ財団から場所、機材、資金の提供を受けて始まったので、ゲーテ財団の建物の中にDOCLABがあるのです。
Dsc01325

明らかに周囲と比べて異質な佇まい。
Dsc01326

門番がいましたが、ご飯を食べながら雑談している最中だったので、私はするりと中に入りました。それにしても立派な建物で、中には六本木ヒルズにでもありそうな、おしゃれなレストランもありました。
Dsc01329

地図で確認しようにも、ドイツ語とベトナム語だけが併記されたところで、私には理解不能です。
Dsc01331

階段を上がると、小さな部屋がいくつもあり、各部屋では少人数の授業が行われているようでした。後で聞いたところ、ドイツ語教室とのこと。DOCLABはどこかと聞いたら、隣の棟の1階だといわれました。

ありました、DOCLAB! 入り口に映画のポスターらしきものが貼られています。
Dsc01332

DOCLABの看板!
Dsc01333

ドアを明けて中に入ると、スタッフらしき男性がいて、ティさんは10分ぐらい遅れて到着するとの事。しばらく待っていると、ティさんが到着して、ティさんのアメリカ人の夫であり、写真家のジェイミーさんとともに、ご飯を食べに行きました。

「何が食べたい?」と聞かれたので、「ベトナム料理だったら何でも」と答えたら、Bun(ブン)を出すお店に連れて行ってもらいました。串焼きにした肉と米麺を、ちょっと酸っぱいスープにつけていただく料理です。付け合せの野菜は、コリアンダーやシソなどハーブ類が沢山。健康的で美味しいし、ローカロリーだし、ハノイ滞在中どこで何を食べても”ハズレ”はありませんでした。
Dsc01335

ティさんとは、2011年の山形の映画祭以降も、会っていました。昨年2月の恵比寿映像祭とか。でも、DOCLABについての話を詳しく聞くのは、山形でティさんにインタビューをしたとき以来でした。(そのときの動画はこちら)。

山形の時と比べ、ティさんはDOCLABに対する不満が色々とあるようでした。アメリカに長く住んだあとに、夫と娘とともにハノイに戻ってきたティさんは、2009年からDOCLABの活動を始めました。最初は、ドキュメンタリー映画を一緒に観る仲間が欲しいと、その時々で場所を借りて上映会などをしていたそうです。その後、ゲーテ財団の支援を受け、本格的なメディアセンターとしてDOCLABがスタートしました。

山形で作品を上映した2011年というのは、センターの開設から2年。ちょうど、ティさんの初期の努力が報われ始めた時期です。ゲーテ財団からの財政的な支援もあって、各種の映像ワークショップを開催し、そこで学んだインディペンデントのドキュメンタリー作家たちが自分の作品を作りはじめ、それが世界的にも注目を浴び始めた時期であると言えるでしょう。

しかし、そこからまた3年近くたち、ティさんの中では色んな思いがあるようでした。まず、一番大きいのは、ゲーテ財団からの支援が終わってしまったこと。ベトナムをはじめ、東南アジア諸国では、欧米系の企業や文化財団(ゲーテ財団の他、フォード財団や、ブリティッシュ・カウンシルなど。日本からは日本財団も)が色んな文化事業への助成をしています。

しかし、それらの助成は、大抵はプロジェクト単位の、期限付きのものが多く、更新されることはなかなか難しいのです。企業としては、自分たちの社会貢献をアピールするために、広く浅く、色んな事業にかかわりたいという思惑もあるのでしょう。DOCLABの場合は、最初の2年間は手厚い支援を受けましたが、その後は支援額がぐっと下がり、現在ではゲーテ財団の建物内の一角を使わせてもらう以外は、財政的な支援は”全く”ないそうです。(ゲーテ財団が主催する、単発的な映像イベントで手伝う場合などを除き)。また、DOCLABの他に別のメディアセンターが別の財団の支援で出来たそうですが、こちらも2年ほどで支援が終了し、今はなくなってしまったとのこと。

募金を呼びかける箱(アンちゃん作)
Dsc01413
ティさんは、「お金を募るなら、もっと悲壮感にあふれた感じにした方がいいかしら? これでは、ちょっとハッピーな感じだわ」などと、真顔で言っているのが面白かったです。

建物を無料で提供してもらえるのは、それだけで既に大きな支援ではありますが、財政的な支援がないと、例えば、センターの留守番を持ち回りでスタッフが担当していますが(メンバーが機材を借りに来たり、ここのパソコンで編集作業を行ったりするため)、スタッフ手当てのようなものは出せません。また、以前は海外の映画を上映する際に、ベトナム語の字幕をつけていましたが、今はそのための資金もありません。ワークショップも、単発のワークショップは開催しているものの、その数は少なくなりましたし、長期のドキュメンタリー制作ワークショップは、今は開いていないそうです。

財政的な問題だけでなく、ティさんの中では、DOCLABの運営についても不満があるようでした。ベトナムのインディペンデント・ドキュメンタリー界を牽引しているといっても過言ではないティさんですが、ティさんの立場を担える・引き継げるスタッフが全く育っていないというのです。「みんなは、私に頼りすぎている。作品は作りたがるけど、運営をしたり、どこかから助成金をもらったりするような、そういう組織運営の能力がない」と言っていました。

なので、いまだにアドミン業務の全てをティさんがやらざるを得ず、それだけでも日々かなりの時間を占め、ティさんは自分の作品を作る時間が全く持てないと言っていました。時間をかけて取り組む長編作品が出来ないし、海外でのアーティスト・イン・レジデンスも、参加で来て1ヶ月がマックスだ、それ以上自分がDOCLABを不在にしてしまったら、運営に支障をきたす、と言っていました。実際、昨年には他のスタッフにワークショップの担当をしてもらったことがあるのでしたが、ティさんとジェイミーさん曰く「ディザスター(最悪)だった」と言っていました。

常々、DOCLABはインディペンデント・ドキュメンタリーの希望の星!と思っている私としては、こういう話を聞いていると(←滞在中、しょっちゅうこの話になりました)、ちょっと悲しくなってしまうのですが、今後はティさんはもっと意識的に「他人に任せる」ことをしていくべきだと思いますし、ティさんのようにテキパキとハイレベルな仕事は出来なくても、フォローしながらでも他人にやってもらうということに、しばらく重点を置いたらよいのかもしれません。とにかく、ティさんは頭切れまくりで、能力が高すぎるので、それを他人に期待しても、思い通りになるはずがありません。。。あと、彼女が運営にかかる負担を、どの程度メンバーの人たちに訴えているかも不明です。大変だと知れば、運営に関わる人も出てくるのかもしれませんが・・・

DOCLABが出来て5年。DOCLABは初期の頃の問題とは別の、新たな局面に向かっているのだと感じました。DOCLABは是非続けていって欲しいし、ティさん自身も映像作家なのですから作品を作り続けて欲しい。他所の人間としては、勝手にこのように期待しています^^

一通りティさんの話を聞いた後は、今度は私の話になりました。山形の映画祭のあとは、どのような活動をしてきたかとか、どのように映画作りを可能にし、作品を作り続けているのかなどについて。私の場合、スポンサーもなく、助成金も受けずに作品を作っているので、制作費用の回収(とまでは行きませんが)は、自主上映会やDVDの販売などが主です。自主上映会をどのように広げてきたか、自主上映の条件、DVDの販売方法やこれまでの販売枚数などを話したところ、ティさんからとてもびっくりされたのです!

でも、日本人からすれば、それはまったくびっくりするような話や金額ではないかもしれません。コンビニでバイトをするほうが、よっぽど稼げます。しかし日本でも、映像制作でお金を稼ぐとなると、それは結構難しい話です。映像制作自体、完全な個人でやっている人というのは、意外に少ないと思います。インディペンデントと括られる作品でも、制作会社があったり、配給会社があったり、特定の支援団体が全面的に支援していたり・・・という形態の方が多いと思います。なので、本当に全くの個人ながら、定期的に作品を作り、自主上映会をし、DVDもそれなりに販売され続けているというのは、金額的な規模は小さいながらも、珍しいことかもしれません。

「ベトナムでは、文化にお金を払うという習慣がないのよ。だから、ユミコがやっていることは、ベトナムでは無理だわ」と言いました。映画に対してお金を払うのは、シネコンで見るハリウッド映画ぐらい。ドキュメンタリー、しかもインディペンデントの作品なんて、お金を払ってみる人はいないだろう、と。日本も決して恵まれた環境であるとはいえないかもしれませんが、少なくとも”有料”の上映会は珍しいとは思われないでしょう。(行く、行かないは別として)。

DOCLABはこれまでの作品をDVD化していますが(パッケージも凝った立派なDVDです)、何と販売価格は5ドル。物価の安いベトナムとはいえ、電化製品やパソコン周辺機器などの値段は、日本とそんなに変わりません(輸入するので、逆に高いものもあるぐらいです)。なので、DVDの原価に既に2ドル以上かかり、手間賃も考慮すれば5ドルで販売しても、ほとんど利益はありません。でも、「5ドル以上の値段を付けたら、絶対売れない。今出しているDVDだってほとんど売れずに、棚に眠っているわ!」と自嘲気味に言っていました。

話は尽きず、そろそろDOCLABに戻る時間になりました。上映は2時から。既に何人か来ていました。結局15分ぐらい遅れて始まり、途中から来た人&途中で帰った人を合わせれば、全部で20人ぐらいの人が来てくれました。なかでも、一番乗りで来た大学生のハンさんは、Filming picnicをとても楽しみにしていて、早速翌日に待ち合わせることに。

DOCLAB内部の様子
Dsc01345

写真中央の女性がティさん
Dsc01343

この日上映した作品は『踊る善福寺』(全編)、『ホームレスごっこ』(全編)、『さようならUR』(一部)。まず、冒頭にティさんから私の紹介があり、私たちが山形で知り合ったこと、その後DOCLAB作品の上映会を東京(路地と人)で行ったこと、そして「彼女は、私が今まで出会ったインディペンデント・ドキュメンタリー制作者の中で、一番インディペンデント度が高い人」と、褒められているのかどうか微妙な形容をされました。

その後、私から簡単な自己紹介をしました。山形でDOCLABの話を聞いてから、いつか必ず訪れてみたいと思っていたこと、DOCLABの参加者は厳しい選考を勝ち抜いて選ばれたメンバーであるので、そういう人たちの前で上映できる機会を与えられ、とてもうれしく思っていること、短い滞在期間ではあるが、沢山の制作者と交流したいと考えていること、などを話しました。

自己紹介のあとは、まず『踊る善福寺』を上映。
Dsc01337

所々で笑いもおき、楽しんでくれている様子が分かってちょっとほっとしました^^

『踊る善福寺』上映後は、1時間ぐらい話しました。まず、大学卒業後、公務員・会社員として働いていたときのことから始まり、ジャーナリストになりたいと思って留学したこと、小型のビデオカメラで日常生活や路上で出会った人を撮影し、編集してYouTubeに60本ぐらいの短い動画をアップしながら、独学で映像制作を学んだことなどを話しました。

その次には、実際に自分が作った作品を、どのように上映して行っているかについて、具体的な方法や、上映の金額なども交えながら話しました。例えば、初監督作を作って日本に帰国したときには、映画業界にも、この映画に関心を持ちそうな平和団体などにも、全くツテがなかったこと。自主上映の条件を定め、チラシを作り、新聞で見つけた自主映画の上映団体に、片っ端から電話をかけるなどの方法で自主上映を呼びかけたこと。上映会が始まってからは輪が広がって、最終的には北海道から沖縄まで100箇所近くで、初監督作品を上映できたこと。ブログの必要性や、上映後のトークで心がけていること。上映会場とホームページ上でのDVD販売。どんな機会を、どう映画の上映のチャンスに生かすか・・・などなど、自分が普段実践している方法を詳しく話しました。

この部分に関しては、ある意味、映像制作のレクチャーというより、さながら起業セミナーの様だったかもしれませんが、“インディペンデント”というのは起業家の精神と重なる部分も多いと思います。

そして、日々の暮らしについても率直に話しました。実姉のところに居候をして映像制作を続けていること。それで生活費についてはずいぶん免除されているけれど、お金はもらっていないこと(←当たり前か^^;)。でも、映像制作や日々の出費は全て自分のお金(すなわち自主上映などでの収入)ですし、7年近くほとんど無職ながら、映画を作り続け、毎年海外旅行にも行けているというのは、かなり幸運であると思います。

トークを聞いていた参加者から「あなたは自分が幸運だと思いますか? それとも、努力してそうなったと思いますか?」と質問を受けました。私は、「自分は幸運なほうだと思います。でも、それなりに努力もしています。努力しているから、運が向いてくるというのもあると思います」と言ったような内容を答えました。

するとすかさずティさんがそれに割り込んで、「ドキュメンタリーを作るのに、運も何も関係ない。作れないのは、本人の努力が足りないだけ!」とぴしゃり^^; やっぱり、ティさんって厳しい人なんだなぁ・・・と思った瞬間でした。フォローではないですが、「自分は幸運だと信じることも、大切だと思う。そう信じることで、あきらめないで努力し続ける源にもなるわけだから」と、私は付け加えました。

運もそうですが、最近思うのは、運とか才能以前に、“継続する”ための精神力をもっているか、持ち続けられるかどうか、というのが実は一番大きいのではないか?と思うようになりました。これは映画制作だけでなく、何においても当てはまることかもしれません。「これからどうするの?」、「そんなことをやっていて、収入は?」、「芽が出るかどうかも分からないのに」・・・こういった周囲の心配(?)を聞き流して、続けるだけの”ふてぶてしさ”を持てるかどうか。ある意味それが、一番大きなポイントでもあるように思えてきました。運や才能があったって、それは続けなければ発揮される場がないのですから。。。

実際、DOCLABのメンバーからも、「インディペンデントのドキュメンタリー制作を続けたいが、実家の親からは地元に帰り、小学校の先生になれと言われるが、どうすれば良いか?」という質問(相談?)も出たので、「あ、とりあえず聞き流してください」と、お答えしておきました^^

しばらく質疑応答が続いた後、私は、私自身の暮らし方がきっかけとなり、住宅問題への関心が高まり、2作目の『さようならUR』を作ったという話をしました。『さようならUR』から部分的に抜粋して見てもらいました。理事長直撃取材のシーンでは、観終わったあとに拍手が!! 理事長直撃の裏話(ノーパンしゃぶしゃぶ等)をしたら、超受けてました^^ また、「無許可の取材をして、映画を上映するのに圧力はかからなかったのか?」などの質問ももらいました。

トークの様子(以下3枚の写真はDOCLAB提供)
Doclab_screening_4

Doclab_screening_3

Doclab_screening_1

写真を見てもらうとわかりますが、DOCLABは圧倒的に女性メンバーが多いのです。そして、熱心に質問したり、最前列に座るのも女性。男性は後ろの方でおとなしく座っているという状態。日本でも、私が映像制作のワークショップなどをやるとき、熱心に興味を持って取り組むのは、女性が多いのです、なぜか。これって不思議ですよね? なぜなら、“業界”自体は、映像なんて男性中心の社会ではないですか? でも、インディペンデントや入門者の世界では、意欲的な女性がこんなに多くいるのです!

以下の写真は、今回DOCLABからもらったDVDや写真ポストカード。女性監督の多さを反映して、女性監督作品集もあります!(上列右)
Dsc01845

ついでに説明しておくと、こちらは、ジェイミーさんが講師となった写真のワークショップ作品をポストカードにしたもの。昨年、ゲーテ財団内で大きな展示会を開催したそうです。
Dsc01849

DOCLABのリーフレット(英語版)
Dsc01851

(写真はクリックすれば拡大しますので、そうすればギリギリ読めるでしょうか・・・?)
Dsc01852

これまでにDOCLABを訪れたアーティストの中に、日本からは小泉明郎さんの名前がありました。

気がついたら2時間以上もトークと質疑応答が続いたので、最後に『ホームレスごっこ』を上映して、更にその作品についての質問に答え、5時半ごろに終了しました。本当に、熱心でやる気のある制作者ばかりだったので、話し終わった後は、結構ぐったりしました^^; 

DOCLABの皆さんと
Dsc01339

上映のあとは、夕方からDOCLABのメンバーの何人かが、ドキュメンタリー作品を対象にした助成プログラムの、応募条件説明会があるとのことで、私もそれについていくことにしました。

昨年末、DOCLABを代表して、有名なアムステルダムのドキュメンタリー映画祭に参加したという、気鋭の女性監督・タオさんのバイクの後ろに乗るように言われました。

・・・え・・・
私もバイクの後ろに乗るんですか・・・ 

無法地帯の、ハノイの道路に放り出される自分の姿を想像しました。

でも、全員がバイクで、バイクで移動するのが当たり前の雰囲気で、既に私はヘルメットを渡されていました。しかも笑ってしまうのが、20代の彼女たちのバイクが、どれも日本では「配達のおっさん」(失礼!)が乗っていそうなバイクで、かなり古そうだったこと。比較的新しく見えるティさんのバイクでさえ、「80年代製のホンダを中古で買った」と言っていました。

タオさんの後部座席にまたがり、恐る恐る彼女に掴って出発。走る側になって見るハノイの町並みは、また違った風に見え、数分もたつと段々爽快になってくるのでした。

5分ほどで会場に到着。受付で名前を記入し、階段を上がります。階段を上がったところのスペースには、沢山のケーキやフルーツ、軽食などが並んでいて、自由に食べられるようになっていました。

開始時間になり、会場の中に入りました。30人弱の人が来ていて、そのほとんどは20代ぐらいの若者でした。
Dsc01348

プロジェクトのタイトルは、「10ヶ月、10本のドキュメンタリー映画」という意味だとの事。
Dsc01350

これは、アメリカ大使館が主催するプロジェクトで、10ヶ月で10本のドキュメンタリー映画を制作するという企画です。昨年、フィクション映画で同じ企画をしたところ、とても好評だったので、今年はドキュメンタリー映画で同じ内容の企画をするとのことでした。

締め切りまでに、自分が作ってみたいドキュメンタリー映画の企画書を提出します。その企画が選ばれれば(10数本の企画が選ばれます)、その人はドキュメンタリー制作のワークショップに参加してドキュメンタリー制作の基礎をきっちりと学び(費用は無料)、映画の制作に必要なサポートを受けながら、10ヶ月の間に1本の作品を仕上げます。完成作品は、完成上映会で披露される他、海外の映画祭に応募したり、もしかしてオスカーを受賞するかもしれないのですよ、と、アメリカ大使館の担当者は説明していました。
Dsc01349

気になる、アメリカ大使館からの製作資金の額ですが、 これがなんとたったの150ドル/人! 聞いていたベトナム人の監督からも「少なすぎ。馬鹿にしてる」と不満が出ていました。ワークショップを無料で受けられたり、必要な設備を使わせてもらえるというメリットはあるものの、150ドルで「自分たちは支援した」とスポンサーロゴをでかでかと掲載するのは、買い叩きすぎじゃないでしょうか? このアメリカ大使館の担当者は、ベトナムに暮らしながらも、給料はきっと40万円以上はもらっているでしょうに!

会場の参加者からの質問を聞く限りでは、ドキュメンタリーを全くやったことがない人が多いようでした。そういう人にとっては、悪くない話に聞こえるかもしれませんが、DOCLABからの参加者は、しらけた様子でアメリカ大使館の説明を聞いていました。

条件以外でも、このイベントについて私には違和感がありました。単なるプロジェクトの説明会なのに、会場内でひっきりなしに参加者は写真を撮られます。会場がスカスカだったからか、グループで座っている私たちは特に写真を沢山撮られました。そして、アメリカ大使館の担当者が登場するときは、なぜか会場の照明が暗くなり、その間だけ壮大な音楽が流れ、スポットライトを浴びて彼が登場し、花束を受け取るのです・・・ 映画が完成したときならまだしも、まだこれって企画説明会の段階でしょ?!?!

この異様な演出はなんなのだろう? そう思って、後日そのことをティさんに話すと、「要するに、彼らのためのイベントなのよ」と言われました。「途上国で、こんなに素晴らしいことをやりました」、「現地の文化を育てるのに役立ちました」というのをアピールするために、ベトナム人から花束を贈呈させ、その様子を写真に収める。そしてそれは担当者の功績になる。。。ティさんからは「あなたはベトナムの文化の、リアルな実情を見ることができたのよ」と言われました。

欧米諸国が、東南アジアで沢山の文化助成をしているのは、悪いことだとは思いませんし、現地の役にもそれなりに立っているというのはわかります。でも、どこか、その援助の仕方や発想が、途上国に進出する多国籍企業による、現地の人々を搾取する構造にも重なって見えてしまうのは、私だけでしょうか。。。

イベントのあとは、DOCLABメンバーのマイフォンさんとゴタンさんとともに、ご飯を食べに行きました。

ゴタンさん
Dsc01356

ゴタンさん、マイフォンさんともに、DOCLAB初期の頃からのメンバーで、DOCLABを機にドキュメンタリー制作を始め、それによって人生が変わってしまったという女性たちです! 二人の作品は、東京の「路地と人」でDOCLAB作品を上映したときにも、上映作品として選んだほど、私のお気に入り。一見普通の人たちなんですが、話してみると、ドキュメンタリー制作にかける思いが熱い!! 現在は、ハノイで活動する海外NPOから委託を受けて、その団体の広報ビデオや教育ビデオのようなものを制作しながら、生活をしているそうです。(←DOCLABメンバーには、こういう人が少なからずいます)

どうやったらこの先もずっと映画を作り続けていけるのか、それが彼女たちの最大の関心事であるようでした。親はドキュメンタリーの道に進むことは歓迎していないようで・・・^^;(世界中どこも同じですね)。

話ながら、国籍が違うとは思えないほど、沢山の思いを共有できる人たちなのですが、ティさんをはじめ、DOCLABの面々と実際に会って話してみて、(これはハノイの一般的な感覚・水準なんだろうか?)という疑問もわいてきました。気さくな人たちだけど、でも、実家はかなり豊かなんだろうなというのは、話していて分かります。学校に通えない子供をサポートする海外NGOがあるベトナムで、DOCLABの人たちは女性もみんな大学卒。留学経験のある人もいます。ボーイフレンドは欧米人という人も少なからずいて(欧米男性だから女性を尊重するとは限りませんが)、ある意味、現在のベトナム社会に窮屈な思いをしていた女性たちが、DOCLABと出会って、ドキュメンタリーと出会って、自分たちを解放する術を手に入れた・・・という側面があるのかもしれない、と思いました。

そして、作品のテーマに「祖父母」を挙げる人が多いのも、私には最初意外でした。もちろん、家族をテーマにしたドキュメンタリーは珍しくないですが、8割以上の人が「祖父母」または「父母」を被写体に作品を作っている(もしくは作りたい)、と言うのです。

でも、考えてみたら、ベトナム戦争が終結したのは、私が生まれた年(=1975年)。ティさんは私より数歳年上ですから、ベトナムで言えば“戦前”の生まれとなるわけです。親世代、そして祖父母の世代はリアルに戦争を体験し、その記憶はそう昔のことではありません。祖父母個人の人生をインタビューするだけで、それはもう戦争や歴史とは切り離せない題材となるのでしょう。

ゴタンさんとマイフォンさんと
Dsc01357

すっかり遅くなり、お開きになりました。今度はマイフォンさんがバイクでホテルまで送ってくれると言います。既にバイクに2度乗車済みの私は、後部座席から撮影することに挑戦! ホテルまでの道のりを撮影した動画はこちら。(無編集なので、ちょっと長めです。ハノイでバイクから撮影した映像は、かなりの動画がYouTubeにアップされているようです。やっぱり、旅行者は撮りたくなってしまうんだろうなと思いました^^)。ちなみに、マイフォンさんはバイクに乗ってしばらく経ってから、「私の後部座席に乗るなんて、あなたずいぶん度胸があるわね。みんな、私の運転を怖がって乗らないのよ」ですって! 今更遅い!!!

それでも何とか無事ホテルに到着し、ハノイ滞在3日目が終了しました。

|

« [jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その2) | トップページ | [jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その4) »

上映会報告(日本語)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« [jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その2) | トップページ | [jp] ベトナム・ハノイDOCLAB訪問(その4) »